望まなかった最強   作:アートレータ

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 振り返ると桜下の術式名を出したの、初めてかもしれない。
 あと、呪力・術式の独自解釈を多分に含みますのでご注意ください。


勝利と、敗北と

 

 桜下のピンチを感じ取った少年は拙いながらも術式を行使して見せた。

 その見に纏っている黄色い閃光を道満目掛けて飛ばす。それは身に纏うものとは比べられないほど弱々しいものの、確かに呪力を纏った攻撃だった。

 

 しかし当然と言うべきか、それは道満の餓鬼道に吸収される。

 そのまま少年目掛けて今日初めて動く六つ目の球体が飛ばされる。

 

 嫌な予感がした桜下はそれを阻止しようと動くも間に合わず、球体は少年に直撃…する事なくすり抜けた。

 次の瞬間、パッと少年が纏っていた術式がかき消えたのだ。いや、それ以上に…。

 

「…呪力が感じられない?」

 

「その通り、修羅道は阿修羅が住み、終始戦い争うために苦しみと怒りが絶えない世界。効果は触れたものの感情を反転させる。」

 

 感情を反転させる。言葉にすると大したことのないそれだが、実際呪術師にとっては枯渇問題となり得た。

 

 呪力を扱うには多少なりとも負の感情を持っておく必要がある。故に普段から一定以上の呪力を維持する訓練を行なっている。

 

 が、その負の感情が反転させられれば呪力を練れなくなってしまう。

 ただでさえ敵を目の前に、喜びや嬉しさなどの正の感情を持つわけもなく…。

 

 顔を顰める桜下に道満はさらに深く笑みを浮かべる。

 

「そして今ので、我が持つすべての術式を開示した!」

 

 術式の開示。

 それは一見デメリットのように感じるが、それだけではない。術式を開示する事によって強化される術式も存在しているのだ。

 それを行ったということはつまり。

 

「効果は二つ。呪力の内包と球体の同時操作だ。」

 

 桜下はこれまで、球体の纏う呪力と球体の印字を見ることで、の球体の効果を判断してきた。

 が、あくまで経験に基づくものであり特殊な瞳術などは持ち合わせていない。

 つまり内包されてしまったそれを確認する術は持ち合わせていないのだ。

 

 そして球体の同時操作。これまではいくら早くても攻撃は一つずつだった。

 球体の把握をして、それぞれの球体に合わせて対処してきた桜下だが、これからはそうは行かなくなった。

 

 餓鬼道だと思って呪力を纏って弾き返そうとしたら、人間道でした。なんて洒落にならないのだ。

 顔を歪め、額に汗を浮かべながらも桜下は道満を祓うべく構え直した。

 

 しかし現実は無情にも、一方的な展開を作り出した。

 

 直接的な呪力を纏った攻撃が、先程の術式を併用した黒閃しか持たない桜下は一向に攻めることができていなかった。

 重力を重くしてみても道満の頭上に浮く人間道に過剰重力を殺されてしまった。

 そのままブラックホールを生成しても同じく人間道に殺されてしまった。

 ならばと術式の応用で落雷を落としてみても結果は同じ。

 

 逆に桜下は球体の識別ができなくなったことにより、全ての攻撃を避けざるを得ない。が、それにも限界がある。

 天道に掠った足が麻痺を起こし、人間道に命を与えられた蔦に腕を絡め取られた。

 修羅道で術式順転を強制的に術式反転に変えられ行使失敗におわり、畜生道に呼び出された呪霊に噛みつかれた。

 餓鬼道に攻撃は飲み込まれ、通ったと思った攻撃は地獄道で自身へと帰ってくる。

 

 必死に反転術式で回復しながら応戦するものの、糸口を見つけられず体力と精神力がガリガリと削られていく。

 

 そんな中桜下はふと疑問を持つ。「何故自分はこんなに必死になっているのだろう?」と。

 家族を自分の手で殺してしまい、後悔の念で死にたいと思っていたはずだ。確かに目的はある。

 あの世でみんなに会った時に外の話をしてあげたい、と。

 不幸の元となった術師をこの世から抹消する、と。

 だが、こんなに必死になる必要はなかったはずだ。ならば何故?

 

 

 

「あぁそうか、俺はまだ死にたくないんだ。」

 

 

 

 良いのだろうか?こんな俺が行きたいだなんて烏滸がましいにも程がある。それでもまだ死にたくない。

 こんなこと言ったらあいつらはなんで言うだろうか?

 俺たちを殺したくせになんでお前だけ、と憤怒するだろうか?

 お前もさっさと死ね、と罵倒するだろうか?

 自分ももっと生きたかった、と涙するだろうか?

 

 いや恐らく…。

 

「何を今更当たり前のことを、なんて言いながら笑われそうだな。」

 

 自然と頭に浮かび上がるその光景が妙に現実的で、笑いが溢れてしまう。気持ちは決まった。

 

 想いの強さが戦局を左右することは珍しくない。しかし、それは敵との力が拮抗している時だけだ。

 想いが強い方が勝つ。それならば、負けた方は想いが弱かったと言えるだろうか?

 答えは否だ。

 想いの強さなど、僅かな力の差を埋めるくらいしか使えない。

 それでも、確固たる意志を持ったものはその僅かな壁を破壊して乗り越えていく。

 

「悪いな、どうやらこのまま負けてやるわけには行かないみたいだ。」

 

「我に手も足も出ない貴様に何が出来る?」

 

「俺は本気を出すことが嫌いだ。それは自分の限界を晒すことで、弱点を見せびらかすことと同等だから。でも、それよりも大事なものがあった。」

 

「今まで本気ではなかった、と?負け惜しみを。」

 

 その言葉に対する返答は笑みと…。

 

「領域展開『無生有生』」

 

 新たな世界が構築されていく。

 そこはまるで学校の体育館のような。しかし、床に線もなければバスケットリングもない。窓もなければドアもない。

 何よりも目を引くのが、異様なほど真っ白な床と壁。恐らくコンクリートだと思われるその構造に、道満は求道を叩きつけるもヒビが入るだけに止まった。

 天井は体育館相応の高さであるが、此方もまた白かった。白い天井には体育館特有の電気がいくつも飾られていた。

 それらを確認した桜下は自嘲気味の笑みを浮かべた。

 

「ブラックハウスの訓練室…か。まだ俺の心はあそこに囚われたままだったんだな。」

 

「貴様がまさか領域展開を使えるとはな。しかし何も無いではないか。」

 

 嘲笑を桜下に向ける道満はまだ気付かない。

 

「何も無い、か。確かにな。ここは何でもあって、何も無い空間だ。……お前、右腕はどこいった?」

 

 そこで初めて道満は自身の右腕がないことに気がついた。何をされたか確認する前に道満は、桜下への反撃を選択した。

 桜下へと飛ぶ人間道と餓鬼道は果たして届くことが叶わなかった。

 突如『生』まれた壁によって。

 

 ならばと畜生道から大量の虫型呪霊を生み出し、物量で攻める。が、虫たちは生み出された瞬間『無』へと帰っていった。

 天道を飛ばして壁をすり抜けて、桜下をもすり抜けていく。あたった個所に火傷跡ができるもすぐに消えていった。

 

「なん、だと…。」

 

「俺の『加減術式』は既存のものを限りなく1に近づけたり、逆に0に近づけたりすることはできるが0から1を生み出すことも1を0にすることも出来なかった。だが、この空間はそれを可能とする。その意味がわかるか?」

 

 道満は振り返る。

 人間道と餓鬼道が遮られたのは、桜下に生み出された壁に拒まれた。

 畜生道に呼び出された虫は存在を消された。

 天道で与えたダメージはその結果を無にされた。

 そして、右腕は…。

 結論に行き着いた道満が悲鳴を上げる直前。

 

 道満の四肢が消え去り、首と胴体だけとなった道満が床へと落下した。

 

「魂は消すことができないようでな、俺が直接トドメを刺す。魂と直接繋がってるからか術式も消せないようだが、問題なかったな。」

 

 1人分析しながら近寄ってくる桜下が道満には何よりも恐ろしかった。

 桜下自身の血で濡れた白髪や顔がまるで、道満の血で染まっているようにすら感じてしまう。

 その姿はまさに『死神』のそれであった。

 

 桜下に油断はなかった。

 それでもここまでの戦闘ですり減らした精神と、初めて創り上げた領域展開で綻びが生じてしまう。

 道満はたまたまそのタイミングで逃走を図った。畜生道に自身を吸い込み、人間道で壁に穴を作り飛んで行ってしまう。

 対象に逃げられたため崩壊を始めた空間の中、頭をかきながらそれを見送った桜下は一つ大きなため息をついて、空間が消え去るのと同時に意識を手放した。

 





 ということで桜下の術式は、『加減術式』でした。
 無下限術式の対を成す術式を作りたいなと書き始めるも案が浮かばず、なんやかんやあって完成したのがこの術式でした。
 そして、この小説の始まりでもありました。

 桜下と道間の相性は最悪といってもいいほど、悪いです。
 逆に五条先生は相性抜群です。六眼で球体の術式を把握してそれに合わせて、呪力の身体強化か無下限術式を発動させればいいわけですからね。
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