「貴方は……何処まで耐えれるかしら?」
少女が撃った銃弾から強い風圧の音が発生した。次の瞬間!ハイドロスピリットはその身体に無数の穴を開けて倒れた。
「たお…したのか?」
「………この程度の敵に苦戦するなんてまだまだね。」
倒れたハイドロスピリットは体に出来た穴を塞ぎ、再び立ち上がった。
「!」
「………」
ハイドロスピリットはその治った筈の体から紫色の液体を散らしていた。その液を滴しながら井戸へ落ちていき、その姿を消した。
「ねぇ、逃げてるよ?ねぇってば!」
「………」
謎の少女・リアスはエクリッセのことを無視しながら目を閉じていた。
そして、東の方角へ指を指しながらボソボソと話す。
「海鳥……船……海風……厄介なことになりそうね。」
「ちょ!待ってよ!」
その場を離れようとするリアスに食い付くエクリッセ。
「………何か用かしら?」
「なんでここに来た?」
「ここに来た理由?それを貴方は知って得するの?もし仮に貴方が知って得するとしても、教えないわ。」
リアスは強い風とともにその姿を消した。
「うーん、ソイツは難しいな。」
リアスのことを聞かされたツァイは困ったという顔を浮かべる。
「そうなんですよ、師匠。二回目会ったときに報酬目当てなのかとかあの魔物は大事な人の仇なのかとか聞いたら銃口を突き付けられちゃって。」
「エクリッセ。お前は真っ直ぐ過ぎる。その生き方は魔術師には眩し過ぎるし異質であることを自覚しろ。」
師範代として、魔術師としてツァイは忠告した。
エクリッセは不貞腐れながらも嗜められたことを反省した。
一方で、リアスは自宅で夜食を嗜んでいた。
「全く……あんな魔術師もいるものね。」
彼女はお人好しにも程がある少年を思い出しながらそう言った。
彼は他の魔術師とはそこが違い、戸惑いを隠せないでいた。
彼女は先輩にあたる上級学年の生徒からも「氷の魔女」と言われるほど冷酷・冷徹に振る舞ってきた。
「何故あの魔物を追うのか……ねぇ。」
明確な答えは見つからない。瓦礫に埋めた過去の記憶を辿りながら、彼女は魔物を屠る準備をする。
「分からない。でも倒す。いや、これは馬鹿馬鹿しい。」
リアスは自分の出生を思い出してみることにした。
彼女は元々、寒い気候の村で産まれた。しかし、彼女に残った記憶は一つのみ。両親が突然氷漬けとなり砕け散ったのだ。村人は彼女を恐れたのか誰もおらず、外に出るのは容易だった。食べるモノは有害なモノ以外であれば何でも食べた。劣悪な環境下ではそうすることでしか生き延びれないからだ。自分自身にとって害悪なモノは雰囲気つまり、纏うオーラで分かった。彼女は幼い頃から無意識に魔術を扱えたのだ。
「さて、今日の夜にヤツが動くわね。」
汚物を見たときのような感情を取り払いながら、窓を開け風を感じ取った。
海月の怪物の気配はもちろん、もう一つ炎の精霊の気配を感じ取った。
「この気配は……」
炎の精霊からお人好しな気配を感じ取り、リアスは予定よりも早く家を出た。
「もっと早く調べるべきだった!」
エクリッセは頭の中で様々な整理をする。
30分程前、彼はハイドロスピリットについて様々な文献を漁り、調べ尽くしたのだ。
「リアスが言っていた方角にある海……。海といえば、クラゲの生活の場にピッタリじゃないか。けど、あのとき何故井戸から出てきた?」
疑問を持った彼は魔物が出た井戸の水を汲み上げ、調べた。
井戸は封鎖されていたが、前回襲われた子どもの親戚の許可を受けて調査した。
「井戸の水にしては塩分が多い……。」という事実に気付いた。
調査していると、子どもと同じ村の老人が話しかけてきた
「アイツが現れてからそうだ。あそこの家の子どもも可哀想になぁ。暫く儂が面倒を見ることになったから、お前さんはあの子の仇を屠ってくれ。あの子は今も苦しんでおる。」
「何故、見ず知らずの僕にそれを?」
「こちとら長年生きてるから分かるんじゃ。お前さんは魔術師だがそのなかでも人が好い。信頼出来る、とな。」
このとき、エクリッセの心に光が宿った。その光は懐かしく暖かく、暗闇の道をほんの少しながらに照らすモノであった。
「ハイドロスピリットは人の命を弄んだ。今度こそ倒す!!」
港ではアイスボックスを傍らに置いた男たちが釣糸を垂らしていた。
「まだ釣れないな……ってうん?かかった!」
釣り人は釣りに集中している中で、竿を引いた。
すると、一本の細い紐が漂うのを一瞥した。
「只の海月か」そう思っていたが、その海月は並々ならぬスピードで、不気味な触手を男に伸ばしていった。男は自分が餌にされていると、理解したが声を出す暇すら与えられなかった。
「オジサン!逃げてください!!」
「~~!!?」
釣り人は死を悟った。しかし、赤い剣がそれを許さなかった。
剣の持ち主である少年・エクリッセは触手を凪ぎ払い、釣り人を逃がした。
「僕は……人の命が弄ばれるのをただ見ているだけなんて出来ないっ!!!」
彼は炎のオーラを発現させる。しかし、今回はそれだけに留まらなかった。炎は彼の体を渦巻き状に包むと赤い甲冑へ変えた。
「うぅぅぅ!」
触手を再び伸ばし、ムチのように使う魔物を相手にかわしながら近づくエクリッセ。
ムチの隙間を突いた彼は一気に距離を詰めて、炎の剣で斬ろうとする。
ハイドロスピリットはそれを嘲笑うように水の膜を形成した。しかし、火の勢いは収まらず水は蒸気を上げている。
「前のように行くと思うなよ、魔物!!人間を……嘗めるなぁぁ!!!」
水の盾を蒸発させると、炎の剣でハイドロスピリットの首を斬り落とした。
「やった!」
「へぇ……やるじゃないの。」
リアスは船の上からエクリッセに話し掛ける。
「?!いつの間にそんなところに?」
「実力は上がったけど、その甘い性格は相変わらずね。魔物はまだ生きているみたいよ?」
エクリッセが「え?」と返す前に魔物は頭部のみで動き、海へ落ちた。
「しまった!」
「後は私に任せて。」
リアスは水中ライフルを取り出すと、海に銃口を向ける。
エクリッセも意識を集中させる。
「待て!リアス!後ろだぁぁ!!!」
大きな水の塊となった海月は高水圧の水を吐き出す。
リアスは風の弾を発射したが、それだけでは防げない。
このとき、リアスに走馬灯が走る。
「貴女はここにいるべきではありません。その不思議な力を上手く使いこなしたくありませんか?」
後に養母となる女魔術師から差し伸べられた手を握った記憶が甦る。
「リアス!リアスぅぅぅっ!!!」
少年の声が響く。
金色に輝く髪は美しく靡き、全てを照らすような勢いであった。その腕で体を引き寄せた少年は港から一番近い階段まで跳躍し、彼女を降ろした。
「大丈夫か?」
「…………何故……何故助けたの?」
「何故って、少しでも関わった人間だ。死なれちゃ困る。……なんて言ったらまた『お坊ちゃん』って言うんだろ?でも、コレが理由。」
エクリッセは客観的にかつ、自分で考えたことに胸を張って真っ直ぐに話した。
その背中はまるで小さな太陽のようであった。
「………『お人好し』ね。けど、ここは守る闘いじゃないの。攻める闘い方に集中しなさい。」
「!」
リアスはエクリッセの肩と手首に掌を置く。
すると、エクリッセは自身の炎の勢いが増していることが分かった。
「そうか……風と火の魔力が。」
ハイドロスピリットは再び高圧の水流を放った。
「今よ!」
「よし!!」
剣から炎の竜巻が巻き起こり、水流を蒸発させた。
さらに、竜巻を纏った炎の剣で二人はハイドロスピリットを両断した。
「「はぁぁぁ!!」」
「ウゥゥァァァァ!!!」
魔物の断末魔は消え、港は守られた。
「魔力が切れた。」
「やっぱりまだ未熟じゃないの。って……」
リアスの目を見てエクリッセは東の方角を見ると、視界を光が覆う。
「えっ?これはもしかして……」
「もしかしなくても、朝よ。」
「マンマミーア。」
エクリッセはそう言うと、アスファルトの地面に背を任せながらそのまま眠りに就いた。
余程疲労が溜まっていたのであろう。
リアスはそんなエクリッセに呆れながらも安堵したような表情を浮かべた。
「──全く、男の子を運ばなきゃならないこっちの身にもなってよね。」
「リアス!」
成人した女性の声が聞こえた。女性は赤く長い髪を揺らしながらリアスとエクリッセをじっと観察した。
「お義母さん……車で来てたの?」
「家に帰ってから様子が変だったんでね。尾行させて貰いました。あー、その子は……」
リアスの義母親はエクリッセを背負うと車の後ろの席に横たわらせた。
「リアスも家かえったら直ぐに寝なさい。この子はソファで寝かせる」
「あっそ……」
コクリと頷くと切れたゼンマイ人形のように動かなくなった。
その光景を鯛でも見たように感じたのかリアスの母親はニッコリ笑いながら、車を進めた。
「…変わったわねリアス。」