病弱でツンデレで捻くれてる幸薄美少女が幼馴染ちゃんにくそでか感情を隠している話 作:虚弱体質
閉じた瞼の闇で見た。彼岸の彼方のあれは、果たして悪魔だったのだろうか。
脳髄の上を歩いた。抉れた傷から、咽せ返るような血の味がした。お化けだ。
肺に何かが巣食っている。蜘蛛の糸だ。蜘蛛が喉を這い上がろうとしている。
身体がどうにも怠い。幾ら眠ろうとて、朝真っ先に襲ってくるのは倦怠感だ。
私は、つかれているのかもしれない。或いは、つかれているのかもしれない。
いや、そうじゃない。そうだ。そうなんだ。やはりあれこそが—————
———書き殴ったような文字でこれ以上の解読は不可。
1.
―――それは何とも言い難い憂鬱が充満とした病室だった。
それは何処となく暗澹としていた。が、しかしそれはその病室の内装が、という訳ではない。寧ろその照明から病床のシーツ、床、設備に渡って埃一つないと言っても憚られない程にまで清潔であった。
だけれど、その些細な清潔を容易く吹き飛ばしてしまうくらいの憂鬱が、彼女からは発せられていたのだ。
彼女は病床の上、一人横たわっていた。
彼女は少女と言って差し支えないほどの年齢であったが、しかし彼女からは全くと言っていい程少女らしさと言うものが感じられなかった。
いや、彼女の一部分――例えば、病的なまでの白い肌、すぐに折れてしまいそうな華奢な体躯、光その一切を呑み込んでしまいそうな程の、その黒の髪。百舌鳥が濡れたような柔らかな睫毛や、深い藍色を思い出させるような瞳など、それらは確かに彼女が少女であることを示すものであったが、それらを全体で併せて見てみると、どうして少女とは思えないような雰囲気を醸し出してしまうのだ。
少女――彼女は、ここが病室であることからも分かるように、病人であった。
病人と一括りにしてみても、色々な区分があるだろう。
例えばそれは、骨折など、割と軽微なもの。
例えばそれは、がんなど、場合にもよるが、割と重篤なもの。
例えばそれは、先天性の―――不治の病であったり。
彼女の場合、先天性のものであった。
だが少し補足しておくとするならば、彼女の先天性の疾患というのは、安静にしていれば生活に於いてあまり支障のない、割と軽微なものであったのだ。
だと言うのに、その彼女自身が無理をしてしまい、拗らせ、かなり手遅れな―――こうして病院で過ごさなければいけない程までの―――状態にまで陥れてしまったのだ。
……言うなれば、彼女自身の自業自得である。
彼女自身もそれを酷く理解しているのか、時たま―――
「――あー……」
こんな風にため息をつき、病床の上で一人落ち込むのだ。
そのため息は本当にか細く、近くに居て聞こえるか聞こえないか、それ程までに小さなものであるのだが―――
―――それはそうとして、それは周囲の人間を憂鬱にさせるものであり、ひいてはこの病室を憂鬱にさせている原因そのものなのである。
彼女自身もまたそれを分かっているのだろう。
それで自身を責めて、また。
「……あぁ」
また、ため息を
……しかしそれは結局のところ、又もや彼女のため息を誘発するものであり。
「……ぁあ」
……この悪循環の止め方を、彼女自身は知らないのである。
2.
彼女がまた無限の自責に駆られていると、コンコンコン、と病室を訪ねるノックの音がした。
遅れたが、この病室は個室であり、ここに用があるという人は自ずから、彼女に用がある人というわけである。
彼女は何とはなしに、壁に掛かった時計をチラリと見る。
時刻は―――
(10時……という事は…、)
午前10時。
それは医者が彼女を訪ねる時間帯であった。
(……医者か)
彼女は億劫になって、ため息をつく。
それは彼女の健康の為には一応必要な事だ。
彼女も理解をしてはいるのだが、それは別として面倒だと思っていた。
何せ彼女という人は、他人と関わることが苦手だったから。
(……まあ、だけど)
けれども、彼女は扉の方も見て、口を開く。
「どうぞ」
彼女が患者である以上、応じざるを得ないのだから―――。
/
ガラガラ、と多少立て付けの悪い音を立てて、扉が開かれる。
入って来たのは、彼女の主治医の男と、看護師の女だった。
主治医は彼女の病床の近くに椅子を引っ張って座った。
「
「ええまあ、特に不調は無いです」
「それはよかった」
簡単な問答と、診察。
それが続く。
淡々と続く。
たった数分。
それは毎日、数年間、ずっと行われて来た工程。
けれども、彼女にはそれが苦痛だった。
(……いや、いい加減慣れろとは思う)
もう入院して、数年だ。この主治医とだってそれ以来、ずっとだ。
ただ、私は他人と関わるのが苦手なんだ。
何というか、距離が掴めない。
自分と他人との境界線が分からないから、曖昧だから、何処までが許容できるのか、拒否すべきなのか、共存の仕方が掴めない。
だから、いつの間にか踏み込みすぎちゃうんじゃないかと思うと、怖くて、思う様に話すことが出来ないんだ。
……と、彼女なりに考えてはみたものの。
それでは結局のところ、こう言ったお互いに一歩引いた様な、義務的な検診にまで苦手意識を持ち出す理由にはならないな、という考えまでに至ってしまって。
(まあ、私はただ単に人見知りなんだろう)
若干自虐的な結論に至ってしまったことに、苦笑する。
(……数年来の人にさえ人見知りをすると言うなら、中々救えないけれど)
「——うん、大丈夫そうですね」
「――――あっ、はい」
そんな余計なことを考えていたからか、反応が遅れてしまった。
(………、……
「ではまた、お身体お気を付けて」
「はい、有難うございました」
二人が病室を出る。
「―――はあ……」
大きく安堵の息を
誰かと居る時、喋る時。尚更息苦しい。
こんな性分だから偶に、病気で良かった、なんてとんでも無いことを考える事がある。
(……皆んなに迷惑をかけているだけなのに)
……ああ、と今度は溜息を
病床で寝転がったまま、腕で両目を覆い隠して、自嘲気味に口角を歪める。
「くだらな……」
本当、くだらない。
そう言いながらも―――何処かそんな自分に満足してしまっている自分がいる事に気がついてしまって。
(……ッ、……っ……)
それ以上どうすることも出来ない自分に歯痒さを憶えた。
どうしようもない焦燥を感じた。
3.
―――コンコンコン。
その数分後、また病室の扉を叩く音がした。
(……えー……また?)
若干、投げやりな気持ちになった。
こうも立て続けに来られると、ただでさえ鬱屈とした気持ちが、更に重くなる。
投げやりな気分のまま、投げやりな返事で、どうぞ、と入室を促す。
ええ、誰だろうか。また医者だろうか、看護師だろうか。はたまた両親であろうか。前者であれば災難。後者であるならば、若干の良心の呵責で、やはり此方も息苦しくなる。
気を紛らわすためにそんなことを考えたが、寧ろ憂鬱が増すだけだった。
しかし。
(……?入ってこないな)
どうぞ、と言ったにも関わらず、相手は中々入ってこない。
声が小さかったのだろうか。
「……、どうぞー」
今度は、必ず外の人に聞こえる位の声量に調節して声を出した。
しかし、入ってこない。
(……イタズラ?)
……まさか。大の大人が、そんなくだらない事するものか。
(……じゃあ、子供?)
……まだあり得る。隣の隣の病室には、確か新しく子供が入院していた筈だ。
流石になんの病気かは忘れたが、看護師が態々と教えてくれたのだけ憶えている。まだ年端もいかない子供であった筈だから、悪戯をしたくなる年頃なのかもしれない。
(じゃあ、扉の前に居るのかな?……)
そう考えて、感覚を澄ますと、扉の前で微かに物音が鳴っていることに気がついた。それと何だかソワソワと忙しない動きをしている気配だ。
多分、不審に思った彼女が扉を開けるその瞬間を健気に待っているのだろう。
……それはそうとして。
これからの彼女の行動を理解するには、彼女の性格について触れていなければいけない。
彼女———
しかしながら、彼女にはもう一つの――これは彼女自身は頑なに認めないのだが――側面があるのだ。
それは―――
(……まぁ?図らずとも私はお姉さんですから?わざと引っ掛かってあげるのも、やぶさかではないと言うか?)
―――かなりちょろ——……じゃない、……えっと……、
……調子に乗りやすい性格なのだ。
彼女はつい数分前まで鬱屈とした思考回路をしていたことを忘れて、決心する。
(―――さて、どんな驚き方をしてくれようか)
彼女の思考回路の中では既に、扉の前には小さな子供が居て、彼女を驚かそうとしているという事が
小さな子供以外が居る事は
先ずは、扉を開けないことには始らない。
病床から身体を
わざと足音を響く様に鳴らす。
(おお、扉の曇りガラスに人影が!)
鼓動が唸る。
扉の引手を引いて。
(さあ──!)
しかし残念な事に、こう言った時の彼女の思い込みというのは悉く外れるのである。
「きゃ──!「 わっ!――ねえ、どう?どう?びっくりした?」……」
…………。
「……あれ?……固まってる……い、生きてるー?」
彼女は確かに生きている。
しかし動かなかった。
彼女は憤怒に燃えていたのだ……!
……羞恥に悶えていたとも言えるが。
兎に角彼女の思考はまともな状態ではなく、パニック状態に陥っていた。
彼女は行き場の無いこの羞恥と怒りを如何してやろうかと考えて、考えた末に———
「うわ、え、ちょっ!痛い、痛いって!頭痛いって!」
———目の前の
(うるさい知らない!)
4.
「頭掴まなくたっていいじゃん」
「……うっさい知らない」
「……拗ねちゃった」
折角来たのにー、と唇を尖らせながら、いかにも不満気といった感じの表情をしている彼女――
病院であまり同世代との触れ合いが無い千鶴にしてみれば、親友と言っても差し支えのない人でもあった。
実際、
だというのに、
(わ、私は麗のこと……しっ、親友だと思ってるけど……私の一方的な思い込みなんだろうな…、…だって麗、私の他にも沢山友達居るし……)
と。
まあ
千鶴のこう言った理不尽な癇癪に慣れている彼女は、やけに芝居掛かったように大袈裟に肩を竦めて、口を開く。
「千鶴のせいで看護師さんに怒られちゃったじゃないか」
「私は悪く無いし。麗が叫んだからだし」
「いやアレは千鶴が頭掴んで来たからじゃ―――な、何でもないです」
千鶴は彼女をジトっと睨み付ける。
お前が悪いんだと言わんばかりに。
確かに、麗にだって非はある。
先に原因――注意されるくらいの大きな声を出したのは彼女であるし、千鶴の貧弱な力で大袈裟に訴えていたのも彼女だ。
……いや確かに、麗の所為で看護師に注意されたと言っても過言ではないかもしれない。
しかし千鶴が怒っているのはそのことが原因では無いのだ。
寧ろ誰かに怒られるという経験が滅多に無いので、ちょっと感動しているまである。
千鶴は、先程も言った様に―――自分の思い込みが外れてしまったことに対しての羞恥とも取れる怒りを、麗に八つ当たりしているのだ。
つまりはどっちもどっちなのだが――――お互いがすれ違っているので、それを知りえる事はないだろう。
「ご、ごめんって……、機嫌直してよー」
「………、……ふん」
そっぽ向いて、分かりやすく拗ねている。
一度拗ねてしまった手前、もう引くに引けなくなっているのだ。
しかし小さい頃からの幼馴染というのは伊達ではないというか、こういう時の対処法を麗はしかと心得ているのだ。
それは────、
「ち、千鶴ー?ほらほらー、これ見てこれ!機嫌直してよー」
───プレゼントで釣ることだ。
何を馬鹿な、そう思うかもしれない。
しかし再三述べているように、雪割 千鶴は───ちょろい。
とてもちょろい。
なので。
「…………、………っ」
直ぐに引っ掛かる。
「あ、やっとこっち見てくれた」
にへら、とお日様みたいな笑顔で、麗は千鶴を見た。
それを正面から食らった千鶴は呆けたような顔をしながら―――、
(……こう言うの誰にでもしてるのかな……………、……ああッ、じゃなくてっ!)
―――まあ、いつも通りだった。
そしていつも通りに────
「可愛いからって、許される訳じゃ無いから」
───自ら墓穴を掘った。
「……へぇ〜?今の私可愛かったんだ〜?」
「んぐ………っ」
うららは ちづるを からかった
こうかは ばつぐんだ!
「べ……別に。それに、アンタだったら可愛いなんて言葉聞き飽きてるでしょ?」
「えー、誤魔化しちゃってー」
「……いいから。……で、何?」
素直じゃないなー、と軽口を叩きながら、麗はポケットから小さな小袋を取り出した。
それは多分自前の装飾が施されていた。
「はい、プレゼントー!」
「……ありがとう」
「どういたしましてー」
千鶴が幾ら捻くれているとは言え、流石に素直に感謝した。
「……開けていい?」
「
そして小袋のリボンを解くと、中には──
「───紐?」
「違うがッ!?」
即否定された。
しかし千鶴には全くもって見当がつかないので、素直に聞く事にした。
すると麗は呆れた顔をしながら言う。
「……これはミサンガって言うんだよ」
「へぇー」
「前に千鶴が欲しいって言ってた奴だよ」
「……へ、へぇー」
そ、そうだっけなー、と冷や汗を首筋に伝わせながら、千鶴は麗から視線を逸らして、空を見つめる。
主に気不味さからだ。
そんな千鶴を見ながら、麗はため息を吐くも、続ける。
「……それじゃあ、
「……う、うん」
まあいいけどさー、とそれ以上千鶴を責めることのない麗は確かに人格者と言えるだろう。
……その気遣いが千鶴をより気不味くさせているのだが……まあ、自業自得だろう。
「これはねー、願い事を一つ決めて手首に巻くんだよ」
「うんうん」
「で、これが千切れたらその願いが叶うんだよー」
「……へえー」
手首出してー、と言われてされるがまま、手首を差し出して、そんな説明を聞きながら千鶴は相槌を打つ。
「じゃじゃーん!」
「おぉー、かわいい」
「でしょでしょー?しかも私とお揃いー!」
そう言って見せてきた彼女の手首を見ると、確かに同じ
「……で、千鶴はどんなお願いをするのかなー?」
「ん……そうだなー………、麗はなんてお願いしたの?」
「わ、私?……え、えっとそうだなー……」
「……?」
言い淀む麗を見て、千鶴が不思議そうにする。
一方で麗は、百面相じみた動きをして、表情がコロコロと変わっていった。
そうして、何か覚悟を決めたように深呼吸をして───
「わ、私のお願い事はっ───」
───その時、ノックの音がした。
「雪割さん、体調は───ああ失礼、ご友人が来てましたか」
「「………、………」」
入ってきたのは、白衣を着た女だった。
途中で邪魔をされて、最初はぽけっとした表情を浮かべていた麗だったが、素面に戻ったのか。
「あっ、お、お医者さんの邪魔になるから帰るねっ!」
「あ、え、っちょ」
「ミサンガは自分で破っちゃ駄目だよーっ!」
必死の静止も虚しく、そう捨て台詞を吐いて、旋風のように駆けて病室を後にした。
そんな様子を見て、千鶴はまたため息を吐いた。
「……はぁ」
いや、
「お友達、帰っちゃいましたね」
女がそう言った。
千鶴は憎たらしげに
「……黙れ」
それは普段の千鶴からしてみればあり得ないことだった。
まあ、それは
女は戯けるように言った。
「おお、怖い怖い……そんなんじゃあ、誰もお嫁さんに貰ってくれませんよ」
「───っ、黙れッ!」
───ああ、そうだった。
「お前は知っているじゃないかっ……、……私の寿命は、あと……ッ!」
───そう言えば、そうだった。
「……そもそも……、……ッ」
確か、こいつは。
「お前が
狂ったような半月だ。
女が酷く嗜虐的に口角を歪めて───。
ああ。
───こいつは悪魔だったな。
最後は力尽きた
自分の寿命使って悪魔契約する病弱美少女をもっと下さい