それは、季節外れの雪が観測された日。
僕とデンジが仲良く眠る中、人形の悪魔に乗り移った雪の魔人が姿を表していた。
魔人は己自身の焦がし朽ちた一部の腕や体を、無理やり氷の彫刻として彩っていく。
「……」
さらに人見知りな彼女は黙ったまま、僕等の電鋸フェイスに冷たい手で触れる。
未だに執念が如く駆動を続ける二つの鋸は、一瞬で凍りつく。
「……お前は雪の、魔人」
「サンタは来んなら俺以外にしてくれよなあ~! プレゼントはマキマさんのしか受け取らねえって決めてるからよお」
されど僕等には逆効果だったらしく、電鋸の振動であっさり氷漬けを砕いてしまう。
「チェンソーマン。お前も雪の魔人に用があるのかよ。なら、あいつ殺すまで手組まねえか? ははっ、ライバルが共闘する展開って奴さ。勝負はこの後にお預けだ。そうだ、ドラえもんって……」
確かにチェンソーマンをぶち殺すのも大事だが、一番に僕が求めているのは雪の魔人が蘇った理由だ。ちなみにあんな黒い犬とかの関連性はどうでもいい。
「んで今度は何ン力で蘇ったんだ、キモ悪魔ア……!」
しかしデンジも僕の事なんかどうでもいいらしく、勝手に雪の魔人へ突っ込む。
早速僕も慌てて、頭の丸鋸をチェーン射出。
だが鋸先は魔人では無く、あえて魔人の真後ろにデパートの屋上付近の壁に引っ付ける。
そして掃除機のコンセントの様に鋸の方角まで回収されながら、頭部のチェーンでスイングを行う。
此処までだと控えめに言ってシュールな光景、控えめじゃなくてバカみたいな光景にしか見えないだろう。
しかし此処からが――違う。
僕は頭の鋸を壁から外して上手に回収。さらにそのスイングの勢いで、空中で高速縦回転を開始したのだ。体操選手もビックリ、オリンピック金メダル級の大車輪としか言いようが無い。
「ウらア!」
一方のデンジは腕では無く足からチェンソーを生やして、魔人へ攻撃を開始。
彼のチェンソーの切れ味は凄まじく、足でそれを振り回す度に地面がいとも簡単に抉れてしまう。
「……」
しかし一度彼女がデンジに指先を向けた刹那、彼は瞬く間も無く意識が朦朧とし始める。
まるで映画でたまに見る、雪山で眠ってしまうと死ぬあのシーンの様に。
「あれ、オレって……あいつに一回勝ってるはずじゃ」
油断。傲慢。怠慢。
以上三つ、敗因を挙げたところで僕はあっさり首根っこを掴まれる。
「……」
しかし予想に反して、彼女はこれ以上何もしてこない。身体はまだ凍り付いていないし、意識もしっかり研ぎ澄まされている。
それどころか、僕の顔を見て必死に瞳で訴えかけて来る。
「……」
「な、何だ……」
しかも何とも彼女の動きは、酷くぎこちない様にも見える。
体が滑らかに動くかと思えば、すぐまたカクカクした動きと化す。なので正確に言えば、動きが不安定と言った方が良いか。
「……」
そして遂には僕やデンジは一撃も鋸を放っていないのに、彼女は大きくよろめき始めてしまう。
「普段のあの子と……違う」
僕は奇妙で奇天烈、摩訶不思議な感覚に陥っていた。
しかしいきなり意識がほぼ無いはずのデンジが自身の腕チェンソーを使って、己の胴体を痛々しく削り始める。
「氷と言えば、光の力! 光の力だア!」
そうして無理やり眠気を覚ました彼は、何か思いついた様に絶叫。
と言うかもう、僕と同じで疲れ切ってやけくそになってるだけだと思う。
そう感じるレベルで、正真正銘100点満点の狂気をデンジは見せる。
「これが、岸辺さんが言ってた百点って事か……?」
そして僕と同じ様に、デンジもまた腕の鋸からチェーン展開。
さらにそれで付近の車をグルグルに巻き巻きした後、そのまま一気に遠心力を利用して雪の魔人まで投げ飛ばす。
それに続く様に全速力で車の方向にダッシュしながら、何故か僕の右チェーンを握り締める。
するとそのチェーンをこれまた何故か己の身体へ、縛る様に回していく。
「アイツ、倒すからよォ……! このチェーンで俺、回してくんねえか!?」
「あ、え……」
しかし僕の返事を一ミリも聞かずして、デンジは勝手に台詞を吐き始める。
「分かるまで聞かせてやるぜ。これが俺のオ……!!!」
狂気と言うよりか、もはや恐怖で満ちたその言動に、彼の指示を素直に聞いてしまう。
そして僕の右チェーンを回収すると同時、前へ飛び込む様に奴は両手のチェンソーを突き出して高速錐揉み回転を開始。
このままの態勢で、魔人の前の前菜としてまずは投げ飛ばした車へ真っ先に突っ込む。
だが今更車なんて物ともしない様に、ぽっかり穴が開きながら爆発する車を置き去りにして回転を続行。
「アチャアアアアア、アチャチャチャチャチャ!!!」
無論、爆発の影響で彼は全身と言う全身を焼かれ尽くす。
それでも、デンジは何の躊躇もなく回転しながら飛び続ける。
いつしか僕の目線から彼は、黄金色に輝く光の矢に変わっていた――。
「光ん力だアアアアああ!」
こうしてようやく、メインディッシュである雪の魔人に到達。
見事、彼女の心臓部分を丸ごと抉るが如く貫通する。
「「……あ、ああああぁぁぁぁぁ!!」」
デンジの勝利のファンファーレを飾る様に、雪の魔人(デンジのハモリ付き)は迫る様に絶叫。
だがしかし彼女が迫ったその咆哮は、デンジでもましてや僕に向けられたものでは無い。
魔人はいきなりなりふり構わず、雪が若干積もった道路の端の方を掘り出し始める。
「……!」
すると急に満足したのか、謎に一歩ずつ今度は僕の方向まで接近する。
ちなみにデンジは全身が燃えて熱い故、死ぬほどのたうち回っておりそれどころでは無い。
「何だ、何を……」
最後の力を振り絞る様に、彼女はそれを――僕の顔まで見せる。
『会話はマキマに聞かれている。』
『マキマを殺す。協力するなら全てを教える。』
それは数枚のメモ。
しかし僕が視認した瞬間、直ぐに燃え朽ち果ててしまう。
「マ、キマ……? 何で雪の魔人が」
そして僕は、全てを思い出した――。
雪の魔人は、実は黒い犬なんて何一つ知らなかった事。
彼女は僕が黒い犬の前に契約していた悪魔だって事。
僕の両親や友達は、既に銃の悪魔に殺されていた事。
この事実が意味する事、それは……。
「……記憶を操られてたって事ですか、僕は」
しかしその台詞を吐いた瞬間、彼女は慌てて人差し指を僕の口元に置く。
「まさか、ずっと僕にそれを伝えたくて――
だが僕の推察が当たっていたかどうか、それは最期まで分からなかった。
だって、魔人の頭がトマトを潰す様に破裂したのだから。
ついでに言うと、あれ程暴れ回っていたはずのデンジの頭すらも。
「あれ? 思ったより上手く行かなかったみたいだね。デンジのライバルとして黒いポチタまで用意したのに」
僕はその声の主を見て、心の芯まで戦慄した。
「マキマ……さん? 何で、僕……マキマさんとは会った事無いのに。何で、知ってるんだ」
記憶の混乱でもはや僕自身が何を言っているのかさえ分かっていない。
「悲しい話ね。彼女はあえて人形の悪魔に乗り移る事で、貴方が思い出しやすい魔人として目の前に現れたのに」
「……」
「彼女がずっと黙っていたのも、私に声を聞かせない為だったのに」
「……」
「そんな幼気な彼女を君は斬って、燃やして、捨てちゃった」
「……」
「私だったら、耐えられない」
しかしその瞳は何一つ、動揺の色は無かった。
あるのは――支配。
「僕は……どこから、どこまで……嘘で……」
僕の心臓は懐疑心と罪悪感で、張り裂けそうに痛む。
もはや自分の全てを吐き捨てたくなる様な、嗚咽と衝動、それから悲痛を覚える。
ああ、口からゲロだけじゃなくて心臓そのものが出てきてしまいそうだ。
……いや、違う。口から黒い犬が――。
◇ ◇ ◇
『私に夢を見させてくれ』
『そうだ、チェンソーマンを殺す夢を』
『マキマがポチタでは無く、私を愛せる様に』
『私の全てを捧げてでも、私が……チェンソーマンになれる様に』
「……」
僕は道路のど真ん中にて、大の字になりながら何度目かの目覚めを迎える。
ぼんやりと浮かぶ視界には降り注ぐ雪も血もデンジも、何も存在しない。
残るのは僕をまだ駆り立てる、黒チェンソーの鼓動のみだ。
「僕は……どこに行けばいいんだ。何をすればいいんだ。僕は、今度は誰に……」
もはや精神崩壊に近い状態で、マキマから逃げ出す様に僕は当てもなくその場から立ち去る。
「助けて、助けて、助けて」
だがこの現実に、僕を助けてくれるドラえもんはいない。
代わりに僕は幻想を見た。
・デビルハンターとして認められる未来。
「お前は最高の5点だ。素晴らしい。大好きだ」
「今度からオレ、キミを頼る事にするよ。『助けて、チェンソーマン』って」
……幻想だから圧倒的に分かる、「吉田」「岸辺」の二人は絶対そんな事言わない。
・ヤクザとして認められる未来。
「漫画全部読んだら、次はドラえもん劇場版制覇しようぜ。やっぱ、ドラえもんズだよな。ほら、これ知ってる? 親友テレカってひみつ道具でさー」
「俺達は不死身だ。兄貴」
……あの後誰も死んでなかったら、もしかすると「深本」「アルド」と一緒に過ごしてたりしたのかな。
「……」
だがそんな名残惜しい幻想達を振り払う様に、僕は最後の選択を行う。
「でももう誰も助けてくれない。誰も助けてくれないなら、僕が……チェンソーマンになるんだ。チェンソーマンになって、もう誰も死なせない様にするんだ」
黒い犬やマキマに従うつもりなんて無い。
「僕は……もう迷わない。もう頼らない。自分で、この手で、選ぶんだ」
心臓――。
――契約。
夢――。
「オレ達に夢を見させてくれよ。野中君」
「ハロウィン!」
「やっぱりまともだよ、お前は」
「オレの前だと100点なんですけどね」
僕は他の誰でも無い、自分自身に有効かどうかも分からない契約を誓い直す。
――僕に夢を見させてくれ。
そうだ、マキマを殺す夢を。
「……残念。キミも何も分かってなかったみたい」
僕の再契約を終えたその直後、現れるのは不気味に笑うマキマ。
それも……最後の一枚であるガムを咥えて。
「……マキマに全てを捧げる」
「いい子」
僕の「野中」としての意識は、此処で死んだ。
「リベンジ良いか?」
平和の象徴である鳩の群れが、上空をさも楽しげに羽ばたいている。
それを僕は、どこか懐かしく感じていた。
「あれから……オレはデビルハンターに就く事が出来たんだ。しかも親の望む通り、公安だ。凄いだろ? しかも……スーツだけじゃなくて憧れの岸辺さんのコートを引き継いだ。最高だね」
これでようやく、岸辺さんにも認められるようになったかな――。
「あ、『リベンジ良いか』って……あれ、良い言葉だよな。実は、オレの親友が使ってた台詞でさ。……凄く、気に入ってるよ。なあ、チェンソーマン」
オレの目の前には、かの有名なチェンソーマンがなんと立ち尽くしていた。
しかも、どうやら立ち尽くす原因はオレだ。
「……オレは丸鋸の悪魔と契約した。お前を殺す為に。誰かから聞いてないか? オレが……黒チェンソーマンって呼ばれてる事」
黒チェンソーマン。
色彩は漆に塗られた様な漆黒、形状はピザカッターみたいに柄の長い丸鋸、頭部にはトリガーであるゼンマイが巻かれている。恥ずかしいので以前までは学生帽で隠していたのだが、公安になってからは剥き出しのままだ。
もちろん、両腕にも似た様な丸鋸が立派に搭載されている。
そしてチェンソーマンの前に、それは――不気味に佇んでいた。
「お前に……マキマさんは渡さねぇよ!」
マキマさんを賭けた一線、一戦、一閃――。
オレの全てを超えて、交えて、オレは両手の丸鋸を電鋸のクソ悪魔に向けて放つ。
ヴ――。
ヴヴ――。
ヴヴヴ――。
ヴヴヴヴヴヴ――。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ――。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ――。
――オレとあいつ、一つしか鳴らないはずのチェンソーの鼓動はたった今、二つに重なる。
いつからだろう、あれだけ楽しかったはずの漫画に飽きてしまったのは。
いつからだろう、あれだけ楽しかったはずのゲームを遊ばなくなってしまったのは。
いつからだろう、あれだけ楽しかったはずの思い出が思い出せなくなったのは。
いつからだろう、自分の考えを通すより、頭を下げた方が楽だと思ったのは。
いつからだろう、自分で考えるより、誰かに指示された方が楽だと思ったのは。
いつからだろう、その全てが今、別にそれでも良いやって思ったのは。
いつからだろう、楽に生きたいって思ったのは。
だから僕はオモチャの様に、誰かが傍に寄り添ってゼンマイを巻いてくれないと生きていけない。
ただ、この現実にそんな都合のいいドラえもんはいない。
それでも僕はどんな悲劇でも、苦痛でも、現実でも、乗り越えてみせる事だろう。
だって、隣に大好きなマキマさんが居るのだから――。
怪奇!黒チェンソーマン。第一部完。
第一部ご愛読ありがとうございます! 全然幸せになってない気がしますが、第二部ありますので……!
マキマすらデンジによって失ったところからスタート予定です。ただ、ポチタ周りの設定が完全に明かされてから書く予定でもありますので、執筆自体はかなり先だと思います。