DAは孤児を集めてリコリスやリリベルになるのに必要な訓練を施す。
私たちに戸籍はないけど、最初からなかったわけじゃない。全国の孤児院から子供たちの情報を集め、一定以上の見込みがある子たちを架空の人物を里親にして引き取り、後はひっそりと戸籍を削除する。国家ぐるみなんだから、誰にも気づかれないし、幼いころに引き取るから訓練を与えてリコリスやリリベルとして活動し始めた頃には顔立ちも変わってるから、覚えている人なんてほとんどいない。
こうして、必要な人員を満たしながら秘密裏に日本の平和維持を守っている。
まだ私が孤児院にいた頃。
先天性心疾患の私に孤児院の職員の人たちはどう接するべきか困ってた。珍しい病気、それも命に関わる病気、そんな病気を持った子供と出会ったことなんてなかったんだと思う。
他の子より過保護に扱われつつも、決して仲よくしようっていう態度じゃなかった。愛故の過保護じゃなくて、危険から遠ざけるための過保護。
子供はそういう大人の機微に聡い。だからか、私と遊んでくれる子は一人もいなかった。外で遊ぶだけじゃなくて、おままごとすら誘われなかった。
今見たらきっと狭い庭も、子供の私には無限に続くような広さがあった。
本当はみんなと遊びたい。くたくたになるまで走り回って、お昼寝して、偶には転けて怪我をしたり。
けど、どれも叶わなくて、庭はひとりぼっちのなのを感じさせる象徴だった。遠くまで広がる砂漠に一人で突っ立ているような感じがして、そのうち庭を見るの嫌になっていった。
庭を見るのが嫌、けど、おままごとみたいな室内の遊びにも誘われないから、ずっと一人で部屋の片隅に置いてあったテレビで映画を見てた。まだ、意味とかは全然分かってなかったけど、この頃からアクション映画好きだったな~。
束に出会ったのは一人で映画を見るようになった頃。
他の孤児院から私がいた孤児院に移ってきた。里親が決まったけど、引き取るまでの都合で移動してきたって職員の人から説明されて、最後にはお決まりの「みんな仲良くしてあげてね」で締めくくられる。
遊びの時間になって、いつものように私が映画を見ていると話しかけてきたのが束との最初の会話。この時のことは今でも鮮明に覚えてる。
「おっ、スパイダーマンじゃん。俺、スパイダーマン好きなんだよな。一緒に見てもいいか?」
「いいけど…」
「俺は芦見束だけど、君は?」
「千束。錦木千束」
「ちさとか。いい名前だな」
この頃の私、人と話す機会なんて少なかったし、遊びの輪に入れてもらえなくムスッとして答えてたんだろうけど、きっとむっちゃぷりちーで可愛かっただろうな♡
「ちさとって漢字でどう書くんだ?あー、いや、ごめん。まだ漢字とか書ける歳じゃないよな」
「馬鹿にすんな。名前ぐらい書けるもん」
「千束って書くのか。俺の漢字は束だから千束は俺、千人分だ!」
「意味わかんない」
年下との接し方が分かんないのか、どうにか会話をしてたんだと思うけど、束の不器用さも可愛くて好き♡。
毎日、一緒に二人で映画見ていくうちにすぐに私は束に懐いた。この時、まだ私は4歳だったから、束からしたら他の同年代の子と遊んだほうが絶対に楽しいだろうに、律儀に毎日私に付き合ってくれてた。
一緒に映画見たり、おままごとしたり、お絵かき勝負したり。
そのうち、私が庭で遊びたがってるのを察したのか、束は職員さんに制限付きで外で遊ぶ許可を貰ってきてくれたんだよね。初めて、誰かと庭で遊んで、まるで冒険みたいで、すっごく楽しかったな~。
いつしか、外で遊ぶのが楽しくて、ついつい激しい運動を禁止されてたのを忘れて遊ぶようになってた。職員さんも短い命を楽しんで過ごした方が良いと判断したのか、本当に危険なこと以外は黙認してくれるようになって、他の子と同じような扱いになっていったんだよね。
職員さんの態度が変わったのと、私に笑顔が増えるようになってからは束以外の子も遊びに誘ってくれるようになってきてたけど、束と一緒じゃなかったら遊ばなかったし、誘われたのは嬉しいけど、束と二人きりじゃなくなるのは嫌っていう感じがして…。
きっと、初恋だったんだろうな。私は幼かったから、まだ自分の気持に気がついていなかったけど…。
この時から、私は他の人よりも「眼」が良かったし、庭で走り回るうちに運動能力が優れてることが分かった。それがDAの目に留まって引き取られことになった。
孤児院で過ごす最後の日、ずっと束の袖を掴んで離さなかったし、二度と会えないような気がしてずっーと泣いてた。
束はしょうがなさそうにして、離れない私の傍にいてくれた。「大人になったら、また会いに行くから。それまでは手紙でも送ってくれ」なんて言って、泣いている私を慰めてくれたりもして…。
DAに引き取られてから、もう二度と会えないことを知った。秘密裏に活動をする私たち、リコリスが昔の知り合いに会うなんて許されないし、手紙も当然送ることなんてできない。
もう二度と会えないんだと思って、泣いてた日もあったけど、束がいる日本の平和を守ることも悪くないと思えるようになってからは、訓練と任務に明け暮れてた。
だから、油断してた。街中を歩いているときに人混みを歩いていないかなーって、きょろきょろしたことはあったし、そんなタイミングで出会っていたら驚きはしても私がリコリスであるっていう自覚を忘れなかったと思う。
けど、数年ぶりに再会したのは銃を所持した二人組の排除で訪れた廃墟ビル。罠を警戒して隣のビルの屋上から、飛び移ってからの懸垂下降でビルに侵入。後は、いつも通りにゴム弾で相手を無力化して、事件解決!の筈だった。
屋上からロープを使っての下降中、情報になかった人影に男が銃を向けようとしているのが目に入る。顔は影になっていてはっきりは見えないけど、体格からして情報の二人組とは別の人物。
偶然で紛れ込んだ一般人?
取り合えず、一人目を制圧するために窓ガラスを蹴り割って中へ突入。そのまま、ゴム弾を男に撃って制圧を完了させる。
もう一人の方に振り返って顔を確認したとき、私がずっと会いたかった人だって分かった。
「嘘。もしかして、束お兄ちゃん………!?」
「どうして、俺の名前を…?」
私はすぐに気が付いたのに、私のことをすぐに思い出してくれないことに少しモヤっとしてしまう。
「もしかして、千束か?」
だけど、顔を見て思い出してくれたのか、私の名前を呼んでくれた瞬間にそのモヤっと感もすぐに消えてしまう。我ながら、チョロいとは思ってしまうけど、今でも名前を呼ばれると顔がニヤけてしまうんだからしょうがない。
束に近づいている時、私はリコリスになって初めて、自分がリコリスである認識が薄れてた。束の瞳に映る人影への反応が僅かに遅れる。
それでも反応できたのはどんな状況でもすぐに射撃できるまで体に染みつかせてきたおかげだった。
私の反応が遅れた代償は大きかった。束の目に反射する銃口の向きから、男が放った銃弾は二発。一発は、私の背中。背負っている戦闘鞄もリコリスの制服もともに防弾仕様だから、私を貫通はしないで衝撃だけで済むだろうけど、もう一発の銃弾は違う。その銃弾は無防備な束の顔に吸い込まれるように飛んでくる…!
飛んでくる銃弾を前に心臓の鼓動が加速し始める。最早、その鼓動は銃弾に撃たれる前に心臓が爆発するのではないかとすら思えるほどにまで煩い。
心臓の鼓動が加速すると、それと相反するように世界はどんどんと減速していく。
できるという意識はなく、思考よりも先に右手は千束の胸に向かっている銃弾の軌道に、そして左手を俺の顔に向かってくる銃弾の軌道に持ってくる。手の甲では貫通して終わりだ。いつか見たアクション映画のように人差し指と薬指で銃弾を挟み込む。
先に銃弾が到達した右手が銃弾を止めることに成功するが、左手は撃たれた痛みで思ったように力が入らず、銃弾を止めきれない…!
終わる………!
左手をすり抜けてきた銃弾は再び、俺にめがけて飛んでくる。
だが、左手で挟み込んだおかげで、ほんの少しだけ銃弾の軌道が下に逸れる。そのおかげで最初の軌道では取りえなかった選択肢を生む。
左手によって最初とは違う軌道を描く銃弾が向かう先は口だ。
だったら………歯で受け止めればいい!!
飛んできた銃弾を前歯で噛むようにして受け止める。辛うじて歯で受け止めた銃弾の威力は右手で受け止めた銃弾と違い、直接脳を揺さぶり、俺の意識を奪ってくる。
ブラックアウトしていくなかで最後に耳に入ってきたのは、千束の叫び声だった。
久方ぶりに仕事を命じられた監視カメラはその無機質な瞳でビルで起きたことを誰にも気づかれることなく命令を与えた人物に送り続けていた。
そして、少年が意識を失い、千束が叫び声をあげたとき、ひっそりとその仕事を終え、二度と動くことはなかった。