カタルシスの解放、はまだまだ先となりますが、コベニちゃんが凶行に至った動機を描写したつもりです。
ヒューマライズに所属して一か月で、私はこの組織の醜悪さを理解した。
ヒューマライズは、表向きは思想団体だが、裏の顔は違法な研究機関である。研究者を拉致し、指示した研究に従事しなければ家族を殺すと脅迫して研究を続けさせている。飴と鞭とでも言うかのように、研究者には比較的多額の報酬を渡しているところも嫌らしい。さらに、潜入捜査官は正体がバレれば殺害されていると戦闘員から聞いた。
全ては個性という病の治療のため。大義名分があれば
こんな悪辣な組織ではあるが、代表のフレクトは何故か私には優しい。秘密を洩らさないように外出時は監視付きだが、拠点内では殆ど自由に動き回らせてくれるし、食事は日本と変わりないクオリティだ。国から弾圧を受けたという共通点に共感しているのだろうか。反吐が出る。
組織だけではなく、所属する個人もそうだ。構成員の殆どは無個性で、それゆえに虐められたり不遇な目に遭ったりした過去を持つ。それ自体はどうでもいい。だが、その経験が人格を歪め、個性持ちに対する
そして、その怨恨の究極系が、私が指導している戦闘員たちだ。こいつらは
救いようがない。私が個性持ちであることは隠しているため、「無個性なのに凄い」と純粋に尊敬の視線を向けてくるのも腹立たしい。
だから、元の世界に戻るためにこいつらを生贄にすることにした。
考察①、無個性は純粋な人間である。
これによって、悪魔との契約が可能。
考察②、地獄の悪魔は誰とでも契約する。
そうでないと、私が地獄に落とされた理由が分からない。地獄の悪魔が特定の人間にだけ契約するとしたら、あの世界のパワーバランスはとっくの昔に壊れている。
考察③、地獄の悪魔と契約する代償は人間の命である。
これは完全な勘で、根拠はない。強いて言うなら、そうでなければ地獄行きはもっとカジュアルになっているだろう。
つまり、個性持ちを殺した戦闘員の8人を洗脳して、自分を生贄に捧げさせれば良い訳だ。
でも、洗脳ってそんなに簡単に出来るの?
どうやら、出来るらしい。赤黒君の家にあった『人の心を揺らす方法』『扇動の秘法』『カリスマは作れる』とかの本にあったノウハウに、私なりのアレンジを加えたものだ。あとマキマさんのような言動や雰囲気づくりを心掛けた。
ここは閉鎖環境で、私は戦闘教官という地位だ。価値観や世界認識をエコーチェンバー的に増大させて、個人崇拝を加速させる。過酷な訓練で思考力を削る、戦闘能力を高める自己暗示だと騙して催眠術に掛ける、等も試してみた。麻薬による暗示は生贄の質が落ちる可能性があるので、試していない。
こんな団体に入ってしまって戦闘員なんかになっている奴らだ。そもそも洗脳適性が高い。
そして、私が戦闘教官になってから六か月、ようやく私の為に自ら命を絶てる生贄が完成した。
ここからが勝負所だ。8人以外の戦闘員を訓練場から出し、事前に採血した私の血で魔法陣を描く。
「今から、私が言うことを復唱しなさい。『地獄の悪魔よ、私たちの命を捧げます。代わりにどうか東山コベニを元の世界に戻してください』」
「「「「「「「「地獄の悪魔よ、私たちの命を捧げます。代わりにどうか東山コベニを元の世界に戻してください」」」」」」」」
「首を掻き切りなさい。これは試練です。成功すれば、私が個性持ちが悪魔だとして狩られる世界にあなたたちも引っ張り上げます」
当然、そんな力など私にはない。だが、もはや生贄に私の発言を疑う能力は欠片も残っていなかった。
生贄が首を掻き切る。
……何も起こらない。
……何分経っても何も起こらない。次第に目が潤んできた。六か月、半年にわたって入念な準備をして殺人犯を洗脳してきたのに。
「ぐすっ……どうして出てこないの……もう一回!『地獄の悪魔よ、この部屋にいる私以外の全ての生物の命を捧げます。なのでどうか、私を元の世界にお帰し下さい』……やっぱり、何も起こらない……」
これは当然だ、私は個性を持っている、すなわち、
だが、生贄が地獄の悪魔と契約できないというのはどういうことだ。地獄の悪魔はこの世界にはいないのか?
一番嫌な仮説が思い浮かぶ。私はそれを否定できなかった。
もしそうだとしたら?私は元の世界には帰れない。私がこの半年を費やしてこの儀式の準備をしたのは全て無駄だった。母親とヤクザを4人殺したのは逃げるために必要だったから仕方がない。だが、殺人犯で反社会的性質を持つとはいえ、私を慕ってくれた戦闘員たちを洗脳して生贄にしたのは、無駄だった。無駄な犠牲だったのだ。
ああ……涙が零れる。あの世界は正直言ってあまり生きやすくはなかったが、それはこの世界でも同じだ。それに、私の故郷はここではない。あの世界なのだ。ここは異常な、異郷なのだ!海外旅行から一生帰れない、それを100万倍辛くしたような現実が私を襲う。
「あ゛あ゛あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
地面にうずくまる。世界の全てを呪う唄を歌いたい気分だ。
「戻りたい、戻りたいよ……」
儀式場と化した訓練場の扉がブチ破られる。
フレクトは拳を構え、ベロスは手を弓に変形させて矢をつがえる。私は泣き腫らした顔で、懐からゆっくりと包丁を取り出した。
「「悪魔……」」
フレクトと私が同時に呟く。それが戦闘開始の合図になった。
ベロスの矢が私の脳天目掛けて放たれる。それを首を傾けて紙一重で避け、さらに矢を右手で掴んでへし折る。ベロスの矢には追尾機能があるが、こうすれば無効化できることは事前に知っている。
二の矢を放たれる前にベロスに駆け寄り、鳩尾に全力の拳を叩き込み、怯んだ隙に頭を包丁の柄で殴って気絶させる。彼女を殺す気はない、彼女の傭兵業の内容は戦争法に乗っ取った真っ当なものだ。
だがフレクト・ターン。こいつの命に配慮するつもりはない。
フレクトの喉笛向けて包丁を走らせる。当然、個性「リフレクト」によって斬撃は包丁に返ってくる。
だが、一般的に同じ硬度の包丁をぶつけ合わせても僅かに刃が欠ける程度だ。この細胞分離包丁に至っては、ナノ単位でしか欠けることが無く実質無傷、何も問題はない。
フレクトの拳と、私の包丁がぶつかり合い、火花を散らす。
「お前の刃は私には届かない!コベニ、いや悪魔よ!自分が犯した罪の責任を取るがいい!」
フレクトが何か言っているが、返答する余裕はない。切りつけ続け、「リフレクト」の感触を手に、体に覚えさせていく。
「うん……こんな感じ?こうかな?」
フレクトの拳は、私から見たらお世辞にも速いとは言えない。避けるのはたやすく、防御は個性任せ。
つまり、個性さえぶち抜いてしまえば、私の勝ちだ。
そして、その個性をぶち抜く方法はいくつかある。前もって考えておいた。使うとは思っていなかったが。
一つ、単純に個性限界を越えた威力を叩き込む。個性は身体機能の一種であり、必ず限界がある、というのが学会側の通説だ。個性終末論者は否定しているが、少なくとも自分の個性を忌み嫌い碌に個性伸ばしをやっていないフレクトには通用するはずだ。
二つ、溺れさせる。「リフレクト」は加えられた攻撃を反射するものに過ぎない。空気の遮断は攻撃とは言い難い。
三つ、これが一番難しいのだが、フレクトの肌に触れた瞬間に、刃をフレクトから思いっきり離すこと。これによって、「マイナスの斬撃」が発生し、さらにそれを「リフレクト」が反転させることで、プラスの斬撃をフレクトが喰らうことになる。これはタイミングがシビアで、自分でやったからといって成功するとは限らない。それに、「リフレクト」の原理が方向を反転させるベクトル反射的なものではなく、攻撃に絶対値を付けて正にするようなものだと無効化される。だが後者であるなら矛盾点がいくつも出てくるため、おそらく前者、ベクトル反射によるものだろう。
フレクトの、青い肌。それに触れ、個性が発動する瞬間に、包丁を素早く引き離す。
一回目、失敗、二回目、失敗、三回目……
一秒間に十数回の密度で試行を重ねていく。前回の斬撃よりも、より正確に、より精密に。
数秒でフレクトはその試行の違和感に気づいた。
「貴様、何を企んで……グゥッ!」
だが、フレクトが怪しむのと私が「マイナスの斬撃」を成功させるのはほぼ同時だった。
百数回目、成功。フレクトの腕から鮮血が飛び散る。
「わ、私の体に、傷、だと?何をしたッ!」
「……」
答える義理も余裕もない。初めて感じた痛みに悶え、膝をついたフレクトを尻目に拠点通路を駆ける。戦闘員は疲労困憊で休んでいるため、私の道を阻むのは残りは非戦闘員しかいない。
それらを躱し、時には気絶させて拠点の外に出る。そのまま万が一のためにと用意していた車に飛び乗った。
この後にどこに行けばいいのか。どうすればいいのか。あの計画が成功する前提で動いていたため、失敗したときの準備はこの車くらいのものだ。戦闘員の洗脳に時間を掛けていたため、
とにかく、この国を出よう。
そう思っていたが、追いかけてくる車がいた。腕に包帯を巻いてハンドルを握っているフレクト・ターンと、私の車にベロスが乗っている。
「待て!よくも我が同志を、殺したな!貴様を信じた私が愚かだった!国家から悪とされた者だと!不当に罪を押し付けられたと!嘘だったのか、全て!」
責められて、咄嗟に言い返す。
「……っ!う、嘘じゃない!あの雌猿も、ヤクザも!小学校を卒業したばかりの私を無理やり風俗に沈めようとして!殺さなきゃ逃げられなかった!何も悪いことなんかしてない!」
「殺したこと自体は事実、という訳か。いや、私が言えたことではないな。種の生存の為に人を殺している私と、個の生存のために人を殺している貴様。だが、我が同志は何も殺される理由は無かった筈だ!過去に人を傷つけ、殺めたのは貴様と同じかもしれないが、それも凄惨な虐めや虐待から逃れるため、決して私利私欲を満たすためではない!彼らの殺人には大義名分があった!貴様はどうなんだ!」
「っ~!それは……」
元の世界に戻りたい、というのは私利私欲だろう。性労働を強要されたのとは違う。この世界に来たのは事故のようなものだ。それに、この世界に来て16年以上経っている。今更帰りたいというのがおかしい、諦めるのがおかしい、というのも、薄々分かっていた。
この世界が地獄で、地獄の悪魔が管理している、というのは、結局私の妄想だったのだ。
前世の記憶すら、誰か、例えば
デンジ君や姫野先輩は私の頭の中だけのキャラクターだったのだろうか。
くらくらする。戻りたい。マキマさんに奢ってもらったあの飲み会の頃に。
戻りたい。学校では岳山ちゃんと、家では義爛さんと楽しく暮らしてたあの中学校の頃に。
戻りたい。赤黒君が帰ってくるのを待ちながら絵の練習をしていたあの頃に。
戻りたい、戻りたい、戻りたいよ……。
もしかしたら、このまま速度に身を任せていればあの頃に戻れるかもしれない。ふと頭をよぎった妄想に身を任せ、眼をつむってアクセルを踏む。
しかし、バンパーに何かが衝突した音がして、私はフロントガラスを突き破り、車の外に投げ出される。
「ひぎゃ、ああああああっ……あ?」
「痛ってぇな。多少は強化された体でも流石に車の衝突は骨が折れる。だがまぁ……迎えに来たぜ。命の恩人さんよ。初めまして、だな?」
空中に投げ出された私は、柔らかく抱きしめられ、お姫様抱っこされた。それによって体に刺さったガラス片の一部がさらに私の肉に潜り、痛い。
苦痛で目を開くと、そこには。人工再生皮膚と健康な皮膚を継ぎはぎしたような、同い年くらいの少年が私を抱えて、ニタリと笑っていた。
戦いの中で木原神拳を習得したコベニちゃん、今後使う機会は特に無い模様。
この作品の荼毘は肌の大部分がコベニちゃんのお肌を移植されていて、かつ目覚めて半年(コベニちゃんが海外行った時くらいに目覚めた)でそんなに身を焦がしてないので、お肌は比較的綺麗めです。コベニちゃんのほくろが同じ個所にあります。まあ個性を使い続ければすぐにケロイドになりますが。
毎日投稿は今日で終わりです。多分。
冬休みももうそろ終わるので、更新速度遅くなります。
割烹を書く暇があったら続きを書け!俺!
推薦も書きました(白目)