Fate/GrandOrder ーSailing Lostbeltー   作:藤渚

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【序】導きの“新星”(Ⅱ)

 

 

 

  ────ぼた、ぼたと氷の張った床に(したた)り落ちていく、生温かい『赤』。

 

 

 水滴は徐々に広がり、やがて面積を拡大していったそれは、()()の足下に鉄臭い水(たま)りを形成していく。

 

 

 

「………え……?」

 

 半開きになった藤丸の口から、無意識に零れた困惑。

 彼も、マシュも、フォウも、ルフィ達も……そこにいる誰もが、たった今目の前で起きたこと───己の眼が映し出す()()()()を、すぐに理解することが出来なかった。

 

「おい、まだかよお前ら!脱出するから早く入れって!」

 

 中々コンテナ内に入ってこない藤丸達に、苛立った声と共にムニエルが奥から身を乗り出す。彼の腕に(かつ)がれた状態のゴルドルフも、全身に走る痛みに歪めた顔をこちらに向けて様子を(うかが)おうとしている。

 

「痛たた、身体に響くから近くで大声を上げんでくれデニッシュ君………おい貴様ら、感傷に浸っている暇などないのだぞ⁉いいからさっさと────」

 

 

 

 

 

「───おっと失礼、あまりに隙だらけだったのでね。」

 

 

 音もなく、()()()()()()()()()()、教会の神父のような()で立ちをした()()()は突然現れた。

 

 穏やかに微笑む神父の手を伝って、ポタポタと床へと垂れていく『赤』。

 だがそれは、彼の(からだ)から流れ出たものではない。

 

 

 

 神父(おとこ)の……ダヴィンチの背後に立っている彼の手や腕、そして頬を伝うのは、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()彼女の胸元から溢れる(おびただ)しい量の────ダヴィンチの『(あか)』。

 

 

 

「つい手癖で、この通り………()()()()()()しまったよ。」

 

 

 

 

 

「だ───ダヴィンチ、ちゃん………?」

 

 喉から(しぼ)り出たマシュの声は、耳を澄ませていなければ拾えない程にか細く、震えている。

 

「(馬鹿な………何が起きた?あの男は何だ⁉いや、それ以前に一体何故────何故、『見聞色』であいつの存在を、()()()()()()()()()()()()()……⁉)」

 

 受け止めきれない事実に、ローは酷く混乱する。抱えている腕からすり抜け、その場に崩れ落ちそうになるマシュを咄嗟に支えたキッドの中にもまた、彼が抱いたものと同じ疑念が生まれていることだろう。

 

「────、ごほっ、」

 

 喉奥から込み上げる感覚を抑えきれず、開いた口から零れる大量の血液が、彼女の衣服や白い肌、神父の手を赤黒く汚していった。

 

「フォ⁉フォウ、フォウゥッ‼」

 

「ふむ。いかにサーヴァントといえ、霊基の核を潰されれば消滅は免れまい………さらばだ、レオナルド・ダ・ヴィンチ。カルデアの頭脳は、これで完全に(つい)えた。」

 

 

 

「っ───あ、ぁ………お前、おまえ────お前ェッ‼‼何やってんだァァァッ‼‼‼‼」

 

 

 

 ビリビリと空気を震わせる、ルフィの怒号。

 固く握った拳を硬質化させ、怒りに身を震わせる彼から溢れ出る黒い稲妻の様な『覇気(オーラ)』に、「ひぃっ⁉」とゴルドルフは悲鳴を上げる。

 

「ほう、これはこれは………中々興味深い。」

 

 ルフィの気迫に眉一つ動かすことなく、神父は不敵に微笑む。そんな標的(てき)を睨みつけ、ルフィは拳を振り上げた。

 

「おおおぉぉっ‼‼ゴムゴムのォ、『JET(ジェット)────」

 

 

 

「ぐっ────そぉれっ‼誰か受け取りたまえっ‼‼」

 

 

 繰り出されようとした拳を阻止したのは、突として響いたダヴィンチの声。

 

「な───っ⁉」

 

 ルフィや藤丸達が困惑する間も無く、次に彼らの目に飛び込んできたのは、宙高く放られた()()()()()()だった。

 

「!───キッドっ‼」

 

「ああ、任せろマスター……っと!」

 

 神父の鋭い眼がトランクを追っていることに気付き、藤丸が焦った声で名を叫んだのとほぼ同時に、キッドが利き腕を前方へと突き出す。

 するとトランクは空中で一瞬だけ停止した後に、キッドが発した磁力によって勢いよく引き寄せられていく。

 

「ほらよ、邪魔になるからお前らで持っとけ!」

 

「えっ?わっととと‼」

 

 キッドが放ったトランクをムニエルが慌てて受け止め、拍子に肩から腕が外れバランスを崩したゴルドルフは派手に尻餅をつき、「痛ァっ⁉」と声を上げる。

 トランクが無事に藤丸達の元へ届いたのを確認すると、ダヴィンチは安堵の息を吐いた。

 

「(………大した胆力だ。腕を抜かず、逆に背中で私を押しとどめるとは。)」

 

 神父が手刀を抜こうと動かし、ぐちゃぐちゃと生々しい音と共に出血が酷くなる。

 だがダヴィンチが「ぐ…っ‼」と苦し気に(うめ)くものの、神父の手は彼女の背中から少しも抜ける様子は無かった。

 

「さあ……それを持って、早く!そのトランク……『霊基グラフ』を奴らに渡してはいけない!」

 

 吐血で汚れた口の端を上げ、いつもの毅然(きぜん)とした態度を崩さないダヴィンチ。彼女の発した言葉を拒むように、マシュは(かぶり)を振って声を荒げる。

 

「いえ───いえ、いいえ!そんなこと、出来るはずがありません‼ダヴィンチちゃんを置いて、私達だけで逃げるなんて……‼」

 

「フォウ、フォウ!」

 

「そうだぞダビンチ!待ってろ、今すぐ助けっから───」

 

「いや、いいんだルフィ君。どうやら私はもう()()()()()………そうだろ?ロー君。」

 

 ダヴィンチが発したその名前に、皆揃ってローへと顔を向ける。

 目深(まぶか)に帽子を被ったローは、誰とも目を合わせない。そんな彼の肩を掴み、ルフィは必死の剣幕で訴えた。

 

「トラ男………頼むよトラ男、ダビンチを助けてくれ‼ずっと前に死にかけてた俺の怪我、治してくれたことあっただろ?お前がチョッパーみてぇにすげえ医者だってこと、俺知ってるぞ!だから───」

 

「もういい、()せ………()してやれ、麦わら。」

 

 不意に大きな手が肩を掴み、ローから引き剥がされたルフィが驚いて振り向く。すると背後に立っているキッドの傷痕の残る(おもて)には、滲み出た怒りや悔しさが露わになっていた。

 

「………ダヴィンチ屋の霊核は、既に手の施しようがないほどに破壊されてる。本来なら今すぐに退去しても不思議じゃねえんだ……麦わら屋、それにマスター………すまねえ、俺が医者としてあいつの為にしてやれることは………もう、何も無い。」

 

 鬼哭の(さや)を握る手が、謝罪を口にした声が震えていることに気が付き、ルフィはローに対してそれ以上何も言えなくなる。

 

「嘘だ、ウソだよな………なあ……ダビンチ?」

 

 

 

  ドクドク、どくどく。

 

 再び鼓動が早くなる、ルフィの霊核(しんぞう)

 

 冷や汗が、滝のように流れていく。開いた口からは、掠れた声しか出てこない。

 

 

 

 ルフィの脳裏に再度───今度はより鮮明に甦ってくる、()()()()

 

 

 自分を(かば)い、赤く煮えたぎったマグマの拳で胸を貫かれた、最愛の(あに)

 

 

 ああ、どうして、どうして────どうして。

 

 

 あの時の(エース)も、目の前のダヴィンチでさえ。

 

 

 己の『死』を悟った者達は、何故こんなにも優しく穏やかな笑みを浮かべることが出来るのだろうか。

 

 

 

 

「っさあ急いで!早くしないと氷のサーヴァントやコヤンスカヤ達に追いつかれる、私もあとどのくらい、コイツを引き留めていられるか分からない……早く行きたまえ!」

 

 ダヴィンチの言う通り、格納庫内を覆う氷は徐々に面積を拡大していく。

 気温の低下を肌で感じ、少しずつ迫ってくる脅威……それでも藤丸達は、仲間との唐突な別れという現実を受け入れられないでいた。

 

「嫌だ……いやだ、ダヴィンチちゃんっ‼」

 

 冷たくなった頬を伝う、幾筋もの温かい雫。項垂(うなだ)れ動けなくなっていたその時、藤丸の耳に彼を叱咤する声が届いた。

 

「コラ!しゃんとしないか藤丸立香!それでも君は世界を、人理を救ったマスターかい?」

 

 この場に似つかわしくない、今まで共にいた時と何ら変わらない、明るく快活なダヴィンチの声。皆が揃って彼女を見ると───

 

 

「大丈夫だよ、君達ならきっと出来る。やり遂げられるとも!だって私──この天才レオナルド・ダ・ヴィンチは、君達が()()()()人間だから、喜んで手を貸したんだ!」

 

 

 彼女(ダヴィンチ)は、微笑んでいた。

 

 霊核は再起不能なまでに破壊され、それでも現界している今の状態を保ち続けることは、かなりの苦痛を(ともな)っている筈なのに。

 

 それでも彼女は気丈に振る舞い、モナ・リザを思わせるような美しい笑みを(たた)えて。

 

 

「別れはいつも唐突なものだ、そこは天才であれ例外じゃない………というか、今度こそ次は無いな、これは。残念ながら聖地(キャメロット)の時のようにはいかないようだ。」

 

 寂し気に呟き、少しばかり(うれ)いを帯びるダヴィンチの表情(おもて)。しかし彼女は頭を乱暴に振り、暗い感情を無理矢理に吹き飛ばすと、ぐしゃぐしゃになった藤丸の顔へと向き直り、ダヴィンチは続ける。

 

「……どうか、マシュを頼んだよ。そのトランクの中身も、大切にね。何も便利だからってワケじゃないぜ?その霊基グラフは、キミたちの旅の証明(れきし)だ。私や、もういない人物達(かれら)の誇りでもある………それを消してしまうのは、どうしても嫌だったのさ。」

 

「ダヴィンチ、ちゃん……嫌です、こんな……貴女(あなた)との別れが、こんな形になってしまうだなんて……‼」

 

 嗚咽(おえつ)を漏らし、マシュはその場に泣き崩れる。

 

 藤丸とマシュ、二人分のしゃくり上げる声を聞きながらルフィ達が胸中に抱いたのは……どうしようもないほどの、無力感。

 

 

 

 『悪魔の実の能力』も、様々な『覇気』も、

 

 いくら凄まじい力を身に付け、敵を倒し、マスターや仲間達を守ったとしても、

 

 

 戦うだけの能力では、彼らの涙は拭えない。

 傷つけるだけの力では、心に突き刺さった(とげ)を抜いてやることも出来ない。

 

 

 サーヴァントとして召喚された自分達が今、彼らの為に出来ることとは───

 

 

 

 

「っルフィ君!ロー君!キッド君!」

 

 

 不意に名を呼ばれ、三人の船長達は顔を上げる。

 声の先には、浅い呼吸を何度も繰り返すダヴィンチがいた。

 

「ダビンチ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「君達に………頼みたいことがあるんだ。」

 

 

【TO BE CONTINUED】

 

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