ステンノという愛について【完結】 作:AIRUNo(旧AIRU)
閉められたテントの中は、すでにじっとりと湿った空気で満たされていた。
「変態」
「あり……いや、ごめん」
女神の冷たい蔑みに対して、反射的に立香は「ありがとう」と言いかけた。
2人とも気の許した雰囲気だったので、立香はそのままステンノの腰に手を回そうとしたところ、ぺしっと叩かれた。
「替えの服は用意してないのよ? 脱がずにしたら後始末が大変なこと、分かっていて?」
「はい……」
返す言葉もなく正座して黙り込む立香。
呆れた、と溜め息をつくステンノではあったが、その情けない姿にゾクゾクと加虐嗜好を満たされてもいる。
とはいえ、今はこの状況に適するプレイではないので、それはまた今度。
これからまたしばらく、夏が終わるまで二人きりの時間が取れないかもしれないのだ。
ならばやることは決まってる。
「ほら、リツカも早くそれを脱いで。二人だけの時間は短いのよ」
ステンノは立香の海パンに指を入れる。
冷たい小さな手が横腹から股付近に入る感覚に、立香はおむつを脱がさせる赤子のようだと錯覚し一瞬ためらったが、されるがままに脱がされた。
ステンノはパーカーも、スカートも丁寧に脱いでいく。
立香は狭いテントの中、至近距離でのステンノの脱衣に耐え切れない。
捲り上げた上着から滑らかで白い腹とヘソが覗くと、華やかな香りが舞い、立香は心臓が耐えきれず目を逸らす。
だが布の擦れる音、バイザーがコトリと置かれる音は防げず、身体は強張り、立香は顔を真っ赤にする。
ステンノは、気絶寸前の立香が自分を見ていないことを良いことに、天井のランタンの灯りを消した。
「うわ、ステンノ!?」
声を上げて、彼女を見るも、どこにいるか分からない。
代わりに小さな両手が自分の顔を撫でる感覚があり、なされるがままに床へ倒れ込んだ。
(見えない……見えないけど)
だが見えないはずが全てわかる。
火照った体の温度、触れる素肌から滲む汗。
全身の細くも柔らかな肉が立香に擦り付けられ、指先がつぅっと胸をなぞる。
何より女神のはく吐息と視線だけは、その顔が見えずとも赤らんだ表情を分からせる。
「ねえ、リツカ。今だけは私を見て」
芯の通った、それでいて少し震えまじりの、蕩けるような懇願の声。
押し返せる人間などいない。
けれど、立香は知っている。
甘えてた小動物のようで、それは。
「分かった……俺を食べていいよ、ステンノ」
舌舐めずりの音がした。
そして全身に、女神の体が傾れ込み絡みつく。
愛に飢えた女神は、猫のように可愛がるものではない。
飢えた愛を満たすべく、相手を丸ごと喰らう蛇そのものだ。
もみくちゃにされ、頬を舐められ、耳を齧られる。
手足がもつれ、立香の指に女神の指がぎゅっと絡められた次の瞬間には、背中で爪が立つほどに強く抱きしめられる。
「リツカ、愛してるわ……好きよ、とっても、とっても大好きよ」
立香の脳は甘い声が毒となり、ドロドロに溶けていく。
ただ彼もまた、理性はなくなれど、心だけは保っていた。
目の前にいる、寂しがりな少女の不安を埋めてあげたい。
それにはただ、されるがままでは駄目だ。
立香のほうまた彼女へ愛されているという自覚を、深く植え込まなければ。
「ステンノ、ずっと好きだ。これからも、ずっと側にいてほしい。俺は君がいないと、駄目なんだ」
「……フフ、嘘です。だってマスターの周りには、もっと魅力的で頼りになるサーヴァントが一杯いるでしょう? 夏が来れば、私はお払い箱」
ゼロ距離の恋人たちは、嘘の入り込む隙間もなく本心も擦り合わせていく。
恥じらいも嫉妬も、声に出す前に全てが伝わっていく。
「確かに夏には会えない。けどステンノ、毎年知っているでしょ。夏が終わったら、特異点が終わったら、必ずステンノの元に戻ってきているって。強いとか有用とか、そんなの本当に側にいて欲しいこととは関係ないんだよ」
「なら、言って? どうして私が一番必要なのか」
立香は五感がまともにはたらいていなかった。
暗闇の中で熱に溶けた感覚では、ステンノと自分の身体の境目がなくなり、溶け合い、一つの愛と快楽で満たされた塊となっている。
息を吸う前からステンノの香りに肺まで満たされている。
手を延ばさずとも、足指から髪の毛の先まで彼女の熱い感覚で満たされている。
口は不思議なことに、ハッキリと声を発しながらも彼女の唇や舌を常に啄んでいる。
だから立香は答えた。
「分からないよ。きっとステンノには分からない。言葉にしても伝わらないから」
「ひどい人……でもね、リツカ。こうして一つに蕩け合っているのだから、今の私は貴方の心だって読み取れるのよ?」
「じゃあ、俺はなんでステンノを好きなのか分かってくれた?」
「ぜ~んぜん分からないわ。だから、そう……もっと二人が一つになるまで、ちゃんと混じり合いましょう♪」
ああ、ステンノのこういうところが好きなんだよ。
既に言葉を、身体の触れ合いを越えた先に二人の愛は存在していた。
だから、この女神の小さな悪戯だって本当はいらなかったのかもしれない。
立香は、それでも何度だって彼女を受け入れてしまうのだろうと思った。
でもそれで構わない。
2人の関係は、神の無理難題くらいでは妨げることができないくらい、強く硬いものなのだから。
洞窟の奥。
テントの中。
陰すらない不可視の闇の奥底で。
分かるのはただ、止むことのない愛を囁く音だけが小さく響き続けていた。
□□□
「上姉様、マスター……まだでしょうか……」
洞窟の入り口で人払いをさせられているのは、メドゥーサである。
ステンノに「マスターと帰ってくるまで誰も入ってこないようにしなさい」と言われ、疲労で動けないながらも見張りを続けること数時間。
一向に連絡のないマスターを不審がる他のサーヴァントや管制室に、逐一「安全ですのでもう少しお待ちください」と、言い訳を駆使しながら時間稼ぎをしていた。
「読みかけの本を持ってくればよかった……ですね」
メドゥーサはぼうっと空を見上げる。
遠くの浜辺では、サーヴァントたちが砂の城づくりで盛り上がっているそうで、ここからでもどこかで見たチャイテ城やキャメロット城に似たシルエットが水平線にシルエットで確認できる。
愉しそうとは思わないが、もう一人の姉と遊ぶ幼き姿の自分を羨ましくは思う。
「……いいです。夏が始まれば、私はじっくり休めますから」
姉とは違い、仕事がなければ楽でいいという陰属性の妹。
出番がないんですかやったー、と喜ぶ姿は年一で恒例であり、姉たちにお仕置きを受ける原因でもある。
「今年もどうか、マスターや姉様たちが良い夏を過ごせますように」
青い空に揺蕩う白雲。
城同士が合体し、巨大なキャッスルサンドゴーレムが動きだしているのをみながら、メドゥーサは微笑んで呟いたのだった。
これにて今回の短編は完結です。
夏イベ楽しみですね…今年こそゴルゴーン姉妹に水着は来るでしょうか。