岳山ちゃんが目を覚ます。
ここは群馬県の南部の山奥。電波も通っていない、しばらくはヒーローも追跡は難しいだろう。
「うぅ……むにゃむにゃ、お腹すいた……はっ!?」
飛び起きる。この状況で寝言とは、かなり肝が据わっているらしい。
「こ、コベニちゃん……?あの、ここ、どこ?」
「うん。ここは私たちの隠れ家。攫ってごめんね。どうしても……どうしても必要なことだった。私たちの状況、今から説明するね」
「う、うん……できれば帰して欲しいけど、無理なんだろうね」
「しばらくはね」
そこから5、6時間ほどかけて、私が過ごしてきたこの十数年の人生をおおざっぱに説明していく。
友達に隠し事はしたくない。生まれる前の、私の記憶と人格の元になった
狂人と思われるだろう。悪人と思われるだろう。嫌われるに違いない。
でも、伝えなければならないことだと、私は思った。
「……そうなんだ。色々と言いたいことはあるよ。ヒーローとしては責めるべきだし、一市民としては非難すべきだと思う。そもそも信じられないという部分もある。でも、友達として言わせて。……『よく、ここまで頑張ったね』」
私の顔から、液体が地面に滴った。
泣いている。
愛されたかった。有償の愛は得た。
孤独になりたくなかった。警察から匿ってくれた相手はいた。
自由になりたかった。自由を勝ち取るために一緒に戦ってくれる人はいた。
でも、普通は誰だって、少なくとも親からは愛されるし、普通に暮らしていれば孤独にはならない。自由は勝ち取るものではなく、空気のようにただ在るものなのだ。
私は、頑張った。当たり前のモノを手に入れるために、頑張ったんだ。
選択を間違えた。手段を間違えた。目的を見失いかけた。その結果、多くの人を傷つけ、踏み躙り、殺めた。
でも、人が努力せずに手に入れているものを手に入れるために頑張った、その努力を、何も言わずに認めて貰えた。その言葉に、心底救われた、気がした。
ただ、そういう気がしただけだ。
まだ私は救われてはいない。あの魔王を弑するまでは、友と恩人を守り抜くまでは、私は真の意味で自由にはなれない。
しばらくして、荼毘が戻ってきた。気絶した赤黒君を背負って。
「あ、赤黒君?ちょっと荼毘、赤黒君燃やしてないよね?」
「あ゛?お前も御友人スタンガンでバチバチやってたじゃねぇか。良いんだよ死んでなきゃ。で、お前のダチ三人集まったな。あとは義爛だが。タルタロスは本当に安全なのか?お前の義父、獄中死してても知らねぇぞ?」
赤黒君をソファに放り投げ、荼毘はカーペットに胡坐をかく。
「それは……多分、大丈夫だと思う」
「まあいいか。で、
「……今は、無い」
「ハァ!?どうすんだよ!刑務所にぶち込まれることで安全を確保する作戦か?ここまでやったんだ、俺もお前もタルタロス行きだろ!そんなの御免だね!」
「でも、勝機はある。ヒーローは岳山ちゃんを追ってる。AFOの手下も私たちを追ってる。同じ目標を追っている過程で、いずれ必ず双方がカチ合う筈。AFOの手下をヒーロー達が確保して、それが世間に公表されたら、あなたの正体を使う」
「……おい、それは、俺に喧嘩を売っているということで良いか?」
「内容はこう。『僕は数年前にAFOに攫われ、秘密の地下実験施設で拷問を受けています。体もここまで焼けただれてしまいました。助けて、
「……殺されたいのか?テメェ」
荼毘が手のひらに青い炎を宿す。それを無視して私は話を続ける。
「腐ってもヒーロー、世間体もあるだろうし、エンデヴァーは必ず動く。エンデヴァーはデカい事務所を持ってるし、関係者にも協力を要請すればかなりの規模になる。AFOの場所をエンデヴァーが人海戦術で発見したら、大規模な戦闘が発生する筈。そこに行って確保されて、
荼毘は炎を収めるが、ため息をついてあおむけにカーペットに倒れ込んだ。
「ハズ、ハズ、ハズ……確度の低い推測が多すぎる。上手くいくわけねぇだろそんなの」
その反論は至極ごもっとも。でも、私たちにはそれしかない。
AFOに死刑宣告されたのだ。相手を殺さない限り、どんな対策を講じようが最終的に待っているのは死だ。
「……最悪、私だけAFOに捕まる。知ってるでしょ?私の個性には利用価値があるから殺されることは無い。それに、個性を奪われることもない。発信機を体内に入れておくから、相手の本拠地が分かる筈。その場所をヒーロー側にタレ込んで。これがプランB」
「……それなら、『ハズ』は一個だな。俺がクソ親父に命乞いする案はほぼ確実に失敗するから、お前が捕まる案が本命だ。……ああ、お前が生きたまま皮膚を剥がれるより、確かに俺がプライドを捨てた方が総合的な被害はマシだ。分かった、命乞いの録画だけはしておく。成功したらクソ親父を絶望させるのに協力しろよ」
……岳山ちゃんが私を見ている。明らかな悪行の誘いに、この状況で頷くのは難しい。
「……前向きに検討させて頂きます」
「なんだそりゃ。ま、プランAに従って、これからしばらくは逃亡生活だな」
その後の逃亡生活は、予想を遥かに超える過酷な環境だった。
ヒーローの探索は人海戦術だが、AFOの探索は多くの配下と個性を使ったさらに厄介なものだった。
二つの勢力がカチ合う前にどちらかに私たちが確保されれば、ジ・エンド。
日々、精神を擦り減らしながら山奥を駆け巡り、野生動物を密猟して調理し、洞窟を転々とする生活。常に一人は起きて、物音がしたら即座に退去。水浴びなどできやしないという有様だった。恐怖と疲労で、気が狂いそうだ。
世間では捜索のニュースが徐々に減ってきており、少なくともヒーロー側の追手は減ってきたある日、岳山ちゃんから懇願があった。
流石に一回は風呂に入りたい、と。
女子だもの、当然だ(私も一応女子だが、体臭や垢の分泌が人より少ない体質なのであまり苦ではなかった)。
とある郊外のゴミ捨て場。ホームレスの住処が点々とある場所で、ドラム缶を利用して風呂を焚くことにする。
水を汲み、荼毘が木の廃材に着火する。
ホームレスの人たちが廃棄家電などを拾いにいっている日中に行ったのだが、何人かは住処にいたようで、彼らが寄ってくる。
「おや、新入りの方かい?ここで何かやるならボスに許可を得てから頼む、いさかいの元じゃからの」
ホームレスの老人が私に声を掛ける。私は顔をフードとマスクで隠しているが、不審がる様子はない。
「あ、はい。ちょっと使わせてもらってるだけです。そのボスという方はどこでしょうか」
「そこのコンテナじゃな。少し奇妙な顔をしておるが、怯えないでやってくれ」
コンテナに私が入る。私が一番逃げ足が早いため、初対面の人間には私が最初に会うことにしているのだ。印象が薄い見た目というのもある。顔を隠せば黒髪で女子の平均的身長、どこにでもいる女の子だ。
コンテナの中に入ろうとした、瞬間、中から入口が開いた。
「やぁ、待ちわびたよ、コベニ君、ご一行」
その音声波長が耳に到達した瞬間、戦闘モードに思考が切り替わる。ナイフを懐から出し、2番目の防犯ブザー、全力逃亡のブザーを鳴らす。
現れた人影の姿を確認する前にナイフを複数投擲し、50メートルほど距離を取る。近くにあった錆び付いたバールも投擲する。
それを目に見えぬ結界か何かで弾いたのは、人工呼吸装置を背負った、頭髪も眼球も耳も無いのっぺらぼうのスーツの男性。
「出会いがしらに不躾だなぁ。ああ、碌な家庭環境じゃなかったね、君は。躾けに関しては責めるべきじゃないかな」
「オール・フォー・ワン……」
「最期の湯浴みをさせてあげたいが、それほど余裕はなくてね。時間的な余裕はあるが、僕の精神的な余裕が持たない。何しろ、君の相棒に目を潰されたことが原因で、オールマイトにボコボコにされてこの有様さ!あっちも相当な重傷を負っているハズだが……まあそれは良い。今から、君の四肢を捥ぎ、腹に穴を空けて連れ帰ろう。僕の主治医が君にご執心でね。殺しはしない。君の命以外の全てを奪ってあげよう」
「ずいっぶん、饒舌だなッ!」
AFOが手をかざし、空気が押し出される。距離を取るために好都合だ、そのまま敢えて吹っ飛ばされ、受け身を取り……顔を上げた瞬間に、魔王がすぐそばにいた。
「君のために、近接戦用の個性を収集したんだ。感謝して欲しいくらいだね!」
殴打。両腕でガードをするが、両腕の骨と肋骨の一部はそれによって粉砕され、役割を終える。
与えられた『再生』の個性は一度人間ではなくなったときに既に奪われた。このままでは再生することも出来ない。
時間を稼げ、少しでも。
彼らが逃げるそのために。
私は、私の個性『人間』が訓練によって伸びていると、少し前まで思っていた。
それはある意味真実だが、ある意味では無駄な行為であると、『人間』を奪われた時に思い知った。
私の本性(と認めたくはないが)、輪廻の悪魔。カルマによって永劫涅槃には至れぬという苦しみに対する恐怖が力を得たもの。前の世界の仏教徒やヒンドゥー教徒にとっては、地獄の悪魔の上位互換。総人口は
その能力を全て解放すれば、私は私ではなくなるだろう。だから、その力を抑え込むための枷として、個性『人間』が機能していたのだ。個性伸ばしは、枷をより体にフィットしたものに変えるためものであり、本来の意味での成長ではなかった。
ならばどうするか。この二か月、延々と考えた。『人間』は分類上は異形系の個性だ、完全にオフにすることは出来ない。
でも、それを抑え込むことは、『輪廻の悪魔』の本来の力を発揮すれば可能なのでは?枷を一部でも引きちぎることは可能なのでは?
そう、思うようになってきた。
……正直、怖い。自分が人間でなくなるのは嫌だ。理性を失い、暴走することになるのはとても嫌だ。
でも、それ以上に、彼らを失うのは嫌だ。
「第一緩和選択。修羅道
今後、私は生涯、尋常の道具を作ることは出来ない。
人間としての機能を削除したことで、悪魔としての権能が解き放たれる。
背中に腕が二対生える。それぞれの腕には、骨に血管が直接這っているような『生きた武器』を掴んでいた。
鎖骨の上に一対の眼球、頬に一対の眼球が開かれる。鎖骨の眼の邪魔だと思い、上着を破り捨てて上半身は下着だけになる。
「なんだねその姿は。見苦しい……。個性、ではないようだな。個性因子特有の反応が無い。だがまあ、僕にとってはどうでもいいことだ。捥ぐ腕が4つ増えただけのこと」
駆ける。剣を握り、矢を番え弓を引き、槍を構え、槌の狙いを定め、吶喊ながら突撃。
生まれたときからまるでこの身体だったように、自然に動かせる。
「あああああ!」
「ほう……折角してきた準備が無駄にならなさそうで良かったよ。『筋骨発条化』『瞬発力』×2『膂力増強』×2、『増殖』『肥大化』『槍骨』。オールマイトとの戦いでかなり消耗したが、君にはこれで十分だろう」
自分の右腕を異形の巨腕に変化させたAFOは、私に向けてそれを振りかぶる。
跳躍。背後に回って槍を突き出す、がバリアと電撃に阻まれ、一瞬身体が硬直してしまう。バリアは砕けたが、その隙に振り返られ、巨腕の拳をもろに喰らってしまった。
吹き飛ばされる。副腕も二つ砕かれ、残るは背中の腕一対、剣と槌のみ。
「……」
おもむろに、ポケットからペットボトルを取り出す。事前に自分の血をちびちびと溜めていたものだ。半ば腐っているが、問題はない。
それを飲み干し、本来の腕と弓を再生させる。副腕を再生させる余裕はなかった。
「血を飲んで再生……?ますます人間からかけ離れてきたな。一体どういう仕組みなのやら。ドクターが解明してくれるだろうが、なっ!」
AFOは拳を振り回し、拳圧だけで私は吹き飛びそうになる。飛ばされないように地面を踏みしめつつ、剣を構えながら走り寄る。
拳と剣が交差する。
当然、剣は砕かれ、拳には僅かな傷しか与えなかった。代償として、私は副腕を全て粉砕され、まともに使えるのは本来の腕だけとなった。
「ふん、仰々しい見た目と比べて、思ったよりつまらないな……っっ!?」
私は、六つの眼でその傷を凝視し続ける。
凝視することにより、その傷を中心としてAFOの腕は腐り始める。
睨む、睨む。一対の眼は彼の全体を、一対の眼は彼の動きを。一対の眼は彼の傷を。
「これで終わり」
「チィ、邪眼型か!」
武器に宿った、自己増殖機能を持つ自滅因子、個性因子と似て非なるそれは、単体では何も効能を発揮しない微量で弱小なものだ。
それを、感情が籠った私の凝視によって活性化させる。多くの人が輪廻転生を信じていない現代のこの世界では、人間を一瞬で睨み殺すことは出来ないが、細胞単位でならば大量に殺害出来る。
腐敗は広がり続ける。
「またドクターの面倒になるな、これは!」
AFOは腐敗が肩に来る前に、自分の右腕を刀に変化させた左腕で切り捨てた。
分離した腕を遠くに放り投げつつ、右腕をゆっくりと再生させていく。
「『超再生』、つい最近手に入れておいて良かったよ!しかし、生け捕りは面倒だな、どうするか……」
攻撃が止んだ瞬間に距離を取り、弓に矢を番えて放つ。
当然バリアで防がれたが、こちらも気にせずに矢を自身の血肉から生成し、放ち続ける。
「……ああ、ふむ。あれがあったか。義爛について君は心配しているだろう。タルタロスにいるとはいえ、自分とは数年もの間、離れ離れなんだ。もしかして看守に虐待されてるかもしれない。秘密裏に政府や僕のスパイに殺されるかもしれない」
嫌な、予感がする。矢の生成を止め、石やがらくたの投擲に切り替えて牽制しつつ血を節約する。
「だが、実際のところ、君がそんな心配をする必要なんて無いんだよ。なんてったって、
あ。
「あ」
理解した。
理性でなく、損得でなく。感情でなく、本能でなく。
魂がそう叫んでいる。
「殺ッッッ!あぁああアァアアあ゛あ゛ぁ゛!第二緩和選択!餓鬼道
幸福を感じる機能は失われていない。だが、幸福を求める機能は私から失われた。
私が救われる必要はない。ただ、三人の生存と、義爛さんの冥福のために。
戦おう。この身が砕け、この脳が焼け、この命が尽きるまで。
指の力だけで奥歯を引っこ抜く。その奥歯を核として、畜生道の権能で杭を素早く生成する。
弓と槌を身体に再度吸収させ、それを材料に先端に輪がついた棒、
投槍器に杭を嵌め、息を整え、全身を使って投げる。
右腕がちょうど完全に再生しきったAFOは、前面に集中させたバリアを張る。
だがその杭がバリアに触れた瞬間、バリアを吸収して消滅させた。
「ほう、全力のコレを防ぐか、ことごとく気にくわないなぁ」
左腕が変質した刀によほど自信があるのだろう、避けようともせず刀で切って弾こうとしたようだ。
だが、切ることは出来ても、弾くことは出来なかった。杭はまるで生物のように刀身に癒着し、溶かして、否、喰っていた。
「視て殺す、喰って殺す!殺す殺す殺す!」
当然、杭にも自滅因子が付着している。溶かし喰らっている杭を媒介にして、AFOを再度汚染したそれは、私の凝視によって加速度的にAFOの腕を腐り溶かす。
六つの眼では足りない。胴体を中心に大量の眼球を自分に生やし、睨みつける。
そして、その杭の本質は別にある。
「……『執刀骨』が喰われた……?個性因子とその発動を食い殺すのか!?」
畜生道の権能。相手に最も効果的な異常性を持つ武器、屠殺具の作成。代償として肉体の一部を永久に喪失する。
今回の場合はこうなっただけだ。
奥歯をもう4本抜き、次の杭を生成する、が。
「仕方ない……外すか」
AFOが人工呼吸装置を外し、地面に機械を降ろす。
そして、AFOが口から吐き出すのは大量の紫色の煙だった。
毒のような色だ。だが、距離を取ることは出来ない。煙に紛れて三人を追いに行く可能性もある。
故に。突撃あるのみ。息を大きく吸って胴体の眼を閉じ、4つの手に杭を持って煙の中を駆け抜ける。
無謀なことは分かっている。だから――
――私の命は捨てる。
感覚は鋭敏に。煙の中に複数の人影がいる。どれも似たような背丈で蠢いているが、心拍や吐息など生体音がするのは一つだけ。
それに杭を持って、カウンター攻撃を気にせず特攻する。
AFOの、長い槍と化した指が私の腹部を抉るも、止まらない。そのままAFOに杭を突き刺し――
「――『個性強制発動』。『人間』よ、機能を回復しろ」
杭は権能を発揮せず、杭は歯に副腕は血に帰り、眼はただの傷口に戻った。
悪魔としての力を封じられ、斃れる。
「ふぅ――手間取ったな。まぁ、このまま持ち帰るか」
AFOが私の額に触れる。バチリ、という雷音と共に、意識が途絶えた。