望まなかった最強   作:アートレータ

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人々は地獄を恐れる

 

 桜下は甚爾との戦闘の後、反転術式で失った腕や傷の治療をおこなった。それでも流れた血まで戻るわけでは無いため、消費した呪力の回復と並行して療養に数日の時間を費やした。

 

 そして桜下は外国へと旅立った。行き先も目的もなく、自由気ままに観光を。そして、術師狩りに繰り出した。

 

 甚爾との戦闘で感じたこと。それは肉体操作だ。

 桜下には途轍もない量の呪力。凶悪な術式。それらを使いこなす頭脳が備わっている。ではそれで最強なのか?答えは否だ。

 

 桜下があの戦いで勝てたのは、初見殺しの術式と臨機応変な対応が完璧に噛み合ったからだ。負けることだって十二分にあり得た。むしろ良く勝てたと自分ですら驚いたほどだ。

 

 流石に敵の前で弱っている自分を見せるほど馬鹿ではない。あの場は気丈な振る舞い、とにかく少しでも早くその場を離れることに尽力した。出ないと、すぐにでも膝を折ってしまいそうだったのだから。

 

 治したとはいえ、腕だって反応に追い付く体を持っていたならば、失わずに済んだかもしれない。

 

 故に鍛えるべきは身体能力と肉体操作だ。

 方法は幾らでもある。その中でも実戦で伸ばすのが1番効率的だ。

 他にも国にはそれぞれ特色の違う格闘技が存在している。それらを学んでみるのもいいかもしれない。

 急ぐ必要はない。時間は十分にある。待っている者もいない。ゆっくり行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も今日とて、観光を満喫して近くにあった村の宿屋に腰を下ろす…ところで、二つの呪いの気配を感知した。

 それはこの村のはずれ辺りだろうか。

 桜下にとっては呪いとは祓うべきもの、例外はない。

 感知したからにはその場に向かうという選択肢以外他になかった。

 

 向かうとそこには、5歳ほどの子供と二足歩行の鬼のような呪霊が向かい合っていた。いや、正確には腰を抜かしている子供に呪霊が襲い掛かろうとしているというのが正しい表現だ。

 

 強い!それが桜下が1人と1体に下した評価だった。

 おそらく子供の方は呪力を使いこなせていないのでは無いだろうか。子供の術式だろう黄色い発光を身体に纏っているものの、ひどく不安定でおそらく無意識のものだろうことが窺える。

 

 対して鬼型の呪霊は、背後に術式であろう六つの球体を浮かせて自在に空中で動かしていた。それらはぶつかることは無くそれぞれが意識を持っているのでは、と疑ってしまうほど完璧な統率された動きを見せていた。気になるのはそれぞれに違う文字が印字されていることだが…。

 何より桜下ほどとはとても言えないが、かなりの量の呪力を2人からは感じ取れる。

 

 しかし桜下にとっては関係のないこと、呪いは祓うのみ。とりあえず厄介そうな呪霊の方から片付けるべく足を踏み出した。

 そこでようやく、2人は桜下の存在を認識する。

 今まで知覚できなかったのが不思議でならないほど膨大な量の呪力を纏いながら近づいてくる敵に、鬼型の呪霊も桜下を先に狩るべき敵と定めた。

 

「お前強いな、何者だ?呪術師か?」

 

 鬼型の呪霊は当たり前のように言葉を話し、無意識に桜下にとってのタブーを口にしてしまう。

 

「ったく、どいつもこいつも。呪術師、呪術師って一括りにしやがって。だから嫌なんだよ。呪術師も呪詛師も。んで高い知能を持つ特級呪霊も。」

 

「我は道満だ。お前はなんと言う。」

 

「呪霊が名前まで持ってるとはね。……上杉桜下。それがお前を祓う奴の名前だ。祓われるまで覚えとけ。」

 

「傲慢な人間だ。」

 

 そこで会話は途切れ、本格的に戦闘体制に入る。

 まずはお互いに相手の術式効果を把握したいところではあるのだが…。

 

「その後ろの球体はお前の術式だろ?やっぱり効果が違ったりするのか?」

 

「それは受けて確認してみろ!」

 

 その言葉と共に放たれた、六つ浮く球体の一つ。

 避けるか。それとも術式で跳ね返すか。迷いなく答えが出る。

 効果がわからない以上、術式を無効化される可能性だってある。それに無駄に手の内を明かす必要はない。

 道満の背後から桜下の顔目掛けて飛んできた球体を、顔を傾けることで紙一重で回避する。

 

 桜下の横を通り過ぎ地面に叩きつけられた球体は地面に小さなクレーターを開けていた。威力はまあまあ、それよりも気になるのは。

 

「草が枯れていく?」

 

 そう、球体に潰された部分に生えていた草が黒く干からびて散っていく。それはまるで、天命を全うして朽ちていくような、人で言うところの…

 

「死んでいく?」

 

「その通り!我が操る六つの球体はそれぞれ六道を司る。その球は人間道を司る。人間道は人間が住む世界。四苦八苦に悩まされる。そして効果はあらゆるモノに生と死を与える。」

 

「なるほど、つまり六つの術式を操ってるようなもんか、厄介だな。」

 

 今飛んできた人間道について考える。あらゆるものに死を与える。あまりに強力すぎる能力。とても六つを維持できるとは思えない。それに、もし本当にそんな能力があるのだとしたら、他の五つは必要なくなる。

 つまり、あらゆる者ではなく、あらゆる物に作用すると考えるべき。ならば受けても平気なのか。恐らく否だ。物に呪力も含むかわからない現状、呪力を纏った状態とは言え、受けるのはリスクが高すぎる。

 ならば術式で対処するか。それもまた呪力と同じく殺された際のリスクを考えれば選択肢にはなり得ない。それに、無駄に手の内を晒す必要もない。もし呪力や術式を殺された場合直撃を受けることになる。地面に穴を開けた衝撃をモロに受けた場合それこそ死へと誘われるだろう。

 正解は避ける、か。

 

 そして同じレベルの効果の球体が五つあると来た。

 後どんな能力なのか?同時に二つ使えるのか?球体は破壊できるのか?

 わからないことはまだまだ多い。

 

「ほんっとに、厄介な能力だ。」

 

 桜下はこれまでの経験と天才的な才能で呪力を知覚することができる。あくまでも知覚出来るだけであって、某瞳術のように術式を把握することはできない。

 出来るのはあくまでも、術師や呪霊が纏う呪力。それから、術式を構成している呪力を感覚的に色として認識することくらい。

 しかし十分に強力なそれを持ってして、死角になって文字が見えないように調整された新たに桜下へと向かってきた球体が先ほどとは別の物であると、認識した。

 

 それを先程同様、身体能力のみによる回避で交わす。するとその球体は桜下の後ろにあった木へ激突する…かと思いきやなんとすり抜けていった。

 一瞬呆気に取られて球体を追っていた視線をすぐさま木に移すと、その木はなんと凍結していたのだ。

 

 ではあの球体の能力は凍結なのか?六道にそんな項目はあっただろうか?

 疑問が疑問を呼ぶ中、答えは事象を起こした本人の口から告げられる。

 

「天道は天人が住まう世界。天人は空を飛ぶことができ、享楽のうちに生涯を過ごすが、死を迎えるときは5つの変化と苦しみを受ける。5つの苦しみ。麻痺・毒・眠気・火傷・凍結がランダムで触れた対象に付与される。」

 

「…なるほど。今回はその中の凍結を引いたわけだ。」

 

 また別の球体。

「畜生道は鳥・獣・虫など畜生の世界。種類は約34億種で、苦しみを受けて死ぬ。これまで殺したものを召喚する。」

 そして召喚された虫や動物。また、呪霊や術師。果てには非術師なんかも召喚され、桜下に襲いかかる。召喚元の球体を破壊しようと試みるも、実態がないようで攻撃はすり抜けてしまった。

 

 またまた別の球体。

「餓鬼道は餓鬼の世界。腹が膨れた姿の鬼になる。相手の呪力による攻撃を飲み込む。」

 これも破壊は叶わなかったが、術式による落雷で迎撃することができた。ただし、呪力の塊をぶつけたところ吸収されてしまった。また、実態があり破壊力は人間道と同等だった。

 

 戦闘しながら考察を続けるうちにわかったことだが、人間道が殺せるのはカタチのあるもの。故に呪力がカタチを成した術式は殺すことができても、カタチのない呪力を殺すことはできないようだ。

 逆に餓鬼道は呪力を飲みこそすれど、呪力がカタチを作った術式は飲み込むことができない。

 つまり、人間道と餓鬼道は対を成す術式である。

 そう……考えてしまった。

 

 幸い攻撃に使える球体は一つずつであるらしい。

 飛んできた球体の『人』の印字をみて、それが人間道であると確認する。

 呪力でガードしてもいいわけだが、ここは交わして攻撃に転じる。

 

 人間道を紙一重で回避して、足に呪力を集中させて爆発を利用した急加速。一直線に道満目掛けて飛び出した。そして、道満の目の前で右腕に呪力を溜めて振りかぶる。

 後ろから足を引っ張られ、一瞬視線を道満から足元へと移した。そこには、先程人間道が叩きつけられた場所から伸びた、まるで生きているように蠢く草が桜下の足へと絡みついていた。

 

 人間道は生と死を与える術式である。桜下は人間道と餓鬼道による呪力と術式を無効化する物理攻撃の手段と視野を狭めてしまっていた。その結果不意を突かれてしまった。

 しかしもう止まることはできない。道満よりも先に自分の攻撃を届かせる。

 

『術式順転・・・長』

 

 それは、甚爾との戦闘と同じ術式を利用した黒閃。道満は回避は間に合わないと右腕を前に防御の体制に入る。

 冷静であれば気づけたはずだった。道満が呪力を纏っているのは、右腕以外の全身であったことに。

 

 黒閃は道満の右腕を捉え、威力そのまま吹き飛ばした。瞬間、桜下の後ろからある球体が振り抜かれた腕に当たった。

 球体に実態がある。人間道か。はたまた餓鬼道か。

 

 次の瞬間、桜下の右腕は吹き飛んだ。

 不自然な光景だった。球体が触れたのは肩から肘にかけての上腕部。対して桜下の右腕は肘から手にかけての前腕部から弾け飛んだ。

 

 そこでふと思う。自分は道満のどこを殴った?

 

 ハッとして、未だ土埃舞う道満が飛んでいった方向へと目を向ける。土埃の中から道満と思わしき影が徐々に姿を現した。

 そこから現れたのは、殴ったはずの右腕を含めて5体満足の道満だった。

 

 吹き飛ばしたはずの右腕を兼ね備えた姿を現した道満。逆に球体が触れた途端吹き飛んだ桜下の右腕。つまり…あの球体の能力は。

 

「ダメージの、押し付け。」

 

「その通りだ。地獄道は罪を償わせるための世界。自身のダメージを与えた相手に押し付ける。ダメージを受けた箇所に触れさせなければ効果はないが、な。」

 

 つまりこう言うことだ。

 人間道の攻撃は初めから、草木に生を与える目的の攻撃だった。桜下はそれに気付かず、受けることなく交わして攻撃に転じた。その結果、直撃した草木には生命が宿り桜下の足を絡め取った。

 

 そしてそれは攻撃が目的でもなく、足止めが目的でもなく。桜下の視線を道満から外させること。道満から視線が外れた一瞬で道満の後ろを飛んでいた地獄道を桜下の死角へと飛ばした。

 

 道満は攻撃を受けることを目的に右腕を無防備な状態に晒し、生命の危険がないようにそれ以外の部分を呪力で防御した。右腕が吹き飛んだ瞬間に、桜下の死角へ飛ばしていた地獄道でそのダメージを桜下に押しつけた。

 その結果がこの惨状である。

 

 そして不幸は続く。

 





道満……術式「六道」
 人々が地獄を恐れる負の感情から生まれた存在。「天・人・修・畜・餓・地」と印字された球体が、それぞれ違う効果を持っている。それらは道満の意思によって操作されている。
 強さは魔虚羅と同等。しかし、術式1発に必殺の威力は無く、2体が戦った場合勝つのは魔虚羅である。
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