開店前の準備を急ピッチで進め、何とか終わらせた俺に更なる不運がやってくる。
「束、少しいいかい?」
「丁度準備終わったところですよ、ミカさん」
「なら良かった。今、楠木君から電話があった」
「何か任務ですか?」
楠木指令から態々電話が来るときは大抵、危険度の高い任務関係だ。それも急ぎで今すぐ現場に向かうような。いい知らせが来た試しがない。
「消えたらしい」
「消えたって何がですか?ミズキさんには消える彼氏もいませんよ」
「銃だよ。ほら、この前の」
せめてもの現実逃避は相手にもされずにスルーされた。
「ああー、たきなの。それで数は?」
「約1000丁。冗談みたいな数だろ」
「日本国内にそんなバカげた数が必要な大規模組織なんて存在しないでしょう。海外からテロリストでも集めてるんですかね」
「さあな。誤情報の可能性もある。商人はたきなが皆殺しで裏も取れていない。気に留めていてくれ」
「分かりました」
「深く首を突っ込まなくても大丈夫だ。いずれにせよ、本部の仕事だからな」
「二つ名持ちの奴が来たら千束が呼ばれるんで、無関係という訳にはいかないですけどね」
有名な傭兵やテロリストには二つ名がつく。そのほとんどが化け物じみた能力を有している一筋縄ではいかない連中だ。
このレベルまでくるとセカンドでは相手にならない。そのせいでDAもファーストを動員せざるを得ない。暗殺中心のリコリスではなく戦闘中心のリリベルが主に対処することになるんだが、如何せん現状、DAが保有する人員のなかでは千束が頭一つ抜けている。
そのせいで火消し要員として使われる時がある。まあ、そんなレベルの連中が日本に来ることなんてほとんどないんだが。
「そう言えば、今日は紋田組のところに二人でコーヒーを持っていくんでしたよね」
千束で思い出したが、今日は組に行く用事があったはずだ。
「そうだが、それがどうした」
「銃の行方の手掛かりが掴めるとは思えないですけど、一応組の様子でも見に行こうかなと」
「そう言う事か。千束もいないから、早めに戻ってきてくれ」
「すぐに戻ってきますよ」
ミカさんの返事を聞き、すぐにズボンのポケットに入れていたスマホを取り出し連絡先を開く。すると本来はフルネームで登録している都合、中原ミズキの方が錦木千束より上に来るはずが、一番上に千束の名前が出てくる。『愛妻 錦木千束』。俺の知らない間にまた勝手にスマホをいじられたらしい。突っ込みどころは多々あるが、
経験上、こういうのを修正してもすぐに元に戻されることを学んでいるから気にしない。気にしなければ無かったのと同じだ。
千束に電話を掛けると1コール目でつながる。
『もしも~し。束。どうしたの?』
『まだ、コーヒー持って行ってないよな?俺も行っていいか?』
『ほいほ~い。どうせ銃の件でしょ』
『聞いたのか?』
『たきなからね。組に銃が持ち込まれてないかを確認したいんでしょ』
千束は普段は適当な人間だがこういう時鋭い。というか、俺が考えてることは大体言い当てられている気がする。もしかして、テレパシーでも使えるのか?読心術は相手の顔の筋肉の動きで考えを読み取るというから千束の眼なら出来ても不思議じゃない。
『期待はしてないけどな』
『あそこの組は結構平和主義だもんね。普段から帯銃してるの組長さんの後ろに立ってる人だけだし。私たち、語学学校にいるけど来れる?』
『ああ、分かった。すぐに行く』
『じゃあ待ってるね』
DAで語学教育を受けているリコリスは多言語を流暢に話すことができる。ほとんど日本国内での任務なのに多言語教育を施すのは効率が悪い気がするのだが。いずれにせよ、DAの正規の教育を受けていない俺では手伝えない仕事だったのでたきなが来てくれたことはありがたい。
急いで語学学校に向かうと、校門前で二人が立っているのが見える。二人と一緒に語学学校から徒歩圏内の組事務所へと足を運ぶ。
リコリコは錦糸町にある。必然と依頼は錦糸町周辺となることが多い。リコリコが錦糸町駅の北側に位置しているおかげで普段は騒がしさをあまり感じないが、駅の南側には東京でも有数の歓楽街が広がっている。その関係でヤクザや半ぐれも多い。紋田組もそのうちの一つだ。紋田組は穏健派でサラ金や飲食店が主なしのぎだが、どれも法の範囲内で経営している。そのおかげで暴対法で引っ張られることもリコリスの標的に上がることもない。とは言え、銃の一つや二つは所持してるが、それぐらいは組としては可愛いもんだろう。
「ごるあ~!ここはガキの来る所じゃねえぞ。組長は忙しいんだケガする前に帰れ」
事務所のインターフォンを押して出てきたのは見たことのない組員だった。あまり組事務所の前で騒がれると目立つので対処に困っていると、すぐに組長がやってくる。
組長にお灸をすえられた新人組員に謝られながらたきな、千束、俺の順番で机を挟み組長と対面する部屋に案内されたときに一列に並んだ組員たちを見たが銃を持っている様子はない。
「新入りでな。許してやってくれ千束、束」
「はい。これ。ご注文の」
「おう~たっぷり入ってるな」
千束の奴、わざとコーヒーって単語を出さずにたきなを揶揄ってるな。その証拠にさっきから千束の口角が緩んでいる。たきなはたきなでまんまと乗せられた様子で組長と組員の様子を伺ってるし。
「そうでしょ?上物ですよ」
「ハア~。いい香りだ」
何を考えたのか、たきなが防弾鞄にセットされた銃に手を伸ばす。おいおい、こんな昼間から特に重大犯罪の証拠もない連中相手に銃ぶっ放す気か。顔色一つ変えずにすかさず千束が止めに入る。
「挽きたてだって、先生が」
「そうか!マスターによろしくな。そちらは?」
「たきなさん。今日からうちで働く私の相棒。よろしくね」
事前に打ち合わせをしてたかのように組員が口を揃えて
「たきなさん。よろしく」
と言う。
穏健派で組長も気の良い人だが、組員の躾はしっかりしているようだ。
コーヒーを届ける仕事も終わり、組の見えるところに銃が増えた様子もないのでリコリコにさっさと戻ろうとしていると俺だけ組長に呼び止められる。
「束。ちょっと待ってくれ。千束、悪いが少しだけ束借りるぞ」
「え~。束のレンタル料は高いですからね~。ちょっとだけですよ」
「俺は男色じゃねえから安心しな。すぐに返すさ」
組長に呼び止められるが、なぜ千束に許可を求めるんですかね?
千束とたきなの二人は先に出ていき、唯一銃を持っている腹心の組員以外の組員も部屋から出される。部屋に残っているのは俺と腹心の組員と組長の三人だけだ。
「両手に花だな。束」
「いや。そんなことは無いですけどね」
にやにやとした顔で組長が話してくる。
その花の内、一本はさっきあんたらに銃口向けようとしてけどな。もう一本は組員がフル武装してても簡単に制圧できるレベルだし。
「千束とたきな。タイプが違うがいい相棒になるさ。まあその過程で喧嘩することもあるかもしれんが」
「千束は誰とでも仲良くなれるタイプですから心配はしてないですよ」
「
おっと、明言はしてないが言外にさっきのたきなの動きに気づいていたことを匂わせてくる。ヤクザは危ない橋を渡ることも多く、危機管理に優れていることが多い。ミカさんの戦闘能力にも気づいている節があったが、たきな行動にも気が付いていたようだ。それでも明確に言葉にしない当たりやはり本物のヤクザってところだ。口にしてたらDAの抹殺リストに載っても可笑しくない。
「
「そりゃいい。リコリコの和菓子は美味いからな」
「すみませんが、店に戻らないといけないんで失礼します」
「おう。引き留めて悪かったな」
事務所の前で千束とたきなが待っていた。
「束さんかも何か言ってください。危うく打ち殺すところでした」
「冗談じゃん、たきな」
「千束、あんまりたきなを揶揄うな。たきなも簡単に銃を抜こうとするな」
「はーい。私たちこれから警察署に行くけど、束はどうする?」
「俺は店があるから戻る」
「了解。たきな行こっ」
「分かりました」
リコリスは世間知らずな面が往々にしてあるがたきなは生真面目な性格なせいか、より一層世間一般的な感覚とずれているところがある。自由人の千束と足して割ればちょうどいいのかもな。
リコリコの仕事をしているうちに日が落ち始めた頃、スマホが鳴る。千束からの電話だ。
「写真送ったから見て」
通知オフにしているせいで気が付かなかったが一時間前に写真が送られてきていたようだ。
「これあのビルか」
「そう。取引してるの映ってるでしょ。3時間前だって」
「この写真どこで手に入れたんだ?」
「組の後に警察署行ったんだけど、そこで相談を受けた相手から。私たちこの後、この人、あっ沙保里さんって言うんだけど、沙保里さん家でパジャマパーティーするからさ、私が荷物取りに帰る間、たきなと合流して護衛頼めない?」
「護衛って誰から?」
「多分、取引に関わってた組織だと思う。最近、ストーカー被害にあってるんだって」
「そっちに向かう」
「私もう家に戻ってる途中だから早めにお願い」
電話を切るとすぐにたきなに電話を掛け、場所を聞き出す。
すっかりと暗くなり街灯が道を照らす中、少し離れた所にたきならしき後ろ姿が見える。隣にいるのが沙保里さんだろう。
合流しようとした時、たきなが走り出す。
護衛対象放っておいて何する気だ?トイレか?この辺りは住宅街で公衆トイレはない。
俺の後ろから車が動き出す。車が沙保里さんと並んだ瞬間、車から出てきた男たちが麻袋を沙保里さんに被せ車に無理やり詰め込む。
こいつら、銃取引の関係者かっ……!
こいつらが丸腰だとは考えにくい。沙保里さんを早く助けないといけないが、迂闊に手を出せば沙保里さんの命に関わる。
様子を伺うために近くの街路樹の影に身を隠す。だが、俺の行動を嘲笑うかのようにたきなが銃を構えたまま車の前に姿を現す。そして、そのまま射撃を開始する。
「取引した銃の所在を言いなさい!」
たきなが手にした銃がひたすら火を噴く。
あのバカっ!ガラスやタイヤが防弾仕様だったらそのまま轢き殺されるぞ。こんな住宅街の真っただ中で撃てば確実に住民に警察を呼ばれる。それだけならまだいい!顔を見られたり、動画に撮られてSNSで拡散される可能性だってある!
たきなを止めたのは千束だった。千束が急いでたきなを路地に連れ込む。銃弾が止んだことで車から男たちが応戦するために出て来る。
男たちは後ろを警戒する様子はない。俺にとってチャンスだが、俺と車の間には障害物になるものは何もない。もし気が付かれたら蜂の巣だ。
無理やり避けることもできるが、俺の銃弾は非殺傷弾。その性質上、弾の軌道がブレやすく至近距離でなければ当てるのは難しい。相手を射程に収めるまで銃弾を避け続けるのは体への負担が大きすぎるっ。
千束が俺の存在に気が付いていれば、何か合図を出す筈。
頼む千束、気づいていてくれ!
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