「……依頼を受けるのは早計だったやもしれん」
ご店主、もといマルコー殿から在庫確保という名目の納品系クエストを受けた某は身に染みてそう思っていた。
『はぁいこれ、集めてもらいたい素材のリストよ。ギルドに行けばどの素材がどこで採れるかとか詳しい資料があるから、困ったら調べてみなさいな。納品は明日からでかまわないからお願いねぇ』
そう言って手渡されたリストがこれだ。
【上級納品クエスト】推奨Lv10
ミルキィ&シルクの在庫切れ
期間:4日
達成条件:毎日、規定数の素材を納品
【レアリティ、ノルマを超える量によっては別途追加報酬アリ】
▶納品ノルマ(1日分)◀
●繊維・600束
●透明な粘液・小瓶10個
●ウサギの毛皮・20枚
●草狼の毛皮・8枚
●動物の腱・10本
●クモ糸・15本
●軽銀鉱・2個
●錫鉱石・6個
●黄砂・小袋ひとつ
●コウモリの皮膜・15枚
上級クエストでござるぞ上級。
しかも推奨Lv10ってあるんじゃが???
某まだモンスターの一匹はおろか経験値1%すら入ってない駆け出しとも言えぬ状態なのであるが。
……いかん、完全に手に余る代物を引き受けてしまった。ああも啖呵を切った手前「無理であった。あっはっは」などとクエストをすっぽかしてしまえば、好感度が下がるどころか最悪客として見てもらえなくなるやもしれん。
「うえぇ……マジでどうしようでござる……」
とりあえずレベル上げはスキルも含めて必須。
過酷な連戦をしなければならぬと覚悟せねば……今日1日を鍛錬に充て、明日までにどれだけ経験値諸々を稼げるかが勝負であるな。
今一度、クエストの依頼内容を確認しつつ足を進めるとするか。
「確か、某の記憶が正しければ……街の西には見晴らしのいい草原があったはず。ウサギと草狼はそこでよく狩っていた」
正直βの最初の頃などやることもやりたいことも多すぎて殆ど記憶に残っていないが、犬っぽいものを追いかけ回したり白くて丸っこい餅のようなものに体当たりで爆散させられた思い出がかろうじて残っている。多分あれはウサ………ギ。
「レベル上げがてら、西の草原で腕試しと行こうかの……!」
ついでにウサギと狼の毛皮もゲット出来れば棚から牡丹餅よ!フハハハハハハ!!
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なぁんて考えていた某がもし目の前に居たならばレッド判定になってでも斬りかかりに行きたいでござる。
「────おのれあの毛玉めぇぇぇぇえ!!」
そう叫んで、2桁はかるく超えた死亡回数を背負い草原へ全力で駆けていく某であった。
ことの始まりは数時間前───。
「……………………」
某は唖然としていた。
目の前に広がるのは、広大な草原。街の西門から出て懐かしい記憶を頼りに道を辿って進んだ先の景色。
草原エリア
【深草の海】
緑の波、という表現がふさわしい程に青々と草が生い茂っている。
この表現だけではなぜ某が驚いておるのか理解できんだろう。これを読んでいる読者諸君(メタ視点)には草原に緑の波という単語が並ぶことで、足首から腰ほどもある草が風になびき、まるで波のようにそよいでいる情景が連想できたと思う。
いやあってる。合ってはいるのだ。確かに。
ただ───その草の高さが、低いところでも1メートルはあるというだけで。
「いやはやこれは……まさしく『海』と表すに相応しい様相でござるな」
最初は変わらぬ風景が続くと思っていた。
だがそれは、目に見えぬ───というよりそう見えているだけで、足を進めるごとに着実に変化していたのだ。
「まさか西の草原、βでは低木の生い茂る丘陵地帯のふもとであったはず、だったのだが……ゆるい下り坂の続く盆地になったとはな。これは呑まれるのも仕方なし、か」
遠く、遠く。先に見える木のようなものは反対側の陸地であろうか。目を凝らさねば見えぬほど遠くに緑の濃い木のようなものがあるのが見える。
というかこれどうなっているでござるか?向こう岸までほぼ水平に高草が茂っているが、真ん中辺りはいっそう深くなっているのか……?
某は草原に入り、背の高い草を切り払って回収しながら進んでいく。……む、何故刈り取った草を回収するのかと?それはこういうことでござる。
◆❖◇◇❖◆
背の高い雑草
素材アイテム
加工して繊維になる。人類最古より続く『繊維』という概念、その使い道は無限にある。
様々なものに利用可能。
用途
ロープ
布素材の材料
専用の施設にて肥料へと変換可能
各種アイテムの作成素材
他
◆❖◇◇❖◆
刈り取った草はアイテムとして回収出来たので詳細を確認すると、依頼書にある納品素材だったのである。色々と利用価値もあるようで、思わぬ収穫。
───ガササッ
………何がおるな。
刀に手を掛け、音の聞こえた方向へ居合の構えをとる。
少々浮かれ過ぎであったか。気配の察知を疎かにした。
──カサカサッ……カサッ……ザサッ
軽い。それほど大きくなく、小動物程のナニカが跳ねながらこちらへ来ようとしている。某も息を潜め、獲物が出てくるのを待つ。
警戒のし過ぎだとは思うかもしれないが、こちらはステータスもスキルも揃っていない上に初期装備。下手を打たずともそこらの雑魚モンスターの一撃で容易く砕け散るHPしかない。のに対し、相手取るモンスターはどんなに頑張っても今の状態では2撃以上必要になる。
──キゥ
微かなウサギの鳴き声。
刀の鯉口を切った瞬間、膨れ上がる気配。
覚えがある。というより思い出した。
この感覚───
「不意打ちッッ!!」
ドッ
草陰から飛び出してきた角が生えたウサギの突進を横にサイドステップすることで回避する。角ウサギの突進は某の横をすり抜けて不発に終わり、居合を構え直そうとした刹那。
ガルァァアアアア!!!
ッギュ!?
いつの間にそこまで近寄ったのか、躱した方向とは反対側から、草に紛れて隠れるのに都合の良さそうな緑まだらの毛並みをした草狼が、着地してこちらへ向き直ることで天敵に対して背を向けた形になったウサギを襲った。
赤いエフェクトを撒き散らして、角ウサギの体からドロップ品が溢れる。……毛皮出てきてるでごさるな。後で拾おう。
もし某がウサギの突進を躱せていなければ、反応が遅れたら。あの狼に噛み裂かれているのは某だったであろうか。
グルルルル……
「おっかないでござるなぁ……」
威嚇なのか唸り声をあげる草狼。………ふむ。どうせいずれにしろ毛皮目当てに狩るモンスターであるし、今しがた気配を探ったところおそらくこやつは単独行動。今の己がどれほどの腕か吟味するにはちょうどいい相手でござる。
試すか。ならば目指すところは、
「パリィからの致命攻撃!」
チャカ、と音を弾ませて居合を構える。
このゲームでいう「致命」とは、とどのつまりHPが大量に削れること。各モンスターにある弱点部分や生物である以上脆い所を強く攻撃することでその分体力を削ることが出来る。別名急所システム。
パリィは言わずもがな、攻撃に合わせて攻撃やモーションを重ねることで大きな隙を作らせる技術である。
雄叫びを上げた草狼が牙を尖らせ飛びかかる。
飛びかかりを横にすり抜けつつ、某は構えた居合を合わせて抜くがパリィには失敗する。
かぱり、と開かれた口に刃を宛がったため、口角の両端からまっすぐに赤いエフェクトが走って赤いポリゴンを垂れ流している。
草狼に与えたダメージは約3割。柔らかい部分ゆえ斬撃が効いたか。まずカウンターは成功。
「む?」
今度は鋭い爪で攻撃してくる。
振り下ろしを下からかち合うよう刀を跳ね上げるが、これもまたパリィ失敗。だが、若干ダメージは入った。2割に届かぬ程度は削れているのが見て取れたので、ある意味カウンターは成功。
「ぬぅ……判定が厳しくなったか、パリィが出んな」
もう一度。
「ッふ!」
パリィ判定が出ないのならば切り替えるまで。
何もパリィで体勢を崩してからの致命攻撃のみ、といった単純なサイクルしかやらないわけでは無いのであれば、今一度の焼き直しをくりかえすより避けて斬りつけるカウンター戦法にすればいい。
パリィはパリィでスキルもある。βではスキルを使わずとも己の技前のみで弾いて体勢を崩すエフェクト無しパリィ、PSパリィなどと呼ばれているものもあったか。某そうそう使う事など無かったが。
クールタイムとステータスからの干渉はあるものの、スキル版をしっかり使った方が安定するのでな。
そう考えて、体当たり気味に飛んできた草狼を斬るべく刀を振ったその時。
「ん!?」
斬ッ!
と一際小気味よく、己の耳によく届く『斬った音』が聞こえた。
馴染みのある音だった。
懐かしいほどに。
「これは、もしや」
そう呟く間に気付く。今まで繰り広げていた戦闘音が静かになったと。
振り返れば、突進を躱してカウンター気味に斬った草狼が倒れ伏し、細かなポリゴンになって風にさらわれていった。
………ふむ。βではダンジョンに潜って有名剣士に一目惚れした
ダンジョンは出会い系サイトでは無いぞ少年。
「これは検証の必要がありそうでござるな」
言い訳じみた理由になるが、βテストが終わって3ヶ月、某も刀を振るのは実に3ヶ月ぶりなのだ。
別に刀を使う他ゲーに手を出していないのかと言われたらそうでは無いが、細かい感覚が相違を重ねて大きなズレになっていることを今しがた体感している。
ゲームが違えばアバターも違うからな。
さて、時刻は昼前2、3時間といったところか。それでは日が沈むまでには街へ戻る算段を立てつつ、ウサギ狩りと参るとするか。狼は手強くてかなわん。
───キュ!
「……いつの間にやら、増えておるようだしな」
キュ!
キュー!
キュッキュッ!
キュ?
キュウ
「………」
キュ〜?
キュキュ
キュ?
キュウ!
キュ〜キュ
「あれちょっと多くn」
『『『キュー!!!』』』
なぁんかどこぞの異世界に転移?した死に戻りリスタート能力持たされた一般人のアニメで見たような光景であるな。
あっちは雪景色でこっちは草の海だったが。
「は、ははは……」
数の暴力はエグい。
単純明快にして純然たる自然の摂理である。
「よいであろう。掛かって来いや毛玉畜生!!」
慣れぬ体、数十匹の多勢に無勢で2匹は何とかもっていったのは褒めるべきところだろう。
それはそれとしてあのウサギは許さん。