ステンノという愛について【完結】 作:AIRUNo(旧AIRU)
「ああああああああッッ!!!」
マシュはずっと叫んでいた。
足を地面が割れるほど踏ん張らせ。
全体重、全魔力、全意識を十字を模した盾へと集中させる。
気を抜けば弾かれる。
一体女神トリニティーは、どれほどの魔力を人々から集め、その魂を奪ってきたのだろう。
だから負けられない。
そんな酷いことをする相手に、負けちゃいけない。
その叫びは自らを奮わす咆哮であり、敵の邪悪に怒る言葉でもあった。
顔は前を見据え、決して倒れぬ雪花の盾。
やがて勢いは弱まり、敵の放った砲撃は霧散した。
耐え切ったのか。
肩で息をしながら、マシュは神殿を眺めた。
「違う、第二射来ます……!」
もう一度盾を構えようとするが、魔力切れだ。
腕は上がらず、身体を起こすのさえ辛く、盾の重量を支えることすらできない。
意識は気絶と覚醒の間をさまよう。
盾を握る手は、疲労によってまともに掴むことすらできない。
自分以上に盾を支えてくれたカリギュラは、その四肢の血管や筋肉が千切れており、マシュが振り向くと同時に地面に倒れ伏してしまった。
「……」
司令室の通信が来ているが、声が遠くて内容がわからない。
多分、君だけでも逃げてくれと言っているのだろう。
それでも、マシュは自身の残る全てをその守りにかける。
マスターを地面に下ろし、両腕をなんとか左右に開くと、盾を背中で支えた。
見下ろすと、盾が影となり、寝かせたマスターの顔がよく見える。
昨晩、カリギュラに教わった愛は、結局のところよく分からず、疲れもあって気づけば寝てしまった。
ただ分かったのは、カリギュラにとっての愛とは、誰かを守るという想いと似ていたこと。
月女神は彼を愛し、彼もまた妹や甥のネロを愛した。
それと同じ気持ちを、今の自分だって抱えている。
「大事な人を守るために立ち上がる力なら……私は、誰にも負けられませんッ! シールダー、マシュ・キリエライトとしてッ!!」
「魂を震わせる、良き叫びだ……!!」
背後で皇帝の声がした。
マシュの肩に手が添えられる。
同時に彼はスキルを唱えた。
「マシュよ、盾の戦士よ。よくぞ耐え抜いた。お前のお陰で余の準備も整った」
一度は倒れ伏したはずの男は、なぜ立ち上がっているのか。
スキル「皇帝特権」である。
本来持ち得ぬスキルを、皇帝が国の全てを我が物としたように、本人が主張することで一時的に獲得するもの。
カリギュラは前生に置いて最も愛されたローマ皇帝とも呼ばれ、皇帝特権のランクはAと最高位。彼は主として3つのスキルを同時に使用できる。
男は大きく息を吸いながら。マシュより前に闊歩する。
1つ目のスキルは、真祖ロムルスが如き神性とも言える頑丈さを。
2つ目のスキルは、偉大なる祖先ヘラクレスの屈強さと
同時に、光の矢を受けて傷を負いながらも、カリギュラはその魔力を自らのものとして変換し続けていた。
宝具を、展開する。
「いくぞ、月よ、月よ……女神よ!! 我を、呪えぇッ……! 『
カリギュラの目が赤く光り、彼の背後に月が現れる。
これこそは月女神に狂わされたとされるローマ皇帝の伝承が具現化したもの。
背後より現れし月の光が彼を包み、辺り一帯にその狂気を拡散させ精神を混沌へと導く宝具である。
そう、本来はこの宝具の効果は周囲への精神汚染であり、それ自体は直接の攻撃にも防御にもならない。
しかしカリギュラ本人はその振りまく狂気を、「真なる月女神の加護」と捉えていた。
汚れた世界に差す真なる神の恩寵だと。
故に、宝具によって解き放たれる月女神の光は煌々と強く照り、女神トリニティーの放つ贋作の月光を薄めていく。
「真なる愛」は「偽の信仰」を凌駕するという概念が、その砲撃を押し留めているのだ。
「マシュよ、進めぇ!! 殿は、この余が引き受けるゥ!!」
「……ハイッ!!」
カリギュラの全身は、スキル2つを使用してもなお重傷であった。
右目は潰れ、黄金の鎧は半壊してただぶら下がっているも当然。
目の前で交差した両腕は、肉の下の骨まで見えている。
だがそれでも、逃げぬままに、「皇帝特権」により3つ目のスキルを獲得した。
それは己が人生の最後であり、陳宮の得意としていたスキルでもあった。
「スケープゴート」
砲撃の範囲が狭まり、カリギュラのみに絞られていく。
そうして作られた小さな隙間を、マシュはマスターを連れて駆け抜けていく。
獲物が2匹逃れた、と女神トリニティーは認識したが、それを追うことはない。
今はただ、この頑丈なサーヴァントにのみ意識が集中し、彼が倒れるまで狙いを移すことはなかった。
「偽りのディアーナよ……余に、捧げてみよ……!! その愛をォォォォ!!」
カリギュラの叫びは、その最期までマシュを鼓舞していた。
……二人は気づかなかったが。
カリギュラの宝具は自らの愛を拡散するため、偽りの月の洗脳を弱め、覚醒を呼び覚ます。
その月光を間近で浴びていた、眠る立香の身体もまたその影響を受けていた。
□□□
「ステンノ・ヴァイオレット」
「……えぇ、なんでしょう」
夜の砂浜。
月に見守られながら抱き合う2人。
何百回繰り返したその瞬間ではあるが、このタイミングで立香が声をかけるのは初めてで、ステンノは顔をあげた。
「君は少し意地悪だね。俺が何百回やめてくれと伝えても、こうやって夢を巻き戻してたのか」
「……そうよ、だって女神は気まぐれに人を弄ぶものでしょう?」
動揺はしない。
ステンノは、何かのエラーで立香がこの夢の構造に気づくことも想定していた。
でも千回に1回のエラーなら、またリセットすれば終わる話だ。
それを立香も知っていた。
これは千回に1回だけのチャンスなのだと。
「じゃあお願いだ。この夢が君の思い通りというなら、1回だけ俺の考えた設定で夢を見させてくれるかな? それで君が納得してくれたら、この夢を終わらせて欲しい」
「良いわ。でも出来なかったら……ねぇ? どうなることか、分かっているのでしょう?」
「もちろん」
「それで……どんな愛の話がお好みなのかしら。
「もっと簡単な話だよ」
立香は抱きつく手を緩めて、ステンノを見た。
満月に照らされ、互いの顔がハッキリと分かる。
女神は、涙が枯れ果てるまで泣き続けて赤くなった目で彼を見た。
立香は、ステンノが久しぶりに見る、何かにワクワクとしているような、屈託のない満面の笑みをしていた。
「君という愛の話について、2人で見ていきたいんだ」
次回更新は明後日です。