ステンノという愛について【完結】   作:AIRUNo(旧AIRU)

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最終話……のその前に。


幕間 童話に愛がないのなら

 

 もしこれが御伽話なら、指輪を受け取り2人は末長く幸せに暮らしましたと書かれて終わるだろう。

 だが、ありきたりな結末を求める読者はいないし、現実はより偶然を重ねて奇抜さを生むことを忘れてはならないと、アンデルセンは語る。

 

 物語の基本は、人間観察。

 一人一人のささいな行動が、ドミノのように互いに連鎖し、大きな波へと膨れ上がり、それが喜劇にしろ悲劇にしろ、物語全体に渦を作る。

 

「つまるところ、人間にとって最初の波紋とは、大抵が恋か愛にすぎん! そして作家とは、いつの時代もそんな下世話な話を言葉で美しく飾り立てようとする変わり者だらけだ」

 

 紫式部の朗読会の後、アンデルセンは皮肉混じりに彼女と語り合う。

 アンデルセンは恋だの愛だのが詰まった物語が嫌いであり、しかしそれに魅かれては縋り付く自身を自嘲するかのように皮肉を重ねているのだ。

 日本史に名を残す恋愛劇の作家である紫式部も、それに同意しつつ若干の修正をいう。

 

「そして物語の始まりに愛があるとすれば、その結末もまた愛の話に落ち着くのです」

 

 アンデルセンにそう彼女が語ったのは、奇しくもステンノに悲劇が訪れるときであった。

 

 

 □□□

 

 まず、シミュレーターの管理には内部の人間以外に、外からの監視者が必要である。

 ゲームで言えばプレイヤーを見守る運営者、異常が起きた場合に逐一修正や緊急停止を行う存在である。

 

 最初、ステンノは3人にその役割を命じた。

 姉妹であるエウリュアレ、彼女に懐く巨躯だが純真な少年アステリオス、そしてまたもや巻き込まれた魔女メディアたちである。

 

 3人がいたのは最初の10数分くらいだろう。

 まずエウリュアレが眠気(と惚気)のあまり「部屋に帰るわ」と脱落した。

 そして帰るのに足を動かすのも面倒だと「アステリオス、肩に乗せて送りなさい」と命令し、2人とも出て行った。

 残ったメディアも

 

「なんでよりによってこの復讐の魔女に、こんな初々しいデートを見せつけてくるのかしら! 私の逸話に1ミリも興味ないの!?」

 

 と、歯軋りを部屋中に響かせつつ、ただマスターに異常があれば面倒だからと耐えていた。

 竜牙兵を出して操るサービスを見せたのも、苦言を言いながら断り切れない甘さのためだ。

 が、遂にその甘さに拒絶反応が出始め、全身に鳥肌がたった時点で離脱を決意する。

 

(代わりの人間を捕まえましょう。動作自体は正常ですし、緊急停止のボタンだけ教えれば万が一のことがあっても耐えれるはず)

 

 そして扉を開けたところに、丁度よくアルテミスから逃げてきた小熊のオリオンと遭遇する。

 移り気の多いギリシャ男の彼もまたメディアはマテリアルの苦手なものに書き足したいくらいだが、背に腹はかえられない。

 

「ほら、そこの管制室に隠れていなさい。あそこなら月の女神も滅多に来ないでしょう。そして私の仕事を代わりなさい。さもないよ今すぐ石にして女神に差し出すわよ」

 

 前門のメディア、後門のアルテミス。

 選択余地のないオリオンは渋々承諾する。

 

「いい、このボタンは何か異常がない限り絶対押しちゃダメ。その小さな頭にこれだけは叩き込んでおきなさい」

 

 それだけ言うと、メディアはフラフラとその場から逃げ去った。

 さて、これだけなら問題はなく、たとえオリオンがアルテミスに見つかっても酷いことは起きなかっただろう。

 

 が、そこにもう1人の作家であり、ギリシャの流れを引くローマ皇帝が加わる。

 

「おお、丁度いいところに部屋があるではないか。すまないが、しばらくここで休ませてくれ。久しぶりにジョギングをしたら疲れてしまったところでだな……」

 

 扉が開いて入ってきたのは赤い司令官の服を着たカエサル。

 クレオパトラから逃げ、なんとか巻いたものの怒りが収まるまで隠れる場所を探していたところである。

 カエサルは得意の弁論術で中にいる者を説得しようとした。

 が、オリオンの姿を見た時、互いの視線は交わされ、似た境遇同士言葉を交わさずとも全て通じ合ってしまった。

 そうして小さきクマと大きな人間は硬い握手を交わしたのである。

 

 

「ほう、これが青春というものだな。我が作家仲間が見れば皮肉が1週間は止まらなくなるだろう若々しい。私もクレオパトラと初めて会った時のことをつい思い出してしまうというものだ」

 

「分かるわー。俺も生前モテモテだったとはいえ、どこかの美人さんとこんな恋をもう一度してみたくなるわ」

 

「ほう、しかしオリオン殿には既に相手がいるではないか」

 

「それはそれ、これはこれ。目の前に美しい方がいれば声をかけざるを得ないのが人間でして。クマの俺が言うのも何だけどさ」

 

「いやいや、分かるとも! 美しき物を見ればまずは愛そうとする……実に当然のことだ。その理解が妻には伝わりにくいのが難点だがね」

 

「カエサル、お前もか……」

 

 シミュレーターの監視そっちのけで、普段人前では決して語れない下世話に盛り上がる男たち。

 都合の良い浮気の解釈、恋人への誤魔化し方やアリバイ作りなど、メディアがいれば何度石にされたか分からないような話題が次々湧いてくる。だが最終的には

 

「そうは言っても、やっぱりアルテミスには可愛いとこもあるんだよ。見た目の話だけじゃないくてさ。それに色んなものにキラキラ目を輝かせる姿見てると、一緒にいる俺も楽しくなるというか」

 

「クレオパトラもそうだ。気高さと向上心は諸王より優れ、至上の美貌と褒められることに甘んずることなく、研鑽を怠らない。私には勿体ないと思うこともしばしばだ」

 

 そんな惚気をかましていたところ、閉めていたはずの扉が突然開かれた。

 なんだと顔を上げた瞬間、子供サーヴァントたちがカエサルに向かって飛びついてきた。

 追いかけっこはまだ続いていたのである。

 

「これは何事か! ちびっ子たちよ、一旦落ち着きたまえ、うぉっと!?」

 

「ダメよ、私たちカエサルのおじさまが悪いことをしていたの知っているんだから! その大きな身体はアッペルクーヘンを食べたせいだったら、話は女王様との裁判でじっくり聞くわ!」

 

「解体だー!」「開拓だー!」

 

「ちょ、あんまりドタバタするな、じゃりっこたち! ここはシミュレーターの大事なスイッチがいっぱいあるんだぞ!」

 

 オリオンは注意するも、狭い部屋の中で動き回る子供たちを止められない。

 本来の人間体なら外へ全員つまみ出すこともできようが、今の小さな姿では逆に放り出されてしまう。

 と、子供1人がスイッチの方をじーっと見ているのにオリオンは気づいた。

 しかもそれはメディアに何かない限り絶対押すなと言われていたボタンのあるところ。

 

「おいそこの金髪のお嬢さん! それは押しちゃダメなやつだから、絶対押すなよ! 良いか、絶対押すなよぉッ!?」

 

「金髪って……私のことかしら?」

 

 振り返った少女は、髪の色が白くなっていた。

 そして誠実そうな表情から一転、悪戯っ子を体現したような、ギザ歯を大きく見せた笑みをみせた。

 

「でも、押してはダメなんて言われたら……ついつい押したくなっちゃうわ。だって私、悪い子なんだもの」

 

 悪い子代表、アビゲイル・ウィリアムズの声は猫が踊るように弾んでいた。

 あ、これは止まらないやつだ。

 

「だがそれでも俺は止めてみせグハァァッ!!?」

 

 力を振り絞って飛んだは良いもの、少女の足元から突如現れた巨大な触手によって壁にまで吹き飛ばされてしまった。

 少女は右手の人差し指を大きく頭上に掲げると

 

「えーい♪」

 

 

 ボタンを押してしまった。

 

 

 そして次々に他のボタンをも押していく。

 カエサルはいまだ他の子どもたちに追いかけ回される。

 外には逃げた恋人を追跡るアルテミスとクレオパトラ。

 海軍調のセーラーを着て、釣り道具を用意するよう頼むメドゥーサたちと呆れるエミヤ。

 メディアは腹いせとしてイアソンに魔術を振りかざす。

 そんな騒動を何一つ知らないまま、アステリオスが側にいる中、個室でエウリュアレはとても良い笑顔でぐっすりと睡眠をしている。

 

「然るに、だ。恋すれば迷い、愛すれば苦しむ。だというのに現実にそれがあるとするとほざくのなら」

 

 アンデルセンはハート型のクッキーを噛み砕く。

 紫式部の用意したお茶とともに、甘い味を奥へと飲み込んだ。

 

 

「ならば、それが一時の恋か気まぐれな愛か、はたまた真実の愛というグロテスクなものなのか確かめたいのならば……最後まで追い詰められば本性を表すものだ」

 

 




今日で最終話と思いきや、バレンタインのイベントを見ながら書いていたら思いのほか長文になったので、少し分けさせて頂きました。
こんな話を書いていたら、ランダムチョコでまずステンノが当たって声を上げてしまいました。これが運命!
明日、明後日には更新できますので、気長にお待ちいただければと思います。
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