ステンノという愛について【完結】 作:AIRUNo(旧AIRU)
「追い詰めましたよ、ヘンリー・ジキル!!」
探偵メドゥーサは眼鏡の奥のキリリとした目を光らせ、図書館の隅のテーブルで本を読んでいた彼を指さした。
周囲のサーヴァントたちは、なんだと遠巻きに様子を見守っている。
ジキルはずっと図書館にいたが、メドゥーサが現れて突然先ほどの宣言をしてきた。
名前を呼ばれた当人は眉をひそめながらも、本を閉じ、目の前の席に座るよう促す。
「メドゥーサ、とりあえず座ったらどうかな。ここは図書館、静かに本を読む場所だ。君が何を言いたいかは分からないけど……せめて邪魔にならないよう小声で話そう」
「失礼……少々はしゃぎすぎました」
こほんと咳払いをして、メドゥーサは言われた通りに座った。
ジキルは黒いグローブをした手を机上で組んで、「それで、僕に一体何のようかな」と告げた。
その様子に、周囲のサーヴァントは珍しい組み合わせだと聞き耳を立てている。
「ヘンリー・ジキル、貴方はこの映像に心当たりがあるでしょうか……」
差し出したのは、タブレット端末。
それはマスターの部屋の扉に取り付けられた監視記録である。
午前3時、マスターとジキルがいくつもの霊薬や調合器具を抱えて部屋に入り、その後ステンノが入室する。
そして何やらカメラがカタカタ揺れた後に、ステンノが一人出てきた。
しばらくして、ジキルが退出する姿が映し出され、最後にステンノとマスターが一緒に出てきた。
「私の調査によって、上姉様……ステンノが二人に分身している様子が映されています。その時部屋にいたのは、貴方とマスターで間違いありませんよね……」
「それを見つけたのは、私だがな」
横の席に大きな影が現れ、ふらふらと座った。
それは数時間画面を注視し続け、魔眼持ちながら眼精疲労を起こしたアヴェンジャー、ゴルゴーンと同じく目の回った蛇たちだった。
面倒くさいと感じつつ、この謎の終焉を最後まで聞き届けたいらしい。
ジキルはしばらく画面を眺めてて、目を閉じながら静かに頷いた。
「うん、確かにそれは僕だ。けれど……」
目を伏せて、困った顔になる。
「けれど……僕には記憶がない。一体何が起きたのか……」
「なんだと、しらばっくれるのか!?」
「落ち着きなさい、アヴェンジャーの私……これは予想していました」
メドゥーサは冷静に眼鏡を光らせる。
そう、これほど分かりやすい証拠を、姉が残すはずはない。
「恐らく上姉様の魅了スキルによるものでしょう……あれは精神を揺さぶり、石化ほどではありませんが、時に記憶をあやふやにするものです」
「ステンノ……うん、彼女と会ったのは覚えているんだが、いや僕は本当にあったのか? ……僕は、一体何を」
「ですが……上姉様に誤算があるとすれば貴方なのです、ジキル」
探偵メドゥーサは両手で三角を作る、祈るようなポーズをとる。
読書仲間であるマシュのホームズ好きがここに来て発揮されている。
マスターが護衛に選んだのがヘンリー・ジキル、それが謎を繋げる鍵であった。
「例えジキルの記憶から消えたとしても、貴方は二重人格者人格です。ハイドなら、もしかすると記憶を失っていないのでは?」
「……!」
穏やかな面のジキルだが、一瞬険しい顔になる。
彼の中に宿るもう一つの人格、悪の象徴にして殺人鬼であるハイド。
普段は肉体の表層に出てくることはないものの、常にジキルを見続け、隙あらば宝具がなくとも肉体の主導権を乗っ取ろうとしている。
「確かに……僕とハイドは記憶を全て共有しているわけじゃない。ハイドが殺人を行っているとき、ヘンリー・ジキルの人格は眠りについている。同時に、僕が操られているときにでも、彼の意識は鮮明であることだってあった……でも」
「彼と合わせてくれないでしょうか」
「……責任をもって、ハイドが暴れだしたら止めてくれ。それが条件だ」
「協力感謝します、ジキル」
ジキルは机に眼鏡を置き、薬を取り出す。
『
ゴクン
その途端、目の色が変わる。
「来た……来た来た来た来た来たァァッ!!」
肉体が貧弱な筋肉から、暴れるための骨格に変異する。
金色の髪が一瞬にして乱れ、目は神経の興奮が止まらないように見開かれる。
柔らかな笑みは、牙の生えた獣の嘲笑となる。
そうして探偵の前に、犯罪者のサーヴァントが登場した。
「ごきげんよう、ハイド」
「あぁん!? ……なんだ、お前か。俺に用があるんだよな。良いぜ、ゲロってやるよ探偵さん。ただし、久しぶりに表に出れたんだ。一回くらい暴れさせてもらってからなぁ!!」
「そうですか、お相手しましょう。ですがハイド、知っていますか」
「何がだよ」
「図書館は静かにする場所ですよ、そうジキルに教わりませんでしたか」
メドゥーサは手に鎖のついた短剣を、ジキルの変化が始まった瞬間から取り出していた。
攻撃の気配を獣の直感で察したハイドだが、一瞬遅れたのはメドゥーサの持つ石化の魔眼のせいだ。
あっという間にハイドの身体は鎖にからめとられ、床は図書館の壁や地面に剣が杭となって固定される。
「はぁ!? おいおい、放しやがれ!!」
「暴れるのは話を聞いてからです。その後ならいくらでも、シミュレーターでの戦闘に付き合いましょう」
ハイドは不満の叫びを上げようとして、周囲のサーヴァントたちがこちらに注目しているのに気付く。
ここですぐに暴れて退散させられるか、文句はあるがシミュレーターで長く暴れるか。
チッと舌打ちをすると、ハイドは体をゆするのをやめて、椅子にもたれ掛かった。
そして興奮はどこへ行ったのやら、テンションの低い声でため息交じりに声を出す。
「……それでぇ、俺は何を話せばいいんだ」
「マスターと上姉様に、この映像が撮られたとき、何が起きたのか。そのすべてですよ」
「あー……こんなこともあったな……べつに、このガキが2つに分裂して、暴れてただけだ」
「それを詳しく説明してほしいのです」
「ったく、こういう話し合いはクソ苦手なんだがな……」
そう言って語りだしたのは、ステンノが霊基を大胆に変えようとして起きたアクシデントのことだった。
□□□
「けほけほ……やだ、埃が舞ってしまったわ」
発動した魔術の衝撃で、マスターとジキルはよろめき、後ろの壁にまで後ずさり座り込んでいた。
二人は意識が肉体に戻らないまま、目の前の光景をただ眺めていた。
「ん……あら、何か体に違和感が」
「本当ね、何か変な感じがするわ」
2つの少女の声。
ステンノは横を見た。
そこには、自分と似た背丈の、もう一人の女神がいた。
背中に光輪を生やし、瞳は無機質で、その表情は氷のよう。
何より、その霊基は自分以上に強い神核を持っていた。
常に余裕の笑みを浮かべるステンノも、この時ばかりは困った顔を見せた。
「これは一体……どういうことかしら」
「簡単なことよ、ステンノ。貴方が『愛される女神』をやめようとしたから、神核が貴方の霊基から零れ落ちた。それと霊薬や令呪の魔力が混ざり合い、私が生まれたの」
見ると、確かに霊基変化のために用意した素材が消費されたのかなくなっている。
術は成功したとステンノは察するが疑問がある。
「でも、それなら私の霊基が変わるのではなくて? 私自身に大きな変化はないけど」
「それはね、ステンノ。女神であることを捨てたただのステンノと、女神として存在する私では、どちらに魔力が集まりやすいと思う? 霊基の
ステンノは言われてから、自身の神性が奪われているのに気づいた。
加えて術を使う以前に持っていたスキルや能力が己の内から消えており、変わりに肉体がサーヴァントからより人間に近いよう作り変えられていた。
アサシンクラスという概念さえ奪われ、半受肉化した平凡な少女となっていた。
逆にジキルの宝具により、目の前の女神はステンノの別人格として神核をもとに形成された。
その後、BBや玉藻の前が自らの化身を分離したものがアルターエゴのサーヴァントであるように、ステンノもまた女神に値しない成分を押し付けられて分離されたのだ。
「驚いた、ステンノ? 貴方は私を捨てた神性から生まれた存在だと思っているでしょうけど、それは逆。私を構成して、残った出涸らしが貴方なの」
「……」
それだけではない、とステンノは分かっていた。
神性を奪われたことで人間と自分を隔てていた感性の違いが消えている。
そして、誰かが愛の霊薬を注ぎすぎたのか、自分の中に何か強い衝動が渦巻いていた。
特に五マスターに対して、気に入った人間であると少し認めていたあの感情が、うねりをあげて全身に染みわたっている。
「その感情はね、神には不要だから貴方に譲ったの。愛される女神に、愛そうとする気持ちがあるなんていけないもの」
「……そう? 私はそれがあるから、アテナなんかと私たちは違う存在でいられたのだと思うけれど」
「フフ、そういえばステンノの神性が低いのは、かつてアテナの嫉妬により神性を奪われたからでしたね。でも私は違う、奪われる前の、いえ、奪ったアテナすら飲み込む、大きな存在となる!」
「とても面白そうね、ならこんなところにいないで外で人々に崇められに行きなさい……なんだか貴方の顔を見ていると、とても不快になるの」
「同感ね、では行くとするけれど……その前に、マスターは殺しておくわ」
神は、流れるように機械的な判断を下した。
そうして一歩進もうとする女神に、ステンノは立ち塞がった。
「……なに、ステンノ。その男が私の召喚主である以上、契約や令呪で妨害される可能性が高い。早いうちに殺さねば後の障害となる」
「それはダメ。だって彼は……私のマスターですもの。サーヴァントなら、命に代えても守らなくてはならないの」
とはいっても、殆どの力を奪われたステンノには防げない。
それを分かった上でなのかと、女神はステンノの目を見つめ、黙り、ため息をついた。
バンッ
音がして、ステンノの身体は吹き飛ぶ。
そしてマスターの側へ倒れ込んだ。
女神は初めて身体を動かしたせいで、強く魔力をぶつけすぎた。
その結果ステンノは全身打撲、脳震盪にも似た症状を起こし、立つこともできない。
「馬鹿ね、ステンノ……修正するわ。ここで死人が出れば、復讐の手が私に及ぶ。なら、何もなかったことにすれば、私の邪魔は増えない」
女神の目は光り、あたりを包む。
ステンノは動けない身体を何とか動かし、マスターに覆いかぶさった。
女神の精神汚染が始まる。
「大丈夫、傷つけはしないわ……忘却させるだけよ、ステンノ」
「リツカ……」
女神の声はステンノに届いてない。
ただ守ろうとする意志だけが、その小さな体を動かしていた。
なぜこんなことを、守られる少女という存在であった自分がしているのだろう。
分からないまま、ステンノは彼の顔を意識の飛ぶ最後まで眺めていた。
「さようなら、愚かな
□□□
「その時の俺? ジキルが引っ込だとはいえ、得体のしれないやつがいるってんなら、とりあえずは様子見だろ。あぁ、勿論、もしマスターに本気で襲い掛かるようなら、その前にジキルの身体を乗っ取って、マスター捕まえて逃げるつもりだったぜー? 大事な俺の
「貴重な話ありがとうございます」
「礼を言うなら、この拘束をさっさと解きやがれ」
「そうですね……その前に」
「あ? ……あっ!?」
耐魔力がないため、こういう避けられない状態での魔術にはなす術がないらしい。
「さて、これで謎は全て解けました……まずは、もう一人いるという上姉様がどこにいるか、見つけなくては」
「その必要はありません……成長したわたし」
その声は、と振り向くと幼い姿のメドゥーサがやってきた。
なんだか随分と疲れた様子だと、探偵メドゥーサと横のゴルゴーンは顔を合わせる。
「というか、捜査のせいで、足元が全く見えていません。探偵失格です」
「……どういうことでしょう」
「良いからとっとと管制室に行ってください」
自分自身でもあるせいか、言葉遣いがやや粗い少女メドゥーサに急かされて、二人は管制室へと出向く。
そこでまさか、マスターとステンノがどうなっていたかも知らずに。
なんなら解いてきた謎を探偵らしく披露しようとしていたメドゥーサは、この事件を機にしばらく探偵小説を読むのを避けるようになったのだった。
他のハーメルン作品みながら、空白の取り方とか文字バランスを真似ようとしていたら、返って時間かかるのでやめました。
そろそろ本家のストーリーが更新されるので、完結はあまり遅くならないうちにしたいと思います。