セカイ級彼女の超進化論(改題するかも)   作:倭文

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序章2

 

 

 超進化研究所函館支部オペレーターという、一応人には明かせぬ裏の顔を持つ男・渡島(おしま)カムイは、現在日々の業務から解放され、久方ぶりのオフを満喫している。

 兄にせっつかれて有給を取り、一年ぶりに札幌へと帰省したのはつい昨日のこと。ドヤァ……とばかりに見せつけられた生後2週間の甥っ子は筆舌に尽くし難い愛くるしさだったし、その上でめちゃくちゃ興味深げにペタペタこちらに触れてくるものだから、もう今日までのあらゆる不浄が洗い流された心地だった。無垢な命から無邪気に求められるのはシンプルに心にしみるものがある。

 

 しかし、その後は微妙な調子が続いた。孫バカ全開の両親に『この様子なら』と胸を撫で下ろしていた傍から案の定、やれ『彼女はいるのか』『仕事はブラックじゃないのか』とか色々質問責めにされる。本当の勤め先について話す訳にはいかないのでちょっと対応に困るし、適当なところで切り上げ久しぶりに地元を散策しようと強引に家を出たのが三時間前。

 道央の初夏はそれなりに日射しも強いし、長時間外をブラつくには適さないと早々に判断してから、自然と足は高校時代に足繁く通った図書館へ向かっていた。

 

「――お、あった!」

 

 一つずつ指差し確認で書架を探っていると、案外あっさり目的の背表紙が見つかったことにパッと表情が明るくなった。

 放課後、学生時代に何度も借りて読み込んでいたライトノベルのシリーズである。電子書籍化される程のヒット作ではなかったが、見た目に寄らず割と文系であった彼にとっては図書カード一枚で借りられる娯楽はもってこいだった。

 

(お陰で司書のおばさんに顔覚えられちゃったけどな……)

 

 とはいえパラ見した感じ、今でも尚素直に面白いと感じた。とはいえ滞在出来るのは明後日まで、借りて函館の寮まで持っていけたらとは思ったが、返却の為だけにまた札幌へトンボ帰りするのも躊躇われた。

 

「こりゃ、古本でもいいからAmazonでも探してみようかな?」

 

 ため息をついて本を書架に戻した後、次は去年のドラマのハードカバー原作本でも探しにいこうと踵を返す。と――

 

 まず、目に入ったのは小さな一対のレンズ――もとい眼鏡越しにうっすらと映る自分の、呆気に取られたような間抜け面。やがてそのアンダーを縁取るピンクフレームとやや眼光鋭いが大きな瞳、と見覚えのあるパーツを少しずつ認識し、何よりコヨリのような特徴ある髪飾りで結った、見事な左右対称を描く二つ結びの髪。

 

 

「ミ、ミクちゃん!?」

 

 痛々しい姿のまま担架に運ばれるのを見たのが最後だった、自分達の支部の期待の星。その彼女がこちらに対し目を白黒させつつ、腕いっぱいに本を抱えている今や傷一つないケロッとした様に、場所も忘れてついつい声を張り上げてしまう。

 そして案の定。

 

「「「「「「…………」」」」」」

「すっ、すいません………」

 

 司書の注意などより余程萎縮する、利用者達の可視化された怒気に本能的に竦み上がった渡島は、蚊の鳴くような声でそう返すだけで精一杯だった。

 当のミクはハァ、とため息をついてから、くいっと渡島の服の裾を引っ張って囁くように、

 

「何か借りたいものは?」

「いや……今日のところはちょっと」

「そうですか。では、こちらの本を戻してきたら一旦外へ出ましょう。ちょっと待ってて下さい」

 

 そう言って、結構な重量がありそうな何冊もの本を抱えたまま、ミクは悠々とした足取りで背を向けた。剣道で鍛えているだけあるのか、その体幹は見習うべきものがあるなと感心する。

 カウンター近くのブックトラックへ本をキッチリ並べて戻したミクと目を合わせた後、先程の負い目もあってついコソコソするように自動ドアを潜る。

 かつてよく世話になった司書の女性が、ヒラヒラとにこやかに手を振ってくれるのが救いだった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 図書館を出てしばらく、近くの児童公園に場所を移した後、歩いている間無言だったミクは、おもむろに不思議そうに口を開いた。

 

「それで、渡島さんはどうしてここに?」」

「えっ!?」

 

 しかし渡島は、問いの内容に答えるよりも別の事柄がもたらした事実に驚愕した。

 

「ミクちゃん、オレの名前知ってたのかい!?」

「…………何回か支援してくれた上に、そもそも私達同僚同士ですよね?」

 

 かなり怪訝そうに言われるが、正直渡島としては当然の反応といっていい。

 

 何せ、ちょっと語弊があるかも知れないが渡島――いや所員達にとっての『推し』と対面しての会話なのだから。

 

 たっぷりとした長い髪を、二つ結びというやや稚気の残る髪型でまとめながらも雰囲気は凛然としていて、先日の事件で壊れたものの修理からやっと帰ってきたというピンクのアンダーリム眼鏡の奥の瞳は、切れ長で目力もあるせいか大人相手にも割と圧を与えることもある。ぶっちゃけ出会った当初、何となく迂闊に距離を詰められない雰囲気があった。

 同世代だったらともすれば取っつきにくさを覚えそうだが、作戦を共にするにつれ自分含めた所員一同にとっては、そのストイックな努力家気質から好感度が高まっていき、本人が嫌がりそうなので決して表沙汰にはしないが実は半ばアイドル感覚で推されている。

 

 そして全てが落ち着くのあの日まで、H5はやぶさを駆りほぼほぼ単独でこの広大な北海道を守りきるという、努力に見合う成果も叩き出しているのだから、本人のいないところで誰が呼んだか『才色兼備才貌両全の最強女子(道産子)』なる異名が囁かれている。まあアニメ好きの同僚の誰かが広めたのではとアタリをつけてはいるが。

 

(ミクちゃんの乗り物酔いのことを、視察に来た本部のお偉いさんがあれこれ言った時なんて――いや思い出すのはやめよう)

 

 あの時のOHANASHIに参加したガチ勢に比べれば、自分の推し度合いは映画館で女児が叫んでる『がんばれプリ○ュア~!』レベル(参考・兄の上の子である姪)の可愛いものだが、だからといって日常会話をしれっと出来るかというと別である。

 

「ごめん……何というか、普段女性オペレーターとばっかり話してるだろう? 男ってその、女性同士で固まられるとなんとなく寄りにくいって思っちゃう面倒な性質があって」

「そういうものなんですか……でも、半年前の出撃で気持ち悪くなってしまった時、ハッカオイルを貸してくれたのは確か渡島さんですよね?」

 

 一瞬眉をしかめたのも束の間、声に出さずとも『あ』の形に口を半開きしてしまった。

 

「……ごめん、今の今まで忘れてたよ。辛そうだったから咄嗟にというか……でもよく覚えてたね?」

「アレをハンカチに垂らして口にあてたら、大分楽になったので本当に助かりましたから。 ――渡島さんにとっては何気ないことでも、してもらった側は忘れないものですよ」

 

 やけに実感の込もった発言のあと、いつになく穏やかに微笑んでそう言った。他のシンカリオンチームのメンバーの中にいる時によく見た表情だ。

 

「そっか……それにしても、元気そうなのはわかったけど何で外に? 一応静養中の筈じゃ」

「もう数日経ったら学校へ行けるので、軽く体を動かしておこうかと思ってちょっと散歩に……ついでに、図書館でちょっと調べ物をしたくて寄ったら、渡島さんがいたのでビックリしました」

「それはオレもだよ……そっか、前から聞いてはいたけどミクちゃんも札幌だったっけ」

 

 ――こうして話していて思うが、やはりシンカリオン運転士として戦った一年と数ヶ月の間に、彼女も前と比べると変わったと思う。

 体質故の引け目の裏返しもあったのかも知れない。表情も言動も頑なな印象だった頃と思うと、本当に肩の力を抜いて周りと接することも増えてきた。

 

「それでは、有給中なのにこれ以上引き留めるのも良くありませんね。私、そろそろ帰りますので」

「ああ、それじゃオレもこの辺で――」

 

 

 

 ――五分後。

 

「……あれ?」

「ミクちゃん、ここ通るの?」

 

――十分後。

 

「こんなところに脇道あったなんて、気づかなかっ――って渡島さん!」

「え、また!?」

 

 

――十五分後

 

「………」

「………」

「オレの実家って、あそこの赤い屋根の平屋なんだけどひょっとして……」

「……うちからしてみると裏のお宅ですね、多分」

 

 別れてはかち合い、また別れてが――を繰り返して。

 近所付き合いの範囲が主に向こう三軒両隣程度だった我が家の真後ろに潜んでいた思わぬ縁を知った。

 

「……もう心配はないのかも知れないけど、ここまで来た以上しっかり送らせてもらっていいかな?」

「……お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 そういえば裏の家がちょっと変わった名字をしているとかいう話を、十何年か前にうっすら聞いたような聞かなかったような。

 

「そういえば、最近バタバタしてたけど他の支部の運転士の子達にはちゃんと連絡したの? 大宮の子達と仲良かったよね」

「グループLINEで特に心配ないことはちゃんと伝えておきました。それに明後日になったら――」

 

 と、そこでにこやかに会話していた彼女が突如として立ち止まり、おもむろに渡島の腕を力いっぱい引っ張って自分のほうへ引き寄せる。

 何事か、と思うよりも前に、すぐ横を風切るような音と共にピチョッ、という何故か不吉さを覚える水音が聞こえた。

 

 そして、ついさっきまで自身が立っていたアスファルトに付着したそれと、悠々と去っていく上空の鳥を見た時、戦慄と共に色々と察してしまった。

 

「……やっぱり、まだ完全には本調子じゃないのかも知れませんね。あの距離、普段なら2秒前には気づくのに」

 

 因みにこの時、彼女は振り返る素振りすら見せていない。

 

(……送られてるのオレだっけ? ――っていやいやいや立ち位置見失うな!?)

 

 やっぱりこの子、天然でガチの戦士系であることには違いないのかも知れない。だとしても、自分で言った以上一端の成人として勤めは果たさなくては。

 函館支部が混乱に陥ったあの日、すぐ様救急の手配や家族への連絡、ログの追跡など即座に各々行動していたベテラン所員達を余所に、結局自分は上からの指示通りの後処理をこなすことしか出来なかった。 

 

 

 彼女を巻き込んだ犯人と思しき人間が見つかったら、偶然装って向こう臑に一撃喰らわしたいくらいには思っているが、実際自分の経験と技能では不可能だろう。忸怩たる思いもあったが、ならば万が一にもこれ以上のもしもの最悪を避ける為にも、有言実行は果たさなくては。

 

「ありがとう。偉そうなこと言ってて助けられちゃ世話ないね……」

 

 一瞬、その台詞に意味ありげな沈黙をしてからン”ッ、と咳払いして、ミクは眩しい日射しに手を透かしながら、

 

「そこまで気負って頂かなくてもいいですよ。セキュリティについては何とも言えませんが、私の負傷については半ば自業自得だとも思っているので……途中でシミュレーションの異常には気づいていたのに、最後までやめなかったんですから」

 

 むしろ治療費や入院費まで負担させてしまって申し訳なく思っています、とまで続けられる。出会った頃に比べると雰囲気が柔らかくなったとはいえこういう几帳面さは変わらないな、と苦笑してしまう。

 

 

「……異常に気づいていて、それでもやめなかったのは何でなのか、聞いても?」

 

 ピタッ、と彼女の足が一端そこで止まった。

 そよそよと揺れる木陰の下に差し掛かったせいか、彼女の白い顔に影が落ちる。

 地面に視線を落とすその横顔には、彼女が巨大怪物体との戦いに身を投じ始めたばかりの頃によく見た、硬く思い詰めたような表情にも似ていた。

 

 

 仲間を得て、戦いが落ち着いて、縁遠いものとなっていたあの頃の面影。

 

「……自分一人でどうにか出来るなんて、今は思っていませんけど」

 

 だが、俯いていた顔はまた即座に前を向いて、眼鏡の奥の双眸に炎が宿る。

 

「でも、これが現実なら私の後ろにいる大勢の人達の生活が壊されるんだって思ったら、意地でも絶対に引けないと思いました」

 

 淡々と、でも実にハッキリと告げてから、ミクはまた自宅へ向けて歩き出す。

 一瞬呆けていた後に慌てて早足で追いついてから、横に並んだ静謐な横顔を見つめた後、胸に生じた苦々しさに知らず拳を握りしめる。

 

 今回のことで、日常の中にゆっくり戻っていたであろうこの子の心が、また戦いを当たり前とするようなあの日々のほうへ引き戻されることだけは――彼女を支えた者達の一人として避けたいという想いが、言葉にせずともくっきり形になったような、そんな気がした。

 

 

 やがて彼女が『ここです』と指し示した住宅を見て、渡島は軽く目を瞠った。

 鮮やかな濃紺の片流れ屋根に、日射しを目映く照り返す白塗り外壁。2階にルーフバルコニー、1階はサンルーフ&ちょっと広い庭付きの、シンプルモダンテイストな一戸建てである。邸宅、という程ではないがもし同級生として招かれたらちょっと気後れしそうかなと思う位には瀟洒だと感じた。

 

「それじゃあミクちゃん、あんまり無理しないように。御両親にも指令長がその内挨拶に伺うと思うから」

「はい、ここまでありがとうございました。それでは渡島さん、また研究所で――」

 

 

「ああーっ!! やっと帰って来た!」

 

 突如として住宅街に響く甲高い声に、二人揃って思わず顔を見合わせる。

 発音家の門扉の向こうにある玄関を開け、大股で歩いてくる人影に怪訝そうに眉をしかめるも、やがて渡島はその人影にちょっと――いや、プライベートで大分見覚えがあることに気づく。

 

 

 

 

 

 思わず、隣で呆気に取られているミクを余所に、つい声高に叫んでしまった。

 

 

 

 

「――JS挑戦シリーズの子!?」

 

 

 

 

 そう叫んだ瞬間の、ミクのこれまで話していた隣人が火星人に変身でもしたような表情は、多分当面忘れられない。

 

 

 

 

 

 

 

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