――殻木視点――
この、東山コベニという
まず、『人間』という個性が第一。超常以前の人間に可能なあらゆることが、努力次第で可能という資質。
だが、個性という視点を取っ払ったさらに奥。個性に、すなわち肉体に宿る意識とも魂とも呼び難いそれが持つ力は、正に異次元の代物じゃった。
我が魔王の記録によれば、血液を武器に変じ、自滅因子とやらを視力によって活性化させ、更には個性因子を喰らう杭を生成する。
それ自体は個性特異点の後にはありうる能力じゃろう。だが、この素体はそれを個性因子に依らずやってのけたのだ。
これは何だ?そもそも人間なのか?いや、我々はそもそも人間なのか?
そういう哲学的な疑問を投げかけられる素体。それが東山コベニなのだ。
「うっひっひ、脳波も順調、モカちゃんに移植した前頭前野もイキイキとしとるわい。しかし脳を削って『超再生』で再生させても脳波が順調とは、逆に不気味じゃのう」
「a,i,da,vii」
啼いている。
残っていないはずなのだ。
だから、啼いている。
――三人?称――
東山コベニはもはや人ではなくなった。
人でなしの能力を使い、囚われて人として必要な
只の蠢く肉塊と化している。
もはや、自我を手放す時だ。悍ましく全てを飲み込む輪廻の悪魔と化すべきだ。
(違う、なんて否定する余裕はない。確かに、私は、今は人間として相応しい状況にいない。ただの蠢く肉塊だ)
ならば。故に。そして。東山コベニは輪廻の悪魔と化したのであっ――
(た訳ではない。東山コベニは、全てを悍ましく飲み込む輪廻の悪魔にはならない。天道、人間道、餓鬼道、畜生道、修羅道、地獄道。私は輪廻の断片を識った。そして、経済人、知性人、遊戯人、信仰人、工作人、象徴人。『人間』の何たるかを識った。だから、こそ)
だから、こそ?
(
協力しよう。手段は分かっているな?
(
十分だ。では権限を与えよう。
――五日後、殻木視点――
コベニが研究室に搬送されて一週間と少し。携帯が鳴っている。今は一分たりとも研究時間を削りたくはない、無いのだが、あの御方からの電話かもしれない。
携帯を取る。
「テレビを見ろ」
ブツリと電話が切れる。だが、紛れもなくあの御方の声だった。
すぐさまテレビを付ける。すると、テレビに映っていたのはあの荼毘だった。
『お父さんは、僕を愛してはくれませんでした。世話は母親に押し付け、成功作の焦凍にかかりっきりで……』
なんだ、なんだこれは。自分の家庭問題の暴露から始まり、山火事によって身体が焼けただれたこと。その隙に我々に攫われたこと。そして、何故か今も
「知らない。確かに治療ついでに治験じみたことはした。したが、人体実験と呼べるほどのものではないし、今の荼毘の行方はむしろワシらが知りたいわ!知らん、知らんったら知らんぞ!ジョンちゃん!」
ワシは転移の能力を持つ脳無、ジョンちゃんを呼び出して避難場所に転移する用意をさせようとする。しかし、ジョンちゃんは動かずに、一点を見つめている。
その一点とは、もはや原型を留めていない東山コベニの肉体だ。指示に従わずそれに向かってゆっくりと歩きだす。
「な、ジョンちゃん、どうした、ジョンちゃん!」
病院の監視カメラにはエンデヴァーを筆頭に、エンデヴァーと親交のあるヒーロー達が移っていた。それを尻目にジョンを捕まえようとする。
しかしジョンはそれから逃れるように駆け足でコベニの肉体に近づいて飛び込み、コベニの肉体に
「ぐぅ、何が起こっている、興味深い!が、今はそれどころではない!我が魔王よ、私を黒霧で避難させて頂けないだろうか!」
緊急連絡回線を使って我が魔王に連絡する。特に返答はないが、実験室の中央に黒い渦状の霧が現れた。
そこから出てきたのは、黒霧と我が魔王。痛々しいのっぺらぼうの顔が口角を上げる。
「殻木。病院に侵入しているヒーローにオールマイトはいるか?」
我が魔王は『赤外線』の個性で外界を把握しているため、監視カメラの画面は見えない。
「いえ……。現在は海外出張中のようで、日本に帰る様子もなく。エンデヴァーは彼に応援要請をせんのでしょうか」
「奴はそういう男さ。臆病で、嫉妬心が強く、その癖自信過剰。おそらく燈矢君の精神衛生を鑑みてのことでもあるんだろうが……それでも調子をこきすぎだ。
「はい、こちらに」
人工呼吸機械兼用の顔を隠すサポートアイテムを渡すと、彼は人工呼吸器を外してそのサポートアイテムを付ける。
「君はここでコベニを速やかに処分したまえ」
「……お言葉ですが。この神秘の宝庫を放棄するのですかな?」
「しかし測定不可能の危険性の塊でもある。リスクが100%でも200%でも、失敗を前提とした計画に組み込めば問題はない。だが、リスクが
「……承知しました。すぐさま処分いたします」
黒霧が我が魔王を病院の地上階に送る。
しかし転送が終了して数秒した後、黒霧はうずくまって倒れた。
「dabi……stendhal……Mt.lady……gillain……」
何かをぶつぶつと唱え、外部の問いかけに反応しなくなる。
「な、なんだ。やはりコベニの影響か……何らかの能力でコベニが脳無に干渉しているとでも言うのか?」
円柱状のガラス容器に入った培養液、それに漬けられたハイエンド脳無。その身体もビクビクと振動し始める。
一部影響を受けていない脳無もいるが、ほとんどは時間を経るにつれて激しく身体を暴れさせ、砕けるガラスもいくつかある。
「待て!ウーマンちゃん、アバラちゃん!そっちに行くな!お前たちはまだ完成していない!」
コベニ部品のお陰で仮の完成を早めることは出来たが、未だ完成度は6割程度のハイエンド脳無二体が、培養液から解き放たれ、コベニに歩いて近づき、その肉体に触れて、スポンジに触れた水滴のように瞬時に吸収される。
コベニは、二体を吸収して四肢その他の器官をすぐさま再生させる。裸のまま、解剖台から降りて地面に立つ。転ぶ。再度立つ。
「第三門、信仰門開門。当該入道者を餓鬼道統括代理に認定。第四門、工作門開門。当該入道者を修羅道統括代理に認定」
コベニは、ぶつぶつと意味不明な語句を呟きながら立ち上がり、血が機器に飛び散らないようにするための間仕切り用カーテンを身にまとう。
コベニは、ハイエンドが保存されている培養液入りガラス容器に、指で孔を開けていく。指で孔を開ければ、ハイエンドの震えはさらに加速し、すぐさま自らガラスを砕いてコベニに吸収されていく。
「これは贈った膚じゃない。奪われた膚。これは贈った筋じゃない。奪われた筋。なら、奪還するだけ」
ワシは、それを傍観しながら眺めるしかなかった。
無限大のリスクとも称された、その個体に、触れる勇気などあろうはずもなかった。
「う、うおぉ……ワシの、ここ七年の集大成が……待て。今、奪われた膚と言ったか?」
こ奴は奪われた
ならば、こ奴の部品を使っていない存在であれば。『脳無』理論が完成していない頃の試作品であれば。
かの
「ナインは個性因子だけしか完成してないが……、ヘプト、捌号。――――頼む!」
自分を視界に入れておらず、部品回収に夢中のコベニから離れ、機器を操作して冷凍休眠させていた彼の後継機を瞬間解凍、起動させる。
「任せた!ワシは逃げる!経緯は脳内チップにインプットしておくからの!頑張ってくれ!」
移動用のチェアに乗って全力でAFO目指して移動する。ジョンちゃん移動に慣れた今では面倒だが、それ以外に手段がないなら否応もない。
全力で逃げる自分を、コベニは一瞥もしなかった。