日本国召喚 蘇る帝国 作:光翼人
青々とした巨大な地球型惑星を周回する衛星、かつて星の世界に足を踏み入れた帝国がアラガルと名付けた直径およそ3500kmの小天体においても、地上に蘇った帝国による影響は少しずつ現れ始めていた。
長大な歴史の中で降り注いだ隕石が穿つ巨大なクレーターの一つ、その内側には奇妙に光の歪んだ領域が存在する。1万年以上前に築かれたまま一度も障害を起こさず展開されているその人工領域内には、それを建設した文明の偉大さを宇宙に示すかのように、先端が光り輝く尖塔を無数に備えた巨大な白亜の城が存在していた。
惑星地上圏では発動できないような極大規模魔術を研究・実験する為、時間跳躍前のラヴァーナル帝国が築き上げた総合管理施設。プロトルム・ゼニスと呼ばれた無人城の管理知性体は、遥か昔に設定された予定時刻と寸分違わず受信した帝国本土施設からの秘匿魔導通信を受け、停滞状態に置いていた全設備の再起動プロトコルを開始した。
城から発せられた再起動信号は月を周回する小型衛星群の間を瞬時に駆け巡り、やがて一つの巨大な物体へと行き着く。鍵のようなものが複数突き刺さった球形の人工天体、全体が機械的構造と赤い光の筋で覆われた直径30kmの物体は、時間跳躍前の帝国が成し遂げた快挙にして最大の構造物だった。
その名を、ヴィマーナ。帝国が誇る最新鋭の魔科学技術を惜しげもなく投じて造られた物体には、その身を研究し尽くされた怒れる邪竜の成れの果てが囚われていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「一体何が起きている...?現地からの報告は無いのか」
中央暦1640年1月18日。日本国の首都東京、首相官邸。
地下一階に設けられた内閣危機管理センターの内部では、前日にフェン王国危機が勃発したこともあってか首相を筆頭としてほぼ全ての閣僚が集まり、目下進行中の状況に関して会議が行われていた。
「百里基地の偵察航空隊からRF-4EJを1機、フィルアデス大陸に向けて発進させました。約1時間後に工業都市デュロ近郊まで到達予定ですが...」
会議に出席している防衛大臣が、横に座る統合幕僚長から渡された資料を見て首相の問いに答える。
「ふむ...領空侵犯だがやむを得んな。とにかく今は情報が欲しい」
加えて言えば、あのパーパルディアであれば例え偵察機が領空に侵入したところで日本の仕業だと気がつかないだろうという計算も、口には出さないが脳内で考えつつ。
「しかし万が一ということもありうる。特にここは我々の常識が殆ど通用しない異世界だ、何が起きていてもおかしくない。武雄君、自衛隊にはいつでも戦闘に突入できるよう備えさせてくれ。必要であれば在日米軍に協力を要請しても構わない」
「了解しました総理。しかし現状では部隊運用計画の策定に必要な情報が絶対的に欠けておりますので、数日は情報収集と分析に専念することになるかと」
再び発せられた首相の問いに防衛大臣は淀みなく答え、幕僚長へ小声で何事かを伝える。
「これは...総理、ムー共和国駐在の大使館職員からたった今報告が入りました。俄には信じ難い内容ですが...」
慌てた様子で室内に入ってきた官僚が手に持った数枚の紙束を外務大臣に渡し、それにさっと目を通した外務大臣が小さく息を呑む。その様子に怪訝そうな表情を浮かべつつ、総理は紙束を受け取って読み始めた。
「見せてくれ。......何?そんな馬鹿な...」
読み始めてから十数秒、明らかに狼狽した顔で報告書を食い入るように見つめる総理の様子を見た他の閣僚にも、急いでコピーされた紙束が配られる。
「...悪魔でも降臨したというのか」
読み終わった報告書を机に置き、頭を抑えながら真剣な面持ちをした官房長官が呟く。普段ならそれに反応するであろう他の閣僚達も皆が信じられない表情で報告書を読み、暫くの間室内は沈黙に包まれた。
その報告書に記されていた内容は、それほどまでに衝撃的だったのだ。
曰く、ムー共和国の首都たるオタハイト市上空に突如として巨大な飛行物体が現れ、大統領府の真上で滞空。放電するような音が鳴り響いたかと思うと飛行物体の下部で目も眩む閃光が発せられ、次の瞬間にはオタハイト全域が火の海になっていたという。物体はその後も何度か閃光を発したのち、ムー空軍が迎撃を行う間も無く現れた時と同様一瞬で姿が消えたらしい。
その攻撃が影響したのか大使館の通信設備が不通になってしまい、代わりの通信手段を確保して本土へ第一報を入れるまでの間に集めた情報によれば、オタハイト以外にもマイカル、オロセンガといったムーの主要都市全てが同様の攻撃を受け、かろうじて直撃を免れた大統領府は大混乱に陥っているとのこと。さらに噂レベルであるが主要軍港や空軍基地も壊滅的被害を被り、軍令部が蒸発してしまったとの話もある。
報告書は最後に、このムーを襲った災厄が日本にも降りかかる可能性が大いにあるとして強く警戒を呼びかけていた。
「......ムー大使館にすぐ確認する必要がある。もっとも、この報告が真実なら首都と連絡は取れていないだろうが...」
いち早く立ち直った総理大臣が、両肘を机の上に立て俯いた顔の前で組みながら言う。
「報告が真であった場合...直ちに防空態勢を強化する必要があります。空自のAWACSと可能であれば在日米軍のものも上げて、早期警戒網を充実させねばなりません」
報告書を読みながらも自衛隊の運用を思考していた防衛大臣が提言する。ロウリア戦ではワイバーンによる本土攻撃の可能性がほぼ皆無であったことから出番のなかったE-767とE-2Cを格納庫から出さねばならない。加えて在日米軍のE-3GとE-2Dも使えるよう、在日アメリカ大使館へ根回しをする必要もある。
「分かった、その方向でやってくれ」
軍事の専門家ではない総理大臣は、この状況でも冷静に思考を回す防衛大臣の提言に直ぐ了承を与える。事態は一刻を争い、無駄な時間は命取りになる可能性がある。
だがそれにしても、パーパルディアとの間で大きな外交問題が起きている現在。それを上回る事態が降りかかってくるなど思いもしなかったと、総理は小さくため息を吐いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ムー共和国の首都オタハイトより南南西に約800km。ムーを代表するいくつかの都市の中でもオタハイトに次いで世界的に知名度の高い都市が、沿岸部の巨大商業都市マイカルである。人口およそ120万人、国内にはまだ僅かしかない国際線の発着する民間空港とそれに併設された大規模な空軍基地を備え、沿岸部には海軍主力艦隊の母港でもあるマイカル海軍基地と海軍大学校、そしてムー最大級の港湾設備を備えている。
文明圏外国、加えて第三文明圏国家との交流窓口が設置されており、それら国家の大使館はパーパルディアと日本を除き全てこの都市に設けられている。ロデニウス大陸、フィルアデス大陸、さらには中央世界も含め全世界との海運は大部分がマイカル港をハブとして行われており、他国からの留学生も最初はマイカル国際空港に降り立つことが殆ど。時折市街上空を飛ぶ他国からのワイバーンや魔導飛空船はマイカルでしか見られない光景で、一部のものはそれを目当てに訪れることもある。
このように、マイカルは素晴らしい都市だった。列強第二位であるムーの繁栄を示す、大陸の玄関口。
そのマイカル市は今、全てが燃え盛っている最中だった。
魔導レーザーの斉射によって薙ぎ払われ瞬時に蒸発した場所はともかく、その周辺に放出された莫大な熱量は、レンガ作りの建物が中心ながら木製製品の多いマイカル市全域で史上最大級の大火災を引き起こした。逃げ惑い右往左往する市民と倒壊した建物によって道路は全く塞がれてしまい、近年導入が始まっていた消防ポンプ車は出動してから僅か数分で全て立ち往生してしまった。それならばと徒歩で火災現場に辿り着いた消防団も、水道網が攻撃で寸断された為に殆どの消火栓が使用不可となり消火活動が行えず、結局出来たことは避難誘導のみだった。加えて警察、救急、消防といった緊急機関自体が攻撃によって指揮系統を破壊され混乱していたこともあり、多くの市民が火災の中で息絶えることになる。
運良く港湾近くにいたものは海に飛び込めば助かると港を目指したが、むしろ被害状況はそちらの方が深刻だった。
攻撃時点でマイカル港には27隻の機械式貨物船、8隻の魔導貨物船、さらにガレオン船等の木造船が複数隻入港していた。隣接するマイカル海軍基地には37隻からなるムー海軍主力機動艦隊が停泊しており、駆逐艦数隻からなる小艦隊がまさに哨戒任務へ向けて出航する所であった。
魔導レーザーの攻撃は、それら全てを直撃した。
ムーの機械動力船はほぼ全てがディーゼルエンジンを使用しており、船内には多かれ少なかれ重油が入っている。港湾を襲ったレーザーは船を完全に消し去るのではなく一部を薙ぎ払うように消滅させた為、結果として大量の重油が湾内に流出。炎上するそれらによって港は地獄と化したのだ。
この一連の攻撃により、マイカル市では最終的に十五万以上の死者が生じた。しかしそれも、ムー共和国そして全世界規模での同時攻撃で死んだ人間を数を見れば、些細なものだった。
この世界の魔帝は強化されています