「ここでいいですか? それとも別の所がいい?」
ラズは自分もシャチの興奮に引き摺られないよう、落ち着きを心がけながら二人に尋ねる。
ここで、と言ったシャチに被せるように、ペンギンが低い声で「外で」と言う。
「じゃあ外で」
シャチの譲歩によって、三人は揃って夜の浜辺へ出る。打ち上げられた流木に腰掛けたラズの正面に、二人は立つ。
「話っていうのは、キャプテンのことなんだ」
シャチが口を開く。移動中に、少しは冷静になったようだ。
生暖かい夜の潮風が、真剣な目で見上げるラズのマントをはためかせる。
「昼間聞いた珀鉛病って、バイスは知ってますか?」
シャチの喋る横で、ペンギンは口を固く閉ざしている。
「十五年前に国際問題となった、伝染病。それが原因で、北の海のある国が焼き払われた」
「実は、キャプテンはその国。フレバンスの生まれで、その戦争の時に国から逃げてきた」
シャチの衝撃的な発言に、ラズは思わず手で口を覆った。
「嘘でしょ」
シャチもペンギンも、帽子のつばを下へ引っ張り深く被る。
「珀鉛病は感染しないのに、迫害され、家族も友達も殺された。と、言ってた」
ラズは自分の鼓動が早くなるのを、胸の辺りが冷たく鋭い何かに侵食されていくのを、感じる。
「バイス、大丈夫?」
シャチが膝をついて、心配そうにラズの青白くなった顔を覗き込む。
「やめよう、シャチ。やっぱりバイスには」
「お気遣いは無用です」
ラズはやっと口を開いたペンギンを、鋭い目線で黙らせる。
私のどうこうできるラインを超えているわ。これは私の境界外よ。
ラズは心の中で自分に言い聞かせながら、シャチに聞く。
「それで、その話はどこへ向かうんですか」
シャチは口をパクパクさせて迷った後、躊躇しながら話す。
「フレバンスで殺された人たちが、サキラって所に運び出されてるらしいって聞いた」
シャチは俯いて、震えた声で言う。
「きっと世界政府の奴らは、またフレバンスの人たちを踏み躙るようなことをしてるんだ。おれは、そんなの許せねえ。あの時は近くにいてやれなかったけど、助けてやれなかったけど。これ以上キャプテンの、ローさんの心を殺させねえ!」
シャチがサングラス越しでも分かる強い意志の宿る目で、ラズを見据える。それを見て、ペンギンは片膝をついてシャチの頭に手を置いた。そしてラズを真っ直ぐに見る。
「おれたちは、ローさんが国を出た後、あいつらが何をしたのか知りたい。そして、また何か悪いことをしているなら、それをぶっ潰したい。
でも、あいつが言ってた通り、これは政府を敵に回す危ない橋だ。他のクルーたちも巻き込むことになるかもしれねえ。おれらはバカだから、どうすればいいのか分からないんだ」
二人の瞳には、ラズだけが映っている。
「どうすればいい? バイス」
「おれらは、ローさんもクルーも守りたい!」
ペンギンとシャチの願いが、さざ波の音の上で確かに響いた。
「分かりました。私も手伝います」
ラズは真剣な表情で、二人を見つめ返した。
「ありがとうバイス!」
操縦室で、ベポがラズに抱きつく。
先程船に帰って来て、一人で夜番をしていたベポに話を伝えたところだ。
「きっと協力してくれるって信じてた」
ガルチューと言いながら、ラズの頬に頬を擦り付けるベポ。
「キャプテンは、おれたちの家族だからさ。守られるばかりじゃなくて、おれたちも守りたいんだ」
ベポの決意に、ラズは優しく微笑んで抱きしめ返す。
「大丈夫。いつもあの人を守れてるわ」
「えへへ、そうかな」
ラズから離れて、照れた顔を見せるベポ。
「それでね、三人で決めたことがあるの」
ラズが言うと、ベポは小首を傾げる。
「一つ目は、キャプテンには黙っていること。まだ何も分からない話をして、あの人の傷をただ抉り返すようなことはしたくないから。二つ目は、クルーたちにも黙っていること。みんな話を聞けば、きっと手伝うって聞かない。でも万が一政府に狙われた時、関わっていた者は口封じに殺されてしてしまう。みんなを守るためよ。
どう? 守れる?」
ベポは「うん」と力強く頷く。
「やっぱバイスは頭いいね。おれ、安心したよ。なんだか、大丈夫な気がするんだ」
ベポが心からの言葉を口にする。
それが、ラズの劣等感や罪悪感を、少し切り離してくれた。
「私も、いくらか心が軽くなったわ」
ラズは目を閉じて、自分の胸に手を当てた。