ステンノという愛について【完結】   作:AIRUNo(旧AIRU)

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最終話です。


ステンノという名の物語

 大都会といえど、夜は肌寒い風が吹く。

 天空で崩れかけた高層ビルともなれば、空気がうなりを上げて襲い掛かってくる。

 

 だからこそ立香は、抱きしめた小さな少女の身体から、いつも以上に熱い体温を感られた。

 絶対に放してはいけないと、ゆっくりその背中までまわした腕を緩めながらも、最後にその両手を上からぎゅっと握りしめた。

 

「ステンノ……いける?」

 

 頷いた彼女の手を、もう一度強く握りしめた。

 

 シミュレーターに異常があったことは、きっと誰かがすぐに気づくだろう。

 問題は、そこから立香の救助にどれだけ時間がかかるかということだ。

 

 この斜めに傾いたビルの上層階に留まり続けて、時間を稼げることに期待するのか。

 一方で窓の外には、なにもない夜の空が広がっている。

 

 息を吐くと、冷たい空気が肺に入ってくる。

 

 人間からすれば落下すれば気圧の差で失神するだろう。

 しかしステンノはサーヴァントであり、立香の持つ精一杯の正装とは、カルデアで用意された対特異点用の魔術礼装である。

 

「ステンノ、一緒に飛んでくれる?」

 

「バンジージャンプなんて縁がないと思ったけれど……そうね、貴方となら楽しめるかもしれないわ」

 

 そして二人は。

 

 窓の向こうへジャンプした。

 

 

 

 耳元でひゅうという風切り音がして、二人は重力に従い落下する。

 白いフリルが白鳥の翼のようにはためき、紫のツインテールは空から地上へ落ちる流星の筋のように、一直線となる。

 その彼女をしっかり抱きしめる。

 立香は魔術礼装のお陰で、空気抵抗自体や気圧変化であれば耐性がある。

 なにしろ今までの特異点ではありとあらゆる場所に突然転移されたり、調査を要請されてきた。

 その度に礼装は効率化され、それでも落下が怖いことには変わりないけれど、覚悟を決めて自ら落ちることを選ぶくらいには信頼を持っていた。

 

「ふふ、リツカ。私に見とれるのは分かるけれど、周囲も御覧なさい。珍しい景色になっているわよ」

 

 言われて立香は、周囲の様子に気付いた。

 シミュレーターの暴走によって、街は消失しかけている。

 そして一部の建物はバグを起こし、崩壊する建物とは反対に空へと昇っていく。

 あるいは、いくつもの雲が明らかに低い高度で立香たちの下に浮かんでいるし、逆に地面にあいたいくつもの穴の、その向こうは星空へと続いている。

 視界がどこを向いていても、星空があり、街の夜景があり、煌めきが螺旋を描いている。

 

 立香はオープンワールドのゲームで、プレイヤーやキャラが地面をすり抜けるバグに遭遇したとき同じような、世界の裏と表が交わるような世界をみていた。

 

 確かに地上へ向けて落下しているはずなのに、自分は空に向かって落ちており、ビルの横を通りすぎると、またビルが生えてくる。

 それはエミュレートという意味では破綻していたが、幻想的な景色としてみれば現実ではあり得ない美しいものであった。

 

「ねえ、リツカ。このまま空に落ちていけば、貴方はギリシャの英雄と同じように星座となれるかもしれないわね。試してみる?」

 

「生きているうちは、まだ良いかな……。ステンノ、着地は大丈夫そう?」

 

「ええ、ちゃんと地面が近づいたら受けて止めてあげましょう……本当は、こんなこと殿方の役割なのですけど。他のサーヴァントを呼ぶという考えはなかったのかしら」

 

「ごめん、でもその……こんなときではあるんだけど」

 

「なにかしら?」

 

「折角ステンノが用意してくれた場所だから、できるだけ長く二人っきりでいたいなと思って」

 

「……そうね。それにもう、着地の心配をする必要はなくなったみたい」

 

 街の消去が進み、ついには建物の一つもなくなった。

 落ちる先の地面すら消えて、彼らは本当になにもない宇宙の中を漂うことになる。

 星々の合間を通り過ぎ、惑星を横目に、立香とステンノはどこまでも飛んでいく。

 そういえば、と立香は太陽と月の重なりをみて思い出した。

 

「……そうだ、ステンノ。これ、ありがとう」

 

 立香が懐から取り出したのは、ステンノが渡した指輪であった。

 

「……てっきり、落としていたものだと思っていたのに」

 

「大事なものだから、ビルの揺れがあったとき、咄嗟にしまい込んだんだ。箱の方は、拾えなかったけれど」

 

「そう、持っていてくれたのね……フフッ」

 

 自然と顔のほころんだステンノ。

 更に彼が今この場で、リングを指に通してくれたのだから、たまらない。

 喜びの表情を浮かべつつ、それを悟られないように彼の胸へ顔を押し付けた。

 

 その一方で、立香はもう片方のポケットを探った。

 

「それと、もう一つ俺から渡したいものがあるんだけど」

 

 そう言って取り出したのは、ステンノが用意したのと似た小さな箱であった。

 抱き合ったまま、今度は落とさないようにステンノの指にしっかりとそれを握らせる。

 見た目に対して軽い感触に、ステンノは中身への想像を膨らませた。

 

「……開けてもいい?」

 

「うん、もちろん」

 

 ステンノが開くと、そこには。

 

 

「指輪……?」

 

 ステンノは固まる。

 考える。

 頭が真っ白になる。

 そしてもう一度考えて、ようやくハッと気づいた。

 

 同時に、すべてが繋がった。

 なぜ立香がステンノから贈られた指輪をみたとき、一瞬悲しそうな表情をみせたのか。

 

 もしかして。

 

 

「本当は、俺も準備していたんだよ。ステンノをデートに誘って、もし渡す機会があれば渡そうと計画してたんだ。でも先にあの高級レストランに呼ばれて、もしかしてステンノも、って思ってたら……先に渡して驚かせられなかったのは残念だけど、でも受け取ってくれないかな」

 

 ステンノは、一旦大きく深呼吸をした。

 目をつぶって、そして改めて立香の顔を見る。

 

「……ま」

 

「ま?」

 

 

 

 

 

「まぎらわしいのよ、リツカッッ!!!!」

 

 

 

 

 それは立香が初めて聞いた、というかステンノ自身も生前を含めて初めて出した大声であった。

 物静かな淑女というイメージを粉々にするような、それでいて出し慣れていない分、どこか可愛げのある声。

 人生最初で最後の大声だったかもと、後にステンノ自身も述懐した。

 

「ご、ごめんなさい?」

 

「……フゥ、いいえ。いいえ良いのよリツカ。貴方がどこまでも鈍感なのを見落としていた、私の落ち度でもあります。ですからこの話はこれでおしまいにしましょう? それと今私が叫んだという記憶も消して起きなさい」

 

「わ、分かった」

 

 そう言ながら、しょげている立香。

 ステンノはもう一度大きく息を吐いたが、それからなんだかおかしくなって笑ってしまった。

 

「……フフッ」

 

 なんだか、とても下らないことで悩んでいた気がする。

 全く、愛や恋とはなんて厄介なものなのだろう。

 些細なことで心が揺れ動くし、自分でも馬鹿だと思うような行動をとってしまう。

 

 けれど、そんな気持ちすら愛おしいと思うのは、きっと彼がこんなに近くにいるせいだ。

 

「ステンノ?」

 

「リツカ、やっぱり私、指輪を渡したことを取り消そうかと考えているの」

 

「えっ!? なんで!?」

 

「だって今でさえこんなに愉しいのに、これ以上2人が近づいてもっと愉しくなるのかも思ったら……私に耐えられるか不安になってしまって……ねぇ?」

 

「大丈夫!! いや、その、俺も一緒だから!! もしステンノとの仲が悪くなったらどうしようって、いつも不安だから!」

 

「馬鹿ね、貴方はそんな心配しなくていいのに。私が貴方を邪険に扱いはするけれど、見捨てるようなことがあって? もし少しでも嫌いになりかけたら……そうね、これ以上嫌いにならないよう、メドゥーサに頼んで石像にしてあげるから安心しなさい」

 

「なんだかギリシャっぽい発想だ……」

 

「もう、そんな引きつった顔をしないの。それにどうやら、この宇宙ももう終わりみたいよ」

 

 宇宙の奥から、白い光が漏れて、あたりを包んでいく。

 プラネタリウムが終わるときのように、夜空の幻想が剥がれて、白い現実が近づいてくる。

 

 では、この二人の間にある愛もまた幻想であり、いずれ剥がれるものではないのか。

 女神と人間である以上、いつかは価値観がずれ、大きな綻びが生じるのではないか。

 

 

 それでもかまわないと、ステンノは思う。

 つかの間の愛。吹けば飛ぶような恋心。

 けれどそれを愛することが人間であるのなら、永遠などない中で少しでも長く愛と共に在ろうとするのもまた、一つの在り方なのだろう。

 

 形のない島で、永遠ではないと知りながらも三姉妹で過ごした日々。

 それを胸の奥に持つからこそ、ステンノはその在り方を受け入れることができた。

 

 

 さて、これにてステンノと立香を巡る愛の行方は、一つピリオドを打つのに丁度いい顛末をみせた。

 ここで幕を引けば、綺麗なハッピーエンドにもなれるだろう。

 

 

 しかし、これは愛を巡る話である。

 

 姉妹に対する家族の愛。

 寄り添う相手に対する恋人の愛

 人類のために闘う無償の愛。

 

 とはいえ、それだけですべての愛を語り尽くせてはいないだろう。

 人類が続く限り、新たな愛の形は生まれ、愛とは何かで揉め、迷い惑う。

 だから愛がある限り安寧はなく、それは立香にとっても例外ではなかった。

 

 

 

 

 

「ところで、リツカ?」

 

 

 

 殆ど白くなった世界で、抱き合いながらステンノは空いた立夏の片手を取った。

 そのまま自分たちの胸と胸の隙間に入れ、そっと腹の上を触らせる。

 

 立香はあの時ステンノに言われたことを、嘘だと思っていた。

 自分の油断を誘うために紡がれた、彼女がいつものようにつく嘘だと。

 特異点の後で彼女がそのことに言及したことはなかったし、何よりサーヴァントは受肉していない以上、そういうことは起こりえないと。

 

 

 しかしこの世ではいつだって、嘘よりも嘘らしい本当があるから、たちが悪い。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()、これから語り合っていきたいのだけど」

 

 

 

 目を丸くする立香に、ステンノは悪戯気な微笑を浮かべた。

 これから彼は、一生をかけて悩むことになるだろう。

 彼女は人間のいう愛を欲する以上、これからも様々な難題を吹っかけてくる。

 彼は一つ一つ、その愛の形を共に探り合っていかねばならない。

 

 けれど、2人でいつか愛の真理に辿り着けるのなら、それも悪くはない。

 

 シルクよりも細やかな髪

 潮騒の匂いがする小柄な身体。

 ヘビのように心を見透かす瞳にも、キラキラと純粋な子供の瞳にもなる紫陽花のような目。

 白くも温かな指には、立香の指輪が輝いている。

 

 立香は、この瞬間から始まる新たな、そしていくつもの難題に、一生かけて挑むことになると悟った。

 

 

「子供って、生まれる前から母親を困らせるのね。でも、παππας(パパ)がちゃんと私を支えてくれるなら、私も随分楽になるのですけど、どう思う?」

 

「……まずは、今まで誤魔化していた分、ちゃんとバイタルチェックしてもらおうか」

 

 

 苦労は多いけれど、それでも立香は構わない。

 だって彼女と初めて出会ったあの日から、そういう運命だと覚悟を決めていたからだ。

 

 

 

 

 きっと自分はずっと、ステンノという「愛」に付いて行くと。

 

 

 

 

 

 これはどこかの世界、どこかの時代であったかもしれない愛の話。

 

 

 そう締めくくられた頁に栞を挟んで、本は静かに閉じられた。

 

 

 

 

 





これにてひとまず完結です、ありがとうございました!

気付けば二か月近くかかりましたが、どうだったでしょうか。
物語が進むにつれて、皆様の知るステンノとは大きく変わっていったため受け入れられるか不安でしたが、応援のお陰でここまで書くことができました。

感想や要望などを頂ければ、今後の励みにさせて頂きます。
またどこかでお会いしたときには、より腕を磨いて面白いものをお見せできるよう努力してまいりますので、よろしくお願いいたします。

改めて、ここまでお読み頂きありがとうござました!

ステンノ、ゴルゴーン三姉妹、そして原作の魅力が少しでも伝わっていれば幸いです!
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