Fate/GrandOrder ーSailing Lostbeltー   作:藤渚

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【序】キャプテン‘‘バーサーカー”

 

 

 

 崩れ落ちた天井の瓦礫が、藤丸とマシュ達を引き剥がしたその頃。

 

「ひぃ、ひぃぃ、ひぃぃぃ………‼」

 

 崩れた壁や廊下の破片が散らばる床の上で、カルデアの新所長……否、今日からそうなる()()()()()()この男、ゴルドルフ・ムジークは座り込んでいた。

 一級品の白いスーツは所々が(すす)で汚れ、手鎌により負傷した左足の裂け目からは血液が滲んでいる。

 手持ちの魔銃も魔除けも尽き、抵抗する体力も無くなりかけている彼を、黒ずくめの集団が取り囲んでいた。

 

「(古い資料で見たもんなぁ……あれはロシアの皇帝(ツァーリ)に仕えたエリート階級の親衛隊、殺戮猟兵(オプリチニキ)だ。人間を苦しめる為に編成された、人の皮を被った悪鬼だ……。)」

 

 出血による体温の低下、そして目の前にまで迫ってきた『死』への恐怖に、ガチガチと震えた歯が音を立てる。

 思いつく限りの手段で抵抗もした、命乞いもした………しかしこちらを見下ろす殺戮集団にはどれも届かず、彼らの構える銃やボウガンの標的は全て自分へと向けられている事実に、ゴルドルフは戦慄した。

 

「(──ああ、痛そうだなあ、痛かったもんなあ……一瞬で殺してはくれないだろうなあ………。)」

 

 

 

 こんな筈じゃなかったのに。この新たな地で、新たな場所で、誰もが驚くような功績を立てていこうと思っていた矢先だったのに。

 

 

 ずっと、誰かに認めてもらいたかった。

 

 ずっとずっと、誰かに褒めてほしかった。

 

 

 怖くて、痛くて、たった一人で終わってしまう恐怖と、苦痛と、どうしようもない虚しさに、ゴルドルフの視界が滲んでいく。

 

 

「(ああ、結局最期まで………私はなんて、ついていな────)」

 

 

 

 

  バチッ、バチバチ………‼‼‼

 

 

「ぅわっち(いった)⁉えっ何、何なんだ⁉」

 

 不意に頬を撫でた静電気のような痛みに、消沈していたゴルドルフの意識は現実へと浮上する。

 負傷には至っていないものの、赤くなった頬を押さえて顔を上げたその時、ゴルドルフは己の目を疑った。

 

「こ……これは一体………⁉」

 

 腰が抜けたままの自身の正面、そして殺戮猟兵らの間を挟むようにして、魔力を孕んだ風が渦を巻いている。

 時折発生する赤い稲妻が周囲に弾け、それらは殺戮猟兵だけでなく今しがたのようにゴルドルフにも再び襲い掛かっていった。

 

「おわっ危な!危ないって‼何なのかねコレはっ⁉」

 

 手負いながらも俊敏に身を(ひね)り、ゴルドルフは器用に稲妻を回避する。そんな最中、渦の中心部に訪れた変化に彼は気が付いた。

 

「あれは………そんな、まさか⁉」

 

 稲妻を(まと)って現れたのは、巨大な光の柱………それが放つ高密度な魔力が肌をぴりつかせる感覚に、ゴルドルフは覚えがあった。

 

「(これはまさか………人類最後のマスターと呼ばれていた、あの小僧の仕業なのか?だがしかし、カルデアの英霊召喚システムは故障していた筈だ。こんなこと絶対に有り得ん!有り得ん……のだが………。)」

 

 何度も(かぶり)を振り、眼前の出来事を否定しようとするゴルドルフであったが、次第に彼の胸中に生まれた思いが、柱の輝きと比例して膨れ上がっていく。

 

「(───ええいっ!細かいことはどうでもいい!鬼が出るか蛇が出るか、私を救ってくれるものであればこの際鬼であっても構わない!ああ森羅万象全ての神々よ、私はまだ己の生を諦めたくはないのだ!どうか………どうか奇跡をここに起こし(たま)えっ‼)」

 

 

 最早神に(すが)ることしか出来ないゴルドルフは両手を組み、懸命に祈りを捧げる。

 

 

 やがて光の柱は一際(ひときわ)強く輝いた後に、ゆっくりと消滅していく。

 

 

 

 

 静まり返った空間の中、ゴルドルフが固唾を吞んで凝視する先───光の柱が消えたその場に佇んでいたのは、逆立てた赤い髪と紅のファーコートを微風に(なび)かせた、一人の大柄な男。

 

 

 

「やった………やったぞ、サーヴァントの召喚に成功したのだな!あの小僧やるではないか、フハハハハ!」

 

 唐突に訪れた奇跡、ゴルドルフの瞳は歓喜に輝き、組んでいた掌を叩いて昂るままに声を上げる。するとこちらに背を向けていた男の顔が、ゆっくりとこちらを向き始める。

 

「よぉし、カルデア新所長として初の命令を下す!おい貴様、今すぐに私を安全な場所まで避難させて────」

 

 

 

 ヒュッ、と述べられる筈だった台詞は引き()った音となり、ゴルドルフの喉奥へと引っ込んでいく。

 

 

 大凡(おおよそ)善人とは程遠い、見るからに凶悪な風貌。

 まるで鋭い刃物のような眼光をこちらへと向ける、橙色の双眸(そうぼう)

 道化師の様に施した、紅色の唇を(おもむろ)に開き───

 

 

 

「………あ゛ぁ?」

 

 

 さも不快そうに、男は低く(うな)った。

 

 

 

「(え────ええええぇぇぇっ⁉何なに何なのこの英霊、()っっっわ‼‼というか神々よ、確かに私は救ってくれるのであれば鬼でも構わぬとは願ったが、こんな………こんなの鬼どころか、ガラの悪いチンピラじゃないかっ‼)」

 

 まるで蛇に睨まれた蛙のように縮こまり、顔面蒼白となったゴルドルフ。それでも男からは視線を外してはいけないという生物本能からの危険信号を脳から受け取り、こちらを睨んだままの彼を見つめ続けている。

 男の身長は見たところだと、2メートルは優に超えている。額のゴーグルが点滅を繰り返す照明を反射し、左の額から開いた首元にかけて大きな傷痕が幾つもあり、ファーコートが風で揺れた拍子にちらりと覗いた彼の左腕は、金属製の大きな義手となっているのが分かった。

 

「(あれは義手か……?とすれば、あの男は隻腕の英雄なのか?私の知る限りだと、隻腕の伝説を持つ者は、円卓の騎士の一人であるベディヴィエール。『鉄腕』の異名を持つ中世ドイツの騎士、ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン。『ネルソン提督』として知られる、ホレーショ・ネルソン……いや、彼は隻眼であったとされるな。だとするとあの姿は全盛期の………いや違うか、だって彼は世界的にも有名な海軍の名将だぞ?あんな野蛮な出で立ちで現界するわけなど───)」

 

「おい、オッサン。」

 

 ドスの効いた男の声に思考を(さえぎ)られ、「ひゃいっ⁉」とゴルドルフは短く悲鳴を上げる。

 

「あ、ええと、その………な、何かね?」

 

「手ェ見せろ、右の手だ。」

 

「て、手……?それは(てのひら)か?それとも───」

 

「手の甲だ、いいからさっさと見せろ。」

 

 やや苛ついた様子で急かされ、ゴルドルフは慌てて手袋を外すと、隻腕の男に見えるように右手を掲げる。

 

「よっと………これでいい、のか?」

 

「……………………。」

 

 隻腕の男は何も答えることなく、ゴルドルフの右手を凝視する。

 数秒の沈黙が何分にも感じられ、額から流れた一滴の汗が煤だらけの衣服に染み込んだその時、張り詰めた空気の中に舌を鳴らす音が響いた。

 

「チッ……何だ、やっぱ違ったか。」

 

 それだけ短く呟くと、隻腕の男は興味を失ったかのようにゴルドルフから視線を外し、そのままスタスタと歩き始めてしまう。

 

「え?あ、あぁちょっと!待ちたまえ君ィ!もしやと思うが、マスターを探しているのかね⁉だ、だったら私に心当たりがあるぞぉ!」

 

 立ち去ろうとする男を逃がしてはならないと、ゴルドルフは声を張り上げる。するとその発言の内容にピクリと反応を示した男は足を止め、(いぶか)しむようにこちらへと振り向いた。

 

「………おいオッサン、本当に知ってんだろうな?俺を()び出した(マスター)をよ。」

 

「もっ勿論だとも………と言ってもまあ、私も彼と初めて顔を合わせたのはつい数十分前なのだがネ……というか私、まだ二十代後半なんだから、せめてオッサン呼びはやめてほしいかな~なんて……(ボソボソ)」

 

「あ?何か言ったかオッサン?」

 

「いやいやいや何でも!こちらの話さ───ってあああ‼君っ君ィ後ろ‼後ろ見たまえよっ‼」

 

「だ~もうっウルセェな!何だってんだ⁉」

 

 ぎゃんぎゃんと騒ぎ立てるゴルドルフの指差す先を、男は苛立ちを露わにしながら振り返る。

 そこには殺戮猟兵達が銃やボウガンを一斉に構え、狙いをこちらへと定めている光景が広がっていた。

 

 

「排除────排除せよ。」

 

 

 ダァンッ‼と空気を割る音に続き、放たれた弾丸と鉄の矢が標的……ゴルドルフと赤髪の男目掛け一直線に飛んでいく。

 

「ひぃ……っ‼」

 

 無常な鉄の塊が自身の肉を貫く感覚と激痛を予想し、ゴルドルフは反射的に目を(つむ)る。

 一瞬だけ閉じたゴルドルフの視界、そんな彼の敏感になった聴覚が、隻腕の男の声を捉えた。

 

 

「『 反発(リペル) 』」

 

 

 直後、遠くから聞こえた悲鳴と騒々しい物音に、ゴルドルフは咄嗟に目を開く。すると彼の視界に映ったのは前衛の殺戮猟兵達が皆血を流し、床に倒れ伏している信じ難い姿であった。

 

「ったく、人が話してる時は邪魔すんなって、ガキの頃母ちゃんに教わらなかったかぁ?」

 

 挑発的な笑みと一言に、後方にいた殺戮猟兵達は殺気と共に再び銃やボウガンを彼へと向ける。

 

「ひぇっ‼きき君ィっ何とかしたまえ‼」

 

「オイ引っ付くンじゃねえ鬱陶(うっとう)しい‼ってかさっきから君君うるせえんだよ、卵じゃねえぞ俺は!」

 

「だって真名(なまえ)が分からんモンはしょうがないだろう⁉頼むよ~名前の分からぬ君ィ!マスターの所まで案内してやる代わりに私を、どうか私を守ってくれっ‼」

 

 生への執念から威厳もプライドもかなぐり捨て、ゴルドルフは半べそになりながら隻腕の男の義手にしがみつき助けを乞う。

 初対面時の傲慢な態度から一変したその姿に隻腕の男は(しば)し呆気に取られるも、やがて大きな溜め息を一つ吐き、ゴルドルフに向かって口を開いた。

 

「……『“バーサーカー”』だ、俺のことは一先(ひとま)ずそう呼んでおけ。マスターでない奴にゃ、俺は自分(テメエ)のことをこれ以上は喋らねえ。」

 

「そ、そうか。ならば………ゆけぃバーサーカー!何としてもこの状況を打破するのだっ!」

 

「あ゛ぁ?図に乗ってんじゃねえぞ、誰が俺に命令していいっつった?」

 

 意気揚々に新所長権限を発したのも束の間、射殺さんばかりの眼力と全身から漂う殺気に満ちた気迫(オーラ)(おのの)き、「ごべんなさいっっ‼‼」とゴルドルフは直ぐ様謝罪の言葉を叫ぶ。それと同時に、殺戮猟兵らが構える各々の武器の引き金が全員同時に引かれ、発砲音が鳴り響いた。

 

「ハッ!雑魚共が、馬鹿の一つ覚えみてえに同じ()り方しか知らねえか───『 反発(リペル) 』‼」

 

 隻腕の男、もといバーサーカーが放たれた弾丸や鉄矢に向けて右手を(かざ)し叫ぶ。爪に紅色が施された手から、バチバチと紫の稲妻が走り出したその時、ゴルドルフは目を疑った。

 

「な……っ⁉銃弾が、()()()()()()だと……⁉」

 

 爆発した火薬の勢いに乗り、標的目掛け飛んできた筈の銃弾………それらはボウガンの矢と同じく、まるで映像の一時停止を見ているかのように空中で停まっている。

 だか驚くのはまだ早い、銃弾と矢は軌道の反対方向……今度は巻き戻しをしたかのように本来の勢いのまま、それらを放った殺戮猟兵に襲い掛かった。

 

「い、一体何が起きたというんだ……⁉これも貴様の能力なのか?」

 

「まあ、そういうこった………だがあの連中、奥からどんどん湧いてきやがる。このまま弾いてるだけじゃキリがねえな。」

 

 跳ね返った銃弾と矢を受け痛みに悶える者達を、まるで通行の邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばし、後方の殺戮猟兵達が再び武器を構えて前に出てくる。

 

「どうするのかね、何か策はあるのか……?」

 

「策も何も、頭を使うまでもねェ………()()()()()()()()()()()()だけだろ、こんな風になぁ!」

 

 

 バーサーカーの右腕に、先程よりも勢いの激しい紫電が流れる。

 

 

 するとどうだろう………散らばった金属片、天井や床の鉄筋、更には殺戮猟兵の手斧や鉄製のボウガンに銃器までもが、まるでバーサーカーの元に()()()()()()()()()かのように集まっていく。

 

 その勢いは留まらず、天井や床に空いた穴からも金属の類は吸い寄せられていき、眼前で起きている信じ難い光景に、ゴルドルフや殺戮猟兵達は只唖然とするしかない。

 

 

 やがて出鱈目(でたらめ)に集まっていたかのような金属は一つのモノを形成する────剥ぎ取られた蛍光灯の最期の灯りが照らした()()は、バーサーカーの右腕に装着された、巨大過ぎる鋼鉄の腕だった。

 

 

 

「喰らいやがれ────『 磁気弦(パンクギブソン) 』‼‼‼」

 

 

 大きく跳躍したバーサーカーが、金属の右腕を殺戮猟兵へと振り下ろす。

 真上から繰り出された、圧倒的な質量が生み出す凄まじい衝撃は一帯を巻き込み、拳の範囲外にいた者達までもが吹き飛ばされる。

 

「す、凄いぞバーサーカー!あの殺戮猟兵をいとも容易く…………ん?」

 

 

  《ゴゴゴゴゴゴゴ………‼‼‼》

 

 

 ゴルドルフが目を輝かせたその直後、地鳴りのような音と共に足場が揺れる感覚に、彼は咄嗟に下を向く。

 それらの正体はすぐに判明する………バーサーカーの放った一撃により大きく凹んだ箇所を中心として、(もろ)くなった床に次々と亀裂が入り始めていたのだ。

 

「げっ‼おいちょっと、これってマズいのでは───」

 

 そう気づいたものの、時は既に遅し。

 

 

 

  ドオオォォォォンッ‼‼‼

 

 

「おわぎゃあああぁぁぁぁぁっ‼‼‼」

 

 轟音を立て、崩れた足元の瓦礫と共にゴルドルフや意識のない殺戮猟兵達が諸共落下していく。

 「あ、やべ」と零したバーサーカーの呟きは、ゴルドルフの悲鳴の中に掻き消されていった。

 

 

【TO BE CONTINUED】

 

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