街の小さなワイン屋さん   作:yskk

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ヒトリノヨル

 密室に妙齢の女と男が一人ずつ。女は文句なく美人だ。一方、男の方も美男子とまではいかないがそれなりに容姿は整っている。安っぽいメロドラマであればラブシーンでも見せられそうな状況。

 だが残念なことに、現実はそんな風には展開しないのであった。

 

 

「これはどういった物なのでしょう」

「手に取ってみます?」

 

 ガラスのショーケースを前にした女性が、一つの商品を指差し店主に尋ねる。彼女の問いかけに快く応じた店主は、それを取り出して手渡した。

 

 円筒状の持ち手に両刃の直剣が付いたもの。まあ、要するにナイフの一種なのであるが、こんな物騒なものを手に会話をしている時点で、ふたりの関係が甘い雰囲気とは無縁であることが容易に想像できる。

 

「へぇ、見た目の割に意外と軽い物なのですね」

「用途的に刃の部分は軽量化されてますからね。って、言い忘れてましたけどその赤いとこ触んないでくださいね」

「……? これですか?」

 

 店主の忠告もむなしく、女は赤い突起部分に触れた。

 その瞬間、刀身の付け根から先が勢いよく飛んでいき、床に深々と突き刺さる。そして彼女の手には柄の部分だけが残された。

 

「す、すすすすみません」

 

 女は慌ててペコペコと何度も頭を下げる。見ている方が逆に申し訳なくなってしまう程に。

 

「いや、こっちの方こそ不注意でした。渡す前に言うべきでした、すみません」

「ですが、床が……」

「別に大穴が空いたわけでもないんで。それより、ヨルさんの方に怪我がなくてよかったです」

 

 店主の慰めも空しく、ヨルと呼ばれたその女性は目尻にほんのり涙を浮かべながら、女性にしては大きめの身長を縮こまらせている。

 

 その姿だけを見れば凡そ、この店の客としては似つかわしくない。いや、それは今の彼女に限った話でもない。

 店主としては初対面の時から全く印象は変わっていない。美人で高身長な上に、スタイルも抜群。加えて物腰は柔らかく、礼儀も正しい。言葉使いまで丁寧だ。

 そんな女性がこんなところに凶器を求めてやってくる。何なら今でも信じられないことであった。

 

 だが残念なことに、これもまた現実なのである。

 店主の脳内には、彼女が暗殺組織の人物に連れられてやって来たという記憶が、しっかりと残っている。

 

 

「まあ、でもヨルさん向きではないかもしれませんね、これ」

 

 店主はあまり恐縮させるのも悪いと思い、ヨルの手から残された柄を受け取りながら口を開いた。

 

「それにこれ海外から取り寄せたものなのですが、実戦で使われてたかどうか怪しいんですよね。自分で仕入れといて言うのもなんですが」

「確かにこういった、なんて言うんでしょう、ギミック? 的なものは私では上手く扱えないかもしれません」

「……というか、もしかして今使ってるそれに何か不満あったりします?」

 

 店主は机に置かれた金色に輝く短剣をちらりと見ながら言う。

 

「いえいえ、全然そういうんじゃないんです。私その、銃とかの扱いって得意じゃないので。普段は使い慣れたこれでいいんですけど、できれば選択肢も増やしておきたいかなって」

 

 ヨルは半分近くが床に刺さった刀身を、二本の指のみで容易に引き抜く。そしてそれを店主に手渡しながら答えた。

 

 

 スティレット。それが彼女の愛用する武器である。

 剣といっても先端以外は刃状になっておらず、斬るというよりは刺すためのもので、形状的には巨大な針やアイスピックといった見た目であろうか。

 戦うというよりは本当に暗殺に特化したようなそんな武器である。

 

 となればその手段は、対象に音もなく忍び寄って一刺し。みたいな想像をするのが普通である。店主とてそう思っている。

 だが実際のヨルは違う。組織のサポートがあるとはいえ、護衛付きのターゲットに単身で正面から乗り込んで文字通り殲滅する。

 

 これを店主が知っていたとしたら恐らく、武器なんか何でもいいのではないか、そう思ったことだろう。

 だが現実の話、彼は知らない。時折こうして持ち込まれる、あり得ない位にひん曲がった金色のそれに、どんな使い方をしたらこうなるのか、そんな疑問を抱くだけであった。

 

 

 

 

「また良さそうなのを見繕っておきますので」

 

 ヨルと店主は取引を終え、新品の愛器とその代金をそれぞれ手に上のフロアへと戻っていた。

 彼女が店を訪れたのが既に遅い時間だったこともあり、外はとうに暗くなっていた。

 

「本日もお世話になりました」

 

 ヨルは深々と頭を下げてから、その場を立ち去ろうとする。しかし店を出るその直前、ドアに手を掛けたところでふと動きを止める。

 そしてクルリと振り返ると、足早に店主のいるカウンターまで戻ってきた。

 

「……その、遅い時間なのに申し訳ないのですが、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「何でしょう?」

「えっと、そのですね……」

 

 ヨルは自分から切り出した割に、歯切れの悪い様子でしばし言い淀む。だが、意を決したように言葉続けた。

 

「お、男の人に喜んでもらうにはどうすればよいのでしょうか」

「うぇ?」

 

 店主の心臓は跳ね上がる。それが奇声という形で彼の口から飛び出した。なんなら感覚的には心臓が飛び出したような感じに近い。

 彼女の言葉に邪な想像をしてしまったというのが半分。ヨルの端麗な顔がすぐ近くにあったからというのがもう半分だった。

 

 前者はともかく、後者の方は美人を間近にして照れたわけじゃない。どちらかというと驚きや恐怖といった感情に近い。

 至って普通の距離感で会話をしていたはずなのに、一瞬にしてグイっとその間を詰められたのだ。ヨルのほんの一瞬の動作で、店主は再認識させられる。彼女もまたプロの殺し屋であるということに。

 

 彼はヨルが「仕事」をしている様子を、実際にその目で見たことなどない。ヨル・ブライアという名前と、この店で見る彼女の姿が店主にとっての知りうる全てだった。

 それゆえに初めて見せるヨルの殺し屋としての動きに動揺を禁じ得ない。頭では分かっていたはずなのにである。

 

「……それは、その、どういった意味で?」

 

 店主は必死に心を落ち着かせながら、ヨルの発言の意図を問う。

 

「あ、そのですね……私、先日結婚をしましてですね」

「へ?」

 

 それはあまりに予想外の回答であった。正直なところ、ハニートラップに関する話なのだろうかと店主は勝手に想像をしていた。殺し屋にしろスパイにしろ、色仕掛けなんていうのはよく用いられる手法である。

 だが違った。よりによって一番あり得ないだろうという答えが返ってきたのだ。

 

「……結婚て言うとあの結婚ですか?」

「他にどんな結婚があるのかは存じませんが、多分その結婚です」

 

 確認する限りでは店主の聞き間違えでも、勘違いでもないらしい。大きく深呼吸を一つして、再度心を落ち着かせてから店主は話を戻す。

 

「すみません。それで?」

「えっと、私どうしたらロイ……主人に喜んでもらえるか分からないんです。お恥ずかしながらこういった経験に乏しいですし、年の近い男性の友人も少ないもので……」

 

 だから夫と年齢の近そうな店主に聞いてみたのだ、とヨルは言う。

 彼女の話を聞きながら、夜の営み的な話かという想像を再燃させる。だが、それもすぐに鎮火する。ヨルの表情を見る限り至って真面目だったから。

 もちろん真剣にそっちの話をしてはいけないわけでもないし、なにより夫婦間では切実な問題だ。しかし、少なくとも彼女の抱いている不安とは別物であると店主は感じていた。

 

「失礼ですが、夫婦仲が上手くいっていないとか?」

「そういう訳ではないんです……多分。ただ、主人はお医者様をしておりまして、それはもう多忙なんです」

「ええ」

「それなのに家の事までしてくれて、それで私どうしたらいいか……」

 

 店主はヨルの話を聞き続ける。だが彼は裏の事情までは知ることが出来ない。

 ヨルの結婚自体が偽装のものである事。その目的が体裁を整え暗殺者として怪しまれるのを避けるためである事。そしてなにより、相手が店主も知っているロイド・フォージャーである事も。

 

 しかし知らないが故に、いつしか店主も一緒になって真剣に考えこんでいた。

 

「ありきたりな答えかも知れませんが、単純に家事の量を増やせばいいのでは? 当然ヨルさんの可能な範囲で」

「私もお掃除の類は得意なんです。洗濯もお皿洗いも。たまに力の入れすぎで割っちゃったりしますが……でもその……」

「あー……要するに、料理が不得意だと」

「……」

 

 ヨルは黙ってコックリと頷いた。

 別にこのままでいいのではないか。店主は正直そう思った。

 聞く限りでは、夫が全ての家事を負担している訳でもないらしい。他人の家庭の細部など知る由もないが、家事を分担しているのであれば問題ないのではないか、そう考えた。

 

 だがヨルの表情を見る限り、少なくとも現状では彼女は納得していないことが明らかであった。

 

「別に料理自体が嫌いなわけではないんですよね?」

「……」

 

 店主の問いにヨルは再び頷く。

 

「……だったら簡単です」

「へ?」

「練習しましょう」

 

 それは店主本人が言う通り、実に簡単で単純な答えであった。出来ないのであれば出来るようになるまでやればいいのだと。

 彼女が既に努力を重ねている可能性は店主とて考慮していた。それでもあえて彼はその答えを口にする。

 

「さっき新しい武器を試した時と同じですよ。出来るまでとにかく試してみればいいんです。得意な友人に相談してもいいし、何なら料理教室って手もありますしね」

「でも……」

「もちろん美味しい料理を出されるに越したことはありません。でもね、男って自分のために努力してくれるってだけで嬉しくなる、そんな単純な生き物なんですよ」

 

 店主は言葉を並べながらも、心の中は妙に冷静で俯瞰的に自分を捉えていた。

 

 まず、さもそれらしい事をぺらぺらと口にする自分に苦笑を隠せない。何しろそんな経験もないくせに知ったような口を利いている。

 そして、先日感傷的になって弱音を吐いていた人間の言うセリフかと思う。なによりその時に受けたお説教とほぼ同じことを、今度は偉そうに自分が講釈垂れている。

 もはや恥ずさを通り越して、呆れに近い感情さえ抱いていた。

 

 だが、そう感じつつも何処かスッキリしている自分もいた。

 店主からしてみればヨルにアドバイスしているようで、自分を戒めているようなものだったのかもしれない。

 

「そう……そうですよね!」

 

 だが、そんな店主の内心など知るはずもないヨルは、グッと握りこぶしを作り納得したかのように力強く頷いた。

 

 

 

 

「こんな遅くまですみませんでした」

 

 店主は見送りと閉店作業を兼ねて、ヨルと店の外まで来ていた。そこで彼女は深々と頭を下げて礼を言う。

 店主の中で、その姿は何度見ても殺し屋であることとはやはり結びつかない。

 

「では失礼します」

「ご武運を、ヨルさん……色んな意味で」

 

 これまた礼儀正しく会釈をしてヨルはその場を去っていく。

 その後姿を見送りながら店主はひとり思案する。

 

(殺し屋が結婚ねぇ……)

 

 店主にとって自分たちのような裏の顔を持つ人種が家庭を築く、そんなことは考えもしなかったことだ。ましてやヨルのように自分よりも一歩かそれ以上も闇に近い人たちなら尚のこと。

 

 だが、人を殺めること自体が犯罪であることを無視すれば、殺し屋が結婚してはいけない道理も存在しない。

 結局、勝手に店主が枠を作って、自分でそれに収まっていただけの話だ。しかし、それを今回見事にぶち壊された。

 

 店主はここ最近、何となくだが変化というものを感じていた。

 自分自身もそうだし、周りに関してもだ。それが好転しているかどうかは、今の彼には分からない。

 だが現状、少なくとも不快なものではないことは確かであった。

 

「結婚か……婚活でもするかなぁ」

 

 店主はポツリと独り言を口にする。

 本気か冗談かもわからないそれは、誰に聞かれることもなくただ夜の闇に消えるのであった。

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