「ひとりの腕前について?」
「うん…私はすごく上手だと思ってるんだけど、先輩方は違うらしくて…」
現在、この部屋には喜多の百花の二人きりである。ちょうどひとりは席を外しており、この場にはいない。
「わらわはひとり以上にぎたぁを弾ける者などそう何人も浮かぶものではない。どうしてそんなことを考える?」
「その…今度、私たちライブのオーディション受けることになって…私がうまいと思う後藤さんでも難しいんだったら、元々素人の自分じゃもっと難しいのかなって考えちゃって…」
その言葉を聞き、ふむ。と百花は一瞬考える。
しかし、喜多は続けた。
「でも、上手い下手とか…やっぱり考えすぎかも…私…いや、私たち自身が心からがんばったって言えるように、後悔しないようにやるのが一番いいわよね!」
「ほう、まあがんばれ」
先程まで少し暗い表情をしていたが、喜多はもう明るさを取り戻していた。
「…そうだ百花さん!もし良かったら、私の演奏後で見てくれない?その客観的な視点で私の演奏を評価してほしいの!私、今のうちにやれるだけのことはしておきたいから!お願い!」
「お、おう…」
気づけば手を握られていた。
全身から広がる純粋な期待のオーラに、少し気圧される。
鬼族の姫たる彼女にとっても、圧倒的陽の者に正面からでは押しに弱いようであった。
「ねえぼっちちゃん」
「は、はい!」
外である。
日は沈み、周りを照らすのは街灯と自販機の光のみ。
その中で、二人はいた。
「もし、私に付き合わせちゃったりしたらごめんね」
「えっ…」
「いやほら、ぼっちちゃんが結束バンド入ってくれたの、その場の成り行きだったでしょ?」
「言われてみれば、そうでござったな」
あの日、学校から飛び出して、公園にいて。
その時声をかけたのが虹夏だった。
仮にあの日、ギターを背負っていなかったら。
もしあの時、帰ってしまっていたら、この出会いは無かっただろう。
(確かに、ここにいれるのは、すごく幸運があったから…)
「ぼっちちゃんはさ、あの時、ずっとバンドやりたいって言ってたよね。そういえば私、ぼっちちゃんがどんなバンドしたいとか、何のために今バンドしてるとか、聞いたことなかったなーって」
(いやしかし…最初はチヤホヤされたくて始めたって言うべきなんだろうか…いやでも…言わない方が…)
「人によって…そういうのそれぞれじゃないかな?別にライブに出るのが全てじゃないし…誰かに知ってもらうのも、今は配信とか方法は色々だし」
「ひとりどのは、まさにそれを実行していたでござるな」
「あたしはさ、目標…ていうか夢があるから。だから、つい熱くなりすぎるっていうか…だからぼっちちゃんに無理させちゃってたりするかなー、とか」
「むむむ無理だなんて!すすそそそんなことは全然ないです!」
「そう?ならよかった」
虹夏はそう言うとジュースを一気に飲み干し、ぷは〜と息を吐く。
それを見てひとりは少しカイムの方を見て、意を決し虹夏へ質問を投げかける、
「その…虹夏ちゃんがバンドやる理由って…売れて武道館ライブですよね?」
「うーん…本当の夢はその先にあるんだけど」
虹夏の返答はひとりにとって予想外であり、思わず言葉を漏らした。
「えっ…?」
少し驚いた様子のひとりを見て、虹夏は悪戯な顔をして微笑む。
指を口に当てる仕草をし、一歩前へ出る。
「でもぼっちちゃんにはまだ秘密だよ?それじゃあまた明日よろしくねー!」
そう言い、虹夏は行ってしまった。
気づけば、元の場所にいるのはひとりとカイムだけである。
二人きりになればいつも話が始まるものだが、珍しく沈黙が続いている。
ひとりは目線を下げ、考えている。
流石に変かとカイムが様子を不審に思った頃、ひとりは口を開いた。
その顔は、不安に思いつつも仄かに笑みを浮かべていた。
「ねえカイム」
「なんでござるか?」
ひとりは少し間をおく。そうして、話し始めた。
「私さ、自分のバンドやる理由ついて考えていたんだ」
ひとりは夜空を見上げた。
「やっぱり、一番大きい目標は…不純だけど…みんなにチヤホヤされたいのがあるよね」
「まあ、もともとそれ目的でギターを始めたでござるからな」
「うん」
ひとり自身は周りに言いづらいと感じているが、この気持ちは今でも変わっていない。しかし、その言葉に「でも」と続けた。
「今は少し違う気がして。ちょっと考えたんだけど…」
「ほう…」
「結局よくわからないや」
返答を聞いて、カイムは思わずズッコケた。
ひとりはその様子を見て少し笑いつつ、話を続けた。
「虹夏ちゃんに誘われて。結束バンドに入って、リョウさんと喜多ちゃんにも会って、写真も撮って…それで今度はオーディションだよね。…大変だった。バイトのドリンクもうまくできないし、今度は妖怪の力なしでステージに立つこともできるか分からない。でもね」
「あちゃー…忘れ物しちゃった」
夜道を走る。
それそろ目的地か、と遠くを見やると、自販機の前に人影が見えた。
「あれ、ぼっちちゃんまだ戻ってなかったんだ。おーいぼっ…」
そのまま声をかけようとしたが、足が止まった。
「ぼっ…ちちゃん?」
そこにいたのは、ひとりだ。
別に知らない相手がいた訳ではない。しかし、その様子には違和感が感じられた。
独り言、かと思った。
しかし、会話の調子は明らかに何者かへ話しかけている様子であった。
会話が聞こえるぐらいの距離にいるのに、気づいていなかった。
彼女にとって、こうして誰もいないところに話しかける、という様子を見るのは初めてという訳ではない。
だが、それもここまであからさまに話しているところを見たことは無く、それゆえ、一度立ち止まって、そのままになってしまった。
「改めて、思ったんだ。このバンドの雰囲気が好き。このバンドのみんなの中でギター弾くのが好き。喜多さんもリョウさんも…虹夏ちゃんも自分の目標を持って本気で頑張ってる。まだ私の目標は妖怪のみんなだけじゃなくて、人間にもチヤホヤされたいってことで、変わってないけど……でも、それは私だけじゃない」
「…!」
一瞬「妖怪」と少し引っかかる部分を感じたが、その言葉を聞いて、虹夏は目を見開く。
「今度やる曲は私が作詞したけど、それはリョウさんが作曲して、喜多さんが歌って、虹夏ちゃんがドラムを叩いて…私だけじゃなくて、みんなで作ってる」
少し間を置いてから、ひとりは言った。
「今までこの4人でチヤホヤされたい。それが、私の今のがんばる理由!」
そう言って、ひとりのは前を向く。
(ひとりどの…あの日からすっかり成長してるでござる)
この言葉を胸に、オーディションを頑張る。
ひとりは、そう決意した。
そしてオーディションへ…
が
「…⁉︎…え?…あ…??」
「…あっ…」
「不覚…」
ひとりが顔を上げた時、虹夏の姿が見えた。
しんみりしていた二人の表情はパニックに変わる。
「「えええええええええええええええ⁉︎」」
「き…聞いてました…?!??」
「…い、いやいやいやいやなにも聞いてない!なにも聞いてないよ!ちょーっと忘れ物してたから戻ってきたの!ついさっきだから!」
「いやその反応絶対聞いてて…」
「聞いてない!」
「そ、そうですよね!聞いてないですよね⁉︎」
「うんうんうん!聞いてなかった!さ!ぼっちちゃんも頑張る理由が改めて決まったわけだし!今日は早く帰って早く寝ましょー!」
「「え」」
「あ…」
「「やっぱ聞かれてたー!!????」」
「ごめーん‼︎本当にごめーん‼︎」
「…えっと…その…ど、どこから…」
「ぼっちちゃんが、このバンドが好きだ…って…いってくれたあたりから…」
なんとか両者落ち着きを取り戻した。だが、どちらも気まずい状況であり、なかなか言葉が出ない状況であった。
「えっ…そ、それじゃあ…私どこまで言っちゃってたっけ…⁉︎」
「せっ拙者としても…それに…これ今さらごまかしが効くような状況では…」
目の前に虹夏がいることを忘れ、平然とひとりどのカイムは話し始める。もさやそれどころではないという気分である。
その様子を見て、虹夏は恐る恐る訪ねた。
「…私には見えないけど、やっぱそこに、いるの?」
「あ」
「気にせず話してたでござる…」
「こここここうなったら何もかも話すしかない…⁉︎でも妖怪見てるなんて絶対ヤバい人だと思われるしせめてイマジナリーフレンドは…いやいや別方向でマズイし!」
落ち着こうとしても、ひとりの混乱度合いは上がるばかりであった。
しかし、対照的に虹夏はあまり慌てていない。
ひとりの言葉を聞き、しばらく考える。
そして、何かを決心し、顔を上げた。
「…よし。決めた!このことは無理して話す必要なし!」
「「えっ…⁉︎」」
虹夏の返答を聞き、ひとりどのカイムは思わず動きを止める。
「大丈夫だから。今、ぼっちちゃんが話せないんだったら、今はそれでいいからさ」
「で、でも…」
話さなきゃいけない、とひとりは言おうとした。人には言えない秘密とはいえ、親しい仲でもずっと隠してきたことには罪悪感がある。
しかし、虹夏は違った。
「…うーんわかった!このことはぼっちちゃんが話せるようになったらでいいよ。その時までは私も聞かないし、気にしない!確かに私もびっくりしたよ?ぼっちちゃんの気持ちを聞いちゃったし…それに、その…私には見えないけれど、そこにいる誰かのことも」
そう言い、ひとりの隣を見る。虹夏にはカイムのことが見えていない。しかし、カイムは虹夏と目が合った気がした。
「でも、無理させてまで聞くとことじゃないと思うんだ。だから聞かない!…それでもぼっちちゃんが話したいんだったら、もっと落ち着いた時で大丈夫だから!」
「…でも、私今まで虹夏ちゃんに…みんなに隠しちゃってて…」
「…嬉しかったんだ。ぼっちちゃんにとって、このバンドが居心地のいい場所になれてたこと。その場所に、ずっといたいっていうこと」
「え…」
「だからさ、今は大事だよ。そんな何もかも話さなくてもいいから。そんな隠してることがあっても、ぼっちちゃんはぼっちちゃんだし。だからさ、これからもバンドがんばろうね!ぼっちちゃん!」
あの夜、虹夏ちゃんに聞かれた。
驚かせてしまったと思う
もしかしたら、変だって思ったかもしれない。
でも、虹夏ちゃんは無理して話さなくても良いって言ってくれた。こんな自分でも、バンドで頑張ろうって言ってくれた。
それに、私がバンドが居心地のいい場所って言うことを、嬉しいって言ってくれた
結局、虹夏ちゃんの本当の夢は分からなかった
でも今は
これだけは分かる気がする
私はこのバンドで、四人でチヤホヤされたい
それに、虹夏ちゃんの夢も叶えてあげたい
「それじゃあ、ーーーーって曲をやります!」
だから、ここでオーディションなんかで落ちるわけにはいかない
「「「「ありがとうございました!」」」」
皆、汗をかいていた。
息も上がり、胸の鼓動は止まらない。
だが、満足、やりきった表情をしていた。
「…いいんじゃないか?」
星歌の声によって、沈黙が終わる。
その言葉を聞き、表情が崩れる。だが、星歌は言葉を続けた。
「と、言いたいところだが。ドラム、肩に力入れすぎ。ギター二人、下向きすぎ。ベースは自分の世界に入り過ぎ……でもまぁ、お前らがどういうバンドかは分かったけどね」
「…」
「アドバイス…ありがとうございました…」
虹夏の口から、弱々しい言葉が出る。
同じくステージ下から見ていたカイムも、目を伏せた。
重々しい雰囲気が流れる。バンドメンバーは皆、表情は暗くなっていった。
しかし、星歌はキョトンとした顔でステージを見ていた。
「……え、何そのリアクション」
「いや…だって……」
「だからどういうバンドか分かったってば、ここ喜ぶところだから」
全員が発言へ理解が追いついていない。
発言の内容からして、皆このオーディションは不合格なものだと認識していた。
しかし、星歌は喜ぶところだ、と言った。
もしや、と皆が思い始める。
「多分、合格っていうことだと思いますよー」
「…だからそう言ってんだろ…合格」
「…!」
全員の顔が笑顔に変わる。
「もー…お姉ちゃん分かりにくすぎ!」
「やったわね後藤さん!」
(やっぱり後藤さんはすごい。私は自分のことで手一杯だったけど、それでも分かるぐらい上手だった。私も頑張らないと!)
「…はい!」
「後藤さん…?」
「…あっ…いやっ…慣れないことしたせい…喜多さんごめんなさい…うっ」
「大丈夫でござるか⁉︎ほらゆっくり息を吐くでござる」
「…お水いる?」
「は、はい…ありがとうございます…すみません…」
「落ち着いた?ほら、まさかの合格だったし!そりゃ体もびっくりするよ」
「私は最初から確信してた。次の曲も考えてたし」
「先輩すごい!」
「まあ終わってからなら何とでも言えるよね〜…」
合格で喜んだのも束の間。
緊張の糸が切れた影響がひとりは急激に気分を悪くし、皆に介抱されていた。カイムに背中をさすられながら、ゆっくりと水を飲む。
喜びムードの中では珍光景だが、皆それすらも微笑ましく感じていた。
しかし、その中で主に三人。
虹夏、リョウ、星歌は何かを感じていた。
それは共通して、ひとりのギターについてである。
演奏が思ったよりも、想像以上に上手い。虹夏とリョウは気のせいかとも感じたが、星歌は冷静に、ある種の確信を抱いていた。
(やはり…かなり上手いな。チームプレイの経験不足か…?いや、他人と合わせることに関しては経験があるな…だが明らかな自信不足…こいつならもっと成長できるのに)
星歌の推察は的を得ている。
実際ひとりは他人と顔を合わせることができない、人前に立って注目されることに対するストレス、人前での自己肯定感の低さが根底にあり、自らの実力を発揮できていない。
(自信を持ってもらうためには自分を認めてる人間がいるって気付かせないとな…)
対応としてはあっている。
しかし、出力を間違えた。
「お前のこと、ちゃんと見ているからな♡」
(完全に目つけられてる…⁉︎)
ひとりには別の方向に解釈されてしまった。
「ほら、後藤さん!記念に写真撮りましょ?」
何はともあれ、合格した。
つまり自分たちでライブができる。それは本当に喜ばしいことであった。
「よーし!じゃあライブまでさらに頑張ってバンドレベル上げてこー!」
「「おー」」
「…おー」
「ぼっち。新曲の歌詞よろしく。」
「は、はい」
「どんどん楽しくなってきたね!後藤さん!!」
「はいっ!」
だが一難去ってまた一難。
ひとりに安らぎは来なかった。
「じゃあチケットノルマ1500円を20枚だから…一人5枚ずつで!」
(チケットノルマ⁉︎)
喜多は特に気にすることなく返事をしていたが、ひとりは違う。どうにか必死にノルマ達成をすることを考えていた。しかし、考えてみれば希望はまだ見えていた。
「まず父…そして母…ふたり…あと百鬼姫は来るだろうし…カイムの分!よし…いける!それにケータ君とか他の妖怪のみんな呼べば…もっと売れる!いける!私ならやれる!」
しかし、安堵した直後。
想像と違い現実は非情であった。
「ぼっちちゃんたくさん売れそうだね!それじゃあチケット何枚か追加で用意しておくね!」
「あのー…申し上げにくいですがひとりどの…我々妖怪は基本見えないからチケット買えないでござるよ…特に拙者は」
「アっ…」
静かに。
ただ静かに。
自らの過ちを泣くことしかできなかった。言われてみれば少し考えれば分かることだったのだ。そしてせっかく追加してもらったチケットをいらないとは言えない。
絶望の悲しみのミックス。形容し難い感情がひとりを支配していた。
「後藤さん泣くほど嬉しいのね〜」
「それじゃあ今度のライブ絶対いいものにしないとね!」
後藤ひとり
色々聞かれてしまった人。実際はそこまで重要な情報(妖怪ウォッチに関してなど)は聞かれていなかったが、一部でも聞かれてしまったからには全て話さなくてはいけないと感じている。本来より増えてしまったチケットをどう捌けばいいのか必死に頭を回しているが、答えは出ない。
カイム
介抱したり見守ったり。ひとりは良き友だちであるが、カイムは精神年齢がそこそこあるため、ある種護る対象として認識しているのかもしれない。演奏は星歌のすぐ隣から聴いていた。
虹夏
聞いてしまったこと。今まで色々なひとりの行動を見ていたが、今回ガッツリ誰かと話しているところを見てしまった。気になるものの、ひとりに無理をさせないよう、語るか語らないかは本人に委ねるつもりである。
百鬼姫
その後、結果を聞き、今までに無い笑顔を見せたらしい。ちなみに練習に付き合った時に喜多と連絡先を交換した。