ステンノという愛について【完結】 作:AIRUNo(旧AIRU)
立香は目を覚ますと、ベッドで寝ていた。
次に、ステンノが抱きつくように眠っていて驚いた。
慌てて令呪を使おうとするけど1画も残っておらず、更に混乱した。
「やあ、起きたかい」
声の方を向くと、ジキルがほほ笑んだ。
この男女が密着している光景を見られていたのかと思い、慌てて立香は弁明しようとしたが
「大丈夫、君たちをベッドに寝かせたのは僕だ。僕たち3人はなぜか、床で寝ていてね……先に目が覚めた僕は、とりあえず君たちをそこに寝かせたんだ」
それでも、あまりいては不躾だと青年は頭をかきながら外へ出る。
彼もまた記憶がないらしい、と立香は判断した。
「ハイドのやつ、何かしたのか……? でも、暴れたにしては損傷はない……うーん」
外へ出ていくジキルをぼーっと眺める立香。
扉が閉まってもそちらの方向を何となく見て、そしてハッとした
違う違う、寝ぼけている場合じゃない。
「まずはステンノをどうにかしないと」
布団に入り込むサーヴァントは時たまいるけれど、今の時間帯はマシュやダヴィンチが朝食を誘いにくる頃。
どうするか、と考えて逆転の発想を使う。
自分だけでも身支度を済ませ、先に部屋から出てマシュたちの前に姿を現す。
そうすれば部屋の中に誰がいようともバレずに1日を始められる。
なんとか抱き着くステンノをはがし、急いで制服に着替える。
そのまま、外へ飛び出したところ、丁度マシュが部屋の前まで歩いているところに出くわした。
間に合った……
「お、おはようマシュ」
「おはようございます、先輩。あれ……すんすん」
「どうしたの?」
「何か香水でも付けたのですか? なんだかいい匂いがしますね」
「ハハ、そうかな……」
誤魔化しながら食堂へ向かう二人。
一方でステンノも微睡みからゆっくり覚醒していく。
感覚でもう朝なのは分かるが、自分の部屋であればあるはずの妹たちの声がしない。
それに、なんだか別の人の匂いがする。
深呼吸すると、すぐに一人の人物が脳裏に浮かび上がった。
「マスター、の部屋」
彼女もまた記憶が朧気だが、立香に何か戯れをしようとしていた気がする。
けれど、それ以上の思考はしなかった。
立香の匂いに包まれる毛布やシーツが妙に居心地よく、怠惰な女神はそのまま目を瞑った。
翌朝。
「なんだか……いつもと見え方が違うわ」
ステンノは食堂の椅子に座りながら首を傾げた。
なにかは分からないけれど、目を覚ましてから、視界が色鮮やかになったようなぼやけたような、不思議な感覚が続いてる。
「女神にも不調があるということかしらね……マスター、そこのソースを取りなさい」
「はい、どうぞ」
「この食事も、いつもより深みが増したというか、雑味を噛みしめられるようになったような……マスター、お水を注いで下さらない?」
「はい」
「あの、先輩……」
マシュはたじたじになる。
ステンノは、立香の膝に座り、目の前で食事をしているからだ。
命令された立香は、なるべく下半身を動かさないよう腕を最大限伸ばしてものを取っていった。
互いに、余りに自然のことのように振舞っているが、当然マシュのように慌てるものもいる。
サーヴァントによっては嫉妬やご禁制などと言って暴れだすかもしれない。
だが幸いにも、ステンノは食事を終え、口元を拭うとそっと降りた。
「ごちそうさま。あらマスター、私の配膳も一緒に返却して下さるなんて。では、先に部屋へ戻っているわね」
そういってステンノが立ち去った後、マシュは立香に問いただす。
いつもより少しふくれっ面だ。
「今のは一体どういうことでしょう……私は今、冷静さを欠いているのですが!」
「俺も分かんないけど……今日はステンノの機嫌がよかったのかな」
しかし、それだけではなかった。
いつもは風のようにふわりと現れ、ハチのように毒を刺し、チョウのように自由奔放に去っていく。
けれど今日はハチのように素早く現れ、チョウのように近くをいつまでもヒラヒラと衣装を揺らしながら付いており、時折拭いてもない風に煽られたかのように立香にぎゅっと抱きついてきた。
「どうしたの、ステンノ?」
「?」
(あ、これは本人も意識していないのか)
なんだか今日は、トゲのないバラというか、甘えたがりのネコというか、いつもの悪い笑みが一切ない。
妙に顔を赤らめ、何度も目が合い、というか立香以外のことをあまり見ていない。
見た目相応の少女が、気に入った年上のいとこに寄り添う感じだろうか、などと立香は持ちうる知識を回してステンノの様子を分析しようとしたが、諦めた。
気まぐれな女神のことを、自分が理解できるわけないじゃないか。
「それじゃ……」
立香は自室の前でステンノに別れを告げようとした。
が、彼女はきょとんとしたまま立っていた。
扉を開けると、そのままちょこんと中に入って、立香がベッドに座ると、その横にちょこんと座った。
「エウリュアレ―!! メドゥーサ!!」
立香は叫んだ。
何事かと駆けつけてきた二人に、半ば気が動転したマスターはステンノを押し付けた。
「ちょっとステンノの様子がおかしいんだ、風邪かもしれないからよく休ませて。それと俺はこれからトレーニングだから、またね!!」
耐えきれなくなった立香はそのままダッシュで立ち去っていく。
ぽかんとするメドゥーサ、ステンノの顔をみて、以心伝心により何かを察したエウリュアレ。
対してステンノは、去っていく立香に微笑んで手を振っていた。
□□□
ステンノの不思議な挙動は、その後も1日に収まらず、ずっと続いた。
周囲からみれば、いつものように無垢を装って男をたぶらかしているのだと思った。
だが立香含め数人は、どうも違うように感じつつ、原因も分からないので、なるべく普通に接するようにした。
このあたりの詳細は、文字に起こせば怪文のようにしか見えないため、別所に任せるとする。
立香も段々とステンノの相手に慣れて、自分を好意的にみられて悪い気はしなくなってきた。
□□□
「これが、私たち……」
ステンノは自分でその経験をなぞりながら、少し驚く。
立香がステンノに頼んだ夢の設定は単純だった。
『もしカルデアに召喚されたステンノと自分が出会っていたら』
(そんなの、今と変わらないじゃない)
そう思ったが、立香と真面目に交わした約束だからと渋々従った。
そして改めて自分の行動をみて、今の自分ならもう少しよく考えてことを成したのにと思う。
これは、彼女と立香の見る夢の世界であり、同時に二人のなぞる過去の記憶。
無意識の最奥に追いやられていた記憶を表面へ浮き上がらせて再生しているのだ。
「ステンノ、君は神核を失った代わりに、成長する身心を手に入れたんだね。けれど突然手に入れてしまったから、心のコントロールができなくなっていた。だからあんなにオーバーな感情表現だったり行動に出ていたんだ」
あの夜だってそうだった。
□□□
二人が交わった夜。
互いの汗が肌を濡らし、むせ返るように火照った体で抱き合った。
そのとき、ステンノは言った。
「私……これでもまだ、不安なの」
「何が?」
「本当に貴方に愛されているか」
「こんなにしてもまだ?」
「……えぇ、かつて私がそうだったのですもの。愛するふりを、理想の女神として振舞っておきながら、瞬きする間もなく相手のことを忘れるなんてしょっちゅうでしたから。いいえ、リツカを疑っているわけではないのだけど」
ステンノは愛を覚えて、幸福に至った。
けれど同時に成長を知って不安になってしまった。
もし自分と彼がこのまま成長したら、手に入れた愛を失ってしまうんじゃないか。
成長とは、いつか老いによる醜さを得ること。
成長とは心が揺れ動くこと。
彼は私を愛さなくなるかもしれないし、自分も彼を愛せなくなるかもしれない。
これが幸せの頂点だというのなら、後に待つのは綻びだけではないか。
そんな不安からどうしても、君は愛が永遠だという確証を得たくて、あんな行為に出た。
「ねえ……リツカ、私に令呪で命じて。『いつまでも貴方との愛を、欲しがって、育てて、そして忘れるな』って」
「効くか分からないけど、ステンノの不安が取り除けるなら」
そうして立香はゆっくり一言ずつ、令呪を3つ重ねて命じていった。
彼の身体からステンノへ流れ込む温かな魔力に、彼女は打ち震える。
ああ、これで私は彼を愛する幸せの中にいられる。
けれど、それでも。
「君は自分の中で膨れ上がる巨大な愛の幸せと、それを失う怖さに耐えられなかった」
そこで出会ってしまったのが、かつて自分を切り離した存在、女神トリニティー。
彼女はカルデアで密かにレイシフトし、3世紀の古い信仰による神殿で力を蓄えていた。
そして偶然か必然かは分からないが、立香はステンノとともにその地へ降り立ってしまったのだ。
記憶を失ったとはいえ、元は同一存在。
ステンノは降り立ってすぐに女神トリニティーがいることと正体に気付いただろう。
「そうして、君はいち早く彼女と契約を結んだ。多分、『カルデアが女神トリニティーの邪魔をしないよう協力するから、代わりに藤丸立香を手に入れられるよう協力しろ』とかかな」
「おおむねは、そう。最初はマスターを、リツカを守れるのならと交渉していたのだけど……あの女神なら、私の望みを叶える力を持っていることに気付いたの」
望みとは、立香と永遠に愛しあうこと。
それを叶えたのが女神トリニティーによるこの夢の世界。
こんな魂だけの世界で二人が交われば、精神すら溶け合って永遠に愛を得られるかもしれない。
そうでなくとも他にひとがいない以上、俺は他の女性に余所見することができず、ステンノだけを見続ける。
それが君の望んだ愛の結末なんだろう。
「……」
肯定はしないが、否定もされない。
「じゃあさ……ステンノ。ここまでは過去の話だ。今から、未来の話をしていこうよ」
「未来……そんなもの、考えて何になるというのでしょう。カルデアは敗北し、私と貴方はずっと愛に溶け合う、それが理想ではなくて?」
「うーん」
二人は今、夢の中で作られた立香の部屋で、ベッドに隣り合わせで座っていた。
立香は腕を組んで何やら考え込む。
それは脱出に悩めるという表情でなく、なにやら分かりやい言葉を思案しているというふうだった。
「多分……ステンノは愛について勘違いしているんだよ」
「……どういうこと?」
「自分の中の気持ちを、ちゃんと理解していないってことだよ。だから今から教えてあげたいと思うんだ」
ステンノは困惑した顔を浮かべ、馬鹿なことを言わないでと冷めた顔で立香をみて、それでも変わらぬ立香の態度にもう一度困った顔を浮かべた。
自分は愛を全身で味わい、その気持ちに突き動かされてここまで来たのだ。
これを間違いだとは思わないけれど、なら彼は何を言うのか。
ステンノは目を閉じ、しばらく口元に手を当てる。
今まで立香とすごしてきた日々、それらは一日たりとて忘れることはなく、自分の中に積み重なってきた。
幸せな時間だったけれど、もしそこにもう一つ別の意味があるとするのなら。
「私は……それを知りたい」
ゆっくりと目を開ける。
立香は頷いた。
立香の、カルデアの存亡をかけた、愛の話が始まる。
よく考えたらこの事件はステンノの自業自得では…と思われるかもですが、彼女が何もしなくても別の要因でなってたという話もそのうち出せるかも。
次回投稿は明後日です。