一発の銃弾が大きな音を立て、夜空へと飛んでいく。そして、吸い込まれるようにドローンにぶち当たる。
それが合図だった。
誘拐犯たちが音に気を取られた一瞬の隙をついて千束が飛び出す。千束が俺に気が付いていれば確実に合図を出すと信じていた俺も同時に車の後ろから走り出す。動き始めたのは同時だが距離の関係で千束の方が早い!
銃弾がどこに向かって撃たれたのかも理解できていないレベルの人間に千束がやられることはない。今回はせいぜい仕損じた奴の処理と誘拐されている沙保里さんの保護が俺の仕事だろう。
そう思い、車に向かって走っている間にどんどんと誘拐犯たちの制圧が進んでいく。眼前で繰り広げられる光景にたきなも呆然としている。流石のリコリスでも至近距離で撃たれた銃弾を避けれる人間は千束ぐらいだろう。初見だと驚いて当然だ。
「おい!動くんじゃねえぞ!動いたらこいつがどうなるか分かってんだろうな!!」
最後の一人が沙保里さんを人質にして立ち上がる。こうなるから一般人を囮に使ってはいけないんだ。
「分かった。分かったから落ち着いて。ほら銃も捨てるから」
いくら千束でも沙保里さんが撃たれる前に正面にいる相手を確実に制圧できると限らない。敵意がないことを示す為にあっさりと銃を手放す。
「そっちの女もだ。早く銃を捨てろ!!」
「たきなも銃捨てて」
少し不服そうな表情で銃を捨てるたきな。確かに今手に持っている銃を撃てばそれで解決するだろう。飛んでいるドローンを正確に打ち抜く射撃技術を持っている上に、千束や俺のように弾道にブレがある非殺傷弾を使っているわけじゃない。だが、男が撃たれた衝撃でトリガーを引いていしまえば、沙保里さんの頭に奇麗な穴が開くことになる。その万が一の可能性があるから千束はあっさりと銃を捨てたんだ。
「好き勝手しやがって。少しでも変な動きしたら、こいつの頭を弾くからな!!」
幸いにもこいつは俺の存在に気が付いていない。今の俺が出せる力はせいぜい全力の20%ぐらいのもんだろう。だが、10%もあれば十分だ。
ミカさんの元で訓練に励んだおかげで心臓の鼓動をある程度ならコントロールできるようになった。これができるようになってなかったらとっくの昔に体が限界を迎えてたかもしれない。
落ち着くように深呼吸することで10%の力を出せる心拍数にしていく。
心拍数を抑えると俺を視界の端に捉えている千束にアイコンタクトをすると一気に男との距離を縮める。僅かに覚醒した脳が俺の指を正確に男の銃の引き金に導く。引き金に指を突っ込み男が銃を撃てなくなると膝裏を蹴り付ける。倒れたと同時に腕を引き込む。こうすることで大抵の人間は痛みで思わず銃を手放す。
「千束!」
「はいよ」
千束の拘束銃が男と地面を縫い合わせて自由を奪う。これで、今回の件は一件落着だ。
「いっちょ完了。私はクリーナー呼ぶからたきなは沙保里さんの保護をお願い。束はみんなの手当てしてあげて」
非殺傷弾と言えども、当たれば怪我もするし当たり所が悪ければ最悪死ぬこともある。千束がこのレベルの相手に撃ち間違えることはないが、血を流している奴らはいる。テキパキとそいつらの応急処置を進めていく。
それとクリーナーが来る前に沙保里さんをここから遠ざける必要がある。今更ながらだが、本来はリコリスを含めた裏の世界見せることは推奨されていない。もしも目撃された場合は記憶処理が最低条件となる。記憶処理と言っても某映画のように光を見せるだけで記憶が消せるわけではないので、DAの息のかかった医師によって記憶誘導がなされるといった具合だ。この辺りは俺達の仕事ではないのでミズキさんに投げておけば上手く進めてくれるだろう。
「たきな、沙保里さんを家まで送ろう」
沙保里さんに泣きつかれているたきなに声を掛ける。
襲撃現場から10分の距離にある一般的なアパートが沙保里さんの家だった。
「二人ともありがとうね。彼氏にも連絡したらもうすぐしたら来るって言ってくれてるし、送ってくれてありがとうね」
「今日はすみませんでした。私が沙保里さんを一人にしたせいで……」
「怪我はなかったし、無事オッケーってことで。けど、他の人には気を付けてあげてね。それと、今日見たことって……」
沙保里さんと目が合う。俺とたきなをゆっくり見た沙保里さんが口を開く。
「ううん。何でもない。きっと映画の撮影か何かだったのよね。今度、お店に遊びに来て。じゃあ、またね、おやすみなさい」
微笑みながら、社交辞令ではなく本心で遊びに来てと言っていると感じさせる口調で別れの言葉を口にした沙保里さんは部屋に入っていく。
あれこれ聞かない当たり肝が据わっている。
「行こう。たきな。あんまり千束を待たせると機嫌が悪くなる」
「はい」
歩き出したものの、会話もなく気まずい。俺もたきなも自分から話しかけるタイプでは無いせいでひたすらに無言だ。話すこと自体はあるんだが、如何せんどう話しかけたらいいものか。
俺が思案しているとたきなから先に話を振られる。
「いつからいたんですか?」
「たきなが沙保里さんを置いて走り出すところぐらいからだな」
「全然気が付きませんでした」
「距離があったからだろ」
「けど、千束は気づいていましたよね?」
「千束からの連絡で駆け付けたし、それなりに一緒に仕事してきたからな」
「沙保里さんを囮にしたのは間違ってたと思いますか?」
「護衛任務としては大間違いだろうな」
「同じようなことを千束からも言われました」
「だろうな」
リコリスの任務に護衛任務がないこともあって経験不足だったことを加味しても、護衛対象を囮にしたのは愚策だろう。ただ、たきなに足りないものは別のところにある。
「もっと千束や俺のことを頼ればいい。一人で依頼を解決しないといけないわけじゃないからな」
「それもそうかもしれません……」
たきなはきっとファーストリコリスになりたいのだろう。確かに、ファーストは実力が無いとなれないが、強いだけでファーストに任命されるわけではない。リーダーとしての素質があるかも重視されているような気がする。たきなに最も足りないのは集団での協調性だろう。
「一つ教えてくれませんか?沙保里さんが人質に取られた時の束さんの動き、あれだけの格闘術を持っているのに、弱いって言っていたのは何故ですか?十分に強いですよね。少なくとも私はあんなに手際よく制圧できません」
手の内を晒すのはリスクを高めるからしたくはないんだが、頼ればいいと言った手前、言わないわけにもいかないだろう。
「
「それっていったい」
千束の姿が見えてくる。これ以上は外で話さずにリコリコに戻ってからでいいだろう。
「続きはリコリコに戻ってから話そう」
「分かりました」
リコリコの地下には射撃場兼訓練場がある。ミカさんとの修行で何度も使ってきた場所だ。スペースの関係で射撃場と訓練場が一体となっているここは遮蔽物を置くことで簡易的なサバイバルゲームフィールドとなる。遮蔽物の準備と後片付けが面倒くさい――機械ではなく自分の手で動かさないといけない――ので、あまり遮蔽物を置くことは無いのだが。
「本当にやるんですか?防弾服を着たほうがいいんじゃ」
「いや、いい。当たっても非殺傷弾なら死にはしないからな」
「それはそうですが。当たったら大怪我ですよ」
俺が実力を発揮できるのは命の危険がある時だ、非殺傷弾を使用した上に防弾服まで来たら逆に弾避けもできずに当たりまくるだろう。防弾服なしで訓練をやろうなんて俺の口から出るようになるとは、つくづく自分が変わったことを感じさせられるぜ。
「大丈夫だって、たきな。束が良いって言ってるんだから」
横からうずうずした顔で千束がたきなを説得する。アクション映画好きだから早く見たいんだろうな。逆に言えば、俺に弾が当たらないと信頼しているということだ。
「当たって怪我しても知りませんからね」
たきなは何を言っても俺が防弾服を着ることはないと諦めたのか、訓練場の端に向かう。俺もたきなとは真逆に向かって動く。
「二人とも用意はいいかい?」
審判役のミカさんが俺たちの様子を見る。俺とたきなは無言で頷く。
「それでは始め!」
「二人ともがんばってー」
千束の劇を応援するかのような気楽な声を聞きながら、たきなに視線を向ける。
スタート位置からはお互いの姿が見えるように遮蔽物が置かれている。本格的に戦う訳ではない。俺の実力を見せるための訓練だ。なら、遮蔽物に隠れながら進むよりも一直線に進んだ方が実力が分かりやすいだろう。というよりも、中途半端に身を隠しながら行くと命の危険が薄れて逆に怪我をする可能性が高まる。
心臓の鼓動はギリギリ弾避けするぐらいには高まっている。
俺とたきなの動きは対照的だった。一直線で身を隠すことなく動く俺と、開始とともに即座に遮蔽物に身を隠しこちらの様子を伺うたきな。
たきなは俺の動きを観察していて、まだ撃ってこない。
「たきな、撃たないと終わるぞ」
俺が言い終わるや否やたきなが発砲する。撃ってきたのは1発だけだ。俺の胴体を狙ったそれを身を横にずらして避ける。
たきなの驚いた顔が目に映る。だが、たきなは手を止めず、今度は2発、それも軌道をそれぞれずらし避けにくいように撃ってくる。
別に体を横にずらすだけが避け方じゃない。身を屈めることで2発の銃弾をやり過ごす。俺も撃ちたいが、遮蔽物の準備中に経費削減のために弾を撃たないように俺の元に来たみずきさんに言われたので、撃たずにたきなに向かっていく。
ただ単に撃っても当たらないことを察したのか、たきなは遮蔽物に身を隠し、俺から見えないように移動をする。不意打ちを狙っているのだろう。
それでも耳から入る音の処理能力が普段より向上している俺にはある程度の予測ができる。悪いが、無駄だ!!
移動した先からたきなが撃ってくるが場所を把握していれば避けるのは容易い。もう少し続けても良いのだが、観戦席から俺たち2人を見ているみずきさんの顔がたきなが発砲するごとに険しくなっている。早めに終わらせないと第二ラウンドが始まってしまう。
たきなに向かって走る。たきなも最早逃げずに撃ち続けてくるが遮蔽物を使いつつ素早く距離を詰める。お互いが手を伸ばせば届く距離にまで近づき、撃つ気はないが銃を構えたきなの胸に照準を合わせる。
たきなも俺の胸に照準を合わせるように銃を構える。手に持った銃を撃つことなくたきなが俺に話しかけてくる。
「束さんも千束と同じで銃弾が避けれるんですね」
「千束と違っていつでもは無理だ」
「それはどういうことですか?」
これから同じリコリコ所属として働くたきなに隠すことなく俺は自分の心臓について説明する。
「だから、防弾服を着なかったんですね。それにそのことをしってたから千束も止めなかった」
「そう言うことだ」
「二人ともずるいです。私も避けることができたら今頃ファーストに……」
「それは否定しないけどな」
悔しそうに俯くたきな。腕を下していき、俺に向けられていた銃口が地面に向かっていくのが見える。
もう終わりだと思い、ミカさんに終了の合図を出そうとした時、地面に向かっていたたきなの銃から弾が吐き出される。
まずい!!油断して反応が僅かに遅れる。咄嗟に銃弾が飛んできた左足を動かすが完全には避けきれない。左足首部分のズボンに穴が開き、掠った箇所に鈍い痛みが少しだけ走る。
「私の負けです。今はこれぐらいしかできませんから」
「やってくれたな、たきな」
「油断大敵です」
たきなは銃を下せば俺が油断するだろうと読んでわざと悔しがるふりをしていたんだ!!流石はセカンドリコリス。少しばかり強くなっているレベルの俺では完璧に勝ち切ることはできないな。二度と模擬戦をする気はないが、次にやることがあれば負けるのは俺の方かもな。このまま勝ち逃げさせてもらうとしようなどと、ダサいことを考えているうちにミカさんの終了の声が響く。
「二人とも終了だ。もう夜も遅い。片づけは明日にしよう」
「たきな~GJ!!束は油断するなー--!!」
千束からの野次を受けて千束たちがいる方に視線を向けるとみずきさんの様子が見える。まずい。あの表情は撃った弾の費用を考えている顔だ!!
「逃げるぞ、たきな」
「えっどうしたんですか急に」
「みずきさんが爆発仕掛けてるぞ。朝まで怒られたくなかったら早く逃げた方が良い」
最早、年下のたきなのことを気にも留めている場合ではない。俺は今日一、心臓をバクバクさせながら逃げ出すのだった。
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