ぼ喜多短編集   作:kuronekoteru

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「もし、喜多さんと付き合えたら」

 

 夏が終わる前よりも硬くなった左手の指先で弦を抑える。右手で掻き鳴らした音が空気を震わせ室内に反響すると、私の耳朶を否応にも打ち続けていた。

 私とひとりちゃんとの間には会話はなく、目の前の彼女はただ黙々と弦を弾いている。その真剣な取り組み方と前髪の下に隠れている無加工でも綺麗な顔が私は好きだった。何故かジャージを着ているけれど。

 

 この前の文化祭の時、明らかに機材トラブルを抱えていた彼女を助けたくて頑張ってはみたけれど、ひとりちゃんは私の想像なんて軽く超えてしまう方法で急場を乗り切ってしまった。ボトルネック奏法って言うらしいけれど、少し調べた程度の私には曲中に落とし込む真似は到底出来そうにもない。悔しいけど、それ以上にどうしてか嬉しかった。

 

 やっぱり私なんかよりも彼女はずっと眩しく見える。学校の皆にもそのことを知って欲しいなんて思ってしまうのは傲慢なのかな……。

 

 ――間もなく昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る時間、そんな憂鬱が横切るタイミングに突然と外の廊下から姦しい二人の会話声が聞こえてきた。

 

「もし、喜多さんと付き合えたらさ」

「……え、いきなり有り得ない妄想の話するのやめない?」

 

 私はピックを摘んだ手を即座に動かし、吹き出しそうになる口をギリギリで抑えむことに成功する。どうやら先日のライブでファン? 的な存在がちょこちょこ出来てくれたらしい。実はラブレターも下駄箱経由で数通貰っていたり……。

 しかし、この手の話は男子からだけだと思っていたので少し面食らってしまう。リョウ先輩みたいなかっこいいタイプなら赤べこのように頷いて理解を示せるのだけれど。

 

「絶対に大切にしてくれるよね、何かと記念日って理由を付けて色々と祝ってくれそう……」

「ねえ、この話続けるの? いや、めっちゃ分かるけどね」

 

 もし目の前で言われたら、『えーっ、嬉しい』って返しちゃうんだろうけど、私はそんなに何でも大切にする女じゃないよ。大事だった筈なのに逃げ出してしまうような酷い女だし。

 

 遠ざかって行く声を背に小さくそっと溜息、自虐の空気を吐き出してギターとピックをケースに仕舞い込んだ。そして、自分の頬をぺちりと軽く叩いて、いつもの笑顔を貼り付ける。

 

「ひとりちゃん、そろそろ行きましょうか?」

「……あっ、もうそんな時間、ですよね」

 

 明らかな落ち込みを見せる彼女を見て、私の頬が自然と弛んでいくのは私の勘違い。ひとりちゃんはこの時間が終わってしまうことに憂いてるのではなく、午後の授業が嫌なだけなのにね。

 

 待たせないようにと急いで支度をしてくれた彼女と共に部屋を出ると、廊下の先には小さくなった二つの背中が見えた。明るい髪色と黒髪のツートンカラー。

 

「ギターと言えばさ、もう一人うちの学校の人もギターでライブに出てたよね…………えっと、後藤さんだっけ?」

 

 微かに聞こえたギターという言葉から、隣の彼女に関する話をしてくれそうな雰囲気を感じ取ると私の足はリズムを上げていく。女子は他の人が褒めている話を聞いて好感度を上げてくれる子が多く、私が話に加わればもっと彼女の評判は上がる筈だから。

 

「そうそう、なんか暗いし話し掛けづらい人だと思ってたけど」

 

 うふふ、分かる分かる。ひとりちゃんって取っ付きづらいところがあるのよね。何故かずっとジャージ着ているし。

 でも、そこも今では愛嬌にすら思えている。他にも沢山良いところがあるんだから、と口角アゲアゲで彼女たちの背後に追いつこうとしていた。

 

「よく見たら綺麗な顔してるし全然アリだよね。……しかも、意外と胸がさー」

 

「──ごめんなさい、ひとりちゃんのこと、そういう風に見るのはやめてくれるかな?」

 

 自分でも驚くくらい、低い声が出ていた。

 

 話し掛けられた二人は、喜びの驚愕顔をすぐさま恐怖顔に差し替えると駆け足で去っていく。……あーあ、やっちゃったな。幸いにも名前は憶えているから後で謝りに行こう。

 

「……も、も、もももしかして、私の悪口言ってましたか?」

「違うから、ひとりちゃんは気にしないで大丈夫よ」

 

 私が早足だったせいで少し離れてしまっていた彼女は、合流するなり俯いて無用の心配を始める。私はその彼女に対して鬱憤を晴らすように続けて言葉を漏らした。これから悪口を言われるのは自分だろうに。

 

「……それに、もしひとりちゃんの悪口言う子が居たら私が許さないから」

 

 今の私はちゃんと笑えているだろうか。

 俯いた頭を上げてくる彼女に映る私は不細工になっていないだろうか。

 

「あっ……」

 

 不安で翳りそうな心を、彼女の瞳に反射する光が一瞬だけ照らしてくれる。

 それはまるで、流れ星のようで。

 

「あのっ、きっ、喜多さんありがとうございます……」

 

 ひとりちゃんが僅かに見せた柔らかな目尻。こんなことで私の胸の内には温かな火が灯されていくから。

 

 彼女と恋バナなんてしたことなかった。そんな取り繕っただけの理由だけで訊いてしまう。きっと有り得ないだろう、妄想みたいな話を。

 

「ところで、もしも、……もしもよ? 私とひとりちゃんが付き合ったら何かして欲しいこととかあったりする?」

「あっ、あの、友だちも居なかった私にはハードルの高過ぎる想像なんですけど……」

 

 勇気を出した結果が斜め下の反応で少しばかり残念。ただ、明らかな拒絶ではないことは一安心かしらね。

 

 舞い上がってしまった気持ちを振り払うように、私は顔を左右に揺れ動かした。長めに伸ばしている自分の髪が起こす風がひんやりとしていて顔の温度を下げてくれる。

 

「そっ、そうよね、……ごめんね、忘れて大丈夫だから」

 

 双眸を眼前に向けると、私のちょっとした奇行も気にもせず真剣な眼差し。彼女の口が開かれるまで、私は息の仕方を忘れてしまっていた。

 

「――もし、喜多さんと付き合えたら」

 

「と、取り敢えず、……沢山褒めてくれたら嬉しい、かもです」

 

 さっきまでの凛々しい顔が、だらしない微笑みへと変わっていく。そんなひとりちゃんに私は思わず飛び付いた。間違いなく今日一番の笑顔で。

 

「毎日褒めるし、絶対に大切にするわ!」

 

「あっ」

 

 絶命の声を最後に、ひとりちゃんは砂となり風に運ばれていく。そして、学校中に昼休みの終わりを告げる鐘の音が響き渡った。

 

 一度しかない儚い瞬間が此処には確かにあった。抱き締めたはずの彼女の匂いが遠ざかってしまう。こんなこともあったって、いつか笑えるようになろう。

 

 

 ――――だから、ひとりちゃんのこと、絶対に忘れてやらないからね。

 

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