日本国召喚 蘇る帝国 作:光翼人
中央暦1640年1月18日。後の歴史書に記念すべき日として記されることとなったこの日、第三文明圏より南東に1200km程離れたある海域では、奇妙なエネルギーが集積されつつあった。
その方面に関して知識と感覚を持つものであればあまりの濃密さに一瞬で意識を失う程のエネルギー、それを扱う者達からはエーテルと呼称されるこの惑星特有の粒子は、魔素にばかり注目して扱うものが殆ど存在しない現代においては、本来であればただ空間を揺蕩うだけである。だが、この時ばかりは違った。
凡そ一万年振りに生じた真なる魔導の力、魔素が生ずる劣化版のそれではなく、物理法則を歪め奇跡を現出させる術が、今まさに発動されようとしていたからだ。その術はエーテルというエネルギーを以ってしてもかなりの力を要するものであったが、極めて洗練され高度に構築された術は、その海域に揺蕩うエーテル全てを用いることで辛うじて奇跡の実現を成立させた。
そして。術の進行と共により集積されたエーテルが莫大な力の輻射と共に一気に広範囲へ拡散すると同時、空間の歪む音が僅かに海域全体へ響いたかと思うと、その大陸は既に出現していた。一万四千年の時を経て、時間を超越したかの帝国が現代へと帰還したのだ。自らの役割を終えた転移術は最後の役目として衛星軌道上の物体群へと信号を送り、消滅した。
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その術が発動されてから30分後、第三文明圏を制する列強パーパルディア皇国の皇都エストシラントでは、つい1年前にこの惑星へ転移してきたばかりの日本が送り出した二人の外交官と、皇族であり一部局の長でもあるレミールが向かい合っていた。室内にはレミールが魔導通信機と紹介したオルガン型の装置が置かれ、荒々しい画質ながら確かにリアルタイムで受信中の映像が映し出されている。
「これは人道に反する行為だ!彼らの即時解放を要求する!」
レミールの言で彼らが皇国によって捕らえられた日本人だと知らされると、外交官の一人が激昂して怒鳴り声を上げた。だが、生まれ育った世界が全く違う相手に発する言葉として、それは何ら効果を発揮しえなかった。
「要求する、だと?辺境の蛮族が栄えある我が皇国に要求だと!?身の程を知らぬ愚か者め!」
目を見開き逆上したレミールが机上に置かれた通信用魔法具を手に取り、ただ一言命令を発する。
「全員処刑しろ」
不快感を隠さない表情でそう言葉を発すると同時、外交官が驚きを露わにする間もなく、映像の中で一列に並べられた日本人が端から順々に処刑され始めた。悲痛な叫び声が装置から響き、映像に赤黒い鮮血が混じる。
「やめろ...!今すぐやめさせろッ!」
呆然と映像を見る外交官の横で、先に激昂した一人が両手の拳で机を叩いて怒鳴った。
「お前達は!自分が何を、一体どれだけのことをしたのか分かっているのか!こんなことは国家のやることじゃない、蛮族の所業だッ!」
外交官という立場を忘れ、ただ一人の日本人として腹の底から罵声を浴びせる男に、レミールは怒りと呆れが混じったような顔を向ける。
「......やれやれ、皇帝陛下はなぜこのような愚か者達にまで御慈悲を与えになるのか...。まあいい、そんな大口を叩けるのも今の内...何だ?」
大きくため息をついて次の言葉を発しようとした途端、唸るような音が空から響き始めるのと共に日光が差し込んでいた窓へ影が落ち、室内が僅かに暗くなる。それとほぼ同時に、部屋の扉を激しく叩く音がした。
「レミール様、すぐに退避を!正体不明の...」
大慌てで部屋に飛び込んできた使用人はしかし、その後の言葉を紡ぐことはなかった。何故ならば、皇都上空へ飛来したパル・キマイラ級空中戦艦の放った対地魔導レーザーの一斉射により、皇城を含むエストシラント全域の4割が瞬時に消滅したからである。
時を同じくして世界各地へ出現したパル・キマイラ級の群れは、主に第二から第三文明圏を構成する貧弱な防空能力しか持たない国家群の主要都市上空へと飛来。その復活を祝うがごとく、各都市を搭載兵器で焼き払った。たった30分の間に行われたこの攻撃の結果として、民間人を中心におよそ四千万の人命が失われた。
だが、こんなものは所詮彼らにとって前座に過ぎないことを、各国は思い知ることとなる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
未来への時間転移を成功裡に完遂したラヴァーナル帝国にとり、まず真っ先に取り掛かるべきは全世界の状況を確かめることだった。
この時の為に衛星軌道上へと浮かべておいた僕の星...正式にはデヴァⅣ型と呼称される情報収集衛星群は、帝国が復活すると共に地上から送信された信号へ全機が正常に応答し、一万年に渡って収集した膨大な情報をレーザー圧縮通信で地上ステーションへと送った。送られた情報は直ちに帝国各地の軍事施設で分析され、待機中の全軍を統括する指揮統制センターのメインシステムへ随時共有される。やがて、解析開始から10分程で主要各国の位置や軍事力を把握した帝国軍参謀本部は、自らの脅威となるのは僅かに数カ国だけであることを認識し、事前に策定されていた作戦計画を現状に沿ったものへと修正し始めると共に、かねてから計画されていた通り、パル・キマイラを中心に編成された空中艦隊を各国の主要都市へ向かわせることを決定した。
だが、現代に存在する国家の技術力が転移前に予測されていたよりも大幅に低い為、空中艦隊の半数は別の作戦に備えて控置された。収集された情報を分析する中で明らかになった最大の脅威、即ち日本と呼ばれる国家へ向かわせる為だ。
...元来、ラヴァーナル帝国が保有する軍事力は、国力と比較するとそこまで強大なものではなかった。インフェドラグーンを除けば自国に対抗できるような技術を持った国家が一切存在しなかったことに加え、当のインフェドラグーンも帝国と比べればあらゆる面で劣っていたからである。
必然的に軍は、自らと対等の存在を相手取ることを殆ど想定せず、少数の戦力をいかに効率よく運用できるかを重視するようになった。その結果生まれたのがパル・キマイラ級空中要塞やパルカオン型海上要塞の様な、単独で広範囲の地上目標に大火力を投射できる大型兵器群となる。
しかし、ある時を境に状況は変わった。皇帝が推進した魔導と科学の融合技術、魔科学によって神を暴こうとした帝国は、未知の理由によって急激に力を増したインフェドラグーンとの戦争に突入したのだ。技術力においては依然として帝国に劣るものの、帝国を構成する単一種族たる光翼人をも上回る膨大な魔力と、魔光砲に耐えうる強靭な肉体をどうやってか得た竜人族の軍隊は、一千万に上る龍種を駆ってそれまで正規戦を指向してこなかった帝国軍を潰走させ、一時は帝都近傍にすら迫る程の勢いで侵攻した。大急ぎで量産された最新鋭の魔科学兵器と未発達ながら実用化されたコア魔法の運用で最終的にはインフェドラグーンを滅亡させることに成功したものの、この一件で帝国は神の脅威を認識することとなった。
だからこそ、帝国が神へ弓を引いたのは必然だったと言えよう。そして神が帝国の支配するラティストア大陸へ向けて巨大な隕石を降らせたのも、また必然であった。帝国は隕石から逃れる為に未来への転移を実行したが、同じ世界・同じ星にいる以上、神との再戦は避けられない。それ故に、帝国は転移術式の実行と併せて国力の大半を軍事力の強化に注ぎ込んだ。その成果の一部が、現代に蔓延る彼らにとっては脆弱な国家群を消し去る為に投じられる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「まさか、こんなにも早く復活なされるとは...」
南方世界の大半を占める巨大な大陸、ブランシェル大陸の中央部に位置する巨大都市マギカレギア。高度な建築工学と材料工学が可能とした超高層ビルの立ち並ぶ中央市街の中でも一際巨大な皇城の内部では、アニュンリール皇国の権力中枢にある閣僚達が興奮冷めやらぬ様子で円卓を囲っていた。
「復活対策庁が管理している各地の遺跡では、復活とほぼ同時刻に、解析不能ながら魔法帝国のものと思われる信号を受信しています。また、オリジナルの発掘兵器群に搭載されている敵味方識別システムが複数の友軍反応を検出しており、検出位置はすべて復活位置付近です。」
魔法帝国復活対策庁の長官を務めるヒスタスパが、空間投影機に表示された波形と大陸全土の地図を操作しながら説明する。
「僕の星についてはどうなっている?」
円卓を見渡せる位置に設けられた玉座に座る皇帝ザラトストラは、僅かに緊張した様子で周囲に投影されたモニターの表示を見ながら閣僚の一人へ問う。
「は。各地の天文台から随時観測結果を集計中ですが、魔導望遠鏡による観測では各機体より魔信と思しき信号が発せられたことが確認されています。また不確定情報ではありますが、月から発せられた魔信を捉えたとの報告もあります」
宇宙機関、その仰々しい名前とは裏腹に主業務は各種の望遠鏡を用いた天文観測である機関の長を務める男が報告する。
「月、だと...?まさか、件の記録は真だったというのか」
最後に付け加えられた報告を聞いた皇帝が小さく唸り声を漏らす。近年解読されたばかりの古代記録に記されていた内容と、今なされた報告がリンクしているように思えたからだ。
「ヴィマーナに関する数少ない調査記録と照らし合わされば、恐らくは...」
アニュンリール皇国の名だたる研究者でも半信半疑に見られている存在、ラヴァーナル帝国が成し遂げた快挙として記されながらもその正体は謎に包まれているヴィマーナは、記録によれば月にあるという。惑星の周回軌道に乗せるならまだしも、月に何かを送り込むのは皇国の全力を挙げても困難極まる事柄であるが、かの帝国なら可能だったのであろうか。
「まあ良い。今は一刻も早く帝国へと服従の意思をお伝えし、我らが帝国にとって有益な存在であることを示さねばならぬ。軍の準備はどうなっている?」
何れ復活する魔法帝国の為、数千年掛けて発展させてきた皇国ですらかの帝国にとっては足元にも及ばぬ弱者でしかないという可能性を頭から打ち消し、今できる最善策を実行せんと別の閣僚の方を向く。
「復活が明らかとなった時点で全軍に動員を掛けました。海軍及び空軍は12時間以内に戦闘態勢が整います。陸軍の外征軍団は順次港湾に集結中ですが、大規模な侵攻作戦を実施する為には最短で5日必要です。戦略軍は部隊の7割が即応可能となっております」
軍務省長官が良く通る声を張り上げる。帝国の復活がこれほど早いとは想定されていなった為陸海空三軍の戦闘準備が整うには時間が掛かるが、魔法帝国製の古代兵器を解析して作られた超兵器を装備する戦略軍は、常に即応体制を取っていたことから今も直ぐに動かせる。
「兼ねてからの計画通り、準備が整い次第東方世界への侵攻作戦を発動させよ。」
予定に狂いは生じたが、元より全世界を支配して魔法帝国に献上することは皇国軍の既定路線だった。立案され幾度も改訂を重ねてきた侵攻計画に従えば、東方世界の弱小国家は容易に叩き潰せる筈だ。唯一の不安要素は日本という転移国家だが、情報局によれば軍事力の数が過小である為、戦略軍の主力を差し向ければ十分勝機はあるだろう。