Fate/GrandOrder ーSailing Lostbeltー   作:藤渚

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【序】外科医の‘‘アサシン”

 

 

 

 ────(とき)(さかのぼ)り、カルデアの廊下内に生じた瓦礫の壁の前にて。

 

「はあああぁっ‼」

 

 勢いをつけて振り下ろした盾が、殺戮猟兵(オプリチニキ)を吹き飛ばす。次から次へと湧いて出てくる(やから)に対し、マシュは果敢(かかん)に立ち向かっていた。

 

「邪魔をしないでください‼早く、早くこの瓦礫を崩さないと……‼」

 

 だがそんなマシュの奮闘も、自らの身体を酷使した上でのもの。徐々に動きが鈍くなっていく自身の背後に、斧を振り上げた殺戮猟兵が迫っていることにも、彼女は気が付いていなかった。

 

「おぉっと、させないよ!」

 

 ダヴィンチの杖が光り輝き、装飾部から放たれた光線が殺戮猟兵に直撃する。足元に倒れたその姿を視認したマシュは、ここで漸く自身に危機が迫っていたことに気付く。

 

「す、すみません………ありがとうございます、ダヴィンチちゃん。」

 

「謝罪も感謝も後あと!焦る気持ちは分かるけど、あまり先走らないように頼むよ?」

 

 いつも通りの飄々(ひょうひょう)とした調子で返すダヴィンチではあるが、内心はマシュと同じく……否、彼女以上に心()いているのが自分でも分かっていた。

 

「(……とは言ったものの、マズい状況だってことに変わりはない。殺戮猟兵が藤丸君の背後に複数体いたのを私も確認しているし、この瓦礫を早いとこ片付けてしまいところだけど───)」

 

 心中で舌打ちをし、苦々しい面持ちで前方へと向き直る。この場にいる殺戮猟兵らは、ざっと見て十数体。いずれも手強く二人掛かりで一体ずつ倒すのが精一杯で、瓦礫に穴を開けていられる余裕など、一秒だって与えられてはくれない。漆黒の集団から視線を逸らさぬまま、ダヴィンチは眉間に皺を寄せ自身の脳をフル回転させていた。

 

「(くそっ!閃け、閃け私の頭脳!必ず何かある筈だ、この状況を打破出来る最善の方法が────)」

 

 

 

 ───ヒュゥッ、と不意に頬を撫ぜた一筋の風。

 

 そこから伝わってきた()()()()()()()に、ダヴィンチの瞳が見開かれる。

 

 

「この感じ………まさか⁉」

 

 

 ダヴィンチが理解したのと同時に、その場に流れる空気が一変する。

 微かだった風は徐々に強くなり、やがて魔力を孕んだそれらは彼女らと殺戮猟兵達の間に赤い稲妻を伴った渦となって現れる。

 

「ダヴィンチちゃん、これは………⁉」

 

「ああ、間違いない………どうしてかは分からないけど、ここに英霊(サーヴァント)が顕現しようとしている‼」

 

 疑問が確信に変わったと同時に、ダヴィンチは瓦礫の壁を………否、彼女のコバルトブルーの瞳には、瓦礫の向こうにいる筈であろう藤丸(かれ)の姿が映っていた。

 

「そんな、まさか先輩が…………無茶です‼だって私の盾はここにあるのに……‼」

 

「ああ。それに今の彼が装備している礼装には、召喚を補助する機能なんかも無い。しかも霊磁場が滅茶苦茶な今、無理な召喚を強行なんかすれば、藤丸君自身にも何が起きるか分からないっていうのに………‼」

 

 

 バチバチと激しさを増す稲妻と強風に、殺戮猟兵達ですらその場から動くことは出来ない。

 

 やがて稲妻は渦の中心部へと集中し、一本の巨大な光の柱となって現れる。

 

 幾度も肥大と縮小を繰り返し、一際(ひときわ)強い輝きを放った(のち)に、光の柱はゆっくりと消滅していく。

 

 

「!────ダヴィンチちゃん、見てください!」

 

 

 そう叫んだマシュの声が震え、方角を指し示した彼女の指の先端もまた震えている。驚愕に戦慄(わなな)いているのは、ダヴィンチの霊核(むね)も同じであった。

 

 

 

 

 ───光の柱が消えたその場所に佇む、一人の男の姿。

 

 

 細身で長身、黒いコート姿のその人物は、肩に身の丈程の長さの大太刀を担いでいる。白豹(しろひょう)のような柄の帽子の陰で表情は伺えないものの、その隙間から覗く琥珀色の鋭い眼光は、狙いを定めた獲物を逃がさんとする肉食獣のような印象をこちらに与えた。

 

 

 

 緊張感が漂い、張り詰める空気。

 目の前の出来事に暫し茫然自失となっていた二人であったが、ハッと我に返ったマシュが先に口を開いた。

 

「あ、あの………貴方(あなた)は一体……?」

 

 しどろもどろになりながら、やっと絞り出た問い掛けは実にシンプルなもの。

 

「………………。」

 

 だが男は、そんなマシュの質問に答えることはなく、数秒の間こちらを睨み続けた後に、ぼそりと小さく呟いた。

 

 

「…………違うな、お前らじゃない。」

 

 

 凪の水面を揺らす波紋のような、凛とした男の声。

 彼が零したその言葉の意味を、ダヴィンチは直ぐ様理解する。男の目はこちらを………正確にはマシュと自分の()()部位を、まっすぐと見ていたのだ。

 

「んんっ……ああ、君の言う通りさ。我々は君を()んだマスターではない。私もこちらの彼女も、君と同じサーヴァントだからね。」

 

 軽い咳払いをした後、ダヴィンチは男に対し流暢(りゅうちょう)に語り掛ける。男はそんな彼女を怪訝(けげん)な顔で見つめるも、ダヴィンチはお構いなしにそのまま続ける。

 

「でも、君を召喚したであろう人物のことはよ~く知っているよ。ただ彼は今、この崩れた瓦礫の向こうで最大のピンチに陥ってるに違いない………そこでだ、()び出されて早々に申し訳ないんだけど、どうか彼を救出するために、我々に協力してはくれないだろうか…………ええっと、失礼だがミスター、私は何と君を呼んだらいいかな?」

 

「……………………。」

 

 モナ・リザの微笑みと共に、ダヴィンチが男に問い掛ける。依然としてこちらを睨んだまま沈黙する彼を(いぶか)しむマシュであったが、ガシャンッ!と不意に響いた金属音と、再び空気を汚染するただならぬ殺気に、彼女の認識対象は男の背後………こちらへと迫りくる殺戮猟兵の集団へと切り替えられた。

 

「あっ────危ない‼」

 

 盾を構え、困憊(こんぱい)する自身に鞭を打ち、駆け出そうとマシュは一歩を踏む。

 だがそのタイミングと同時に、男が彼女達の眼前で初めて行動を見せる………彼は襲い掛かる殺戮猟兵らに対し動揺も狼狽も見せることはなく、気だるげに体を反転させた。

 

「おい、魔術師の女。」

 

 こちらに背を向けたまま、男は魔術師の女……背後でマシュと揃って瞠目しているダヴィンチを呼ぶ。

 

「……レオナルド・ダ・ヴィンチと呼んでくれたまえ。何かな?ミスター。」

 

 唐突に声を掛けられたことに驚きつつも、先程の調子を崩すことなくダヴィンチが答えると、男は”DEATH”と刺青の刻まれた左手を前方に突き出しながら続ける。

 

「ダヴィンチ()、それに盾()………お前らに手を貸してやる。マスターが確認出来ねェ手前でまだ真名(なまえ)は明かせないが、そうだな…………『外科医の“アサシン”』、俺のことはそう呼んでくれ。」

 

 男───もとい、『外科医の“アサシン”』は再び正面へ向き直ると、(かざ)すように広げた左手の中に球体を模した小さな空間を魔力の渦と共に生成する。

 

 

 

「 『ROOM(ルーム)』 」

 

 

 アサシンが呟くと同時に手中の球体は急激に膨張し、薄く青色がかったそれはまるでドームのように広がると、前方にいる全ての殺戮猟兵らとアサシンを内部に取り込む。

 

「(これは、結界……?自分と敵を同じ空間内に閉じ込めて、彼は一体何を……?)」

 

 ダヴィンチが目を見張るその先で、殺戮猟兵は動きを止めることなくアサシンへと武器を振り上げ、銃やボウガンを構える。

 するとアサシンはここで漸く、自身に寄りかけていた大太刀の(つか)に右手(こちらにも左手と同様の刺青が施されている)を掛けた。鞘から僅かに抜かれ、鈍い銀色の刀身が僅かに覗いたのと同時に、アサシンは静かに口を開く。

 

 

「 ────『切断(アンピュテート)』 」

 

 

 刹那、目にも止まらぬ速さで鞘から抜刀されたアサシンの刀。

 逃げることも避けることも間に合わず、空間内の殺戮猟兵達は繰り出された斬撃により、いずれも皆四肢や胴体を瞬時に切り刻まれた。

 

「きゃ……っ⁉」

 

 あまりに凄惨な光景に、マシュは思わず目を覆い悲鳴を上げる。ダヴィンチも思わず息を吞んだが、ふと彼女はあることに気が付いた。

 

「どういうことだ……?確かに切断されているのに、()()()()()()()()()()。いいや、それどころか………動いてないかい?アレ。」

 

 そう呟いたダヴィンチの声は酷く困惑しており、マシュは顔から手を離すと、改めてアサシンの方へと向き直る。

 殺戮猟兵達の首やら腕やらがバラバラになった状態で辺りに転がっている様は、再び目を(つむ)りたくなるほどのものではあったが、切断面は露骨に見えているものの、赤い飛沫や鉄を含んだ生臭さは一切感じられない。

 しかもダヴィンチの言った通り、散らばっている体の各々がまるで陸に上げられた魚のように、バタバタと奇怪に(うごめ)いている光景は何とも異様で不気味なものであった。

 

「ええと………これは一体?」

 

「見ての通り、連中が向かってこないよう身体を()()()()()()()()だけだ。別にこのまま転がしておいても問題は───」

 

 不意に言い()したアサシン。彼の見下ろす視線の先で、複数本の殺戮猟兵の腕が武器を取ろうともがいている。

 アサシンは小さく舌打ちをすると、両手の人差し指を上へと向ける。すると殺戮猟兵の身体片が一つ残らずふわりと浮き上がり、さらに彼の手が扉をこじ開けるような動きを取ると、バァンッ‼と派手な音を立てて、それらは勢いよく左右の壁に叩きつけられた。

 

「全く、刻まれようが命令は果たすってか………大した連中だ。」

 

 吐き捨てるように零したアサシンが大太刀を鞘へと戻したのと同時に、彼らを覆っていた球体状の結界は消滅する。殺戮猟兵達はというと、どうやら頭部や四肢が壁面と接合されてしまったようで、幾つものそれらが(うめ)き声を上げながら蠢くその光景は、まるでホラー映画さながらであった。

 

「あの、アサシンさん……。」

 

「何だ?盾屋。」

 

「わっ、私はマシュ・キリエライトです!いえ、そうでなく………助けていただいて、ありがとうございました!」

 

 深々と頭を下げるマシュに、アサシンはきょとんと目を丸くする。数秒の後に帽子の(つば)を掴んで目元を隠し、「……ああ」と短く返答した。

 

「それにしても、凄いねコレは……私が()たところ、君の技は全てが魔術による類のものだけじゃないな………君は一体何者なんだい?『外科医の“アサシン”』君。」

 

「………今はノーコメントにしておくぜ、ダヴィンチ屋。それよりマスターだ、瓦礫の向こうは一体どうなって────」

 

 

 

『ちっくしょう‼医者は───医者はどこだああァァァァッ⁉⁉⁉』

 

 

 

 突如、どこからか響いてきた大音声がビリビリと空気を震わせる。

 声の出所など探らなくとも分かる………三人はほぼ同時に、瓦礫の山へと顔を向けた。

 

「先輩……⁉いえ、今の声は先輩ではなく………。」

 

「もしかすると、向こうでもサーヴァントが召喚されていたっていうのか……?複数体の同時召喚だなんて、本当に無茶な真似を………アサシン君?」

 

 ダヴィンチはふと、アサシンの表情の変化に気が付き彼の仮称を呼ぶ。出会った時でさえ仏頂面だったアサシンの眉間には更に皺が寄り、彼はその箇所を指で押さえていた。

 

「ったく……よりにもよって『アイツ』まで喚ばれてるのか……。」

 

 苦々しく呟いてから、アサシンは大きく溜め息を一つ吐き出す。それからすぐに顔を上げると、今度は利き手である右の手を瓦礫の方へと伸ばした。

 

「ああ、いるぜ……医者ならここにな───『ROOM(ルーム)』!」

 

 再び展開される結界は、今度は瓦礫の壁を突き抜けた向こう側にまで範囲を広げていく。

 今度は一体何が行われるのだろうと、固唾を飲むマシュとダヴィンチの視線を受けながら、アサシンは吸い込んだ息を声へと変えた。

 

 

「 『シャンブルズ』 」

 

 

 ───その時、彼女達は見てしまった。

 自分達の足元に転がっていた殺戮猟兵の武器が二つ、唐突に姿を消したのを。

 

 しかし、驚くのはまだまだここからであった。

 

 

「うわあぁっ────痛っ、くはねえ!ゴムだから!」

 

 消失した武器と引き換えに尻餅をついてその場に現れたのは、麦わら帽子を被った青年。そして───

 

「先輩……先輩!藤丸立香先輩っ‼」

 

 青年の傍らで横たわるもう一人の名を、マシュが悲痛な声で叫ぶ。麦わら帽子の青年は慌てて藤丸の肩を叩くなどしていたが、胸が規則的に上下しているのを確認すると、安堵した様子でマシュ達を見上げた。

 

「大丈夫だ。怪我はしてっけど、ちゃんと息してるぜ。」

 

「そう、ですか………よかった……!」

 

 青年の言葉と笑顔に緊張が解け、涙目になるマシュにダヴィンチが寄り添う。一方アサシンはそんな彼女らの後ろに立ち、遠巻きから彼等の様子を眺めていた。

 

「(あの右手の刻印………どうやらアイツがマスターで間違いないようだな。だがこりゃあ、どんな運命の悪戯(いたずら)だ?まさかこいつまで共に召喚されてるとは────)」

 

「君()藤丸君に喚ばれたサーヴァントかな?どうあれ、彼を守ってくれてありがとう。本当に感謝してるよ。」

 

「ん?君()……?」

 

 ダヴィンチによってあっさりと存在をバラされてしまい、アサシンは二度目の溜め息を吐く。とは言ってもこのまま彼女達を盾に姿を隠していても仕方がない………諦めて数歩進んでいくと、麦わらの青年の表情がみるみるうちに驚愕の色へと一変していった。

 

「んあ?お前………ああぁ~っ‼お前は───」

 

「……よお、()()()()。まさかお前まで喚ばれてるとは────むごっ⁉」

 

 突如視界が真っ暗になり、続いて正面から突進された勢いにアサシンは大きく仰け反る。

 

()()()~~~っ!何だよお前も来てたのかぁ!」

 

 肩に両足が乗っている重みと、顔に腹部が密接する息苦しさに、アサシンは離れろという意味を込めて彼の上着をぐいぐいと引っ張る。

 

「あ、悪ぃ悪ぃ。ハハハハッ!」

 

 漸く青年が離れ、解放されたアサシンは大きく呼吸を繰り返しながら、曲がってしまった帽子を直す。ふと視線を感じてそちらを見ると、こちらのやり取りを眺めていたダヴィンチが、何やらニマニマと笑みを浮かべていた。

 

「……何だ?ダヴィンチ屋。」

 

「いや失敬、君達があまりに微笑ましいものでね。えっと麦わらの君は───」

 

「俺はルフィ、モンキー・D・ルフィだ。よろしくなダビンチ!」

 

「うんうん、発音がどうとか細かいことは言わないさ。よろしくねルフィ君………ところで、君とアサシン君は随分仲がよさげだけど、もしかして友人関係だったりするのかい?」

 

「おう!俺とトラ男は友達だぞ!」

 

 ニカッと笑って答えるルフィ。その横から間髪入れずに「違うっ‼」とアサシンの声が飛んでくる。

 

「こいつとは短い間同盟を組んでたってだけで、別にそういった関係じゃ───」

 

「つーかトラ男、何でお前浅漬けなんて呼ばれてんだ?おにぎり好きなのは知ってっけど、それも好物だったっけ?」

 

「浅漬けじゃねえアサシンだ‼どんな耳してやがんだテメェは!」

 

「そうだトラ男!藤丸が怪我して大変なんだ、早く診てやってくれ‼」

 

自分(てめえ)のペースで話の内容すり替えまくってんじゃねえっ‼まったく……いいから早く診せてみろ。」

 

 ルフィのペースに振り回されて若干の頭痛に顔を(しか)めながらも、アサシンはルフィに抱えられた藤丸の元へと寄る。やや遅れて彼の隣に並んだダヴィンチも、額に汗をかいて苦し気に呼吸をする藤丸の様子に眉を(ひそ)めた。

 

「うーん、これは酷いなぁ……恐らく体内の魔術回路がズタズタになってる。外傷も軽いものとは言えないし、一刻も早く藤丸君に治療を施さないと……。」

 

「よっし!じゃあ早く藤丸を治せるとこまで連れてこうぜ!ダビンチ、ここって医務室とかねえのか?」

 

「ああ、()()()さ。つい数時間前までは………今はもう部屋も設備も、医療スタッフも………全部失われてしまったけどね。」

 

 徐々に沈んでいく声と、伏せたコバルトブルーの瞳。ダヴィンチのその様子を目の当たりにしたマシュの脳裏に甦るのは、先刻ムニエルから伝えられた残酷な現実。

 

「(医務室のある東館は確か……そこに逃げた人達も皆………っ‼)」

 

 いけない、今は悲しみに暮れている場合じゃない。滲む視界を腕で乱暴に拭い、マシュは声を張り上げた。

 

「でしたら、ここは二手に分かれましょう!ダヴィンチちゃんとアサシンさんは先輩を避難コンテナへ、ルフィさんはその……私と一緒に、ゴルドルフ・ムジーク氏の救助をお願いできますか?」

 

「おう、任せろ!えっと……?」

 

「あっ、自己紹介が遅くなってすみません……私はマシュ・キリエライト、藤丸先輩のサーヴァントです。」

 

「そっか、お前も藤丸の友達なんだな。じゃあ手っ取り早くそのゴルフ何とかってヤツを助けに行こうぜ、マシュ!」

 

 口角を上げ、眩しい笑顔を向けるルフィに、不安と緊張で強張っていたマシュの心はほんの少しだけ解れていく。

 決して良い状況とは言えない、希望だって皆無に近いであろうこの状況下でも、彼の明るさは暗闇を照らす道標(みちしるべ)のようだと、差し出された手を握り返しながらマシュは思った。

 

「……いいのか?ダヴィンチ屋。」

 

「仕方ないさ、マシュはこうと決めたらテコでも動かないんだ。それに自分を優先してゴルドルフ君を見捨てた、なんて目覚めた藤丸君が知ったら、きっと彼は一生自分を責め続けることになるだろうからね………でもマシュ、充分気をつけるんだよ?君だって本調子じゃないんだし、それにあの黒い化け物連中は只でさえ手強いんだから。」

 

「心配すんな!あいつ等は全部俺がぶっ飛ばしてやるからよ。だからトラ男、ダビンチ………藤丸のこと、頼んだぞ。」

 

「……お前に言われなくたって分かってる。そっちは任せたぞ、麦わら屋。」

 

「おうっ、任しとけ!」

 

 互いに眼差しを交わし合い、力強く頷く両者の姿。やっぱり仲良いんじゃないかと心中で呟きながら、気を失った藤丸を背負ったダヴィンチは密かに微笑むのだった。

 

 

 

 《ゴゴゴゴゴゴゴ…………‼‼‼》

 

 

 

 だがそんな時、前触れなく起こった激しい地鳴りが廊下一帯に響き渡る。

 

「おわわっ!ななな、何だぁっ地震か────ん?」

 

 驚き狼狽するルフィであったが、ここでふとおかしなことに気が付く………地鳴りのような音はするのに、自身が今着地している床からは揺れが全く伝わってこないのだ。

 どうなっているのか首を傾げたその時、「きゃあっ!」とすぐ近くにいるマシュの悲鳴が聞こえてきた。

 

「どうしたマシュ────って、えええええ⁉」

 

 己の目に飛び込んできたその光景に、ルフィは思わず声を上げる。

 

 懸命に踏ん張り、突然宙に浮き始めた盾を押さえるマシュの姿がそこに…………え?宙に浮いてる?何で?

 

「どどど、どうなってんだマシュ⁉お前、こんなことも出来んのか⁉」

 

「でっ出来ません!出来ない筈なのですが………違いますよねダヴィンチちゃん⁉」

 

「いや~私も盾が浮くなんて機能は知らないけど………とにかくルフィ君、押さえるのを手伝ってあげてくれないかい?」

 

「お、おう!ゴムゴムのぉ……網っ‼」

 

 ルフィは両手の指を伸ばして網目状にし、マシュの盾を上から押さえつける。一方マシュとダヴィンチは、初めて目の当たりにしたルフィの身体能力に二人ともあんぐりと口を開けていた。

 

「ル、ルフィさん……⁉指が、その、普通では考えられないほどに伸びて……⁉」

 

「ん?ああ、俺全身ゴム人間なんだ。スゲーだろ?」

 

「ほほぅ。君もアサシン君と同じく、不思議な能力を持っているようだねぇ?」

 

「……おいダヴィンチ屋、その不思議な能力を持ってるヤツが、どうやら()()()()いるみたいだぜ。」

 

 カタカタという金属音と共に聞こえてきたアサシンの言葉に、ダヴィンチは反射的にそちらへと顔を向ける。音の正体は彼の得物である大太刀で、マシュの盾と同様に鞘から抜け出ようとする刀を、アサシンの手がしっかりと押さえていたのだ。

 

 

「これは一体………何が起きているんだ?」

 

 

 今目の前で起きている事態に、ダヴィンチは瞠目する。

 

 辺り一面に散らばっている、殺戮猟兵の使用していた武器の類………それら全てが突然宙を舞い、まるで何かに()()()()()()()ようにして、天井の穴へと消えていく。

 

「なあトラ男……これってまさか────」

 

 

 ()()()()に気付いたルフィが、そう言い掛けた時だった。

 

 

 

 

  ドオオォォォォンッッ‼‼‼

 

 

 轟音を立てて、崩れ落ちてくる天井。

 避けきれないほどの瓦礫の雨が降り注ぐ寸でのところで、球状の結界が一同を覆った。

 

「『ROOM────シャンブルズ』‼」

 

 アサシンの声を聞いた直後、彼らは瓦礫の壁から数十メートル離れた場所へと瞬時に移動する。間一髪難を逃れられたことに安堵し、皆胸を撫で下ろした。

 

「ふぅ~危なかったぁ。さんきゅートラ男、助かったぜ………ってお前、大丈夫か?何か顔色悪ぃぞ……?」

 

 怪訝に尋ねてくるルフィの言う通り、アサシンの息は先程よりも上がっている。自身に起きたそんな変化を、彼本人も充分理解はしていた。

 

「(おかしい……能力を使った時の疲労が、()()()()()()()()()()。こりゃあまさか───)」

 

 

 

 

 ────ざり、ざり、

 

 

 床を踏むような音が、立ち込める砂煙の向こうから聞こえてくる。

 

 明らかにこちらへと近付いてくる『何者か』の存在を警戒し、マシュは自由になった盾を咄嗟に構えた。

 

「‼……皆さん、私の後ろに!」

 

 

 何が起こるか分からない、何が飛び出してくるのか予測も出来ない………そんな緊張感が辺りの空気をぴりつかせる中、砂煙は流れる隙間風によって少しずつ晴れていく。

 

 

 

 やがて対象を視認できるほどに薄くなった砂煙の向こうから、足音の主が姿を現す。

 

 その正体が判明した時、盾から顔を覗かせていたアサシンはしかめっ面を向け、対するルフィは顔を輝かせ、両手を振りながら叫んだ。

 

 

「アハッ!なぁんだ、やっぱりお前じゃねえか!」

 

 

 

 

【TO BE CONTINUED】

 

 

 

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