そろそろ中腹に差し掛かる頃です。
荼毘は、都市の郊外にある小屋の地下に私を連れてきた。
「電話は使えない。通信は常に魔王かその配下に傍受されてると思え。電子機器はスタンドアローンの物のみを選んだ。これが俺たちの隠れ家だ。この国に1か月ほど滞在し、旅費集め、それと
「治療……あなたはともかく私は別に」
「いや、必要だ。多分、俺たちは体だけでなく、こっちも少し弄られてる」
と、荼毘は自分の頭を指先で指し示した。
「それって……殺人の?」
「ああ、おそらく殺人への心理的抵抗が解除されてんな。まだ調べてはいないが、ちょっと家庭環境に問題があるだけの人間が孤児院を焼き払えるのは少しおかしい。お前も思い当たる点はあるだろ?」
「うん……色々と」
皮膚鉱山になるときに弄られたのだろう。弄られる前に5人殺したのは、少なくとも私にとっては正当防衛なので問題はない。だが窓に落としたレディ・ナガンに止めを刺そうとした時や、生贄を自殺させた時の心理状態は、むしろ平静すぎて怖いくらいだった。人を殺すときは、もっと狂気に飲まれてハイになるものではないのか。少なくとも前世ではそうだった。戦闘訓練で本気を出せなかったのは、本気=殺人という方程式を脳に埋め込まれたからかもしれない。
「少し調べるべきだな。この国なら魔王の支配下にない闇医者もいるだろう」
表の医者はこの国でも使えない。私はこの国では指名手配まではされていないものの(ヒューマライズでの凶行は隠蔽されたのだろう)、日本ではいまだに指名手配されている。医者が少し詳しく調べたらすぐに正体がバレる。そのため、闇医者を探す必要があった。
私が日本から持ってきた対人包丁を闇市に売り捌き、その金で闇医者に脳をスキャンさせる。
その結果、脳にはコンマ数ミリほどの長さで数ミクロンほどの太さの針が刺さっていることが判明した。若干の磁力を持ち、電波は発していないが、稀に僅かに振動しているようだ。
おそらくある種のマイクロマシン。これが私の心理状態に影響を及ぼしているんだろう。しかし、闇医者曰く。
「これ、取れないね。取るには脳の重要な部分を削らなきゃいけなくて、それすると死んじゃうから」
だそうだ。
困った。解決方法が見当たらない。自分でも医学書を漁って、部屋に籠って入門書から1日一冊のペースで読みふけるも、解決方法は分からない。
そんな生活をしていると、半月経ってしまった。そんなある日の夜。風呂に入ってうたた寝してしまい、鼻まで湯に浸かってしまった時に、ついにひらめいた。
「そうだ。魔王から与えられた『再生』の個性は、異物を外部に排出する効果もあった。車のガラス片とか。なら、個性伸ばしをすれば脳の針も取り出せるんじゃ?」
思い立ったが吉日。指に細い針を刺し、それを体から排出する感覚を掴もうとする。
生存に必要な最低限のこと以外はすべて訓練に費やして2週間。ようやく体内の異物を意識して排出することができた。
第二段階として、脳の異物である針型マイクロマシンを知覚する訓練をする。当然脳内に触覚神経などあるわけがなく、CTスキャンの画像を見ながら自己暗示的な手法で脳内に異物感を覚えさせる。これにさらに二週間。
最終段階として、脳内の細胞を蠢動させ、徐々に針を体外に排出させる。一日に1ミリほど動かし、一か月ほどで鼻血とともに針を排出することができた。針はプラスチックのカプセルに入れて保存しておく。
しかし、二か月も荼毘に養われて針の排出に専念させてもらったのは、ありがたさよりも申し訳なさのほうが勝る。彼には残り10か月しか時間が無い。私の脳の針など後回しでも良いはずなのに……
彼にそれを伝えると、日本へ帰る手段を手に入れる間のついでだ、と言われた。そして、その手段というのが私の目をひん剥かせたのだ。
―――荼毘視点―――
日本に帰るため、そして協力者のコベニに恩を売りつけるための生活費のために、とにかく金を稼がなければならなかった。
とは言っても、ヴィランのような風貌の無資格未成年外国人が、短期間高収入のまともな職業に就けるはずがない。
だからと言ってコンビニ強盗や銀行強盗に手を染めれば、ヒーローや警察がすっ飛んでくる。ヒーローが助けに来ないようなヤクザの本家に押し入っても、後で集団で闇討ちされるのがオチだろう。
だからこそ、俺は
倉庫の中で青い炎が轟々と燃え盛り、蛍光灯に照らされた
倉庫の畑を焼いて少しすると、防護マスクを着けた中年太りのおっさんが慌てて倉庫に入ってきた。
「ああ……儂のジェーンちゃんが……誰が、誰がやったんじゃ!」
煙と炎に紛れて俺は農家のおっさんに近づき、背中にナイフをチクリとわずかに突き刺す。
「俺だ。金庫の番号と場所を教えろ」
「こんなことをしてタダで済むと思っているのか、
英語の訛りから俺がクレイド国民ではないことがバレたようだ。
「済む。こんな倉庫で
「こ、この国では、マリファナは合法だ、外国人の癖に知らねぇのか!?」
「
「ぐぅ……クソッ、俺のバックにはマフィアがついてるぞ!」
破れかぶれにも嘘を言い始めた。
「ダウト。マフィアはこんなチンケな倉庫で大麻育てねぇよ。やるなら大規模にやる。二度も言わせるな。金庫の番号と場所を教えろ」
「……俺の事務所の一番奥、俺の仕事机の下にある。番号は〇〇〇〇」
「ありがとな、じゃあせいぜいラリってな。死ぬなよ」
マリファナ農家の防護マスクをはぎ取り、煙の中に顔を晒させる。背後から急にはぎ取られたため咄嗟に口を塞ぐこともできず、膝を突く。
急性中毒で死ぬ可能性もないわけではないが、知ったことではない。
そのようなマリファナ農家を探しては強盗する。ターゲットを探すのに手間がかかるため、二か月で3つしか襲えなかったが、十分費用は集まった。
陸路や海路では、日本だけでなく世界全土に網を広げている魔王の情報網に引っかかる。
故に、空路。『人間』の個性を持つコベニに飛行機の操縦を短期間で叩き込み、無免許で世界を半周する。
枯れた技術の水平思考を用いた二人乗りプロペラ機。これを闇のブローカーから購入した。オンボロだが使い捨てるには十分な品質だ。
「という訳でこれで日本まで行く。お前がパイロットだ。取説はコレ、キーはコレ。シミュレーターも一緒に買ったから、三日でコンバット飛行まで出来るようになっておけ」
「え、へぇええええ!?」
mary janeはマリファナの隠語として使われるそうですね。