ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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イレギュラー

遠くにあんまんとピザまんを追いかけている生徒が見える。

両方を捕まえようとするも上手くいかない様子。

それならと、片方だけを狙い見事ゲットするのだが……それだけでは足りないのか、もう1つもと果敢に飛びついて――――。

 

「綾小路。起きてくれ」

 

ベットを揺らされ、ぼそっとした声が届く。

声の主は2段ベットの上から顔を覗かせた橋本だった。

 

なんだか妙な夢を見た気がする。どうして中身がわからないのに、あんまんとピザまんだと決めつけたのか……。

 

時計を確認すると、ちょうど25時になったあたり。

こんな時間に何事だろうか。

 

「寝てたとこ悪いな、一緒に便所行ってくれないか?」

 

「断る」

 

「そこを何とか頼むよ、なっ」

 

小さな子供でもあるまいし、こんな夜中に一緒にトイレに同行する必要はない。

 

「綾小路~、なぁって」

 

橋本は全く折れるつもりはないようで、なおもベットを揺らす。膀胱が相当ピンチ――というわけではないだろう。諦めて他の生徒を誘わないところをみるに、トイレへの同行は建前。

 

このままでは寝るに寝れないため、サッと付き添って戻ってきた方がマシに思えてきた。

 

「仕方ない。すぐ済ませてくれよ」

 

「サンキュー」

 

他の生徒を起こさないよう注意しながら2人で部屋を出る。

トイレまでは無言で進み、用を足して、部屋に戻ろうとした時だった。

 

「せっかくの機会だ。ちょっと外の空気でも吸っていかないか?」

 

「それなら1人で行ってくれ。オレは眠い」

 

「綾小路ガールが誰かおおよそ見当がついているんだが」

 

「そんな女子はいないし、仮にいたとして橋本の予想が当たっている確証もない」

 

「でも誰かに話してみたら噂として拡がるかもしれねえぜ」

 

「……少しだけだぞ」

 

「悪いな」

 

別に噂を流されるぐらい問題はないが、ここまで強引に事を運んでまで橋本が何を話すつもりなのか、少し興味が出てきた。

 

「男女が隔離されてるような状況じゃなきゃ、安心してお前とは話せないからな」

 

「……坂柳の目が気になるのか?」

 

「まぁな。ここから先の話はオフレコで頼むぜ。綾小路にとっても悪い話じゃないはずだ」

 

「無闇に口外するつもりはないが、この状況を誰かに見られていてもオレは庇わないぞ」

 

「そこはなんとでもなる。今日は食事当番だからな。目が覚めちまって先に仕込みをしておいたっていう体さ」

 

そうして屋外の炊事場に到着したところで足を止める。

振り返る橋本はいつもの飄々とした雰囲気ではなく、真剣な顔つき。

 

「なぁ綾小路。俺はさ……絶対にAクラスで卒業したいんだわ」

 

「なら現状維持に努める他ないんじゃないか?」

 

Cクラスの人間にそんな事を言われても、特にアドバイスできることはない。

 

「それはどうだろうな。遠くない未来、お前たちのクラスがAクラスになっている可能性は十分にある」

 

「可能性の話ならどのクラスもそうだ」

 

「謙遜すんなよ。学力は、オール満点加えてTレックスの綾小路を筆頭に、平田、幸村、堀北、高円寺など学年上位陣が多数在籍。身体能力も、とんでもサーカス&Tレックスの綾小路を筆頭に、須藤や高円寺とずば抜けた連中が控えている。そして次期生徒会長筆頭候補のTレックスが暴れてるときた。負ける方がおかしいだろ」

 

「今際の言葉はTレックスでいいんだな?」

 

「すまん、すまん、ちょっとからかいが過ぎたな。でもよ、運動が苦手とか言ってた幸村でさえ18キロのコースを難なく完走してんだぜ。お前らのクラスどうなってんだ?」

「それに関しては日々の鍛錬の成果だ」

 

筋トレをはじめとしたトレーニングの成果が出るまでにおよそ3ヶ月ほどかかると言われている。クラスでスズーズブートキャンプを始めて3ヶ月と少し経過した。各々その結果がしっかりと体感できるようになった頃だろう。

中でも啓誠はAクラスを目指す志も責任感も強い男。クラスの荷物になるまいと人一倍努力をしていたからな。

正直この試験内容なら、オレが何かをするまでもなくCクラスは基礎力で十分戦えるようになっていた。あくまでも正々堂々と全学年が戦った場合の話ではあるが。

 

「そこで相談なんだが、綾小路クラスがAクラスに上がれるように協力をさせてくれないか。これでもクラスの内部情報には詳しい立場だ。役立つと思うぜ」

 

「橋本は自分のクラスで勝ちたいとは思っていないのか?」

 

「逆に聞きたいんだが、クラスメイトの男子を乗り物扱いするリーダーのおかげでAクラス卒業できました、って将来胸を張って言えるか?」

 

「……できればなかったことにしたいだろうな」

 

「だろ?他のクラスが倒してくれんなら、それに越したことはないってことさ」

 

「動機は理解できた。それで協力の見返りは?」

 

「簡単な話さ、Aクラスになった際に俺を仲間に入れてくれればいい。現生徒会長があれだけ散財するポイントを持ってるんだ。そのうち綾小路も2000万ポイントなんて、はした金になるんじゃないか?」

 

「生徒会を金持ちの集まりかなんかと誤解していないか?」

 

「そうでもないだろ。コウィケ経営といい、ポイントを稼ぐ手段を別口で作れるやつは強い」

 

なるほど。目の付け所がいい。

オレと一之瀬は、全員Aクラスで卒業を目指している、ということを話すつもりはないため、傍から見れば私腹を肥やしているように見えても不思議ではない。

実力と財源があることを見越しての交渉か。

 

「筋は通っている……が、この提案が坂柳の罠でないと証明できるのか?」

 

「当然警戒するよな。そればっかりは信頼を積み重ねていくしかないと思ってる。俺としてもここで即決して欲しいわけじゃないしな。今回は使える駒がいることを認識してもらえれば十分だ」

 

「そうか、頭の隅には入れておく」

 

「おう!よろしくなキング」

 

「さっきのはTレックスという呼び方を問題視していたわけじゃないからな?」

 

「冗談だって綾小路」

 

一応肯定的な返事が来た事で満足したのか、橋本に促され部屋に戻ることになった。

確かにAクラスに内通者を作れば、勝負を有利に運ぶことも、退学のリスクを減らすこともできるだろう。

普通に考えれば前向きに検討できる話だが、橋本はいくつか勘違いをしている。

そもそもオレがAクラスを目指していないこと。

橋本はオレの定義する『使える駒』とは言えないこと。

そして、本気になった坂柳が内通者の存在を見落とすはずがないこと。

 

橋本が今後どんな学生生活を送るのか。

もちろん、未来に絶対はない。

オレの想像を超えて生き延びる可能性もあるのかもしれない。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

6日目の朝がやってきた。つまり2回目の朝食作りの時間。

 

「……わりぃ、俺は皿でも出しとくわ」

 

いつもは無駄に元気な石崎がテンション低くそう告げる。前回の味噌汁が非難囂々だったからな、妥当な判断だろう。

 

「待てよ、石崎。本当は味噌汁作りたいんじゃないか?」

 

皿を取りに向かおうとした石崎に啓誠が話しかける。

 

「そりゃよぉ、俺だってリベンジはしたいけどよぉ……」

 

「なら作ればいい」

 

啓誠、この試験を捨てるつもりか?

もしくは上級生に嫌がらせをしたい相手がいるのか?

 

「今度は俺も手伝う。2人でやれば少なくとも前回みたいにはならないだろう」

 

「本当にいいのかよ」

 

「後悔したままじゃ試験に影響しかねないと思っただけだ。やるのか、やらないのか?」

 

「やるに決まってるだろっ」

 

ジャージの袖を捲って、いつも以上に活気に溢れた様子で石崎が準備に取り掛かる。

無人島試験では、簡易トイレの件で女子と言い争っていた啓誠。勉強ができない人間を馬鹿にしていたこともあった。

 

その啓誠が相手のことを考えて寄り添い、共に前に進もうとしている。

 

啓誠に限らず、他者の目を避けていた愛里と波瑠加はコウィケで大勢を前に立派に歌って踊った。大人相手にも自分の主張を貫いた外村、協力することを覚えた堀北、暴力を振るわなくなった須藤――――。

 

大なり小なり、どんどん成長していく同級生。

 

その中でオレは……成長できているのだろうか。外の世界に出て、知識として初めて知るもの、触れるものは増えた。

同世代の人間との関わり方もある程度わかってきたところ。

 

だが、それは成長なのだろうか。知識が増えたからと言ってそれがイコール成長とはならない。堀北や啓誠が勉強だけできてもダメだったように、そして今そうしているように得た知識をどう活かせるかが大事。

 

オレは何をしにこの学校にやってきた?

俺は、馬鹿な考えを繰り広げるオレに問う。

 

知的好奇心を満たせればそれでいい。外の世界で成長できるなどと期待していない、だろ?

 

「清隆、おーい」

 

啓誠からの呼びかけに我に返る。

ここ最近寝不足気味だからか、普段しないような思考に陥っていたように思う。

 

「すまない、少し眠くてぼーとしていた」

 

「なんだか初期の清隆って感じだな」

 

「……初期ってことは今は違うのか?」

 

「全然違うな」

 

よくわからないが、オレもオレで何かしらの変化は起こっているのかもしれない。

 

「おいおい冷めちまうから急いでくれよ」

 

「そうだった。清隆に味見を頼みたいんだ」

 

そういって石崎から味噌汁のお椀を受け取った啓誠。ゆっくりとソレをオレに差し出してくる。嫌がらせをしたい相手はオレだった?

 

前回、胃の調子が悪くなったことを思い出し腹部が緊張する。だが、ここで断ることができないのが、人付き合いの厄介なところ。

 

「……頂戴する」

 

お椀を受け取り、いつでも吐き出せる準備をしながら慎重に口に含む。

 

「ん?今回はなかなかいけるな」

 

「よっしゃあああ!」

 

「清隆が言うなら間違いないな」

 

ハイタッチを交わす石崎と啓誠。構えていたところに普通の味噌汁が出てきたため少し拍子抜けしたが、これなら上級生からも文句は出ないだろう。

 

「ホントかよ。俺にも一杯くれや」

 

「卵焼きと交換ならいいぜ」

 

「しゃーねーな。ほらよ」

 

橋本やBクラスの面々も寄ってきて試食会が始まる。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

普段はクラス順位をかけて争っている間柄とは思えない程、和気藹々とした雰囲気で各授業も問題なくこなしていく。

テスト対策も昼食時間など空き時間に啓誠主導で行い、試験対策も整ってきた。

何かしらのいがみ合う理由がなければこんなものだろう。

 

唯一の不確定要素である高円寺も、放っておけば気にならなくなっている様子。

なんなら高円寺が何をやらかしてもカバーしてみせる、という気概すら感じることができた。

 

そうして迎えた夕飯。

 

「なぁ平田。なぜオレたちは2人で食事しているんだ?」

 

「えっと、僕は構わないんだけど、嫌だったかな?」

 

曇りのない瞳で、当然の事のように返事をする平田。こいつにとってはこのくらい友だち付き合いのひとつに過ぎないのだろう。

 

「嫌ではないんだが……限られた異性との交流時間だろ。平田としても不本意なんじゃないか?それに女子たちからも恨まれそうだ」

 

「それに関しては綾小路くんも人のことを言えないと思うよ。ファンクラブの人もたくさんいるわけだし」

 

そのファンクラブを仕切っているヤツの仕業でこんな事態になっているわけだが……。

 

夏のクルージング中は、平田に特殊性癖があると勘違いして恵と3人で過ごすのをなるべく避けていたわけだが、今となってはこの場に恵もいて欲しいと思うのだから不思議だ。とはいえ、時間を無駄にするわけにもいかない。

 

「せっかくの機会だ。平田のグループについて色々教えてくれないか?」

 

「もちろん」

 

平田の大グループには堀北学がいる。

こちらがどう動くにしても、学がどんな戦略で動いているのか、その点を把握しておく必要はあるだろう。

 

「やっぱり、堀北元生徒会長はすごい人だなって実感したのが大きいかな。僕が目指すべきはあの人なのかもしれない」

 

言われてみると、クラスのために、生徒のために、私利私欲を捨てて行動するという面では2人は似ている。

 

「僕たち一人一人と話す時間を作ってくれてね、試験に関する事でも全く関係ない事でも、相談に乗ってくれて……。上手く言えないけど、この人についていけば大丈夫だ、って気持ちになったよ。多分他のみんなも同じだと思う」

 

「なるほどな」

 

学は、南雲に自分の理想とする学校の姿を見せたいと言っていたか。

グループで協力して正面からこの試験を突破する方針のようだ。例えグループ内外に南雲の手の者がいても関係ない。それを上回る信頼を構築するつもりなのだろう。

 

オレには真似のできない戦術だな。

正確に言えば、やり方を再現しても全く別物になってしまう。

 

どうしてそこまで他者を信じることができるのか。人数が増えれば増えるほど、不確定要素も増え、戦略の確実性は失われていく。心情的には、ポイントや退学で他者を従える南雲の戦術の方が理解できるぐらいだ。

 

「それでね――」

 

楽しそうに話をする平田。平田も普段は男子のまとめ役として働いているため、こういう時間は貴重なのかもしれない。

 

と、マークしていた生徒が席を立ち、食堂から出ていく。

 

「悪い平田。急用ができた。またな」

 

「えぇっ!?」

 

平田には申し訳ないが、見失うわけには行かないため、トレーを片付け急いで後を追う。

 

既に姿は見えなかったが、人気がない場所は限られる。

歩いて行った方向から見当をつけて探してみると、校舎の隅にその人物はうずくまる様にして身を潜めていた。

 

これまで集めた情報、南雲の性格などを踏まえて、こうなる可能性が高いと踏んでいたが、間違っていなかった。

 

近づくオレには気づいていないようで、声を押し殺してすすり泣いている。

 

そんならしくない姿を目の当たりにして、オレは――。

 

「先輩には泣き顔は似合いませんね」

 

「っ!?」

 

こちらの声に驚き顔を上げる橘。

 

「あ、綾小路くん!?……どうしてこんなところに?」

 

動揺を誤魔化し落ち着きを装うように、絞り出した声で尋ねてくる。

 

「この状況で先輩に会いに来た以外の理由はないと思います」

 

「……」

 

「泣くほど辛いことがあるようでしたら助けを求めた方がいいんじゃないですか」

 

「な、泣いてませんっ…し、私は全然元気です。ちょっと一人になりたかっただけで、ここにいるのも特別な理由からではありませんよ。闇に誘われたというか、なんというか」

 

目を腫らしながら全く説得力のないことを言う橘。

この調子だと長くなりそうなので隣に腰掛けることにする。

暗い校舎の隅……確かに思い詰めて沈みこむには向いているかもしれない。

だが、こんな場所は橘がいる場所ではない。

 

「状況は大体把握しているつもりです」

 

「……だとしたら、これは私の問題だってこともわかっているはずです」

 

「このままでは取り返しのつかないことになるんじゃないですか?」

 

「それも含めて私の責任です。堀北君はいま南雲君との真剣勝負中。下手に助けを求めて、足を引っ張るわけにはいきません」

 

「……退学する覚悟があると?」

 

「馬鹿にしないで下さい、私もこのまま負けるつもりはありませんよ」

 

いつものくだらないゲームで負け惜しみを言う時と、同じ言葉、同じ表情。

それなのにどうしてこうも弱々しく感じるのか……。

 

「そのセリフを吐いて橘先輩が勝ったことなんてありましたか?」

 

「なっ!?大丈夫って言ってるじゃないですか、しつこいですよ。後輩なら先輩の言うことを素直に聞いて下さい」

 

少し声を荒立てる橘。この調子で気持ちを吐き出してくれれば……。

 

「これまでオレが素直だったことなんてありましたか?」

 

「ないですっ!!」

 

その通りなのだが、即否定されると少し傷つくな。

 

「――ないですけど、もう最後かもしれないんですから、言う事聞いてくれたっていいじゃないですかっ!!!」

 

「最後にさせないためにここに来たんです。先輩こそ素直になったらどうですか」

 

「だから、綾小路くんを巻き込むわけにはいきませんって言ってるんです!」

 

先輩としての意地だろうか、オレの身を案じてのことだろうか。

自分の置かれている状況を認めない橘。

いや、認めてしまうこと自体が怖いのかもしれない。

少しやり方を変えるしかないか。

 

「わかりました。橘先輩は大丈夫ってことで……実はオレも困っていることがありまして、助けていただけると嬉しいんですが」

 

「えっ?それは大変です。どうしたんですか?」

 

それどころじゃないだろうに、自分のことはそっちのけで聞いてくる。

 

「大切な人が困っていてその人を助けたいんですが、なかなか首を縦に振ってくれません。どうやって説得すればいいと思いますか?」

 

「……その人のことはどうして助けたいんですか?」

 

「そうですね……いなくなってしまったら寂しいから、ですかね」

 

「……綾小路くんにはその人を助けられるんですか?」

 

「追ってくる橘先輩から逃げ切ることと比べれば簡単ですね」

 

「本当に減らず口なんですから……。きっとその人は綾小路くんの負担になることを心配してるんだと思います。綾小路くんが退学にならないって約束した上で手を貸してくれるんだったら……嬉しいんじゃないでしょうか」

 

「約束しますよ」

 

立ち上がり右手を橘に差し出す。

 

「私はその人じゃないので代わりに返事をさせてもらいますが……よろしくお願いします」

 

橘はジャージの袖で一度涙をぬぐい、オレの手を握り返して立ち上がる。

 

「あ、でも、堀北くんには内緒ですよ」

 

「もちろんです」

 

「無茶もしないこと」

 

「わかりました」

 

「あとは――」

 

「あとは?」

 

言葉を詰まらせて、珍しくしおらしい態度。

 

「その……ありがとう、ございます」

 

「御礼を言うのは助かってからにしてください。でもそうですね、帰ったらまた焼肉を奢ってくださるってのはどうです?」

 

「帰ったら、ですか。悪くないですね。学校に戻れる気がしてきます」

 

すでに退学を覚悟していたのだろう。

ここ数日は学校に戻ったら、なんてことは考えることすらできなかったのかもしれない。

 

「では、楽しみにしてます」

 

「それで私はどうすればいいんですか?」

 

「試験を一生懸命受けてもらうのと、このメモをこっそり同じグループの椎名ひよりに渡しておいてください」

 

予め準備しておいたメモを橘に渡す。

 

「……それだけで大丈夫なんですか?」

 

「先輩にはつらい状況かもしれませんが、残り数日耐えてくだされば、あとはこちらで上手くやります」

 

「ここまで来たら綾小路くんを信じるだけです。よろしくお願いしますね」

 

「ええ」

 

そうして最初ここで会った時とは異なる表情になった橘を送り出す。

こちらはこちらの準備をしなくてはならない。

 

現在、橘は南雲の罠にかかって退学の危機にある。

だが、だからといってそれをオレが助ける必要性はないはず……。

南雲と学の勝負、2年と3年の問題――どうなろうとオレには関係ない。

まして橘は3年生。ここで退学しなくても3か月後には卒業していなくなる存在。

未来への先行投資にもならないだろう。

 

これまでのオレなら確実に傍観を決め込む場面、そのはずだったのだが――――。

 

『寄り道をしてみて、道中起こる出来事を楽しむ』

 

クリスマスの夜に学と話し、考えたことを思い出す。

この行動がそれに当てはまるかは微妙だが、これまで無駄だと切り捨ててきたものを切り捨てなかった場合どうなるのか。

 

 

これはモデルケースの一つにすぎない。

オレが行動する理由に、それ以上もそれ以下も存在しない。

 

 

暗い校舎の隅で立ち止まり、そんなことを考えずにはいられなかった。

 

 

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