Fate/GrandOrder ーSailing Lostbeltー   作:藤渚

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【序】崩壊と、出会い(Ⅱ)

 

 

 

「ぐ、ぁ……っ‼」

 

 礼装による回避も間に合わず、肋骨が軋む程の激痛に悶える時間も与えられず、藤丸の身体は開けられたままになっていた扉の向こうへと大きく吹き飛ばされていった。

 

「ガハッ‼い………ぐぅ、ぅ………‼」

 

 部屋の奥に積まれていたコンテナに後頭部と背中を強打し、臀部(でんぶ)から床へと勢いを伴って着地する。打ち付けた各々からの痛みに顔を(しか)めたその時、バラバラと背後から落ちてきた()()が藤丸の膝や足にコツリと軽い衝撃を与えた。

 

 

 床に広がる破片に混じって転がっていたのは、ついこの間皆と──既に退去してしまった英霊達(かれら)やカルデアの職員達と、ほんの数日前まで紡いできた、楽しい記憶の刻まれた思い出の品々達。

 

 

 使い古された、持ち出し用の医療鞄。所々ネジの取れた、ブリキのロボット。

 

 (さや)から抜け、散らばった数本の模造刀。ハロウィンの際に使われていたであろう、無機質なデザインの仮面と(いびつ)な形のブードゥー人形。

 

 開いた絵本のページに映る、可愛らしい天使と女の子の絵。

 

 落ちた拍子に鍵盤が壊れてしまったオモチャのピアノ、尻尾の折れた恐竜の置物、見事な城の描かれた絵は、額縁が割れてしまっていた。

 

 

「(─────あ、)」

 

 

 ひらひらと宙を漂いながら徐々に降下し、数メートル先に落ちた()()を、藤丸はぼやけた視界の中に捉える。

 

 電灯が壊された室内でも映える(わら)の色、広めの(つば)のデザインにあしらわれた黒いリボン。

 

 

「(あれは、確か………()()()()の─────)」

 

 

 

  ぐしゃっ、

 

 

 黒い足に踏み潰された麦わら帽子は大きな穴が空き、ほつれた藁が散らばる。

 一歩、また一歩とこちらに近付く殺戮猟兵(オプリチニキ)達は、足下に転がる『思い出』達を無常に蹴り飛ばし、踏み潰し、粉々に壊していった。

 

 

「あ────あ、ぁ─────、」

 

 

 奪われていく、壊されていく。大切な、大切な思い出が。自分達の居場所が。

 

 

「───人類最後のカルデアのマスター、これより速やかに殺害を実行する。」

 

 

 仮面の下から発せられた殺戮猟兵の声はあまりに機械的で、一切の感情が感じ取られない。

 

 

 

「(………ああ、ちくしょう。)」

 

 今まさに目の前に迫っている、自身の『(おわり)』。

 しかし藤丸の中に『死』への恐怖を押し退けて沸々(ふつふつ)と湧き上がるのは………どうしようもない、『悔しさ』だった。

 

 

 

 

 【────ザザ、ザ───………】

 

 

 

『───なあ、立香は将来何になりたいんだ?』

 

 

 テレビの砂嵐に似たノイズの後、不意に脳裏に甦ってきた懐かしい記憶。

 見慣れているのに、妙に懐かしい家の中。優しい父親の声と、温かい母親の微笑み。そしてそんな二人の前にいる、幼い頃の自分を客観的に見ているこの光景に、これが走馬灯か……と冷静に納得していた。

 

『父さん母さん!あのね!オレ、かいぞくになりたいっ!』

 

『海賊?こりゃあまた凄い夢だなぁ………でも、どうして海賊になりたいんだい?』

 

『だってオレ、ぼーけんがしたいんだ!いろんな仲間とおんなじ船にのって、いろんなところをたびしてみたい!それでねっ、もしすんごい宝物見つけたら、父さんと母さんにもプレゼントするんだ!だから楽しみにしててね!』

 

『宝物って………海が好きなことは知ってたけど、まさか海賊になりたいなんて驚きだなぁ。』

 

『あら、いいじゃない。冒険は楽しいし、素敵な夢だと思うわよ………ねえ立香、あなたが見つけてきてくれる宝物、お母さんも楽しみにしてるからね。』

 

『うんっ!オレ、絶対かいぞくになるっ!』

 

 

 

 

 【───ザザ、ザ─────………】

 

 

 

 過去を懐かしむ間もなく、再び流れたノイズの後に切り替えられた記憶(おもいで)

 

 幼い姿のサーヴァント達に囲まれ、アルバムのようなものを開いている自分とマシュ。広げた冊子に挟み込まれているのは、特異点での映像データを写真に印刷したものだろう。それらをテーブルへ広げ、和気藹々(あいあい)と語り合っているその光景は………つい数日前まで当たり前だった、カルデアでの日常の一コマだった。

 

 

『───ねえマスター!マシュ!もっと冒険のお話聞かせて!』

 

『私たちも、おかあさんたちが見てきた色んなもの知りたい!』

 

 右から左からせがまれ、困ったように微笑んでいるマシュ。ふとそんな彼女の顔が、幼子達から記憶の中の『藤丸』へと向けられる。

 

『先輩、実は前から一度聞いてみたかったのですが………先輩は今までの特異点の中で、特に思い出深いと思ったところはありますか?』

 

 そう尋ねて小首を傾げるマシュ。彼女の質問に興味を示した他のサーヴァント達も、興味津々に『藤丸』を見つめてくる。

 

 あの時の俺は何と答えたのだったろうか………そんな疑問を浮かべていた時、少しの時間だけ考える素振りを見せていた『藤丸』が顔を上げ、口を開いた。

 

 

『そうだね、俺の答えは──────』

 

 

 

 ジャキ、という金属音と同時に、頭部に冷たい何かが当てられる。

 意識が現実に引き戻されたのと同時に、その正体が銃口であるということを、見なくとも何となく察することが出来た。

 

 

 

 

「( 嗚呼、悔しい  悔しい悔しい悔しい )」

 

 

「( 一人じゃ何も出来ないことなど、()うに分かりきっていた  誰かの力を借りなければ、何一つ成し遂げられない存在だということも、嫌というほどに承知していた  )」

 

 

 

 俯いた視界が徐々にぼやけ、零れ落ちた(ぬる)い水滴が汚れた衣服に染みを作る。

 

 

「( ────でも、だからって、)」

 

 

 力なく垂れる藤丸の四肢………だが、その場にいる殺戮猟兵達は誰一人として気付いてはいなかった─────彼の右手だけが、爪が食い込み血が滲むほどに強く握られていることなどに。

 

 

 

 

 

「( ここで諦めたりなんか────俺はしたくはない‼‼‼)」

 

 

 

 強く握った拳、その手の甲に刻まれた赤い刻印───『令呪』が光を孕み始める。同時に銃口を払い除けるようにして力強く(おもて)を上げた藤丸は、大きく息を吸いこんだ。

 

 

 

「『──────告げる!  汝の身は我が下に!我が命運は汝の剣に‼』」

 

 

 びりびりと、力強く発せられる藤丸の声が室内に響き渡る。

 しかし、空気を震わせているのは彼の声量だけではない。

 

 

「『聖杯の、寄る辺に従い………人理の(わだち)より、応えよ‼』」

 

 

 時折掠れながらも、続けられる詠唱。そして藤丸を(まと)う空気に、含まれていく微量な魔力………彼がこれから何を行おうとしているのかを察した殺戮猟兵は、再び銃を構え引き金に力を込める。

 しかし、徐々に膨れ上がる魔力は渦を成し、生成された赤い稲妻がバシンッ!と殺戮猟兵の銃を腕ごと弾いた。

 

 

 

「(  ああ 痛い、 痛い、 痛い、 痛い )」

 

 

 全身の筋肉が、血管が、神経が、一斉に悲鳴を上げている。

 

 当たり前だ。マシュの盾の(たす)けも無しに、カルデアの霊磁場も安定しないこんな状況で、何より魔術師として半人前にすらなりきれていない自分が、無謀にも英霊の召喚を試みようとしているのだから、身体にかかる負荷も並大抵のものではない。

 

「かっは………ゲホッ、ゴホ……っ‼」

 

 咳き込む喉の奥から、鉄臭い味が込み上げてくる。

 脈打つ感覚が全身に広がり、まるで体そのものが心臓になってしまったようだった。

 

 

 

『うーん……ごめんマシュ。やっぱり俺、どれが一番かなんて決められないかな。』

 

 

 朦朧とし始める意識の中で、あの時マシュから尋ねられた質問への回答が甦ってくる。

 幼い頃、両親に語っていた夢の中身を思い出しながら、気付けば想いを吐露していた自分がそこにはいた。

 

 

『確かに、特異点の攻略はどこも大変だったけど、それと同じ………ううん、その大変さを超えるくらいに、楽しいことも沢山あったから…………実はさ、俺…………もっと皆と、冒険がしてみたいって思ってるんだ。今ここにいる皆と一緒に、色んな大地、色んな空、それに………色んな海にも…………なんて、一刻も早く人理を修復しなきゃいけないのに、こんな事言ってちゃドクターやダヴィンチちゃん達に怒られちゃうか。』

 

 

 

「ぐ………ぅ、ぁ……っ‼」

 

 ギシギシと、全身の骨が(きし)む音が耳に(さわ)る。

 藤丸を囲むように形成されていった魔力の渦はその大きさを増し、藤丸を(むしば)む苦痛もまた、比例し強くなっていった。

 

 

「『汝………蒼海を()く、十一の新星(ほし)……‼』

 

 

 意識にかかる(もや)が濃くなり、視界が良く見えない。早鐘を打つ心臓の音が全身にまで伝わり、掠れ声を紡ぐ口が何を唱えているのかすら、理解出来る頭も機能しない。

 

 

  ───それでも藤丸(かれ)は前を向く。眼に映らなくとも敵を見据え、喉から込み上げ、鼻穴から伝い落ちる鉄臭い赤に()せながらも。

 

 

 

 (俺はマシュのように、立ち向かえる勇気も、戦える力も無い)

 

 

 (ダヴィンチちゃんのような天才でも、ホームズのような冷静な判断力も無い)

 

 

 

 (だったら  だったら俺は────俺のやるべき事をやって、侵略者(おまえたち)から宝物(カルデア)を取り戻す‼)

 

 

 

「『挑め……‼抗え……‼偉大なる航路より………来たれ‼‼』」

 

 

 

 ぼやけた視界の中で、何人かの殺戮猟兵がこちらに銃を向けているのが見えたが、藤丸はもう止まることなど出来ない。

 

 がくがくと震える右腕を支え、血走った眼で敵を睨み、吐血と共に最後の詠唱の一句を叫んだ。

 

 

 

 

「『──────新たなる時代の、(わた)り手よ‼‼‼』」

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 ─────白ばむ視界の向こうで、遠くに聞こえる銃声。

 

 

 あれだけ(さいな)まれていた痛みも、苦しみも今は無く、藤丸の意識はまるで海の中を漂っているかのようだった。

 

 

 ………全身に、上手く力が入らない。それでも右の腕だけは何かを掴もうと、真っ直ぐに天へと伸ばされている。

 

 

 

  令呪の刻まれた、傷痕だらけの藤丸の右手─────その手を同時に握ったのは、力強い三つの『手』だった。

 

 

 一つは、まるで真夏の太陽のように温かく、しっかりと藤丸を掴む『手』。

 

 一つは、刺青の彫られた細長い指の、優しく藤丸を掴む『手』。

 

 一つは、爪に紅色を施した、痛いくらいに藤丸を掴む『手』。

 

 

 

 それらの『手』が何を意味するものなのか────藤丸がそれを理解するよりも先に、彼の意識は現実へと引き戻されていった。

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

「─────ハッ‼は、ぁ………ゲホッ、ガハ……ッ‼」

 

 意識の覚醒した藤丸を迎えたのは、立ち上がることすら困難な程の激痛と倦怠感。まるで全身を骨折したかのように手足は全く動かず、酸素を取り入れようと息をしただけで、喉と気管からは出血を伴う。

 

 

「───────え?」

 

 

 まだ僅かにぼやけるものの、自身の眼が映したその光景に、藤丸は思わず声を漏らす。

 

 

 

 床に倒れた、数体の殺戮猟兵達。

 

 

 瓦礫に加えて粉々になった銃やボウガン、砕かれた斧などが散乱する部屋の中心に立つのは────麦わら帽子を被った、()()()()()の後ろ姿。

 

 

 

「……ふぃ~。ったく何なんだコイツら?いきなり攻撃してきたから倒しちまったけどよ………………んあ?」

 

 

 背伸びをしながら発せられたその声は、殺伐としたこの場にはあまりに似つかわないほど能天気なもの。そんな彼の服装もまた赤いベストに半ズボン、そして足元に履いているのは何と草履と、戦場にいる者の佇まいとは思えない。そんな彼が何度か肩をならしながらストレッチをしていると、ふと背後からの視線に漸く気付いたようで、腕を伸ばした体勢のままクルリと振り向いた。

 

 青年の開いた胸元には大きな×(バツ)の形の傷痕があり、よく見れば彼の左の頬にも小さく傷が残っている。帽子の下から覗く黒い髪と同様の、ぱっちりとした黒い大きな瞳に凝視され、まるで蛇に睨まれた蛙のように硬直するしかなかった藤丸であったが、数秒の沈黙を破ったのは青年の声であった。

 

「ん?お前………あぁ~っお前!お前かぁっ!」

 

 表情と声色が明るくなった少年は、ひとっ飛びで藤丸の正面へと移動する。唖然とする彼に対し、青年はニコニコと笑顔を絶やさないまま話しかけてきた。

 

「お前だろ?俺のこと()んだの。まだよく分かんねえけど、この手のとこに付いてるマークみてぇなのが『ますたー』ってやつの印なんだよな?」

 

「よば、れた、って………ゲホッ、それじゃあ君は……!」

 

 

 

 突然の事態。そしてたった今、目の前で起きた奇跡………次々と繰り広げられる信じ難い出来事に開いた口が塞がらないでいる藤丸に、まるで真夏の太陽を連想させるような眩しい笑顔をこちらに向けたまま、青年は大きく口を開いた。

 

 

「俺の名前はモンキー・D・ルフィ!海賊王に………って、今は違うか。まあとにかく、お前のサーヴァントってことでここに来たぞ!つーことで、これからよろしくなっ!」

 

 

 

 

 

 

  【TO BE CONTINUED】

 

 

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