永い夢を見ていたようだ。夢の内容は、全身大やけどをした青年と、色々なところで色々な人とダンスをする夢。暗闇の中。雪景色の中。階段の上。楽しかったと思う。
そんな夢を、見ていた気がする。気がするだけだ。
瞼を開く。しかしアイマスクをさせられているようだ。口は開くため、誰かを呼ぶ。
「あう、はれか、誰か、誰か」
「ようやく起きたか。お主は再生の個性を与えられたんじゃがのう、長期間に渡る連続的な皮膚・筋繊維・神経採取で複製個性因子が弱ってしまったんじゃ。それで、
麻酔が抜けきれておらず、頭が回らない。ともかく今話された言葉を頭に記憶することで精いっぱいだ。
「あい、はい」
「よし、それでは、義爛、頼むぞ」
「はいはい、こんなガキをモルモット扱いとか、相変わらず鬼畜な丸太ん坊さんで。せいぜい面倒を見させていただきますよ」
年寄言葉の相手よりは若い声の持ち主だ。ヤニ臭い。
「最高の実験体じゃったよ。何しろ、「人間」ならばどんな相手であっても拒否反応が起こらない肉体の持ち主なんじゃから。「再生」が臓器も再生させられればのう」
「じゃ、少々『混濁』してもらいますか」
額に手のひらが当てられ、意識が混濁する。
その後、私は自称闇のブローカー、義爛さんと一緒に暮らすようになった。表の名前は憶田というらしく、普段はそっちの名前で呼んでいる。
「今から中学の三年に編入する訳だけど、お前の過去や
「ふあい、分かりました」
始業式当日。義爛さんの家に住んでから一週間ほどは、二年間の時代の遅れを取り戻すために過去の新聞やニュースをひたすら見ていた。それゆえに寝不足である。
「お前なぁ。目擦りながらじゃ心配なんだよ」
「中学校の勉強なんて楽勝れふよ」
「あのお方の役に立つ一番楽なルートが雄英高校に入学してスパイになることだろ?普通の優等生くらいじゃ足りないんじゃねーの?」
「あ、そ、そうでした。参考書や問題集、たくさん買ってくださいね」
「チッ、金のかかる奴だな。嫌になるまで買ってやる」
義爛さんに前の世界のことは話してない。話せば私のモルモットとしての価値がより高まってしまうことは私にもわかる。
そこから一年間は、勉強や運動に打ち込む、前の世界でもこの地獄でも経験したことのない、まさに青春という期間だった。
最高だった。努力というものが息苦しいものではなく、こんなに心地が良いものだとは思っていなかった。個性「人間」、人間っぽいことを人間以上に出来るということは、大抵の行為に、ゲームで言う“バフ”が掛かるということでもあった。系統としては異形型に分類されるらしいが、万能の常時増強型に限りなく近い。火を吹くだの空を飛ぶだのの特殊なことは出来ないが、そうであっても私には十分だった。普通のことを普通に努力するだけで普通以上の成果が発揮できるのだ。
美味しいものもたくさん食べた。憶田のおごりで、アイスクリームもショートケーキもハンバーグも焼肉もカレーも。私の皮膚はたいそう金になったようで、あのお方からかなり報酬を貰っているらしい。
友達もたくさん、とは言い難いが何人かできた。特に岳山ちゃんという子が良くしてくれて、自分も雄英を目指すと言ったときは、一緒だと大喜びしてくれた。
「ねえ、雄英に入ったら、ヒーロー名決めなきゃいけないんだって。何にする?」
「まだ考えてない、かな」
「私はね、もう決めてあるの。「Mt.レディ」!Mtと書いてマウントって読ませるの!」
「かっこいい、かも」
「でしょ、でしょ!それでね……」
雄英高校、試験日当日。筆記試験の判定はA判定中のA判定。一般的な大学院入試レベルの問題が出されてもなんとかなるレベルまで勉強した。当然、筆記試験の手ごたえも十分にある。半分以上余った時間は全てケアレスミス対策に費やした。
そして、実技試験。
「お前たち……実技試験の内容は……障害物競走だ。こちらが……指定したルートを通って……ゴールまで最も早く辿りつけた者が一位。六つ試験場があるが、全く同じ内容なのでタイムで競って37位以下は脱落だ。妨害は禁止。では、位置につけ」
雄英の教師兼ヒーロー、サイレントゴルドが試験官だ。
包丁の持ち込みは禁止された。武器は現地調達しなければいけない。
「全員付いたな。では始め」
急な合図とともに走り出したのは全体の一割ほどか。背後にそこまで気をまわしている余裕はない。
前方には、タイヤのシャフトを手と足で掴んで、それに乗っている車男。背中の翼からジェットを噴射しているジェット機女がいた。
私は三位、この順位を維持すれば、十分ではある。余裕があれば上を目指していこう。
階段で車男が転倒し、ジェット機女と私が同列一位になる。
「アンタ、この私に速度で勝とうだなんて、10年早いんだよ!」
ジェット機女は加速し、私を引き離す。クライミングや地下道潜りを通して、最終ラウンドでは、妨害ロボット群を切り抜ける。
ロボットの触手アームやペイント弾を潜り抜け、ゴールに到達した。
先行しているジェット機女はどうなったかというと、飛行型ロボットにペイント弾を喰らって撃墜されていた。直線的な動きは機械に予測されやすいのだろうか。
合格通知が届いた。一般入試の中では、一位で合格だったらしい。
「やた、やった!これで私も雄英生だ!」
「スパイ業忘れんなよ~。じゃ、まあ合格祝いにパーッとやりますか!」
岳山ちゃんも合格していたらしく、電話で大喜びした。
その晩に、義爛さんと酒盛り。義爛さんの知り合いが経営している、未成年に酒を出してくれる危ないお店で、飲む。
「ひゃあ、16年ぶりのおしゃけだぁ~」
最高だ。
「16年前って、お前まだ生まれてねぇよ!ハハハ!」
最高の気分だ。
「私ィ、実は前世持ちでぇ、地獄の悪魔に連れられてこの地獄にやってきたんですぅ~」
最高の気分で口も緩んでしまう。
「面白れぇな!この世は地獄ってか!違ぇねぇ!そのおかげで俺はおまんま食べさせてもらってる訳だがな!」
飲みの場の冗談だと受け取ってくれたようだ。最高なので仕方がない。
「ああっ、天下の雄英生だぞぉ、ひれ伏せえっへっへ」
最高の気分なのでおどける。
「いい感じに酔ってんなぁ……、伏せろ。ゆっくり自然に窓から離れろ」
最高の……?
「はひ?」
言われた通りにする。その直後、窓ガラスが砕かれた。窓ガラスの破片は私には突き刺さらなかったが、義爛さんの肌には少し突き刺さった。
最高な気分から一転、口にしている焼き鳥が一気に不味くなったので無理やり飲み込む。
地上三階にある割れた窓から、一人の奇抜な髪色をした女がケーブル伝いに飛び出てくる。
「東山コベニ……いや、猿山コベニ。お前を殺しに来た」
最悪だ。
猿山は今世での母親の名前です。戸籍偽装の時に東山コベニに名前を変えてもらいました。