ステンノという愛について【完結】 作:AIRUNo(旧AIRU)
今日のステンノはすこぶる機嫌がよかった。
それは授業を抜けだしたからだけではないだろう。
お淑やかな仕草、丁寧な口調を崩さぬ、類まれな美貌の淑女。
笑うときも小さな口を崩さず、恥ずかしがるときは頬を染めて困ったように目を逸らす。
けれど、立香は最近そんな彼女を見なくなっていた。
「あら、ありがとう……それじゃ、早速頂きましょう」
立香が両手に持つのは、路上販売で買って来たアイス。
広場の空いた椅子に右手のコーンにはソーダ。そして左手のバニラを、ステンノに譲り渡した。
「冷たくて甘い……そう、これがアイスなのね」
始めて食べたかのような驚き。
そして頬を綻ばせるその顔は、あまりに幸せそうな少女のそれである。
立香は自分の手にとろけたアイスが垂れるまで、その姿に見とれていた。
「ね、そちらのも試させてくれないかしら……」
立香は何も思わずに、もちろんと返した。
そしてステンノの小さな舌が黄色いアイスの表面を舐めたとき、それに気づいてしまった。
彼女の舐め取った跡。それを意識するのが嫌で、一口で飲み込んでしまう。
そして少しキーンとなる頭を押さえながら、立香は残ったコーンを齧っていた。
何事もなかったかのようにアイスを食べつつ、自分以上に顔を真っ赤にしたステンノには気づかないまま。
□□□
「三相一体の女神、トリニティー……」
目の前の神霊サーヴァントの言葉を繰り返したマシュ。
目の前のサーヴァントはマシュと陳宮を交互にみた。
そして3つの声が同時に響く
「あら、この娘たちはもしかして!」
「ステンノが言っていたカルデアの人たちかしら」
「予想通り、邪魔しに来たわけですね……」
「……! ステンノさんのことを知っているのですか!?」
「「「ええ、だって
また声がピッタリと三重奏のように重なる。
その奇妙さに、マシュは一体相手が何なのか全く分からないでいた。
一方で、画面越しに見ていたダヴィンチは、あくまで司令としての冷静さを保ち分析する。
『……なるほど。トリニティー。つまり彼女は、
古来、地母神という概念が生まれた後、神は様々な側面を持つとされた。
例えば、子を産み豊穣を司る母性。
麗しき美貌性。
時に獣以上の冷酷さと残虐性。
少女、淑女、老婆。
創生、繁栄、衰退。
そういった側面が強調された結果、地母神は大きく3つの顔、つまり三相を持つものと解釈され、その考えは多くの宗教の土台となった。
インドであればパールヴァティー、サラスヴァティー、ラクシュミーの
ギリシャ神話であれば。天界では月神セレネ、地上では狩人神アルテミス、冥界の破壊を司るペルセポネは皆1つの女神ヘカテーの側面ともされた。
やがて多くの宗教や神話の中へ三相女神という概念は複雑に溶けて絡まっており、時にメソポタミア神話のイシュタルやエレシュキガル、時に三相の三姉妹が長女である妖精女王モルガン、運命の三女神、そしてゴルゴン姉妹なども繋がりを持つ。
(そう、本来なら三相女神とはティアマトに匹敵する
確かに目の前のサーヴァントはただならぬ神性を放っている。
けれど、多くの女神の根源的存在の一つというには、魔力があまりに弱々しい。
普段カルデアでのステンノ以上、パールヴァティーやイシュタル未満といったところか。
陳宮もまた、そのことを指摘する。
「三つの顔を持つ女神、ですか。しかし見たところ、大いなる神というには霊基が小さいのでは」
「「「見ての通り私は、まだか弱い少女。ですからこうして人々から信仰と魂を集めて、真なる女神となるべく羽化を待っているのです。ですので、ええ……邪魔をしないで」」」
「なら、まずは先輩を元に戻して、ステンノさんも返して下さい!」
「「「それはダメ、だって
人質を取られてしまい、八方ふさがりか。
と、3つの女神の顔が同じ表情をした。
意地悪な微笑である。
「「「でも、神殿に傷つけてくれたのです。報復はしないといけませんね」」」
ウウゥと唸る声にマシュが振り向くと、先程まで魂なく徘徊していた村民たちが、にじり寄ってきた。
女神は背を向けて遠ざかっていく。
マシュは追いかけてようとするが、目の前にも村民が立ち塞がり、囲まれてしまった。
「「「私は月の神殿へと帰ります。貴方たちは彼らと戯れていなさい」」」
「戦闘です! マスタ……」
マシュはそう言いかけて、今彼がいない事実を噛み締める。
しかし嘆いていても何もならないと、盾を振り上げ、目の前の敵を最低限の力で戦闘不能にしていく。
相手はただの村民であれば、それぞれは強くない。
けれど防御を捨てて襲いかかってくる分、一撃が厄介である。
そしてなんと言っても数が多い。
常に5、6人が同時に襲いかかってくる中、マシュが敵の注意を引き防御を引き受けるが、幾人かが漏れて陳宮の方へと迫る。
彼とてサーヴァント、軍師の役割ではない近接戦においても一般人に負けは取らない。
双剣で相手の武器を切り裂き、柄で相手の顎を打ち昏倒させ、大きく飛び退いたかと思うと魔術により生み出した激流で村人を押し流す。
それでも、徐々にダメージを負っていくのは、2人とも気づいていた。
戦いが長引けば、村の外から魔獣を呼ばれ、さらぬ厄介となる可能性すらある。
「あの祭壇を壊さないことには、終わりそうにないですな」
この村を包む魔術の要石があれだとすれば、破壊すればこの窮地を抜け出せるかもしれない。
しかし今の2人は、敵をさばくだけで手一杯であった。
いつもなら一騎多い三騎での布陣と、マスターのサポートもあってのバトル。この程度、容易に切り抜けられたかもしれない。
キッとマシュは前を向き目を見開いた。
だめだ、マスターがいないから勝てないなどと言い訳しては。
サーヴァントとは、マスターを守るために戦うのだから、今耐えなくてどうする。
マシュは腕に力を込めて、叫んだ。
(マスター、すみません……もう少しだけ待っていて下さい!!)
□□□
夜の波打ち際。
満月に照らされて、砂浜を歩く紫髪の少女の姿がはっきり映る。
立香はその後ろ姿に見惚れながら、ついていった。
ステンノは身体を横にブラブラゆらしてスカートを揺らしながら、後ろで手を組んでグッと伸ばした。
「あぁ、1日が終わってしまったわ……」
「うん。楽しかったね」
大学を抜け出してから、2人は街で遊んだ。
中々入れないレストランでランチをした。
気の向くままに店に入り、2人で感想を言い合った。
海に行きたいというステンノの誘いで、近くの浜辺まで行き、潮の音や海鳥の声を楽しんだ。
近場にある水族館にも入った。
平日で人のいない静寂の中で、水槽から揺らめく光を浴びるステンノを見るたびに、立香はどこか儚げな印象を覚えた。
そしてゆっくりと館内を回っているうちに日が沈み、月が空にのぼり、今に至る。
こんな時間では、海は当然無人。
満月だと魚が逃げるからと、釣り人すらいない。
「ねえ、リツカ。あなたが私と一緒に来てくれて、本当に良かった」
「俺も、ステンノと一緒で今日は楽しかったよ」
「……私ね、ここに来てからずっと不安で不安で、怖くて怖くて……。でも、どうしようもなくて」
ここ、とはどこだろう。
立香は疑問に思う。
それでいて、なぜかこの光景を前も見た気がした。
「でもあなたといられたら……いえ、貴方が私と一緒にいてくれた、それだけで感謝したいの」
……?
何を言っているかはわからない。
ただ、自分に背を向けている彼女は、顔を隠しながら、大事なことを告げようとしているのがわかった。
「ねえ、今日は最後にもう一つ……もう一つだけワガママを言ってもいい、かしら」
いつものお淑やかで愛らしい声が、今は震えていた。
立香は何も言わないで待っていた。
やがて彼女が振り向いて
「リツカ、私と……!!」
何かを言う前に、立香は彼女を抱きしめていた。
勇気をもって必死に言葉を紡ごうとするステンノを前に、これ以上ただ待っているのは男として情けない。
代わりに、その柔らかく華奢な身体を壊れそうなほど抱きしめ続ける。
ステンノの顔が乗った自分の肩に、熱いものが垂れてくるのが分かった。
互いに相手にとって自分が何者になったのか。
二人はそれを確かめるように、瞳を閉じて唇を近づける。
ただ、柔らかな粘膜の接触。
それがどこまでも心地よく、月空の海岸は二人だけの場所だった。
そして。
満月はただ煌々と。
ちょっと文章ややこしいかなと思いましたが……スピード重視で投稿しました。
なので要望とか、分かりにくいとかあればコメントくださいね。