ステンノという愛について【完結】 作:AIRUNo(旧AIRU)
ベッドに腰掛けた2人。
青年と少女は密着するほど近くで、言葉を交わし始めた。
立香の説得が始まる。
「ステンノ、君たち姉妹がいた島にあった、無数の石像。あれは女神に会おうとした男たちだよね」
なぜ私の大事な記憶を知っているの、と一瞬冷たい視線を向けたステンノ。
しかしマスターはサーヴァントの記憶を夢で時々見るということを思い出した。
「えぇ、愚かしくも私たちを求めてやってきた勇者様たち。島には何もなかったから、丁度良いオブジェになって貰ったのだけど……それが何か?」
「その人たちはまだ見たこともない三姉妹の女神に焦がれて君の元へ来たはずだよね。それは愛だった?」
「そんなわけ……いいえ、いいえ。あれは決して、そんなものではありません。例えどれほど誠実な勇者であっても、邪なあの視線が、私と同じものなどでは……あれは獣欲です」
立香は相槌を打つが、それは肯定でも否定でもない。
ステンノの本音を聞き逃すまいとしているものだ。
「陳宮と呂布の関係……あれは愛だと思う?」
ステンノは首を振る。
「あれは主従よ。将軍は自分を活かす軍師のため、軍師は将軍と更なる戦いに出向くために共にいる。それだけでしょう」
「カリギュラがディアーナに吠える感情は」
「狂信。ローマを背負うために傷ついた精神の中、女神に救いを求めただけの、一方的な狂気よ」
ステンノは基本的に人間へ感情向けることはない。
あのギリシャの海において、海を越える勇敢さを持つ男たちは、同時に神々に踊らされる無様さと、宝石や女を求める強欲さを兼ね備えていた。
彼らは飴に集る虫であり、女神の白絹に染み渡ろうとする汚れであり、好きや嫌い以前み、無意識で振り払うようなものでしかなかった。
そんな人間ばかりを見てきたせいで、彼女は例えサーヴァントであれ、無情に振る舞う。
ヘラクレス、オデュッセウス、アキレウス。
彼らが素晴らしい勇者であることを認めつつ、野蛮であることから切り離せない。
精々虫から家畜に評価が上がった程度。
ゆえに。
人間に近づき愛を得ようとしながらも、人間の中に自分と同じ愛があることを認めなかった。
「じゃあ……君と姉妹たちの中にあるものは」
「……」
それは、考えたことがなかった。
「……」
立香と姉妹を重ねてみる。
当然ながら重なるわけはない。
では、立香に向ける愛と同じでないのなら、姉妹を愛していないのだろうか。
(そんなわけない。だって私はいつでも、妹たちを……)
「君は常に姉妹とずっと一緒だった。その気持ちを何と言う?」
「愛……」
自然と出た言葉。
少ししてステンノは、それが自分の声だったと気づく。
そうだ、いつも想っているこの気持ちの名前は愛だ。
「でもそれは、君が神核を捨てて人間に近いたことで得た感情じゃない。女神だった頃からずっと持っていたもの、そうだよね?」
「……そう、私の愛は、生前からずっと」
「じゃあ、俺と君との間にあるものは愛ではないかもしれないよね。だって君が姉妹に接する態度と、俺に接する態度は全然違うんだから」
「……それも、愛。両方とも愛よ……。形は違くたって、二つとも……」
「なら、陳宮やカリギュラ、マシュにダヴィンチ……他のカルデアのサーヴァントたちや職員の持つそれも、形が違う愛といえるかもしれないよね」
「……もう、言葉遊びで私の感情を乱して、否定して……散々に弄ぶのはやめて下さらない?」
「ステンノ、でもね。それで良いんだよ。愛ってのはさ」
少し照れた顔で立香は言う。
恋愛経験の未熟な自分が語るのもおかしいけれど。
「愛ってのは変わるから、愛なんだよ。色んな形を取って、小さくなったり大きくなったりして成長する、それが愛なんだよ」
立香はステンノの手を取って、腰掛けていたベッドから立ち上がると扉を開ける。
されるがままに着いていくステンノは、扉の先が図書館であることに気づいた。
「ここに色んな物語があるけれど、そこに込められた愛の話に似たものはあるけど同じものはない。それは、物語の中でだって、2人が出会う最初から、エンディングを迎える最後まで、変化のない愛なんてないんだ」
「変わらない愛なんて、ない……」
ステンノには奇妙な響きだった。
だって、あの島で三姉妹仲良く暮らしていた頃はそうじゃなかった。
けれども立香は、それを壊すようなことを言う。
「では、私の姉妹への愛は愛じゃないと……そう仰るのかしら」
「いいや、むしろ逆だよ。だってさ、確かにステンノたちの仲はずっと良好だけれど、カルデアで召喚されてから、変わっていったでしょ? エウリュアレはアステリオスの世話をし始めて、色んなメドゥーサが色んなサーヴァントと交流してて……生前の三人しかいない世界とは違う。そのせいで生じる愛の変化が不安だったから、ステンノは霊基を変えようとしたんだよね」
言われて、腑に落ちることがあった。
そもそもなぜステンノは霊基を変えようとしたのか。
それは常に一緒だったエウリュアレやメドゥーサ、カルデアでは自分の知らない側面を作っていく姉妹たちを見て心の隙間を埋めるためだったのか。
あれは単なる気まぐれだとステンノ自身は思っていたのに、立香はそれを見抜いていたのか。
「だから、永遠の愛なんてないって言うか……違うな。愛は成長するものなんだよ。だからステンノが望んでいた自身の成長の、まさにそのものなんだ」
「では私とリツカとの関係は?」
ステンノは目眩がした。
こんなに愛が複雑だとは知らなかった。
そして自分の気持ちがなんなのか、どんどん分からなくなっていく。
不変の愛だと思っていたのに、変化するとはどういうことだ。
「うーん……分からないな」
素直に白状する立香。
単なる恋人というには、あまりに入り組んだ関係であるからだ。
それでもステンノは、愛と言って欲しかっただけに辛くなって眉をひそめた。
「分からないけど、ステンノと一緒にいると俺は幸せな気分になれるよ。ステンノも、そうだよね」
「えぇ……だから貴方とずっと一緒にいたいと、そう思ってこの夢の世界を作ったの」
「だけどね、愛は成長するともっと幸せになれるんだ。だから、俺は、君と一緒に成長して、この気持ちが何なのか確かめてみたい。こんな成長の途中で止まっていたくはないんだ」
「途中……? こんなに幸せなのに、途中だというの?」
「そうだよ。だってもし今が1番幸せだというのならさ、ステンノ」
立香は司書の机にある絵本を手に取った。
紫式部が子供に読み聞かせに使っていた本だ。
ページをめくり、ステンノに見せた。
「君が、そんなに悲しそうな顔をするわけないじゃないか」
そこには、手に入た星が小さく萎み、欲しいものを手に入れたはずなのに涙を流す少女がいた。
(これが私……?)
ステンノはようやく気づいた。
今の自分が、愛に執着するあまり、幸せに振る舞おうと必死になり、幸せなはずが傷ついていたことに。
「だから一緒に現実へ戻ろう、ステンノ! 君が欲しかった愛は、手に収まるものじゃないだろ。空に浮かぶ月みたく、大きく輝いているものだ。それが美しかったから、君は人となって愛を知りたいと思ったんじゃないのか!」
「私……は」
踏み出すのが怖い。
けれど、そうだ。
まだ私の愛は始まったばかりなのだ。
こんな入口で満足できるわけない。
愛を求めるのならば、もっと奥の奥まで味わわなくては。
それに。
「大丈夫だ、ステンノ」
私を支えてくれる人は、隣にいる。
その手はもう掴んでいる。
なにより、夢の中では決して伸ばさなれなかったその腕を、今の私は握りしめることさえできるのだ。
(これが成長……なのかしらね)
これがそうなら……なんて胸の高鳴ることだろう。
決断は既に決まっている同然であった。
強く結んでいた唇の力を抜き、目をそっと拭く。
目の前の人が自分にとって何者か分からないけれど。
好きな人の前くらい、素敵な笑顔でいたい。
そう、女神は微笑んだ。
「リツカ……では貴方に問います」
図書館だった空間が瓦解する。
本棚から本がこぼれ、窓の向こうへと飛んでいく。
頭上には青空。潮騒の匂い。
薄暗い室内の、懐かしくも新しい日差しが差し込む。
「貴方は、私のマスター? 恋人? それとも……?」
「その答えを、一緒に探しにいこう」
そういったとき、立香の足元が崩れ、背後に倒れこみ、そのまま何もない空間内に放り出された。
ステンノは手を離し、ゆっくり離れていく立香を見つめ続ける。
現実に戻れば、立香はマシュたちの元、ステンノは虚月神殿の中と離れ離れ。
そして裏切りを知った女神トリニティーは、ステンノをそう簡単に帰さないだろう。
立香は叫んだ。
「ステンノ、必ず助けにいくから!!」
「待っているわ……永遠にね♪」
そう言って笑ったステンノの屈托のない微笑みに、立香は幸せな気持ちとなって意識を失った。
そして
昏睡から31時間後。
藤丸立香は目を覚ました。
落ちてくポーズは一瞬だけ運命構図になってそう。