ステンノという愛について【完結】   作:AIRUNo(旧AIRU)

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間が空いてしまいましたが…


成長できるもの

 

 高層ビルのガラス張りを通して眺める新宿の夜景は、シミュレーターであっても美しいものだった。

 闇を照らす小さな部屋の明かり、自動車のライト、並ぶ街灯。

 それらが地上に落ちた数百、数千の星々のように、眼下を照らしていく。

 

「綺麗、と貴方は思う?」

 

 レストランの窓際テーブルで、目の前に座るステンノは夜の街を見ながらそう尋ねた。

 硝子の散りばめられたシャンデリア、複雑な模様の描かれた赤い絨毯や白い壁の空間に合うよう、白いフリルのついたドレスコード。

 それはいつもの恰好なのだけれど、かえってこの場が特別な場所なのだと立香に思わせた。

 立香自身も、持ちうる服の中で一番フォーマルなスーツを着てここにいるわけだが。

 

「どうだろう……あんまりこんな場所に来たことがないから、緊張してよく分からない……」

 

「フフ、シミュレーターなのに?」

 

 ステンノは満足する回答だったのか微笑みをみせた。

 白い肌はシャンデリアの光でキラキラと表面が輝いている。

 マスカラをしてないのに整った睫毛、コンタクトもないのに深みのある紫水晶のような瞳、チークもないのに艶やかな唇。

 その笑いがいつもより色っぽいのは、単に雰囲気のせいだろうか。

 

「こちら、お水となります」

 

 小さなウェイトレスが側に来て、そとコップを置いていく。

 それは給仕服を着たランサーのメドゥーサである。

 大人になりたくて背伸びした子供のような可愛さがあるが、表情はいたって真面目なものだ。

 

「あ、ありがとう、メドゥーサ」

 

 ぺこりとお辞儀をして、彼女は厨房のほうへと帰っていった。

 周りをよくみれば、周囲の客は竜牙兵、つまりメディアがよく使う骸骨の姿をした兵士たちばかりであり、その注文を慌しく受けているのは大中小の給仕メドゥーサたちだ。

 なぜなのかはまあ、この場所を用意したのがステンノだからと立香には察しがついていた。

 

「マスター、いくら初めてこんな場所に来たとは、こういう場であまりキョロキョロとすると却って目立ってしまうものよ。それとも、私を前に恥ずかしがっているのかしら……でも、今夜だけは緊張しなくていいから、目の前の相手だけをしっかりと見ていなさい……そう緊張しなくても」

 

「は、はい……」

 

 (たしな)められて、改めてステンノを見る立香。

 それにしても、わざわざ手紙を渡してこんな場所に呼び出すとは、何を考えているのだろう。

 そう尋ねてはみたいが、恐らくそれはこの食事が済む最後まで教えてくれないだろうと分かっている。

 

「それにしても、厨房の料理は誰が作っているのかな。ブーディカとか?」

 

「いいえ、ここには駄妹の給仕を除いて、私とマスター以外誰もいないわ。だから安心して……何をしても、二人の邪魔をされることなんてないから」

 

「食事をするのに邪魔が入ることはないと思うけど……なら、うん。少し気が楽にはなったよ。王様たちとかと一緒に食事をすることもあるけど、皆座り方や食べる所作が綺麗な分、俺も変に意識しちゃってさ」

 

 正しい所作やテーブルマナーをあまり知らないけれど、失礼を感じさせる相手がいないのなら助かったと、立香は肩の力を抜いた。

 ステンノは右手で口元を覆い、また小さく笑って見せる。

 

「まあ、面白いわ……ええ、そうね。カルデアには色んな身分の方がいらっしゃいますもの。それを一人一人に合わせて接しているリツカだからこその悩みね。なら……私と一緒にいるときは、何を意識しているのかしら?」

 

「ステンノに対して意識していることかぁ……うーん、女神だからあまり失礼のないようにとか」

 

「でもメソポタミアの金星の女神や、インドの愛の女神に慣れ慣れしく接していなくて?」

 

「イシュタルやカーマは……なんだか、自然とそう接していたから」

 

「そうね、無意識的にでしょうけど、どんな相手にもなるべく自然体で接しようとするのが貴方ですもの……気づいてないようだから言うけれど、私に対する貴方の態度も本来女神としてなら不遜に過ぎるというものよ」

 

「あ、ごめんなさい……」

 

「いいえ、起こっているわけではないの。むしろ嬉しく思います。だって……」

 

「お待たせいたしました」

 

 ステンノの話を遮るタイミングで、ライダーのメドゥーサが料理を運んできた。

 知的な眼鏡とエプロンがよく似合う、どこかの看板娘にもなれそうな給仕姿だ。

 

「……給仕さん?」

 

 ステンノが恐ろしいほどにこやかな笑みを浮かべていた。

 料理を並べたメドゥーサは、その姿に「ひッ……!」小さく悲鳴をあげた。

 

「貴方がどうして一流の給仕になれないか分かる? 私が思うに、きっと経験が足りないからだと思うの。だから明日から、海に出てカツオを千匹釣ってきなさい? それまで戻ってこないこと、因みに一匹でも腐らせたり傷があったらやり直しよ」

 

「ま、待ってください上姉様! 田んぼの耕作の段階からコメを作って、目的の1トン収穫し終えて帰ってこれたのがつい先週なんです! ……ですから!」

 

「給仕さん……今私たちは食事中なのが分からない? それとも、客への泣き言を言うのは、洗面台の鏡の前でなく私の前だと勘違いしているのかしら。やはり1万匹釣る修行が必要なのではなくて? 以前用意したセーラー服でも着て、早く太平洋に出航なさい」

 

(カツオの量が増えてる……)

 

 ううぅ……と項垂れて厨房へ帰るメドゥーサの背中に哀愁を感じつつ、後でステンノに掛け合って助けてあげようと立香は思った。

 それはそれとして、今は料理を食べないとステンノの目論見が分からないと、視線をテーブルへとむけた。

 高級レストランで出される料理だ、どんなものだろうと期待していたのだが

 

 

「……オムライス?」

 

 

 黄色い楕円形の盛り上がりに、上にはケチャップで赤いハートのマーク。

 下には橙色のケチャップライスが覗いている。

 見た目は平凡で、プロの料理人が作ったというよりは、子供が家庭で一生懸命作ったものというような感想を立香は持った。

 

「どうしたの、リツカ? あまりの出来に言葉を失った?」

 

「そう、だね……びっくりしてる」

 

「高級レストランが初めてなら、それも仕方ないわね。私からすれば精々及第点のものだけど、味わって食べなさい」

 

 ステンノとオムライスの間を何度も立香の視線は行き来した。

 震える両手を合わせて、「いただきます」と告げると、ステンノはうんうんと頷く。

 手に持った金属のスプーンでオムライスの端を(すく)って、ゆっくり口に入れる。

 

「おいしい」

 

 それは少し前に作られたばかりのような、家庭的な味わいだった。

 高級料理店の味がどんなものか立香は知らないが、少なくともレストランで出るようなトロトロの卵だとか、下味の聞いたライスとかではない。

 当たり前のレシピで作られた、少し卵が硬めで、炒めが不完全なコメに玉ねぎや細切れの肉が混ざった、昔よく買ったバターの匂いが沁み込んでいる風味。

 それはなんだか、家に遊びに来た友人や家族のために作られたような、素朴だが愛の篭っている味だった。

 

「うん、おいしいよ。カルデアで食べるオムライスもすごく美味しいけれど、こっちはなんだか懐かしくてクセになる味だ」

 

「そう……ならよかった」

 

 ステンノは、ふいとそっぽを向いた。

 口元を手で大きく覆い、向いの席から見えないようにしている。

 ステンノのほうにもオムライスはあるのだが、そこにはケチャップがジグザグにかけられているだけでハートマークがない。

 そして彼女は、口元を隠している以上、口にものを運ぶことができなかった。

 

「あれ、ステンノは食べないの? 冷めちゃうよ」

 

「いえ、私は……って、もう食べ終わったの」

 

「うん、そうだね」

 

 緊張が解けた反動で食欲が湧いたのもあって、ペロリと食べ終えてしまった。

 すると、ステンノはそっと彼の方へ自分の皿も寄せる。

 

「もし……もしそんなに気に入ったのなら、私の分も食べてくださって結構よ」

 

「ステンノが良いって言うのなら、貰おうかな。ありがとう」

 

 そうして二皿目を美味しそうに食べていく立香の姿に、ステンノの顔はさらに緩んだのだった。

 

 

 

 □□□

 

 

「ダヴィンチちゃん、この診断結果を見てください」

 

「おやこれは……マシュ、説明してくれるかい」

 

 管制室で、ステンノに対する調査を引き続き行っていたマシュとダヴィンチ。

 女神本人に確認してもはぐらかされると判断し、まずは客観的な情報から手がかりを探していた。

 

 マシュが画面に表示したのは、サーヴァントたちの定期的なバイタルチャックの検査結果。医療系サーヴァントとたちにも協力してもらい、霊基に異常がないか、魔力供給の不足や過剰はないかといった項目を調べたものだ。

 マシュはそれを、2つ分並べて表示していた。

 

「こちらは、過去のステンノさんの結果を一覧にしたものです。特段異常はありません。そしてもう一方は」

 

「エウリュアレ、のものだね。流石は同一体ということもあって、数値もぴたりと一致している」

 

 ステンノとエウリュアレの結果は、小数点より下まで寸分違わぬものだ。

 内容としても、特に異常はみられない。

 そして検査の最終日は、数日前になっていた。

 そこをマシュは指摘する。

 

「確かに特段、大きな異常はありません。ですがエウリュアレさんの結果を見てください、ここ数カ月は連続して健康面での結果が悪くなっています」

 

「知っているとも、最近は理想の少女像だというのに、彼女は目にクマを作っていたね。だから今は睡眠魔術を受けて、熟睡しているとも聞いている……なにかしらの理由で夜更かしが続いていたせいだろうね。ステンノ関連だとは察しがつくけれど」

 

「それなんです、見てください。この二つのバイタル結果の推移が、瓜二つということは、エウリュアレさんの体調が悪化するにつれて、ステンノさんの体調も悪化しているということなんです」

 

「……でも、ステンノは様子がおかしいのはいつものこととして、調子が悪い様子はなかった」

 

 ダヴィンチは考え込む。

 計測ミス以外で、考えられる理由は3つ。

 1つ目は、同一体ということで、エウリュアレのバイタルの悪影響がステンノのバイタルにも影響したということ。

 だが、それはステンノが依然として元気なことから説明がつかない。

 

 2つ目は、ステンノは具合が悪いのを隠して元気にふるまっている。

 だが、具合が悪いのなら薬や処方を受けて楽になりたいのが自然なはず。

 

 3つ目は、エウリュアレがステンノと偽って検査を受けたということ。

 これなら値が同一であることも、ステンノの様子とバイタル結果の矛盾は解消できる。

 しかし、そんなことをする理由がない。

 

 いや、もし理由があるとすれば。

 

「……もしかして」

 

 

 

 

 □□□

 

 食事を終えて、立香はしばしの間ステンノと話しながら腹を休めていた。

 気付けば周囲の竜牙兵やメドゥーサたちはいなくなり、灯りは自分たちの近くのみとなり、二人だけの空間となっていた。

 店が閉まる寸前のような空気だが、お陰で外の夜景はより鮮明に映るようになった。

 

「この場所をわざわざ用意してくれてありがとう。楽しかったよ」

 

「ええ、私もよ。ただ、もう少し待って。まだ……」

 

「……?」

 

「もう少しだけ、私がちゃんと伝えられるようになるまで、待っていてください」

 

 ステンノはそれだけ告げると、下を向いて黙った。

 夜に高層ビルのレストラン。二人だけの部屋。そしてこの態度。

 恋愛には(うと)い立香ですら、それが何を意味しているかは悟った。

 だから、静かに頷いた。

 

「分かった。待つよ」

 

 そう言って、緊張させないよう視線を外の夜景へと移す。

 ガラスには自分の姿が半透明に反射して、身の丈に合わない服を着ているなと今更思った。

 けれど、気づけば随分と成長していた。

 

 カルデアに来てから数年、魔術に掛ただの一般的な少年だったはずなのに、背丈も伸びて、顔つきも大人びて、青春というものがあるのなら、きっと始まりではなく終わりに近づいている。

 毎回生き残るのも大変な任務ばかりで、こうやって自分が成長していることを確認する機会はあまりなかった。

 サーヴァントたちの外見は成長しない分変わらないため、その中にいるとつい自分の成長を見逃してしまうのかもしれない。

 

 一方でステンノは、その姿をずっと見ていた。

 隣で成長していく人間。年を重ねて、経験を積んで、大人になっていく少年。

 その心の距離が縮まるほど、理想の女神として、生前から決して成長することのない自分と比べていた。

 

 サーヴァントとして召喚されたことで、初めて得た生前とは違い、戦闘に参加できる程度には強化された肉体の感覚。

 この感覚を、立香は常に味わっていて、それでいて自覚していない。

 だから距離が遠くなることにも気づかず、そうして彼がいつか老いて死ぬときも、戦闘で傷を負って死ぬときも、ステンノは変わることのできない肉体のまま側でほほ笑みその最期を看取ることしかできない。

 

 

 それがたまらなく嫌だと思ったから、今ここにいるのだ。

 立香がガラスに映る自身を眺めているのを見つめてそう感じると、ステンノの声は自然と漏れ出ていた。

 

「リツカ……!」

 

「うん」

 

 絞りだす声に、立香は頷くと改めて姿勢を正した。

 ステンノの顔は、微笑むわけでも、無表情でもなく、胸の傷を抑えながら普通にふるまおうとするような、少しだけ眉を潜めた切ない表情を浮かべていた。

 

「貴方と私は、ともに多くのときを過ごした……けれど、それだけでは満足したくないの。私は貴方と、もっと、ずっと、叶うのならこれからも一緒に生きて、一緒に死ぬまで側にいたい。ですから……」

 

 取り出したのは、小さな箱。

 それをマスターの前に置いた。

 

「もし貴方もそう思ってくれるのなら、これを受け取ってくださらない……?」

 

 立香はその箱を手に取り開く。

 その中には、ステンノのものと同じ、一つの指輪が入っていた。

 

 

 

 □□□

 

「マシュ、分かったよ。やはりエウリュアレは、ステンノと偽ってバイタルチェックを受けていたと考えるのが無難だ」

 

「では、分かったのですね。ステンノさんの数値の理由が」

 

 先ほど3つの推測を立てたダヴィンチ。

 それはどれか一つなのではなく、同時に起きていたとすれば。

 

「ああ、恐らくステンノはバイタルに大きな変化があった。それを誤魔化すために、エウリュアレに検査を肩代わりさせたんだ。ただし、エウリュアレ自身も、ただ寝不足なだけじゃない、ステンノの変化に共鳴する形で体調を大きく変化させ、結果具合が悪くなってしまった……これが私の考えだ」

 

「それで、その大きな変化というのは」

 

 マシュの問いに、一拍おいてダヴィンチは答えた。

 女神トリニティーはステンノが神核を放棄して生まれた。

 そして今、もしまだ神核を取り込んでいないとすれば。

 聖杯に、そうなることを願っていたとすれば。

 

 

 

「……受肉だ」

 

 

 

 ステンノは魔力体であるサーヴァントの肉体を放棄しようとした。

 そうして聖杯に望んだのは、恋の相手であり、成長する憧れの存在と、自分の差を埋めようとすること。

 

「マシュ、ステンノがどこにいるか探してきてほしい。もしこれが正しければ、リツカくんたちと同じ人間としての肉体を得ようとしている。あるいは、既に得た状態なのかもしれない」

 

 

 

 




次で(多分)最終話です。
最後まで楽しんでいただけば幸いです。
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