……大衡先生は今なんて言ったのだろうか?
ボクに、ボクたちに家族を殺せ。と言ったのだろうか?沸々と怒りが再熱してくる。そしてそれはボクだけではないようで…。
「おい!どういう事だよ⁉︎」
「どうしてそう言う酷いことさせるの?もう嫌だよ!」
大平先生は抗議するボクたちを鬱陶しそうに一瞥してから、壁に向かって手を向ける。次の瞬間術式が行使され、手のひらが向けられていた壁には穴が開けられていた。一目見てわかる殺傷力の高い術式。それがボクたちに向けられたらどうなるかはすぐに分かった。
しかしそんな中でも正義感が人一倍強い一人が震えながらもボクたちの前に立ちはだかり、守ろうと勇気を振り絞る。
「どうしてこんなひどいことをするんだ!」
そんな先生を鬱陶しそうに一瞥して一切の躊躇なく、彼に対して術式を行使した。それを至近距離で無防備に受けてしまった彼はなすすべもなく吹き飛ばされ、壁に赤い花びらを咲かせながら崩れ落ちていった。一目見てみんなが理解した。彼はもう死んでいるのだ、と。
恐怖と戸惑いで静かになった空間が再び訪れる。抗議の声もなくなり静かになった空間で満足げに一つ頷いて、言葉を続けた。
「はぁ~、部屋に穴開けちまった。まぁお前たちはどのみち、この部屋から出ることはできない。」
先生が言うには、部屋に入る際にその入り口に立っていた毒島先生の術式でボクたちは、この部屋から出られないようにされたらしい。空間が解除されるのは、毒島先生が許可するか、この空間の生存人数が一人になったとき。
それだけ言い残して、大衡先生は扉から出ていってしまった。カメラで監視しているのだろう。
静寂の続くこの空間で一つ声が聞こえた。それは聞き慣れた家族のもの。それもボクが密かに想いを寄せていた相手のものだった。
「ごめんね…。」
その声と同時に殺傷力の高い火の玉が飛んできた。それはもちろんボクが密かに想いを寄せていた■■■のもの。彼女の術式であった。
クラメイトだった。友達だった。家族だと思っていた。想いを寄せていた相手に殺意を向けられた。ボクは咄嗟に術式を行使して、『火の玉の周りの二酸化炭素濃度を増やした』そうすると火の玉はボクに当たる前に力を失って消えていった。
しかし攻撃された事実はボクの正気を失わせるには十分なものだった。そして、それがボクの術式の真価を発揮させるきっかけにもなったのは皮肉なものだった。
ボクの術式が発動しなかったのは理由があった。それは『あらゆる物を増やす』という類を見ないほどに強力な術式。それを一度行使するためにも膨大な量の呪力を必要とする。
マイナス端子とマイナス端子の電池をを近づけるとどうなるか。そう電気が起こることはない。なぜならばプラス端子がないのだから。そして呪力とは負の力、つまりマイナスの力である。
ならば順天で増えすぎたマイナスの力にプラスを加えてやると溜まったマイナスも流れ始める。
つまり……
『術式反転・・・減』
その瞬間、ボク以外のクラスメイトは唐突に喉を押さえて苦しそうに膝をつく。そう、ボクはいまこの空間の『酸素濃度を減らした』のだ。彼らは次々と窒息して意識を失い倒れていく。そして、少し加減していた1人を残してみんな倒れてしまった。その1人というのはもちろん■■■だ。俺は苦しそうにしている彼女へと歩みを進める。
彼女の前まで来た俺は歩みを止めて、これまで秘めていた思いを告げる。
「ボクは、俺はお前のことがずっと好きだったんだ、■■■。……好きだったよ。」
その言葉に驚いた表情を作る■■■。しかし次の瞬間には笑顔を作っていた。その笑顔は嬉しそうで、儚げで、悲しそうで……。俺はそんな彼女にお構いなしに言いたいことは言い切ったとばかりに手を天井に向けて呟く。
『術式順天・・・増』
次の瞬間倒れれていたクラスメイトも、目の前の彼女も炎に包まれる。この部屋に設置された『電灯から発せられる熱量を増やした』のだ。その熱によって起こった炎は彼ら燃やしていく。
目の前の彼女が使う術式は炎を発生させ、その形を変えるというものだった。そのため俺は皮肉を込めて彼女を殺す際に、この方法を選んだ。燃え行く目の前の彼女に目を移すと彼女はなんと笑っていたのだ。満足そうな表情で…。
「…ありがとう。私も大好きだったよ、
それだけ言って炎の中へと消えていった。その言葉を聞いた瞬間彼女の狙いに気が付いた。彼女はもともと俺に殺されるつもりだったのだろう。そして俺が生き残るように仕向けた。おれはそれに気づかずに、まんまと乗せられたわけだ。オレはクラスメイトを殺した。おれは家族を殺した。俺は、彼女を殺した…。
「あ、あ、あ…。あぁ”~~~……‼」
俺の中で何かが崩れていく音がした。俺を孤独から救ってくれた彼らを、俺は今度は自分の手で壊してしまったのだ。俺はすべてに絶望した。その瞬間俺の深い絶望が、莫大な呪力となって吹き荒れる。そしてその呪力を絶望を引き起こす術式として行使する。
『術式反転・・・軽』
俺にかかっていた重力を減らして宙に浮きあがる。そして、
『術式順天・・・老』『術式反転・・・減』
ブラックルームはその壁の、床の、柱の経過年数を一瞬のうちに増やしてゆき、崩れていく。同時に行使した術式により可能性が限りなく0になったため俺に瓦礫が当たることはない。崩れて丸裸となった建物から経営していた、教師として在中していた職員たちが一挙に現れる。混乱する彼らを一瞥する。
「お前達を信じた、俺が馬鹿だったんだ。俺はもう、何も信じない。」
「ま、待て!ワシらを殺したら貴様は呪詛師として終われることになるのだぞ!」
「構わない。アイツらのいない世界にもう意味を見出せない。いっそ壊してしまおうか?」
何とも無さげに告げられた言葉に彼らは戦慄する。彼らが1番知っている。俺にはその力がある事を。だから慌てる。必死に取り繕うとする。
「貴様は狂っている!そんな事出来るものか⁉︎」
「お前らが1番知っているはずだ。可能かどうかを。それに術師は、全員狂っているのだろう?」
そう言って涙を流した顔で笑顔を浮かべる。その顔は言葉では言い表せないほど歪んでいた。その歪さに彼らは息を呑む。言葉が喉に詰まって出てこなかった。
そんな彼らの様子をつまらなそうに眺めていた桜下は反論がないものと判断して術式を行使する。
『術式順天・・・重』『術式反転・・・減』
一か所に過剰に重力を増やすことでブラックホールが発生する。そのブラックホールは悲鳴を上げる職員たちを容赦なく呑み込んでいく。瓦礫も職員もみんな呑み込まれいく。そんな呑み込まれていく彼らを無表情で眺める桜下の姿を職員の1人がぽつりとこう称した。
『死神』
この場には術式により呑み込まれないようにしていた、元クラスメイトだった彼らの遺体と俺を残すのみとなった。
この現況を作り出した施設を文字通り消滅させたが俺の絶望は消えることはなかった。クラスメイトの遺体に合掌してその場を離れてゆく。
しばらく茫然に歩き続けてたどり着いた草原で、空を見上げた。その空はまるで俺の心を表すような真っ暗に染まっていた。その空を見上げているとふとあの教室でのことを思い出される。
何も知らずに連れていかれて、やりたくもない戦闘訓練をさせられた。何度も出たいと思った。しかし、耐え続けることができたのはクラスメイトの、家族の、彼女のおかげだった。それも自分の手で壊してしまった。もう俺の希望は砕け散ってしまった。俺が自ら壊してしまった。
俺は、もう、誰も、信じない!
真っ暗な過去と光のない未来。俺の心情を表したような真っ暗な空に俺はこらえきれず気づくと涙を流しながら、泣き叫んだ。
彼らの生きている夢のような世界を願って…。
俺は、生きていてもいいのか?
俺は生きて、何をする?
俺は生きて、何をしたい?
答えの見えてこない自問自答。
そして、一つ思い浮かぶは…。
この世界に呪術師なんてものは必要ない。
ならば、俺が駆逐する。
ふと、ある思い出が浮かび上がる。
それは、今はもう無いブラックハウスでの家族との何気ない約束の思い出。
「なぁ、ここを出たらさ!みんなで世界を見て回ろうよ!」
「せかいを?」
「あぁ!世界はすっげぇ広いんだ!みんなで回ったら、きっと楽しいぜ!」
「わぁ、素敵!」
「いいな!それ‼︎」
「だろ?よし、それじゃあ約束だ‼︎」
「「「約束‼︎」」」
世界を、見て回りたい。
1人になってしまったけれど、家族との大切な約束を。
あの世に行った時に、彼らに話してあげられるように。
手土産ができたらそれをぶら下げて、彼らに謝りに行こう。
そしてその時にはきっと、この世界に呪術なんてものは存在しない世界になっているように。
桜下ーー術式『増減術式』
順天…あらゆるものを増加させる。「例:増・大・重・長・上・老等」
反転…あらゆるものを減少させる。「例:減・小・軽・短・小・若等」
※順天と反転は対義語をご想像ください。
大衡ーー術式『衝』
呪力を衝撃として飛ばすことができる。威力は呪力量に依存する。
屋外では風を飛ばしたり、水中では水を飛ばせたりと幅広い。
毒島ーー術式『蠱毒』
触れた対象が二人以上指定空間に入った際に発動する。
空間内のものは人物・呪力も含めて何人も外へ出ることはできない。
脱出条件は本文中の通り。
※呪霊操術の天敵