ステンノという愛について【完結】 作:AIRUNo(旧AIRU)
日が沈み暗くなった世界。
ステンノは階段を降りて、外へ向かう。
その途中、三重の声に呼びかけられた。
「「「貴方のマスターはどうでした……
ステンノは、その声を無視する。
声の主の横をステンノは横切ると、背中に向けて嘲笑が響く。
「フフ、哀れね。女神なのに自ら愛を求めるなんて!」
「あんな人間、魅了のスキルで頭から爪先まで虜にできるのに」
「執着せずとも、代わりの人間なんていくらでもいるのでは……」
ステンノは気にしない。
彼女にとって、アレは話すに値しない存在。
自分たち三姉妹から神性を剥ぎ取ったアテナと同じ、己を高位な存在と過信する愚かな神。
今の自分にとって、最も話の合わないもの。
(はぁ……本当は彼に渡すはずだったのだけど)
あの状態の立香には、受け取って貰えなかっただろう。
心の底からの想いで受け取って貰えねば意味がないのだ。
そう思って取り出したのは、自身のものとお揃いである銀の指輪。
愛する者は指輪を交換し合うという話を聞いて、密かに準備していた。
互いの愛を形として示さなければ不安だなんて、人間的で面白い。
今はダメでも、いつか……そう思ってはいるのだが。
「痛い……これが、愛の代償」
ただ、指輪を渡せなかっただけなのに。
傷のないはずの胸がズキズキと痛む。
今までどんなに男を苦しめても、誇らせても、覚えることのなかった感触。
愛されるだけだった女神は、愛が何なのかを少しだけ理解した。
「潮風がいつもより冷たい……不思議ね、姉妹三人でいた頃は、1人の夜なんてなかったのに」
冷たいのに、しばらく浴びていたい。
夜の庭園で椅子に座り、彼女は海を眺めていた。
水面は彼女の眼下から視界の先まで広がっている。
ここは、虚月神殿内に作られた、西洋の館を模した空間。
そこで彼女は、独りじっと座り、そして我慢できず立ち上がる。
時代が何度変わろうと、退屈こそステンノの嫌うものであるからだ。
□□□
「……スター、マスター!!」
懐かしい声がして、目を開ける。
淡く桃色の髪が揺れ、奥に見知った瞳があった。
「うぅ……」
伸ばされた手を掴み、立ち上がる。
ぼんやりする頭を働かせて、周囲を見た。
「バイタル異常なし……良かったです。突然気を失われるから、心配しました」
「ごめんね、マシュ。でも大丈夫だから」
肩を回して、立香は背伸びをする。
横には大事な後輩と仲間たち。
あたりには古めかしい建物。
そうだ、俺たちは微小特異点を修復しに来ていたのだった。
サーヴァントは3騎。
マシュ、カリギュラ、陳宮。
そして傍らには、特異点で出会った少女。
「それにしても今回の特異点は、幕末の京都か……」
立香の前には木造の日本家屋が並び、武士や商人が出歩いている。
今回の任務は、彼女を護衛し、無事に街の外へ送り届けることである。
立香はその対象である少女に手を差し出した。
「じゃあ行こうか。お捨て」
「ええ……行きましょう、リツカ」
和服に、白黒のカンザシを指した、まつ毛の長い紫髪の花魁。
そんな少女は、幾多もの男を虜にしたその美貌で、微笑んだ。
彼女を守らなければ。
□□□
「先輩は、まだ目覚めないようです」
洗脳された村を抜けて、近くの廃屋に避難したマシュたち。
管制室のダヴィンチたちと連絡をとり、今後の方針を考える。
陳宮を失った悲しみに落ち込んでいたマシュだが、口を動かすことで束の間そのことを頭から離そうとしていた。
『うーん……サーヴァントを2騎、つまり戦力の半分を失った状態で敵陣に突入するのは、私としては反対だね』
「では、援軍を……」
『マスターが起きないと召喚はできない。だからカルデアのサーヴァントをレイシフトで転送しようとしたんだけどね……やられちゃったみたいだ」
「やられちゃった、とは?」
『立香が昏睡した直後から、結界を貼られたというのが分かりやすいかな。転送先の位置情報が安定しないのさ。通信くらいならまだしも、今の段階で転送すると、サーヴァントはそちらに着く前に虚数空間に放り出されてしまう』
では、眠るマスターを守りながら、カリギュラと2人だけで攻略せねばならぬのか。
『と、その前に3つ情報を伝えておかないとだね。君たちが戦っている間に、私たちが調査した結果だ』
ダヴィンチは一本指を立てた。
『まず、あの虚月神殿だけどね、君たちが村で見た通り、人々の魂を集めて魔力を蓄え続けていることが分かった。じゃあ何のために蓄えているのかというと……ジークくん、話してくれたまえ』
『俺の経験からだが、あれは大聖杯に近い存在なんじゃないかと思う』
画面に現れたのは白髪のホムンクルスの少年。邪竜の姿に変身する、キャスタークラスのサーヴァント、ジークだ。
『あの形状、俺は何度か見覚えがある。魔力を蓄えきることで起動し、願望を叶える聖杯。その虚月神殿は、聖杯の中でも特に優れた大聖杯、ユグドミレニアという一族の作ったものと感覚が似ているんだ』
『その通り、私たちも検査したけど、あれからは聖杯の反応があった。だから魔力を集め切ったとき、あれは羽化をするんだろうと予測している。今はまだ卵のようだけどね』
月は大きな卵、という話は昔童話か神話で見たとマシュは思い出した。
白くまんまるな球体として、確かに卵はイメージが重なりやすい。
「2つ目はね、あの月が成長をし続けているせいかな……カリギュラの魔力も向上しているんだ。彼の狂気の根源は月女神の狂信だから、狼男みたく、虚月神殿の魔力が増えるほど強くなるのかな。皮肉な話だけど、今は何とレベル90くらい。まだまだ強くなりそうだ」
この劣勢の中で喜ばしいニュースだ。
当のカリギュラは眠るマスターの横に座ったまま動かないため、どう思っているかは分からないが。
「最後に、立香君の状態だけどね。バイタルの結果、栄養補給に問題はあるけど、衰弱しているわけではなさそうだよ。意識はステンノによって神殿のほうに取られてしまったっぽいから、叩けば起きるようなものじゃないけどね」
「いえ、ひとまず無事と分かったのは大事かと!」
『……うん、そうだよね! とりあえず方針は君たちに委ねるしかないんだけど、多分君たちは止めても虚月神殿に向かっちゃうんだろ?』
マシュは苦笑いする。
逆境の中でも前に進んできた自分たちは、確かにそうしてしまうだろう。
『正直なのがマシュの良いとこだな〜。私たちは引き続き女神トリニティーの解析をするから、また何かあったら連絡するよ。あとはそうだね……君たちも戦闘続きだ、まずは一回ちゃんと休憩をとりたまえ』
通信を終了し、マシュは言われた通り少し仮眠を取ることにする。
サーヴァントに睡眠は必要ないと言われるが、気持ちを安める行為には変わりない。
だが、その横にある威圧感……無言のままいるカリギュラが気になり、つい声をかけた。
「カリギュラさん、周囲に敵性反応があればダヴィンチちゃんたちが教えてくれますし、もう少し気を緩めても……」
周囲には簡易だが魔獣避けの魔術を施してある。
だがカリギュラは今にも吠え出しそうな緊張感が、狭い家屋の中にいるマシュには少し耐えがたかった。
仕方ないので、慣れるまで少し話してみようと彼の方を向く。
「それにしても、ステンノさんはなぜ裏切ったのでしょう。元々気まぐれな方ではありましたが、今回みたいなことは初めてで……」
「女神の愛は、狂気に等しい……」
「!」
初めて、カリギュラの理性的な声を聞いた。
いや、時折狂気が薄れて意味のある言葉を話すのは知っていたが、普段は「ネロ」「捧げよ」そして叫び声しか出さないので、マシュは驚く。
「愛は、人を狂わせる……月女神に愛されし余のように……そして時に、愛を振りまく当人さえも……女神自身さえも……」
「愛、ですか……」
「マシュ、お前はまだ狂えるほどの愛を知らない。善と悪に苛まれ、罪と罰に悩まされし先に、ただ純然たる愛にすがるという救いを。いつか訪れるそれを前に、余のようにはなるな……」
マシュには難しい話だ。
カルデアで多くの文献や物語を読んでいる彼女は、当然複雑な愛の話も知っている。
しかし、カルデアという外の世界と隔絶された環境では、その文脈を理解こそすれ、自分のことのように共感する感性は未発達なままだった。
「カリギュラさん、私にはまだ難しいですけど……私にも教えて頂けませんか。狂えるほど愛とは、どういうことなのか」
それでも、マシュはまずそれを知ろうとする。
多くの高潔な偉人が、伝説の英雄が、愛のために悲劇へ陥った。
それをただの過ちだ。頭がおかしくなったからだと、切り捨てることはできる。
けれど、その物語は人々に共感され、だからこそ今の時代まで受け継がれてきた。
未熟な自分も、そんな彼らの悲しみの理由を分かち合ってみたい。
だってそれが、英雄もまた私たちと同じ人間だと言われる証左だから。
カリギュラは、かつての名君はその真っ直ぐな瞳に口元を緩ませた。
「……良い。今宵は
そうして歌うように響いた皇帝の話は、子守唄のように、マスターや陳宮のことで傷ついたマシュの心を安らかにさせた。
マシュはそのまま眠ってしまい、カリギュラは彼女とマスターに毛布をかけた。
「人理がために歩みし子らよ……今は眠れ。涙は、嗚咽は、余が叫びと共に引き受けよう」
夜は穏やかに流れる。
それぞれの思惑を抱えながら。
そして。
2日目の朝がやってくる。
評価バーの色が赤色になってる、ありがとうございます!
今回のように。ここからは話のまとめ作業もあるので、連日投稿できない日があるかもしれませんが、ご容赦ください。明日は投稿するよ。