第一話。鳩
いつからだろう、あれだけ楽しかったはずの漫画に飽きてしまったのは。
いつからだろう、あれだけ楽しかったはずのゲームを遊ばなくなってしまったのは。
いつからだろう、あれだけ楽しかったはずの思い出が思い出せなくなったのは。
いつからだろう、自分の考えを通すより、頭を下げた方が楽だと思ったのは。
いつからだろう、自分で考えるより、誰かに指示された方が楽だと思ったのは。
いつからだろう、その全てが今、別にそれでも良いやって思ったのは。
いつからだろう、楽に生きたいって思ったのは。
「へえ……随分、面白いもん頭に付けてるんだな」
――いつからだろう。僕の頭にゼンマイが現れたのは。
今じゃあ、ゲーム、漫画、思い出の代わりに僕の頭の中は人間の死肉、悪魔の死肉、どちらでもない死肉で満ちている。
「余計な事考えてる暇あったら、俺の話でも聞いてけよ。デビルハンター部部長さん」
時は大体陽が出てる頃。場所は多分のどかな公園。
周囲を見渡せば鳩の群れ、落ちたおにぎり、謎のおじさん、と公園ならではの光景が広がっていた。
「あ、はい……! すみません。普通に鳩眺めてました!」
「とりあえず、今回の任務は今までの雑魚狩りとは訳が違うからな。その緩みきった顔は血でも水でも良いから洗って、上手く出直しておけよ。野中」
木製ベンチに座って空を眺めていただけの僕、野中はその謎のおじさんに顔の事でいちゃもんを付けられていた。
「そ、そう言われましてもね……ど、どこの水で洗えば宜しいんでしょうかね」
「ん……相変わらず、普通の返答だな。5点。そんな生き方じゃ、デビルハンターになっても早死にするだけだぞ」
デビルハンター。この世どころか、あの世にも蔓延る悪魔を狩る職の事を指す。
この僕も栄えあるデビルハンターの一員……という訳では無く、学校の部活動であるデビルハンター部に所属している単なる一高校生だ。
なので僕は現在、学生帽付き学ランの制服をそのまま着用している。
そしてデビルハンター見習いと言うよく分からない立ち位置で、隣の席で座りながら酒を嗜む謎おじさんのお世話になっている。
「は、はは……。それにしても相変わらず、手厳しい採点ですね。岸辺さん。ほかの皆は大体、100点とかめちゃくちゃ甘い採点なのに……」
そして黒いコートに身を包んだミステリアス無表情おじさんこと、岸辺こそが正真正銘のデビルハンター。
それも公安対魔特異課と言う、国家直属のデビルハンターに属している。
言うまでも無いが、とんでもなく強いお人だ。僕が相手したら多分、ナイフ一撃であの世へ直行してしまうだろう。
大体の人間はナイフ一撃で死んじゃう気がするが、そんな事を気にしないくらいあの人は強い。
それはともかく何より僕にとって岸辺は、お世話どころかデビルハンターになる為のイロハを教えてくれている師匠に等しい存在であった。
まあ……残念ながら未だに僕の実力は一切、認めてくれてはいないのだが。
「だが、お前は0点じゃない。それに前から言ってるが……60点程度から中途半端な奴を育てるより、5点とかのまともな奴から育て上げた方が好みに合うんだよ。俺好みのイカした玩具としてな」
「そ、それ……最初に会った時から言われるんですけど僕、あんまり分かんないんですよね……。そもそも5点て、どう言う採点システムなんすか」
「だから、分かるまで何度でも言ってるんだよ」
不満げな顔を惜しげもなく発揮する僕へ、岸辺は魚の目に似た瞳で返す。ついでに、自分の方向に人差し指を差しながら。
「5点は5点で別にもう良いんですけど、それよりもう一度任務の確認をしたいな……と考えてまして。良いですかね?」
「そう言う擦り合わせは、吉田とやっとけ。多分、この辺に居るだろ」
不意にひょっこり現れた吉田と言う苗字に、僕は思わず周囲を見渡しながら驚く。
「ああ、そう言えば吉田さん居るんでしたっけ。 じゃあ……丁度良いや、三人で話しましょうよ。吉田さん、探しましょうよ」
さらに何か良いアイディアを閃いたが如く、僕は軽快に話を続ける。
「……あの吉田さんを見つける事が出来たら僕、50点くらいまで行けるんじゃないですか……!」
「何でお前は吉田で45点稼げると思ってんだよ。俺は野郎のケツなんざ探し回るほど、興味ねえ。じゃあ、別の用事があるから行くわ」
僕の吉田捜しのナイスアイディアは、ものの一瞬で否定されてしまった。
ものの、岸辺は直ぐに帰らないでコートのポケットをごそごそし始める。
「帰りはタクシーで良いぞ。ほら、お駄賃。ついでだ、ガムもくれてやる」
数枚のしわくちゃのお札とぐにゃったガム三枚が、僕が座るベンチ端へ置かれる。
「あ、でもそんな悪いですし……。と言うか、何でガムなんすか」
「……あいつ等とは違うな、やっぱ」
岸辺は僕の質問に一切答えないで、適当に置かれたガムを風で飛ばされない様にお駄賃の上へさらに移動させる。
「あ、そうだ。ガム以外でちょっと聞きたい事があるんですけど、デン……」
僕は去り行く岸辺の背中に、あの人の事について質問を投げかけようとした。
「あれ……此処に居たんですか、岸辺さんと野中君」
すると何かミステリアスと言うか裏の顔しか無さそうな圧倒的にヤバさ極まる雰囲気を持つ、一人の青年が僕と岸辺にいきなり話しかける。
「お、吉田か」
「あ、吉田さーん」
「何だ……。面子はいつもと同じなんですね。今回の依頼は、雑魚狩りとは一味違うって聞いてたんですけど」
僕と岸辺が吉田と呼んだ青年は、首に手を当てながらいかにも余裕そうな笑顔で浮かべる。怖い。
吉田ヒロフミ。僕と同じ学校に通う高校生だけど、僕と違って民間のデビルハンターである。
そして僕の様に岸辺からよくお世話になっているらしいので、よく仕事で一緒になる事が多い。まあ、一言でいうと仕事仲間だ。一言でもいうまでも無く、とんでもなく強い。あとやっぱり怖い。
「確かにそうですねー。あ、これ。岸辺さんから、吉田さんのタクシー代分です」
「オレはもう死ぬほど悪魔狩りで稼いでるから大丈夫」
「そ、そうなんですね。良いなぁ、僕は親がマキマさんの大ファンで公安デビルハンター以外やっちゃ駄目って言われてるんすよ……。僕、一度もマキマさんに会ってないのに」
しかし僕と吉田の話し合いを見た瞬間、岸辺は一仕事終えた感じを出しながらどこかへ行ってしまう。
「岸辺さん……あ、あれ……。吉田さんもどこへ?」
さらに次の瞬間、吉田はガム一枚だけ持って岸辺とは別のどこかへ向かう。
「任務の擦り合わせしたいなら……あっちでデンジ達と一緒にした方が良いと思うんだ、オレ。岸辺さんの情報だと食べ物で餌付けでき……
――デンジ。
僕に課せられた任務。それはデンジと呼ばれる少年の身辺保護だ。
ただし、僕の立場は学生と言う直接デビルハンターに関わっていない身分からか、デンジの詳細はあまり分かっていない。
僕に伝わっている情報は、彼が貴重な悪魔を身に宿しているらしい事。そしてその悪魔を、世界中が刺客を寄こすほど欲しがっているらしい事。それを公安が頑張って守る事。この三つのみだ。
「って……二人とも、もうどっか行ってるよ。……本当、まいっちゃうな」
とりあえず僕は、制服のポケットにお札と二枚のガムを忍ばせてデンジと吉田の元へ向かう。
「宮城公安対魔二課日下部です。宜しくお願いします」
「バディの玉置だ、宜しく」
「オレ吉田な。仲良くしようぜ」
「あ、僕はデビルハンター部部長の野中です。宜しくお願いします」
こうして、僕は挨拶をした。
これから殺して心臓を抉り出してやるかもしれない男、デンジに。
いや、チェンソーマンと言うべきだろうか――。
「リベンジ良いか?」
平和の象徴である鳩の群れが、上空をさも楽しげに羽ばたいている。
それを僕は、どこか懐かしく感じていた。
「あれから……オレはデビルハンターに就く事が出来たんだ。しかも親の望む通り、公安だ。凄いだろ? しかも……スーツだけじゃなくて憧れの岸辺さんのコートを引き継いだ。最高だぜ」
これでようやく、岸辺さんにも認められるようになったかな――。
「あ、『リベンジ良いか』って……あれ、良い言葉だよな。実は、オレの親友が使ってた台詞でさ。……凄く、気に入ってるよ。なあ、チェンソーマン」
オレの目の前には、かの有名なチェンソーマンがなんと立ち尽くしていた。
しかも、どうやら立ち尽くす原因はオレだ。
「……オレは丸鋸の悪魔と契約した。お前を殺す為に。誰かから聞いてないか? オレが……黒チェンソーマンって呼ばれてる事」
黒チェンソーマン。
色彩は漆に塗られた様な漆黒、形状はピザカッターみたいに柄の長い丸鋸、頭部にはトリガーであるゼンマイが巻かれている。恥ずかしいので以前までは学生帽で隠していたのだが、公安になってからは剥き出しのままだ。
もちろん、両腕にも似た様な丸鋸が立派に搭載されている。
そしてチェンソーマンの前に、それは――不気味に佇んでいた。
「お前に……マキマさんは渡さねぇよ!」
マキマさんを賭けた一線、一戦、一閃――。
オレの全てを超えて、交えて、オレは両手の丸鋸を電鋸のクソ悪魔に向けて放つ。
ヴ――。
ヴヴ――。
ヴヴヴ――。
ヴヴヴヴヴヴ――。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ――。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ――。
――オレとあいつ、一つしか鳴らないはずのチェンソーの鼓動はたった今、二つに重なる。
ちなみに作中に出て来るキャラである野中はデビルハンター部部長ですが、最終的に死ぬので第二部に登場する伊勢海は後任の部長と言う設定です。