ステンノという愛について【完結】   作:AIRUNo(旧AIRU)

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初心なるもの

 

 

「ステンノ、ただいま」

 

「遅かったわね……でも、私の分まで水を取ってきて下さるなんて嬉しいわ。丁度喉が渇いたところでした」

 

(この部屋にずっとこもっているから、そうだと思ってた)

 

 立香は、自室に帰り、出たとき同様にベッドへ寝転がったままのステンノにコップを差し出す。

 そして自分のコップはテーブルに置いたまま、椅子を彼女の顔が見える位置まででもってきてそこに座る。

 

「ステンノ」

 

「はい、なんでしょう……ゴクゴク」

 

 水を飲むため体勢を起こしたステンノに、立香は話しかける。

 穏やかに、けれど真面目な口調で彼女の秘密を暴こうとした。

 

「その封筒って、俺宛てのものだよね。見せてくれないかな」

 

「……なぜそう思うのかしら」

 

「だって、そこに俺の名前が」

 

「いいえ、いいえリツカ……それは早計です。自分の名前があると、それは自分宛て、自分のものと思うのは、強欲に過ぎるものよ」

 

「そ、そうかな」

 

「そうです……偶々メモしたいことがあって、偶々近くに封筒しかなくて、偶々書いた文字が「立香」と読めるように見えるだけ。そういう可能性だってあるでしょう?」

 

「でも……」

 

「それに、名前があるからといって本人に見る権利があると思うのも勘違いです。職員情報、未公開の成績表、プライベートな日記、個人的なメモ……そこに「藤丸立香」という文字が見えたとして、貴方が盗み見していいという理由にはならない。そうではなくて?」

 

「そうかな……そうかも……」

 

 って、これじゃあ駄目だ。丸め込まれている。

 立香は首を振って、意識を集中させる。

 封筒に「リツカへ」と書いてあり、それをステンノが立香の部屋に持ってきて居座っている時点で、藤丸立香に渡すためのもの以外の選択肢はあり得ない。

 だというのになぜ、ここまで焦らしてくるのか。

 実はただの悪戯で、頑張って説得して手に入れたら中身は白紙とか、そんなノリだろうか。

 

 それはないと、立香は分かっていた。

 なにしろエウリュアレが深夜に起こされて添削させられていたのだ。

 彼女が共謀している可能性もあるけど、あの不機嫌さは本物だ。

 それだけ苦労を重ねて書いたものを、なぜステンノは出し渋定るのか。

 立香の出した、結論は一つ。

 

 

(彼女は、照れているんだ)

 

 

 一見すると立香だけがステンノに振り回されている状態。

 けれど一生懸命書いた恋文(ラブレター)を渡すのに緊張するのと同じで、ステンノ自身もまた自分の心に振り回されているのだ。

 それでずっと淑やかな態度で渡せずにいるのなら、やることは一つと立香は決めていた。

 

 正直、立香自身も恥ずかしいのだが、その壁を乗り越えなくては前に進めない。

 立香自ら「二人の関係について一緒に確かめていこう」とステンノに振ったのだから、ここで意地を見せなくては。

 

「ステンノ」

 

「もう、そんなに何度も呼ばなくたって聞いているわ……なんでしょう?」

 

「俺は、君を説き伏せられるほど機転が利かないし、無理やり手紙を奪えるほど乱暴もしたくない。けれど、やらなきゃいけないときには、俺もしっかりとやるから」

 

「……では、どうぞお好きに。私の心が動くか挑戦なさってみて?」

 

 

 

 

 マスターはステンノを強く抱きしめた。

 ステンノは突然のことに、きょとんとした顔のまま固まる。

 

 

 

「ステンノお願いだ……俺に手紙を見せて」

 

 

 

 真剣な立香の声が耳にかかる。

 心臓の脈が密着している分まっすぐに伝わってくる。

 

「ステンノが俺に手紙を書いてくれたと分かったとき、すっごい嬉しかったんだ。だから、そこに書かれた君の気持ちを、読ませてほしくて仕方ないんだ」

 

 立香は額から汗を垂らし、顔を真っ赤にしながらも正直な気持ちを告げていく。

 そうして口を動かすごとに、ステンノを抱きしめる力も自然と強くなる。

 

「教えてくれるまで、絶対に離さないから。だから……ステンノ、教えてくれないか」

 

「そんなに必死になるだなんて、可愛い人ね……」

 

 ステンノはいつものように、冷静にあしらおうとした。

 そうして出た言葉、随分と小さく、そして驚くほど震えていることに気付く。

 先ほどから高まっている心臓の音が、自分の胸から漏れ出ていることも。

 そしてそれが密着しているせいで、彼に全て筒抜けになっていることにも気づいてしまった。

 

 もし鏡があれば、ステンノはそこに茹で上がったように真っ赤な自分の顔を見てしまったことだろう。

 早く離れないと、自分の感情全てが筒抜けになる。

 慌てて力をいれようにも、どこにどう力を入れれば良いか分からないほどステンノは混乱していた。

 

「ステンノ頼む……!」

 

「……! ……!」

 

 気が動転しすぎて、声が出ずパクパクと口を動かす。

 眉を潜ませ、少し出かかった涙を彼の肩に垂らさないよう上を向くことしかできない。

 かろうじて出せた声は、

 

「ダメ……よ、リツカ」

 

「ステンノ!!」

 

「リツ、カ……」

 

 立香も抱きしめるのに必死で、彼女の様子を確認する余裕もない。

 ギブアップ寸前のステンノは、助けを求めるように手を前に伸ばし、ポトリと封筒から手を離す。

 だがそれも、恥ずかしさの余りギュッと目を閉じながら愛の言葉を囁き続ける。

 

 一方で愛を囁くことに慣れているはずのステンノは、そんな不慣れな立香の言葉一つ一つが強く突き刺さり、ついには目が回ってしまった。

 だというのに、いまだ止まらぬ耳元からの声が脳を蕩かせ、その度に心臓は反射的に高まり、身体はビクンと跳ね続けている。

 

「ステンノ、好きだ!」

 

「……! ……ッ!」

 

「愛してる、だから君の気持ちを教えてくれ!」

 

「~~~~~ッ!!」

 

 立香の予想通り、ステンノはまだ女神の神核を体内に取り込んでいなかった。

 言い換えれば女神としての余裕は神核があったからこそ取れたもので、それがない今は初めて恋愛を覚えた生娘より純情な、心のときめきを防ぐことの知らない少女。

 

 僅かに、戦局は攻め手のほうが有利だった。

 

 ステンノは気絶とときめきを繰り返し、数時間にようやく「……私の、負けです」という声を絞りだしたことで決着はつくことになった。

 ただし、そのときは互いに汗と羞恥心で全身がぐちゃぐちゃになっており、しばらくは互いに抱き寄ったまま衰弱で動くことができなかった。

 

 

 そうして。

 汗ばんだ手で、立香はなんとか封筒を開けて中身を見た。

 そこには、几帳面な字で、日時と場所があり一緒に来てほしいという内容が書いてあった。

 時間は良いとして、この場所はカルデアにはないから、恐らくシミュレーターで再現するつもりだろう。

 

 

(夜に、新宿のビルの最上階か……)

 

 

 

 そんな場所に男女2人だけで行くとすれば、恋愛不足の立香にもなにか重大なことがあると予想はつくのであった。

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

 

「どうしました、ダヴィンチちゃん」

 

 管制室にこっそり呼び出されたマシュはモニターを注視するダヴィンチに声をかけた。

 

「あぁ、マシュ。呼んだらすぐ来てくれたね。早速なんだけど、これを見て欲しい」

 

 そこに映し出されたのは、女神トリニティーの作り出した特異点でのデータ解析。

 その予測魔力量の推移グラフをダヴィンチは指差した。

 

「これは観測データや周囲の洗脳された村の人口から割り出した、トリニティーの蓄えたとされる魔力量だ。そしてこれが、特異点崩壊直後、つまりトリニティーが消滅したときに観測された魔力量」

 

 二つのグラフは、当然ながら前から後に向けて減少している。

 トリニティーが宝具に消費した分、倒されると同時に貯蔵が維持できずに放出された分……だから最後に残る魔力は微々たるもので、それも特異点の消滅と共に消えるはずだった。

 

「だけどね、マシュ。あの巨大な神殿に蓄えられた魔力は、そう簡単に全てなくなったりしないんだよ。君たちにもよくイベント……もとい微笑特異点を修復して貰っているけど、その度に聖杯を持って帰ってくるだろう?」

 

 ここでいう聖杯とは、特異点があれば必ずといっていいほど存在する万能の願望機のことだが、大抵は特異点の元凶が己の願いを叶えた後にカルデアが回収するため、万能機という性質が失われ、代わりに巨大な魔力リソースとして活用することになっていた。

 しかし、今回の特異点から帰還したとき、立香を含め誰も聖杯を持っていなかった。

 

「でもね、トリニティーの目的は大聖杯を完成させることだった。だから、彼女はまだ願いを叶えていなかったんだよ。だからもし、大聖杯の完成がまだでも、既にある程度聖杯という機能を有していたとすれば、聖杯として機能したんじゃないかと私は考えた」

 

「! それでこの魔力量の話なのですね。聖杯を作り出すために必要な魔力量が残っていなかったか、計算していたと」

 

「その通り。そして最終的な結果だけどね……このグラフを見る限りは、残念ながらなかった」

 

「そうでしたか……あれ、でしたら今までの話は」

 

「けれどね、これは巧妙な罠だったんだよ。いやぁ、帰還した立香くんがちょっとした疑問を持ってくれなきゃ分からなかった」

 

 ダヴィンチはキーボードを打ち、別の数値を入力する。

 

「彼とジキルくんは一度ステンノからトリニティーが生まれるまでの記憶を失っていてね。立香くんは無事に思い出したそうなんだけど、そのときの報告で『ステンノが霊基をいじる魔術の際に変な器を使っていた気がする』と、うろ覚えのままポンと呟いたんだ」

 

「辺な器ですか……そういえば、帰還後に先輩の部屋から大量の薬品や素材の空瓶が見つかっていましたが」

 

「そう、だから私もその中の一つかなと最初は思ったんだけどね。質問のために同席していたメドゥーサが『あぁ、それは多分聖杯ですね。ハイドが仰っていました』と言っていてね。確認したら、確かに聖杯が一つカルデアの金庫から盗まれていたんだ。更にメディアなどからの話も聞いて情報を整理すると」

 

 そしてダヴィンチが出したのは、その「カルデアから盗まれた聖杯」を考慮して再計算したグラフである。

 そこには、女神トリニティーの出現に掛かったコストや、ステンノ自身の霊基を差し引いても、今ままでの特異点に存在した聖杯と同じだけの魔力量が存在した、という結果になっていた。

 

「分かるかい、マシュ。つまりこれはね、特異点に聖杯は存在していた、という分析結果になるんだよ」

 

「待ってください……でも、先輩や同伴していたメドゥーサさんたちは聖杯を確認していませんし、特異点が正常化したということは、少なくとももうあそこに聖杯はないということになるのでは」

 

 特異点は聖杯を核に存在することが多く、逆にいえば聖杯を回収しない限り特異点は残り続けるし、回収すれば修正されるとも言える。

 

 

「うん、その認識で合っているよ。だからね、そうなると答えは一つなんだ……」

 

 ダヴィンチは困った顔をした。

 

 

「女神トリニティーが倒された直後に、誰かが聖杯を使って破棄した。それは前々から計画されていて、今の今まで上手く偽造されて誰にも分からないようにされていた。もし立香くんの記憶がもう少し曖昧なら、完全犯罪が成立してしまうくらいに」、

 

 

 

 そして、そんなことができる女神などただ一人しかいないことを、二人は言葉にせずとも分かっていた。

 

 




少し前だと壁ドンや顎クイも胸キュンだったらしいですが、キザすぎるのと見つめ合い続けるのが耐えらなさそう。

物語の始めは勢いで書けますが、まとめるのは勢いだけだと難しいので、ちょっと遅くなっていますが、最後までお付き合いくだされば幸いです。

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