ハンバーガーショップの裏にて、僕はガサツに座り込みながら吉田に相談を持ち掛ける。
内容はヤクザのデンジ殺害依頼とデビルハンターのデンジ護衛依頼、意図せず板挟みになってしまったが故、どちらを受ければ良いのかと言うものだ。
そしてその返答は――蛸。
「あれ……冗談ですよね。まだ……決めかねてるって段階なんですけど」
僕はその一単語を聞いただけで、自分の顔が恐怖に引きつっているのが分かる。
【蛸】とは、吉田が契約している悪魔の事だ。
彼が蛸と仲良しこよしで触手や墨を上手く駆使して、よく悪魔を狩っているのは知っている。
だからこそ、僕は吉田の返答を瞬時に理解した。
蛸を呼び出す意味を――。
「中国のクァンシ、ドイツのサンタクロース、アメリカの殺し屋三兄弟。確か、ヤクザの刺客の名前は……黒チェンソーマン」
彼は岸辺と同じ様に、僕に軽々しく人差し指を指す。
其処に、一切の感情はゼロ。ただ僕にとっては、死刑宣告に等しい人差しに感じた。
「でも、本当にキミが刺客側の人間だったらオレに言わないでデンジの事殺してるか」
しかし意外にもあっさり、その蛸を呼び出す判断は一旦取りやめになった。
「いやあ……こう言うの岸辺さんにも家族にもデビルハンター部にも、相談出来ないですし。……もう、吉田さんしか頼れないんですよ。公安じゃないから、吉田さんはギリギリセーフですよね」
しかし彼は全然、腑に落ちていない様で懐疑的な眼で僕を蔑んでいた。
「……ああ、僕はどうしたいのか……って事ですよね」
僕は特にデビルハンターに執着や恩義がある、と言う訳では無い。
理由は一つ。岸辺にお世話になってはいるが、僕は5点だから。
正直言えば、ヤクザと協力して悪魔と悪事を働いても別に構わない。
理由は一つ。嘘でも罠でも深本が、僕を100%純度で必要としてくれるから。
だけど岸辺が大嫌いかと言えば別に違うし、逆に深本が大好きかと言えば別に違う。
だから、自分がどうしたいのかずっと迷ってる。
親族はマキマさんのファンだから公安のデビルハンターを目指せと言われているけど、僕もこれについては全く腑に落ちていない。
要は親族とあまり折り合いが付いていないと言う事で、僕にとっては誰にも触れて欲しくない過去としてずっと心の中で残り続けている。
「いや、オレ……何も言ってないんだけど。急に家族の事情を話されても困っちゃうな」
するとまた僕の急な話の展開に、珍しく本気で困った表情を見せる吉田。
「うん、まあ……とりあえず、デンジに直接話してみれば良いんじゃない? オレに相談されても困るし」
傍から見れば吉田は僕の相手がするのが面倒なので、デンジに丸投げしている様に見えるだろう。
「あー、その手は……無かったですね」
しかし、ずっと頭の整理が付かなかった僕にその言葉は一筋の光の様に見えた。
……そうだ、何でずっとこの事に気付かなかったのだろうか。
「デンジに聞けば良いんですね。……死にたいのか、それとも生きたいのか」
「……ん?」
「何なら、良い奴なら生かす、悪い奴なら殺す。の方が頭を使わなくてもいいかもしれない……! よし、吉田さんのお陰で吹っ切れました。ありがとうございます!」
「ああー……。そうか……。いや、ああー……」
僕の心はいつの日かの雪が嘘の様に晴れやかと化した。
本当に吉田に相談を持ち掛けて良かった、そう心から思えた。
だがそんな余韻に浸っている暇は無い。
とにかく逸る気持ちを抑えきれず、僕はデンジが居るハンバーガーショップに意気揚々と乗り込む。
◇ ◇ ◇
「うーん、やっぱり普通に100点レベルで狂ってると思うんだけど……。何でオレだけにしか、その一面見せないんだろ」
しかしそんな事を言う吉田は、野中の後を付いてはくれなかった。
「お前は其処で待っとけよ、吉田……だっけか」
何故なら彼の真後ろには、深本が煙草を吹かしながら笑っていたから。
ちなみに深本はプライベートなのか、黒い無地のTシャツにデニムと言うザ・普段着の恰好で訪れる。
「いやあ、お前って野中君のお友達だよね? 気が合いそうだよな、オレ達。ドラえもん読む?」
「……学生狙いのナンパ?」
◇ ◇ ◇
「あの、相談に乗ってもらいたいんですけど……!」
「ええ~~、嫌だあ~~!! てか、誰だよコイツ……!」
僕は丁度、ショップから出て来るデンジにとっておきの策を持って突撃。
しかしあっさり無残に撃沈。
「え、え……。ちょっと、僕デンジさんに自己紹介したはずじゃ……」
周囲から漂う、何とも耐え難い微妙な空気。
続いてこんな大事な任務で急に居なくなったと思ったら、いきなりでしゃしゃり出て来て何を言っているのか、と言う冷めた視線が僕を襲う。
「そこの金髪君がデンノコ君か?」
しかしその状況を救い取ってくれる様に打破してくれるのは、一人の男性であった。
はっきり言って話の割り込みなので、本来は苛立つ場面かもしれない。
ただ僕にとっては誰なのかさっぱり分からないが、崇め奉るべき救世主の様に見えた。
ああ、それにしてもやっぱり僕が自発的に行動すると直ぐこれだ。
だから、他人に選択を任せた方が楽なんだ。
「じゃ、じゃあ僕はこれでお暇しますんで後は二人で――。
しかし唐突に、僕の視界は真っ赤に染まる。
ああ、またこれだ。嗅ぎ覚えのある血の香り、剥き出しの骨の部分、その内に新鮮な死肉もたっぷり嗅げる事だろう。
倒れ込む僕の眼に映るのは、僕が何もしてないのにもう死にかけてるデンジ。
そして、先程の男性……?
しかし先程とは別人の顔の様に見えるが……正直、もうそれどころでは無い。
「あ……あ……」
僕とデンジ、そしてもう一人の男性の三人は運悪く、車が突っ込む事故に遭ってしまったのだから。
◇ ◇ ◇
「おい、マキマって知ってるか?」
「……ヤクザって堅気にも手ェ、出すんだ」
「質問に答えないところを見ると……思ったよりあの人が怖いと見た。後、お前はデビルハンターだろ」
吉田と深本、両者は寸分狂わず頭部へ向けてハイキックをお互いにお見舞いする。
――蛸。
鉄――。
よろめきながらも吉田は蛸を呼び出す為か何か、指で何かしらのモーションを開始。
何とか倒れずに踏みとどまる深本も、折り畳み式のナイフを展開。
続けて彼は、薄く縦に刻まれた唇の古傷を躊躇なく抉る。
「良いなあ、唇綺麗そうでよ……」
すると彼の足元から、蒸気を噴き上げた鉄色の触手が大量にアスファルトを突き破って生えてくる。
無論、吉田の周囲にも戦意剥き出しで蛸の触手が現れ始める。
「でも悪魔とは付き合い考えた方が良いぜ、吉田君。この鉄の悪魔は、仲良くなりすぎると無理やり一つになろうとして食べちまうらしい。あはは……お前も蛸に食われんなよ。あ、ちなみに鉄は熱過ぎてちょっとドロドロになってるから気を付けろ」
「へえ……オレが思ったより、お喋りなんだな。深本って」
あえて強調する様に、吉田は乾いた眼で深本の部分を強く言う。
「キミがヤクザの刺客リストに載ってた、黒チェンソーマンの仲間って言うのは知ってるから」
「チッ……。マキマは何でもお見通しだな。でも、そんなに警戒するんじゃねえよ。ほら、オレもお前の事よく知ってるから。野中君の友達だろ? なら、アドバイスするのは当然だ」
深本は吉田にも親しみを込めて、馴れ馴れしく会話を試みようとする。
「オレは吉田君にも、説得してもらいたいんだよ。デビルハンターよりヤクザの方が似合ってるって。オレと一緒に、いい女抱いて、いいもん食って、たまに人殺して、努力、友情、勝利に勤しむ必要悪に成ろうぜって」
「……キミはろくな死に方しないな」
「ろくな死に方しないのは……デビルハンターも同じだろ」
しかし突然、ハンバーガーショップの店内の方向から、耳を塞ぎたくなるほどに強大な衝突音が響く。
いや響くと言うよりかは、轟くと言う表現の方が正しいだろう。音を聞いただけなのに、全身と言う全身がその余波で震える。
「おー、思ったより随分早いな。情報をあえてアメリカさんに流した甲斐があるってもんよ」
しかし流石、熟練のデビルハンターの吉田と言うべきか、余計な効果音や情報を耳に入れても標的を深本から逸らす真似はしない。
「野中から聞いてると思うんだけどオレ、ドラ・ザ・キッドが好きだろ? だからさー、アメリカの刺客に手回ししてたのよ」
「……なるほど、敵に塩を送ったって事――
「そう、そうなんだよ! 言わば、競い合うライバルって言うかさ……単純にアメリカさんがデンジ殺そうとしたら、野中は焦るだろ? 口ではゆっくりでいいとか言ってたけど、あれはプレッシャーにならない様に言ってるだけでさー。……本当はオレは、野中と一緒にデンジ殺りてえんだ」
「……」
深本の殺意と吉田の脅威はそれぞれ鉄と蛸と化して、アスファルトやらビルの壁やらから出て来る触手で絡み合う。
しかし深本の鉄色触手の動きは見るからに鈍っており、彼の口数に反して吉田の蛸の方が上手く優勢に立ち回っていた。
「その喉、喋れない様に掴んじゃおうか」
彼の口を押さえつける様に、蛸の触手の一つは深本の顔面へいとも簡単に巻き付く。
さらにその勢いのまま、深本をハンバーガーショップの壁にとんでもない速度で叩き付くく。
壁面は彼に触れた瞬間、バリバリと音を立てながら瓦礫と成り果て崩れゆく。
そしてハンバーガーショップの店内へ、ダイナミックに丸ごと呑み込まれる。
だが既に店内はボコボコに大破した車が他の客の事など気にせず、我先に深本の視界の中心へ陣取っていた。
「あ……あ……」
「のなっ……お前、野中……。野中、何で……!」
急に僕の前から壁を突き破って、ダイナミック入店したのは頭から血を流す深本であった。
彼の表情にいつもの感じは無くなってて、本当に悲しそうな顔をしている。
彼はポタポタと頭や唇に滴る出血なんて気にしないで、即座に僕の元へ駆け寄る。
周囲のざわめきは、まだ何が起こっているのかまるで分かっていないのか、深本の行動を誰も止めようとはしない。
「大丈夫だ、大丈夫だから……。えっと、確か、オレが見た時……こいつを回したら、変身したんだ、だから大丈夫だ……。死ぬなよ、頼むから死ぬなって……!」
何も動けないでまた眠りこける僕の頭には、謎のゼンマイが乗っかっていた。
と言う訳で周りのデビルハンター達は困惑、いや警戒の為に近づかないで様子を見ていた。
「おい、そいつに触れるな」
誰かが制止する様な声が聞こえるが、深本はそれを無視してそのゼンマイを荒々しく掴む。
「だから、お前まで……死ぬんじゃねえよ、野中ァ!」
脳天から綺麗に引き抜かれたゼンマイは、カランと音を鳴らして床に落ちる。
悪魔が来りてネジを巻く。
深本の前には、ゼンマイでは無く丸鋸を乗せた漆黒の悪魔が姿を表す。
ただし、事故のダメージが残っているのか、折角変身したのに身体は倒れた状態のままであった。
「あれ、こう言うのって治らないもんなのか……?」
「身体は……治ってるんですけど、血が足りなくて……全然動けないんです」
「まじか、オレの飲むか?」
「嫌です。あと……周りの人、デビルハンターなんで……。バレてます、自分が……黒チェンソーマンだって事。ヤクザの……刺客だって事」
周囲のざわめきに過ぎなかったちょんまげ、赤い角、蛸、吉田、その他諸々、並ぶ頭は全部こちらに集約する。
無論、集まった視線達に感じるのはたった一つの敵意。
「あはは、とりあえずさ……二人で逃げちまうか」
「な、何で……笑ってるんですか!」
「当たり前だろ、だって……」
――だって、これでお前はオレと一緒に逃げるしか道が無いんだから。
さて、と言う事でデンジについての僕の悩みは、あっさり解決してしまった。
全員の前でみっともなく、黒チェンソーマンに変身する事によって……。