My Soul, Your Beats!    作:クリエ

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heartbeat 3

 霊峰、富士。その麓の一部は生態系の保全を名目として国有地に指定され、一般人はおろか専門家ですらも立ち入りを許されたことはない。

 人目から遠ざけられたそこにDAの本部は存在した。

 

 

 秘匿された本部の場所を知る人は少ない。現役の国会議員や官僚ですら、本部の場所はおろかDAという組織の存在すらも知らされていないものが大多数を占めていた。

 その数少ない本部の位置を知るミカと現司令官の楠木が執務室で対面していた。

 

 楠木にとってミカの顔は久方ぶりに見るものであった。一種の懐かしさすら覚える。それは、ミカと久しぶりに会ったというのではない。千束を引き取り、DA本部から錦糸町へと移って喫茶店を表の顔とした支部を創設して以来、ミカの顔はすっかりと柔和な笑顔を浮かべるようになった。勿論、任務の話をする時には笑顔を浮かべながら話したことはない。

 だが、それでもDAで訓練教官をしていた時とは別種の優しさが、人の表情を読むのに長けた楠木にはミカから感じられた。

 楠木個人としてはミカの変化を好意的に受け止めたこともないが、特別疎ましく思ったこともない。とは言え、秘密組織であるが為に万年人手不足という点では、司令官として歓迎できないというのが楠木の思いだ。

 その優しさが今のミカからは読み取れなかった。

 今のミカからはまるで初めてミカと出会った時のような戦士としての表情をしていた。

 

 「それで、ここに来た理由は件の少年の助命を態々、千束の代わりに直談判をしにきたのですかな」

 

 「ああ。だが、千束の願いだけではない。私自身も彼の助命を求めているんだ。DAの秘密保持規則違反だとは分かっているが、私には千束から彼を奪おうとは思えない」

 

 「その千束に危険が及ぶぼすかもしれないのですよ。千束と担当医からの報告を見ましたが、この世に銃弾を受け止めることができる人間が一体何人いると思っているのですか。当時、現場近くの通信インフラ施設は軒並みハッキングを受け、稼働停止。少年曰く、現場にいたのはアルバイトと証言していても、証拠になるスマホは大量のデータを受信し、負荷に耐え切れずメモリーがショートして証言の裏付けは取れない始末。規則に従って処分した方が安全でしょう」

 

 「彼と会ったが本当に何も知らないようだった。それに、彼の体は奇麗すぎる。訓練の途中でついたような傷跡が一つもなかった。ただの一般人だ」

 

 「銃弾を素手で止められる一般人ですか。そんなのを一般人と呼ぶのは些か疑問ですがね」

 

 「彼の心臓についての報告書は読んだんだろう?」

 

 「心臓機能が常人とは別次元だというのは見ましたよ。言わば、特別製のエンジンを搭載しているおかげで、銃弾を受け止めることを可能にする運動能力を有しているのだろうと」

 

 「そうだ。もし彼がDAの任務に協力してくれれば大きな戦力になる。少なくとも、敵にならないだけでもDAにとってプラスだろう」

 

 「望めばの話ですがね」

 

 楠木にとってファーストリコリス、それも他のファーストリコリスとは頭一つ抜けている千束は手放すには惜しい存在だ。これが、他のファーストリコリスの願いなら一蹴できる。ファーストは貴重とは言えども代わりはいる。しかし、千束はそうはいかない。彼女ほどの天賦の才を有した人間に代わりはきかない。

 担当医からの報告では、千束は彼の口封じが命じられた場合に備えて、四六時中側にいるらしい。それほどもまでに執心しているものを殺した時、彼女のメンタルに確実に負の影響を与えるだろう。そうなれば、これまで通りの戦闘能力を発揮できるのか疑問だ。

 更に言えば、楠木は千束の怒りの矛先が自身に向く可能性すらあると考えていた。もしそうなれば、全リコリスを動員することすら考慮しなければならない。敵に回せばこれほどまでに厄介な存在はいない。しかも、味方でいても命令に唯々諾々従うわけではなし。

 故に、楠木は自身が折れることにした。

 

 「ハァ。…条件付きで彼の助命を許可しましょう」

 

 「…いや、それは本当か」

 

 「条件はあなた自身が保証人として彼の身柄を預かることと、彼に不審な点があれば直ちに排除することの二つです」

 

 「その程度の条件で助命が認められるなら、受け入れるさ。しかし、上層部はそれで納得するのか?」

 

 楠木がこれほどまでにあっさりと彼の助命を認めたことにミカはすぐに返事ができないほど衝撃を受けた。本部に来る前は長期戦を予想していたし、考えないようにはしていたが認められないことも脳裏に浮かんでいた。勿論、助命を諦めるつもりも毛頭なかったが。

 それがこれほどまでにアッサリと認められるとは思いもしなかった。条件に関しても何も問題はない。せいぜい、彼が身柄を預けることを受け入れるかどうかぐらいだ。これも、命が関わっていれば受け入れてくれるだろう。ミカにとって考え得る限り最良の結果と言っても過言ではなかった。

 

 これほどまでに簡単に楠木が折れたのは、楠木本人は気が付いてないが、ミカが千束と関わり、変化したように楠木も千束と関わり変化していたことに起因していた。もし、千束と関わっていなければここまであっさりと助命を認めることはなかった。結局のところ、千束の笑顔を曇らせることを無意識に嫌っていたのだ。

 

 「上層部にはまだ一部の情報しか報告していませんよ。彼らが件の少年が千束の弱点になるように思えるような情報しかね」

 

 「最初から助命を認める気だったのか…!」

 

 「そこまでは何とも。ただ、簡単に始末するよりも、リコリスのために有意義に使えるのではないかとは思ってましたよ。特別な能力を有した人間が孤児で、消えても問題ないなら猶更ね。ミカさん直々に助命を願われるとは思ってもみませんでしたがね」

 

 「すまない。恩に着る」

 

 「上層部の方は私が話を付けておきます。悪いですが、次の仕事がありますので」

 

 外出を促されたミカは楠木に頭を下げ、部屋を後にした。

 

 

 数日後、ミカに正式に助命許可の連絡が入った。

 

 三者がそれぞれ同一人物を中心に今回の助命を認めたが、その理由は違うものである。

 ミカは千束への親心のために、楠木は千束の戦闘能力維持のために、そしてDA上層部は錦木千束の弱点のために少年を生かすことにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃弾で撃たれたと思ったら、それを受け止めて気が付いたら病院のベッドの上。

 数日前まで想像もしていなかった事態だ。

 

 「いや~かっこよかったな~。手で銃弾を受け止めるの」

 

 「もういいだろう。その話は」

 

 「いいじゃ~ん。アクション映画みたいで感動したんだから」

 

 病院で目を覚ましてから、千束はずっと病室にいる。医者の話では軽い脳震盪と無理やり体を動かしたことでの筋肉痛ぐらいで問題はないと言われているものの、何故か退院は許可されていない。

 

 「千束こそ、アクション映画みたいな登場の仕方だったじゃねえか」

 

 「でしょ、でしょ。結構あれ大変なんだよ。素早く侵入できるように腕の力だけで体支えてるし!」

 

 千束が国の秘密組織に属していると聞かされた時は驚いたが、あの時の動きを見れば妙にシックリくるものの、国が子供に殺しをさせることに忌避感を覚える

 そんな日々の中で、笑顔を浮かべて千束が過ごせているのはきっとあのミカという人のおかげなんだろう。ミカさんの千束を見る目は街中を楽しそうに歩いている家族と似て、まるで父親のような雰囲気で、父親の顔も知らない俺からすると少しうらやましかった。

 

 入院生活の中で疑問に思っていたのは、千束が毎日、制服に身を包み、鞄を片時も手の届かない範囲には置かないことだ。前に聞いた話ではどちらも戦闘用で防弾仕様らしいのだが、特に任務に行っている気配もないのに謎だ。

 因みに、俺は命がけで千束に向かってくる銃弾を止めたが、防弾制服と鞄が銃弾と身体の間にあったことで、当たっても致命傷どころか血も出るか怪しいラインだったらしいというのは余談だ。

 

 この疑問の答えはある日、ミカさんが訪れたことで判明する。

 

 「つまり、ここ数日、もしかしたら俺は殺されるかもしれなかったってことですか?」

 

 「黙っていてすまない。例え逃げたとしても、裏ルートで海外にでも逃亡しない限りDAは追ってくる。余計な負担を掛けないよう、黙っていたんだ」

 

 「ごめんね。ずっと黙ってて。一応、襲われても守れるようバレないように病院で寝泊まりはしてたんだけど…。言ったら、不審がると思って…」

 

 「どっちにしろ、素人の俺が逃げるのは無理だったでしょうから…。それで、俺はこれからどうなるんですか?ここで、殺されたりとか…」

 

 「DAには話を通して、君の助命が認められた。ただし、条件がある」

 

 「条件って言うのは?」

 

 「私が()()を持ち君の身柄を預かること。端的に言えば、私の目に入る範囲で暮らしてもらうことになる」

 

 「すまないが、千束、ミカさんと二人で話したいんだ、少し席を外してくれないか」

 

 「え~、なんで!私だけのけ者!?」

 

 「千束、少しだけ席を外しなさい」

 

 「先生まで…。わかりましたよーだ」

 

 俺とミカさんのお願いを聞いて千束が部屋から出ていく。そして、俺がずっと考えていたこと口にする。

 

 「それで、話とは何だい。引っ越しをさせることになってしまうのすまないが、これ以上の譲歩はDAはしてくれないぞ」

 

 「いえ、そこは問題ありません。親しい人もいないですし。そのお願いがあります」

 

 「私に叶えられる範囲なら聞こうじゃないか」

 

 「俺に戦い方を教えてください」

 

 「理由を聞いても良いかな?ふざけているわけじゃないんだろう?」

 

 「俺はこの前まで日本の平和の裏側なんて考えたこともありませんでした。ただ、平和を享受していただけです。…けど、裏側を知ってしまった。知ってしまった以上、無視なんてできない……なんて言えたらかっこいいんですけどね」

 

 「時には、見て見ぬふりをするのも大人というものだと私は思う。それに、人知れず日本の平和を守るためにリコリスは存在する。子供たちに命を掛けさせることの善悪は置いておいてね」

 

 「……千束と医師の方との会話を偶然聞いたんです。……千束の心臓、ずっとは持たないんでしょう?」

 

 「例え、そうだとしても君が戦う理由にはならないだろう。千束がそのことを気にしてるよう見えたかい?」

 

 「いいえ、全く見えませんでした。昔みたいに人を惹きつける笑顔で、楽しそうでしたよ。その笑顔を見て、目の前で事故で死んだ妹のことを思い出しました。俺が

小さい時だったから、もう朧気ですけど。それで思ったんです。みんなを幸せにするようなこの笑顔をずっと浮かべててほしいって。そのためなら、俺は命を掛けれるって」

 

 「その結果、君は大けがをするかもしれない、最悪、死ぬこともあるだろう。それでもいいのかい」

 

 「俺は千束のこと、妹のように思ってるんです。兄が妹を守るのは当然でしょう?」

 

 ミカさんと目が合う。それは前に見た時のような優しい目つきではなく、俺を見極めるかのように鋭い目つきだ。

 しばらくの間、沈黙が流れる。

 

 「少し、外で考えさせてくれないか?」

 

 「分かりました。俺もすぐに返事がもらえるとは思ってないですし」

 

 そう言って、ミカさんも千束と同じように部屋から出ていく。残されたのは俺だけだ。どうすることもできない以上、窓から見える千束が解決したという旧電波塔を眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 部屋を後にしたミカは扉の横で中の会話を聞いていた千束に視線でついてくるように伝える。普段ならすぐについてくるが、顔を赤く染めた千束はいつもより反応が遅れてついてくる。

 

 「聞いていたんだろう」

 

 「あの、えーっと、ごめんなさい。気になってつい。席を外せとは言われても会話を聞くなとは言われなかったし…」 

 

 「いいんだ。気づいていて、黙っていた私にも非がある。ただ、この件で彼をからかうのだけは辞めてやりなさい」

 

 「…はい」

 

 勘の鋭い普段の千束なら、なぜ自身が彼にすぐに返事しなかったのか考えるだろうが、顔を赤くした今の千束なら大丈夫だろうとミカは安堵する。

 もし、千束が知れば彼が戦闘をするのに絶対に反対するだろう。だが、ミカは彼の、束の、覚悟を優先させたかった。彼の身体について話した後でも覚悟が変わらないのであれば、ミカは可能な限り技術を教え込むつもりでいる。

 それが正しいのかは分からない。それでも覚悟を決めたものを無下には扱えなかった。

 

 「千束は先に帰って、ミズキに店員が一人増えることを伝えて、束君の制服の準備をしてあげなさい」

 

 「うん。わかった。じゃあ、私、先に帰るね」

 

 病院のフロントまで千束を連れていき、しっかりとその背中が見えなくなるまで見届ける。束の部屋に戻りながら、先日の担当医との会話を振り返る。

 

 

 

 

 「つまり、彼の心臓は特別製だけど、身体は平均値を超えないってこと。だから、今回みたいに無理やり

身体を動かすと筋肉痛も起きるってわけ。それ以外は特に外傷もなしだけどね」

 

 DAに所属する医師は束の状況を聞きに来たミカに切り出す。束が入院している病院はDAの施設だ。情報漏洩を恐れて、一般人の診察などは行っていない。

 

 「そうか。筋肉痛だけなら千束も安心する」

 

 「あー。あと一つだけ。もうあんな無茶をすることはないと思うけど。彼と千束は違うわ。千束は眼が良いから事前に動いて銃弾を避けてる。だから、身体に大きな負担は掛からない。けど、彼は銃弾が撃たれてから、無理やり身体を動かしてる。心臓以外は平均的な以上、身体には相当な負荷がかかってる筈。今回だけならいいけど、長期間続けてたら必ずがたが来るわよ」

 

 「彼に戦うことを強制する気はないさ」

 

 「だと良いんだけどね…」

 

 「何かあるのか?」

 

 「何となく、彼は戦いに身を投じそうだと思ってね」

 

 「彼が何か言ってたのかい?」

 

 「そういうわけではないんだけど…。強いて言うなら、女の勘ってやつよ」

 

 「私は彼に戦ってほしいわけじゃない。その勘が外れることを祈っているよ」

 

 

 

 奇しくも、担当医の勘は当たった。まさか、一般人だった彼に戦い方を教えてくれと請われるとはミカは思ってもみなかった。

 もし、彼に体のことを話しても気が変わらないのであれば、ミカは彼の思いに答えてやりたいと思っている。例え、気が変わったとしても彼を責める気もない。戦えば確実に寿命を縮めることにつながるのだから……。

 

 

 

 

 

 部屋に戻ってきたミカさんはまっすぐにこちら見つめ、静かに俺の体について話し始めた。

 すべてを聞き終えて尚、俺の答えに変わりはなかった。

 

 「それでも、構いません。この心臓がなければ、あの時死んでました。千束のために俺は戦います」

 

 「君が戦えるようになって千束の負担が減っても、千束はずっとは生きられない。それでもかい?」

 

 「ええ。ほんの少しでも千束が長く生きられることにつながるなら、後悔はしません」

 

 「…いいだろう。教えるからには手は抜かない。死に物狂いでついてきなさい」

 

 日が沈みつつある時間帯。夕日に照らされたミカさんの顔は戦士と形容すべきものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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