ステンノという愛について【完結】 作:AIRUNo(旧AIRU)
特異点から数日後。
カツカツと軍靴を鳴らして歩く背の高い2人組。
1人は愉快そうに、1人はいかつい顔で。
食堂へ向かう廊下で、不思議な組み合わせだと周囲は横目でみる。
「いやはや貴重な経験になりました。敗戦を死して経験する、生前では得難い経験です。また一つ、自爆の……いえ、奇策の糧となりました。貴方もそうでは」
「女神の、愛は……永遠にぃ……」
「なるほど。より信仰に磨きがかかったと。それもまた、素晴らしい経験でしょう」
カリギュラと陳宮の様子を、遠目から眺めるのはカエサルとクレオパトラ。
隅に隠れているようで、彼に丸い腹と彼女の溢れ出る美のオーラですぐ気付かれるのだが、話に夢中な2人には気付かれていないらしい。
「ほれみろ、我が妻よ。特異点より帰ってから、カリギュラは随分と口が達者になっている。詩人の雄弁さにも劣らぬではないか」
「……そうでしょうか? いえ、私もよく話すわけではないのですけれど……」
「勿論だ、なにしろ1度に使う語彙が3つもある! 私と共に「見た、来た、勝った」と合唱できるではないか。んーん、此度の
「(なぜ合唱したいのかは不明ですが……それならむしろ私が一緒に……いえ)カエサル様がそう仰るのなら、きっとそうなのでしょうね。ところで」
「うん、なんだ?」
「最近、頻繁に図書館へ出向き、女司書の話を何やら熱心に聞き入っているそうですが……何か弁明はおありですか、カエサル様?」
「ハハハハハハ、我が妻クレオパトラよ…………時には口より足を動かすべきであるとは、よくいったものだな!」
「今の一瞬であんな遠くに!? ……って、逃しませ〜ん!」
走る2人の様子を、子供サーヴァントたちは羨ましそうに眺める。
「まあ、隠れんぼ?
「私たちも解体したーい!」
「開拓したいー!」
「もう、一文字しかあってないわ。それに廊下を走るだなんて、そんないけないこと……や、やってみたいかも」
「……隠れんぼか」
「ジキル様……そういえば、小説の中ではご友人が『ミスターハイドがいるのなら、私がミスターシークになる』と仰っていましたね。隠れぼを欧米では『ハイド・アンド・シーク』というのになぞらえたのだとか」
「そんなことまで書かれていたのかい? ……うーん、実際言ったのかは分からないけれど、でもハイドを知る人なら誰もが言いそうなことだね」
紫式部とジキルもまたゆっくりと食堂へ向かっていた。
暴れようとするハイドを拘束するためとはいえ、メドゥーサは図書館の壁や柱に鎖で傷つけることとなった。
本や本棚に楔が打ち込まれるのは避けられていたためにl修理自体は早く終わったが、ジキルはハイドを制御しきれなかった自分の責任と考えて、弁償とお詫びを兼ねてしばらく紫式部の仕事を手伝っていた。
「めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし
「月を詠んだ
「ステンノ様ですか。そういえば、あれからどうなったのでしょう。図書館にはいらっしゃりませんが」
「うーん……あれは、そうだな……」
ジキルはしばらく悩んだ。
「僕とハイドよりややこしい状態にあるかもしれない」
□□□
「ステンノ、その格好は……」
「普通の人間の装いですが、なにか?」
特異点を解決し、1週間の休みを貰った立香。
そんな彼の部屋でベッドに寝転んでいるのは、縦縞のセーターを来たステンノであった。
いつもの金属装飾を外し、髪を下ろし、身に纏っているのはl薄いベージュがかった生地のタートルネック。
それは身体の曲線を、小さくも滑らかな胸から腹や臀部の膨らみまで、シルエットを象っていた。
さらに、かろうじて股下を隠す程度の丈により、柔らかな足が殆ど露わとなり、立香はどこに目線を向ければ良いか分からない。
いつもより着込んでいるはずだというのに。
いや、それは問題じゃない。
強烈な格好をしたサーヴァントは他にも大勢いる。
立香が気になったのは、彼女がずっと握りしめている封筒であった。
封を切らず、時折立香をみては、何も言わずそっぽを向いて、足をパタパタとさせる。
何か言いたいことが、あるいは声を掛けても貰いたいことがあるのだと察して、立香はもう一度声をかけた。
「ステンノ、その手紙は何かな。もし俺宛てだったら、中身を読ませて欲しいんだけど」
「まあ、リツカ……女性の手紙を盗み見したいだなんて、例えマスターであってもよろしくなくてよ」
「でもそれ、表に『リツカへ』って書いてあるし……」
「……」
「……」
張り付いた笑みしか返さないので、ただの少年にはこれ以上踏み込むこともできなかった。
飲み物を取ってくるよ、とひとまず部屋の外へ出て、こっそりと頭を抱える。
(あれは一体何を望んでいるのだろう……どう答えれば良いんだ? というか、そもそも)
女神トリニティーを倒したことで、女神の神核はステンノに戻ったはずだ。
そうしてステンノはいつものごとく、いるだけで周囲を魅了する美貌と、天使の笑みでお淑やかかつ残酷に愛を振りまくいつもの存在に戻る……はずだった。
けれど、あんな隙だらけの姿を立香に見せてる以上、あれは神核を抜き取られた姿のままな気がする。
それが立香と愛を交わしたせいならまだしも、特異点以降は特別恋人のように過ごしたわけでもなく、ずっとあのような態度のまま部屋にいるのだ。
(そうだ……多分このステンノは、まだあえて神核を取り込んでいない)
神核ってそんなに出し入れ可能なものなのか分からないが、そうじゃなければ実際説明がつかないと立香は推測した。
では一体、どうして神核を取り込まず、依然あんな態度を取っているのか。
(……分からないときは、誰かに相談するべきかな)
女神に関してのアドバイスならそういうのに詳しくサーヴァントに聞くべきだろう。
となればオリオンとか……いやだめだ、女神トリニティーのログをアルテミスに黙って何度も観ていたのを浮気とみなされて行方不明だ。
そもそもギリシャのサーヴァントは、大体「女神に関わるとロクなことにならない」というのが多数派だし、ヘクトールも「女神さんたちは我が強すぎてな。相棒ならいいが、恋路はやめときな」と諭された。
(恋路がどうとかはともかく、あのままだとステンノは1日経っても部屋から出ていかない気がする。なんとか解決しないと)
そんな時、目の前に見たことのある紫色のツインテールを目にした。
あれは……
「エウリュアレ!」
ピクリとして立ち止まったかと思うと、不機嫌そうな声が返ってきた。
「ちょっと! 気安く女神の名前を呼ばないでよ、人間!」
エウリュアレはなぜか出会った頃の塩対応に戻っていた。
原因はステンノのことでしかありえない。
「ごめん、でも相談があって」
「知ってるわよ。ほら、私の顔をご覧なさい!」
疑問を持ちながらもよく観察すると、いつもの怒りっぽい美貌の中で、目元に僅かだが隈ができていた。
「私が夜中に起こされて。
「それは、俺のせいになるのかな?」
「そうよ! 大体私は、まだあなたのこと認めてないんだからね」
ステンノとの仲を、ということだろう。
エウリュアレは、ステンノと同じく早い段階でカルデアに召喚され、数値的な絆はとっくに上がっている。
だからこれは、心を開いているからこその八つ当たりなのだ。
「じゃあ、どうすれば俺はエウリュアレに認めてもらえるかな。もっと強くなるとか?」
「それはダメ。だって強い方と一緒にいたら、か弱い私たちなんて気分で殺されてしまうもの」
「じゃあ弱くなるとか?」
「それもダメ。せめてメドゥーサくらい、私たちを守れるくらい強くないと、襲いかかってくる人たちを前に一緒になんていられないわ」
八方塞がりだ。
部屋ではステンノが難問を、外ではエウリュアレの説得を乗り越えなければならないとは。
「じゃあ、俺はどうしたら良いんだ……」
「……そうね、確かに貴方は弱いけど、でもいつも貴方1人だけじゃないから強いのよね」
確かに、マスターである立香の周囲には数の多くのサーヴァントやカルデアの仲間が支えてくれている。
自分のできないことを誰かに頼んで乗り越えられるという意味では、その絆こそが彼の強みだ。
「それに肉体は脆いけれど、心は頑丈よね。勇敢な人間は嫌いだし、臆病な人間は私たちの玩具だけど、そのどちらでもないし……」
そう呟いて、エウリュアレはハッとして、そして不機嫌な顔に戻った、
「いーえ! あなたなんて、やっぱりぜーッタイに認めないんだから! 認めてほしかったら、さっさと
お仕置きがひどい。
前に一度、漏れそうなときにトイレの入口でそれをやられて、実に焦ったのも思い出す。
けれど、エウリュアレの話を聞いて、立香は決断した。
「……うん、助かったよ。きっとステンノを元に戻してみせるから」
「? なんですっきりした顔に……いえ、分かったのならいいわ。さっさと行きなさい!」
立香は頷いて、部屋へと戻っていった。
そうだ、あれが答えなのだ。
「ステンノはまだ何かを企んでいる」
彼女はまだ、元の姿に戻りたくない。
神核のない状態でしかなせないことをやろうとしている。
だが依然として成長する心と女神としての態度がアンバランスなままで、上手く行動に移せていない。
もしここで神核を戻せば悔いは消えず、またトラブルを引き起こしかねない。
逆に神核のないまま放置すれば、あの何ともいえない態度は改善せず、エウリュアレの機嫌は悪化していくだろう。
そしてそれを正しく導けるとすれば、立香しかいないのだ。
こうして立香は、ステンノの最後の難題へ立ち向かうことになったのであった。
エピローグとみせかけて、残った伏線を回収しながらもう少しだけ続きます。