「わああ! おかえりい!」
無事潜水艦に帰ってきた三人に、ベポが涙目になりながら駆け寄る。そして、三人まとめて抱きしめる。
手に入れた地図を参照し、警備が手薄そうな入江に目をつけ、そこに船を停めていた。
「ただいま」
ラズはやっと安心して、両隣にいるシャチとペンギンの背中に手を伸ばしぎゅっとする。
それを見たペンギンとシャチは顔を見合わせ、満面の笑みで同じように両脇の人物を抱き寄せた。
「任務完了」
「やってやったぜ」
一週間後、深夜。
「検査結果届いたって?」
御徒島の砂浜に、急いで走ってくるシャチたち三人。
「はい」
ラズの暗い表情に、何かを感じ取った三人は固唾を飲む。
「まずは、検査結果から」
ラズは手にしていた封筒から紙を出して見せる。
「一番深い所から採取した土壌から、珀鉛の成分が検出されました。濃度はさほど高くありません。採った土も、白く変色していなかったし」
思わぬ結果に、混乱する三人。
「なんで珀鉛が? 遺体から取り出してるんじゃ」
ベポが瞬きする。
ラズは顔を歪ませて、切り出す。
「この結果から、違う仮説が浮かび上がりました。どこを取っても憶測の域を出ないものです。が、心底救いようのない話です。聞く覚悟は、ありますか」
三人はお互いの顔を見た後、力強く頷く。それを受けて、ラズも決心して話し出す。
「私はこの結果を、世界政府はわざわざ汚染されていない土地に遺体を埋葬したかった、と解釈しました。そこから考えられるのは、第二のフレバンスを造ること」
三人は恐怖によって固まる。
「人間は土の中で分解されますが、金属である珀鉛は分解されない。こうして、フレバンスのように珀鉛が埋まった土地を作る」
「なんのためにそんなこと」
シャチが震えた声で言う。
「歴史が忘れさられた後に、もう一度金儲けをするつもりか。もしくは、時代を越えた人体実験か」
ど、どういうこと。と、ベポが泣きべそをかきながら聞く。
「フレバンスには一度、珀鉛病の歴史が刻まれた。どれだけ時間が経っても、何の拍子に思い出されるか分からない。それが、フレバンスから遠く離れ、歴史が伝承されにくい土地を選んだ理由だと思う。
そして、もう一稼ぎするか。珀鉛による人体影響や、それを自然克服するのを待つ、大規模な実験をする」
シャチは気持ち悪そうに手で口を覆い、ペンギンが首筋の血管を浮かせながら「この世のグズが」と吐き捨てる。
「重ねて言いますが、これはただの憶測です。でも、これ以上証拠を集めることも難しいでしょう。あの海軍基地を深く掘り返すか、世界政府へ長期間密偵に入らなければならない」
ラズは呼吸が荒くなるのを感じながらも、声を絞り出す。
「残念ですが、手詰まりです」
波の音もベポの啜り泣く声も聞こえないくらいゆっくり、長い時間。四人は黙りこくっていた。
「そっか。ありがとう、バイス」
沈黙を破ったのは、シャチだった。
「やっぱバイスに助けてもらって正解だった。おれたちだけじゃ、絶対ここまで辿り着かなった。な、おれの言う通りにしてよかったろ。ペンギン」
無理くり作った明るい雰囲気で喋るシャチに、「ああ」とぶっきらぼうに返すペンギン。
「手を出したついでに、口も出していいのなら」
ラズは、海風が吹けばかき消されるような声で言う。
「あの人には、黙っておいた方がいいと思う。何の確証もない話で、傷を抉り返すことになる」
私は、今になっても、どうすべきか分からないままだ。というか、ただ逃げているだけかもしれない。あの人の絶望した顔を見たくなくて、それを受け止めきれなそうで。
ペンギンが「そうっすね。でも」とラズを見る。その瞳の中に、不器用な笑みを浮かべるあの人が見える。
「諦めません。おれはこれからも追い続けます」
それを聞いたベポとシャチも「おれも」と頷く。
「そうですね。定期的に、情報は仕入れましょう。この憶測が合っているのなら、いずれ世界政府は動き出す」
ラズは静かに目を閉じた。
「珍しいこともあるものです。あなたから電話なんて」
部屋に戻ったラズは、電伝虫で通話していた。
「連絡事項のためだ。お前こそ、夜弱い癖にまだ起きてるなんて、珍しいじゃねえか」
フッと揶揄うように笑うロー。
相変わらず、嘘が下手。
「クルーたちは、元気ですよ。毎日しっかり仕事をこなしてます」
ラズが聞きたいことを先に言ってやると、ローは「そうか」とだけ返した。
「まだしばらく帰れそうにない。野郎どもにも、そう伝えておけ」
軽いけど、重い。タバコの煙みたいな声のトーンだった。
「承知しました」
少しの沈黙。
「じゃ」
ローが通信を切ろうとすると、ラズが「あの」と口を開く。
「一つ申し上げておきますが。私はあくまでもバイスです。船長には、なれませんからね」
ラズは目頭が熱くなるのを感じる。
「だろうな」
ローは笑い声でそう言うと、通信を切った。
ラズは机に肘をついて顔を覆う。
あなたって人は。要らない時に要らないことしてくれる。
琥珀色の瞳に留めておけなかった涙が、頬を伝い机に落ちていく。
こんなに、大切にしてくれる者たちが視界に入らないなんて。こんなに、あなたを支えるこの役職の意味が、失われるなんて。
窓から差し込む月光だけが、優しくラズの背中をさする。
「置いて行かないで」
誰にも届かない呟きが、虚しく消えた。
(終わり)