瞳の奥   作:ミックスジュース66

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踏み込む

「ここでいいですか? それとも別の所がいい?」

 ラズは自分もシャチの興奮に引き摺られないよう、落ち着きを心がけながら二人に尋ねる。

 ここで、と言ったシャチに被せるように、ペンギンが低い声で「外で」と言う。

「じゃあ外で」

 シャチの譲歩によって、三人は揃って夜の浜辺へ出る。打ち上げられた流木に腰掛けたラズの正面に、二人は立つ。

「話っていうのは、キャプテンのことなんだ」

 シャチが口を開く。移動中に、少しは冷静になったようだ。

 生暖かい夜の潮風が、真剣な目で見上げるラズのマントをはためかせる。

「昼間聞いた珀鉛病って、バイスは知ってますか?」

 シャチの喋る横で、ペンギンは口を固く閉ざしている。

「十五年前に国際問題となった、伝染病。それが原因で、北の海のある国が焼き払われた」

「実は、キャプテンはその国。フレバンスの生まれで、その戦争の時に国から逃げてきた」

 シャチの衝撃的な発言に、ラズは思わず手で口を覆った。

「嘘でしょ」

 シャチもペンギンも、帽子のつばを下へ引っ張り深く被る。

「珀鉛病は感染しないのに、迫害され、家族も友達も殺された。と、言ってた」

 ラズは自分の鼓動が早くなるのを、胸の辺りが冷たく鋭い何かに侵食されていくのを、感じる。

「バイス、大丈夫?」

 シャチが膝をついて、心配そうにラズの青白くなった顔を覗き込む。

「やめよう、シャチ。やっぱりバイスには」

「お気遣いは無用です」

 ラズはやっと口を開いたペンギンを、鋭い目線で黙らせる。

 私のどうこうできるラインを超えているわ。これは私の境界外よ。

 ラズは心の中で自分に言い聞かせながら、シャチに聞く。

「それで、その話はどこへ向かうんですか」

 シャチは口をパクパクさせて迷った後、躊躇しながら話す。

「フレバンスで殺された人たちが、サキラって所に運び出されてるらしいって聞いた」

 シャチは俯いて、震えた声で言う。

「きっと世界政府の奴らは、またフレバンスの人たちを踏み躙るようなことをしてるんだ。おれは、そんなの許せねえ。あの時は近くにいてやれなかったけど、助けてやれなかったけど。これ以上キャプテンの、ローさんの心を殺させねえ!」

 シャチがサングラス越しでも分かる強い意志の宿る目で、ラズを見据える。それを見て、ペンギンは片膝をついてシャチの頭に手を置いた。そしてラズを真っ直ぐに見る。

「おれたちは、ローさんが国を出た後、あいつらが何をしたのか知りたい。そして、また何か悪いことをしているなら、それをぶっ潰したい。

 でも、あいつが言ってた通り、これは政府を敵に回す危ない橋だ。他のクルーたちも巻き込むことになるかもしれねえ。おれらはバカだから、どうすればいいのか分からないんだ」

 二人の瞳には、ラズだけが映っている。

「どうすればいい? バイス」

「おれらは、ローさんもクルーも守りたい!」

 ペンギンとシャチの願いが、さざ波の音の上で確かに響いた。

「分かりました。私も手伝います」

 ラズは真剣な表情で、二人を見つめ返した。

 

「ありがとうバイス!」

 操縦室で、ベポがラズに抱きつく。

 先程船に帰って来て、一人で夜番をしていたベポに話を伝えたところだ。

「きっと協力してくれるって信じてた」

 ガルチューと言いながら、ラズの頬に頬を擦り付けるベポ。

「キャプテンは、おれたちの家族だからさ。守られるばかりじゃなくて、おれたちも守りたいんだ」

 ベポの決意に、ラズは優しく微笑んで抱きしめ返す。

「大丈夫。いつもあの人を守れてるわ」

「えへへ、そうかな」

 ラズから離れて、照れた顔を見せるベポ。

「それでね、三人で決めたことがあるの」

 ラズが言うと、ベポは小首を傾げる。

「一つ目は、キャプテンには黙っていること。まだ何も分からない話をして、あの人の傷をただ抉り返すようなことはしたくないから。二つ目は、クルーたちにも黙っていること。みんな話を聞けば、きっと手伝うって聞かない。でも万が一政府に狙われた時、関わっていた者は口封じに殺されてしてしまう。みんなを守るためよ。

 どう? 守れる?」

 ベポは「うん」と力強く頷く。

「やっぱバイスは頭いいね。おれ、安心したよ。なんだか、大丈夫な気がするんだ」

 ベポが心からの言葉を口にする。

 それが、ラズの劣等感や罪悪感を、少し切り離してくれた。

「私も、いくらか心が軽くなったわ」

 ラズは目を閉じて、自分の胸に手を当てた。

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