――エンデヴァー視点――
「と、燈矢……?」
自分の肩を抑えつつ、よたよたと燈矢に近づいていく。
蒼い炎によって牽制されるが、構わず近づく。身体が焼ける。
「燈矢。俺だ、父さんだ。救けに……迎えに来た。帰ろう、家に」
だが、燈矢は俺の眼を見ない。燈矢が見据えているのは、あの患者だけだ。
「よぉ、ようやく会えたな。オール・フォー・ワン。轟炎司は10年程殺さないんじゃなかったか?」
「予定が変わった。君が僕の眼を奪ったから、僕も君の復讐相手を奪おうと思ってね。復讐する相手が、いつのまにか事故や病気で死んでいた人間のその後の人生、知ってるかい?惨めなもんだよ。呆けたまま飯も食わず飢えて死ぬような奴もいる。狂ってそのまま精神病院で死ぬまで過ごした奴もいたかな。ま、その前に僕が君を殺すけどね」
「知らねぇよ。俺個人の復讐なんかどうでもいい。失って、ようやく気付いた。いや、まだ失っちゃいねぇな」
「もう、失ってるとは思わないのかい?」
「……俺の肌が囁いてる。迎えに来て、ってな。もう叫んでるような声量だ」
「っちぇ。エンデヴァーを殺しても無駄か。まあ、貰えるものだけ貰っておこうか」
振り返り、抵抗しようと炎を噴射しようとするが、その前に顔に手で触れられる。
身体から、何か大切なものが抜け落ちる音がして、そのまま意識を失った。
背後から来たる存在に気付かなかったのは、幸福だったのだろうか。
――
輪廻の悪魔。その能力の本質は、六道をモチーフとした武器と異形を振るうこと、ではない。
その本質は、
現世で死んで地獄に行こうが、地獄で死んで現世に行こうが、記憶も、能力も、契約も、何一つ失うことがない。
六道の武器と異形も、長い生の間に得た力の一端に過ぎない。
だが、死によって記憶が途絶えないということは、苦痛に満ちた悪魔生が永劫続くということであり、輪廻の悪魔、そう、
だから、他の人間や悪魔の魂から人格と記憶を抽出して自らの主人格とする異能を習得した。
地獄では、蟻の悪魔の人格を利用して、根源的恐怖の悪魔に気付かれないように過ごしていた。蟻の悪魔の自我は、人格というほど大層なものではなく、生存欲求と生殖欲求がほぼ全てを占めていた。
そこで、
チェンソーマンに喰われれば、輪廻の権能も通用しない可能性が高い。それを懸念した私は、主人格を押しのけ、契約のヒモが付いていない東山コベニを地獄の悪魔から掠め取って捕食し、その人格を自身に複製し、そのまま自死して現世に逃げた、つもりだった。
だが、逃げた先の現世は奇妙なものだった。悪魔なのか人間なのか分からない、異能を振るう生命体が社会生活を営んでいたのだ。
そして、個性『人間』によって、私は主人格に影響を及ぼせないようになっていた。
一瞬『人間』がAFOに奪われた時は、いきなりだったので能力を振るうこともできず、コベニに色々と吹き込むことしか出来なかった。
個性『人間』を緩めることと引き換えに、東山コベニは私という副人格と疑似的な契約を結び(自分同士での契約は
だが、それでは足りず、コベニは敗北し、死の危機に追い込まれている。
真の意味で死ぬのは、無に帰すのは、やはり怖い。
全てを飲み込む肉塊になるのも、主人格コベニを失うのを除けば案の一つだった。だが、コベニからの提案で輪廻の魔人となることを選択した。コベニに全ての力と技術を渡し、私はしばらく眠ることにする。
個性『人間』。力と技術の管理は個性である
輪廻の魔人、か。良い響きだ。きっとコベニはこれからも多くを殺すだろう。
そして少なきを愛するだろう。
血と愛に塗れた、いい夢を見たい。悪魔は夢を見ないが、魔人なら見れるはずだ。
良い枕になってくれ、東山コベニ。私の、主人格。
――東山コベニ視点――
殻木の刺客、ヘプトと捌号は素の膂力だけで圧倒出来た。脳無を吸収した故か、元の膂力を突破し超回復したようだ。
実験室にいた、私の肉体の一部を持つ脳無の肉体を全て、個性と自我ごと吸収することに成功した。こういうのは『輪廻の悪魔』の得意分野だったようで、わりかしすんなり行けた。自分の肉体≒魂が含まれているモノは、自分のモノだと解釈できるようだ。
肉体そのものが四次元ポケットになったようで、違和感がある。『輪廻の悪魔』の引継ぎ情報によれば、四次元というより圧縮別位相らしいのだが。
白馬の王子様ならぬ蒼炎の荼毘様が、近くに来てくれたのを感じる。
私がお姫様なら部屋のドアを開けてくれるまで待機なんだろうけど、残念ながらそういうロマンチックな関係性ではない。
彼も危機に陥っているようだ。急ごう。
「まあ、貰えるものだけ貰っておこうか」
廊下の曲がり角の先から声が聞こえた。
そこでは、ヒーロースーツを着たエンデヴァーが、体の炎を消失させながら地面に伏していた。
その身体を足で踏みつけるのは、オール・フォー・ワン。隣には殻木。
そして、オール・フォー・ワンと相対しているのは、荼毘だった。
「おや。コベニじゃないか。君がここにいるということはすなわち、野村六郎の後継機共は負けた、ということか」
AFOはこちらに気付き、ニヤニヤと笑いながらこちらを舐めるように眺める。
「こっちを見ろ、オールフォーワン!また、白炎で眼を貫かれたいか?」
継ぎ接ぎの顔の色を変え、荼毘は指をAFOに向ける。
「はぁ……荼毘、この僕が、一度喰らった攻撃を二度喰らうとでも?熱耐性系個性は既に起動中だ。さっきの一撃もちょっと熱かった程度、もう効かないさ。君は、何もできず、ただ潰されるだけの蟻だということをいい加減自認するといい。鼠なら猫を噛むことは出来るが、蟻は象を噛むことは出来ない」
AFOは、荼毘に対して手をかざす。だが、その手首からは血が噴き出した。
否、切断した。私は脳無が保管されていたラボにあった大型のメスを使い、AFOの手首を切りつけた。
しかし、ペラペラとよく喋るからわざと隙を晒してるのかと思ったが、そうではないようだ。
『超再生』が働いたのか、即座にAFOの傷は修復される。さらに追撃。
「第一開門。餓鬼道
自分の右手薬指を切り落とし、杭に変形させる。その杭を、AFOに突き刺した。
個性『人間』によって制御された『輪廻の魔人』の力。脳無を喰らって大量の個性因子を吸収し、それを建材として、個性『人間』は私の内面世界に六つの門を建造した。
それは、入るものを拒まぬ門。
それは、出ることが能わぬ門。
それは、死者が永劫の生死を送る場所。
百名以上の脳無の魂は、内面世界の管理人や住人として暮らすことで、無自覚に私のあらゆる行動を補強している。イメージは納税だ。内面世界のあらゆる活動で発生した魂のエネルギーの余分を私に納めている、らしい。細かい部分は個性『人間』がやっているので分からない。
以前は、人間性の喪失を代償として『輪廻の悪魔』の、正確には輪廻の悪魔が乗っ取った元の世界の悪魔の力を使っていた。だが、今はそうではなく。
内面世界の死者から溢れ出す人間性によって補強された悪魔の力。枷と四肢の関係性から、銃身と銃弾の関係性になっていた。
放たれる悪魔の、『餓鬼道』の力は、個性『人間』によって制御増強され、幾百倍にも膨れ上がり、オール・フォー・ワンの保有する個性因子全てを喰い殺す……はずだった。
だが。
「おおっと、蓄えていた個性が無くなってしまった。だが、もうセコセコ個性を集める必要性なんて、無いんだよねぇ!」
AFOが無個性になる。
その隙に、コベニは『修羅道』の権能を発動して『生きた武器』である血管の這った包丁を生成し、首を断とうとする。
しかし、その首は鋼のように硬くなり、刃を弾いた。
「っ!」
「殻木。君には最大級の感謝をしなければいけない。魂の何たるか、悪魔の何たるか。個性技術の最高峰を余すところなく駆使し、この短期間で悪魔化技術を完成させることが出来たんだからね。そして僕はその最高傑作だ。『個性の悪魔』。今現在、世界で最も恐れられている言葉の悪魔さ」
個性がAFOの肉体に溢れ出す。炎、氷、雷、風、土、骨、口、肉、眼。
能力を解放したAFOが爆発的に建造物を破壊していく。
「荼毘君!お父さんを連れて逃げて!天道
荼毘は舌打ちしながら気絶したエンデヴァーを背負い、逃げる。
殻木は個性の爆発から全力で逃れるが、足が遅く巻き込まれそうになる。
その前に、天道の力が発動した。
輪廻の魔人、天道の権能。その力は、対象を別座標に弾き飛ばすこと。世界を多次元空間であると捉え、実空間座標から弾き飛ばす権能。
それにより、個性の爆発ごとAFOを亜空間に弾き飛ばした。
だが、それも束の間。同じ場所に、蜃気楼が徐々に実体を形作るように、肉で作られた卵のような頭の男が現れる。
「流石に、しつこすぎません?」
「いやいや。君も大概だよ。解剖台で脳を切り取られたところからその姿で蘇るなんて」
「姿といえばあなたも。人間に化けた狂気的スライムみたいですね」
私の今の姿は、掌と顔以外の体表を脳無の黒い皮膚で覆っている。
脳無の皮膚製ボディースーツとも言えるし、皮膚の上は裸なので全裸とも言える。
一方、AFOの身体はボコボコと増殖と圧縮を繰り返されており、こっちは完全に全裸である。
右手小指を『地獄道⇔象徴人』の権能で修復しつつ、包丁に込めている自滅因子を増殖させて相手を断てるよう溶断力を上げる。
「しかし、病院の地下というものがここまで狭いとは。強大な力を持った人間には広大な空間が必要だ。そうは思わないか?」
「その姿でまだ人間だと言い張るんですね」
「おいおい、それはブーメランだろう?まあいい。個性の統合整理も終わったところだ。最初に言っておく。僕は地球上の、全ての人間の個性を使える。勝てると思わない方が良い」
「——————望むところ。ぶっ殺す」
刃を以って、駆ける。