BEGINNING   作:山尾萩桃

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第4話

 二人が森を発ってからおよそ三週間後のこと。連合北東部に存在するかつての開拓地にしてこの地域の中心都市、エア。これから更に先へ進む者と、それを目当てにやって来る商売人でごった返す、連合でも比較的大きな街だ。その人混みの中を、外套を纏った二人の男女が歩いていた。

「おい、お前はもう少しゆっくり歩け。早すぎる」

「うるさい、話し掛けんな。お前が遅いんだよ」

 結構な身長差のある二人は互いに文句を言いながらも決して視線を合わせようとはしない。無論、ここまで旅をしてきたアルバに、それに強引に付いてきたリオンだ。ここまでの道中、二人は終始このような調子であった。アルバが尻に敷かれつつあるのを感じたのも一度や二度の話ではない。

「そもそも何故エアなんだ? ここに来る途中にだって、他にも大きな街はあったじゃないか」

「知り合いが居るんだよ。……確か、だがな」

 そう話すアルバが握っているのは、一枚の紙切れ。そこには荒っぽい太い字で「エア 三−四 ガトル」と書かれている。

「こいつはエア三番街という意味か。その後のはそいつの名前か? それにしても何故人間の知り合いがいる?」

「色々あんだよ」

 あまり語りたくない話なのか、言葉少なに返事をすると、紙切れを握り懐にしまう。そのまま適当な方向へ行こうとするのを、リオンが服を引っ張って強引に引き止めた。アルバの口からこれまでリオンが聞いた中で最も間抜けな音が漏れた。首が締まったことに抗議する彼に構わずリオンはアルバを引き摺っていく。

「そっちは街の中心部、一番街の方だ。三番街だったら逆、外側だ」

「なんだよ、知ってたならもっと先に言え」

「お前が目的地を言わなかったからな」

「俺が悪いってのか?」

 

 二人が着いたのは、エアの中でも外側、中心部とは打って変わって寂れた街並みが広がる三番街。街の外周に位置し、稀だが盗賊や魔物の襲撃も受ける場所であり、労働者層などが多く住む、有り体に言ってしまえば貧乏人の街だ。今は多くが働きに出ているのか、ひっそりと静まり返っている。道端にいた老人や子供に尋ねては進み、尋ねては進みを繰り返し、その家に着いたのはもう日も暮れようかという頃だった。

「今更だが、本当にここで合ってるのか?」

 若干不安げな顔でリオンが尋ねる。しかしアルバもまた、自信なさげな様子だった。

「分からん。ここ数年は人付き合いもしてないらしいし、そもそもこの街自体人の入れ代わりが多いみたいだからな」

 外から呼び掛けてみるが、返事も反応もない。二人が途方に暮れている間にも、日は容赦なく沈んでいく。

 不意に、二人に声が掛けられた。

「あれ? うちに何か御用ですか?」

 二人が振り返った先には、小綺麗な服に身を包んだ青年がいた。青年は二人を不思議そうに見ていたが、アルバがガトルの名を告げると納得して頷いた。

「ああ、義父の知り合いでしたか。ここで立ち話もなんですから、お上がり下さい」

 そう言って青年は家の中へと入っていく。あまりの無防備さにリオンとアルバは思わず顔を見合わせ、すぐさまそのことに気付くと互いに明後日の方を向きながらその後に続くのだった。

 

 青年は二人にホーシュと名乗り、ガトルの養子であると語った。リオンは簡単な食事を済ませた後、早々に宛がわれた客間へと引き揚げ、今はアルバとホーシュの二人だけが食卓を挟んで向かい合っていた。

「それで、義父にはどういったご要件で? 私で良ければお聞きしますが」

「あー、その、昔世話になってな。聞いてないか? アルバって名前」

 その名前に聞き覚えはあったのか、ホーシュはしばらく考え込むような様子を見せていたが、不意にあ、と声を漏らす。

「以前、一度だけ。珍しく酒に酔って『昔面倒を見ていた魔族のガキがいた』と話していたことがあります。そうですね、名前がそのような感じだったかと」

 ホーシュはそこで言葉を切り、アルバを真正面から見据えた。

「おそらく貴方がそのかつての子供、でしょうか?」

「察しが良いのは助かるが、その、なんだ」

「貴方が魔族だということですか?」

 あまりにも直球な言い方にアルバは思わず言葉に詰まる。それとは対照的に、ホーシュは一向変わらない様子で微笑んだ。

「構いませんよ、貴方に敵意がないことは始めから分かっていますし」

「いや、そう言ってくれるのは嬉しいんだが……」

 当然のように言われアルバは困惑してしまう。それも仕方ないことだろう。アルバにとって、ガトルと別れてからのこの十数年の間、人間からは敵意と殺意くらいしか受けていないのだから。

「義父がよく言っていました。『そいつがどういう奴かは目を見りゃ分かる』って。貴方からはとても敵意なんて感じられそうにありませんよ。それに貴方の同行者も。あそこまで無防備にされるとこちらに害意があってもなくしてしまいそうです」

「……敵わねえな」

 いつだって大雑把だったガトルと、今はもう客間で眠ってしまっているであろうあの図々しい同行者を思い出し、アルバとホーシュは思わず同時に苦笑する。そして互いにそのことに気付き、部屋にはますます大きな声で笑い始めた二人の声が響くのだった。

 

 その翌日、リオンとアルバはエアの街から歩いて数刻、連合の南に位置する山々が望めるとある丘の上にやってきていた。他に何もないだだっ広い丘のちょうど一番高いところに、ガトルの名を刻んだ石が置かれている。空には雲一つなく、心地良い風が二人の頬を撫でた。

「これが、お前の育ての親の墓か」

「ああ。本人のたっての希望らしくてな。わざわざここにしたらしい」

 そう言いながら、アルバはしゃがみ込み、持参した花を石の前に置いた。既にその隣には恐らくホーシュが置いた物であろう別の花があり、また墓の周りも定期的に掃除されているようで、小綺麗に整っている。

「……俺はな、人間に親を殺されたんだ。第四次戦役の時だったか。連合が山を越えてきたときにな」

 昔を懐かしむように目を細めながら、アルバは少しずつ話し始めた。これまで滅多に人に話したことのない、ガトルに出会ってすぐの頃の話だった。リオンもそれを察してか、風に髪を靡かせながらアルバの話に耳を傾ける。

「言っちゃなんだが、当時の俺は相当荒れててな、まだまだ結構獰猛な獣が暮らしてたあの森で、武者修行だかなんだかよく分からない、それこそ獣みたいな暮らしをしてたんだ。絶対人間を滅ぼしてやる、ってな。そん時だ、ガトルに俺が拾われたのは」

「……そうだったのか」

 アルバの話を聞き、リオンはますます困惑してしまっていた。アルバが両親を殺されているのならば、尚更彼女の命を救った理由が分からないのだ。そんなリオンを余所に、アルバは話を続ける。

「確か、森に来たガトルに後ろから襲いかかったんだったかな。自分で言うのも何だが結構腕っ節には自信あったんだが、気付いたらコテンパンにやられちまってたな。そんであの家に連れて行かれてた。『居場所がないならここにいろ』なんて言われてよ。……今考えてみると訳分かんねえよな、この言葉。まあそんな訳でそっから8年くらい、一緒に暮らしてたんだ。最初は随分と迷惑かけちまってたな。飯は喰いたくねえだの、寝床が気に入らねえだの、難癖つけまくってさ」

 そう言ってアルバは苦笑する。その眼尻にわずかに涙が溜まっていることにリオンは気付くが、見ないふりをした。

 不意に、二人を柔らかい風が撫でた。それに何かを感じたのか、アルバは俯かせていた顔を上げる。しばらく、無言の時間が流れた。アルバは顔を乱暴に拭って立ち上がり、リオンの方を向いた。

「悪い、つまんねえこと話しちまったな」

 そう言うと、アルバは街への帰り道を歩き出す。

「……そうでもないさ」

 リオンが歩き出しざまに呟いたその言葉は風に攫われ、誰の耳にも入ることなく、虚空に溶けて消えていくのだった。

 

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