ぼ喜多短編集   作:kuronekoteru

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「半年に一度の球技大会?」

 

「もうそろそろ半年、よね……」

 

 喜多郁代の小さな独り言。STARRYのバイトも後は片付けを残すのみとなった時間帯に呟かれた言葉は、先程までの熱量と爆音に比べたら静寂と言える空間には拒まれることなく伝搬していく。真っ先に受信したのは結束バンドのリーダーの良心代表。

 

「結束バンドが結成してからだよね? いやー、何だかあっという間でしたなぁ…………ねっ、ぼっちちゃん!」

「あっ、はい……そうです、ね…………」

 

 こてん、と軽く首を傾け左側頭部に纏めた長い髪を尻尾のように垂らし、明るい声色で話す虹夏。後藤ひとりは片道二時間の通学と日中の学校生活、そしてバイトで蓄積している疲労にも関わらず比較的快活(当社比)に言葉を返している。

 成長著しい姿に彼女の両親なら涙を流す場面だろう──直後に自身の半年間を振り返ってトラウマを反芻している顔さえ見せなければ。

 

 ひとりの奇行に続く形で静観していた山田リョウは喜多へと歩み寄り、そっと彼女の肩に手を置いた。彼女の真意を読み取ったと言わんばかりのドヤ顔を携えて。

 

「もう時効だから気にしなくていいよ」

「……ぁぁあああ、それは本当にごめんなさい!!」

 

 喜多は過去の贖罪のために必死の謝罪。いつもの大きくパッチリしている目は、今や不等号で表されている。その様を見て可笑しくなり虹夏は声を出して笑う。

 

 この場を収めるために最初に動いたのは、まさかの後藤ひとりだった。

 土下座に移行し始めた喜多の目の前で屈んだ彼女は、人差し指を忙しなく動かしながらも言葉を放つ。彼女が持つ優しい声色で。

 

「……その、私も入れてもらえたのは喜多さんのお陰なので」

「あはは、結果オーライってやつだねー」

 

 ひとりに続いた虹夏のフォローで何とか喜多は立ち直りを見せ、目の作画コストも平時へと戻った。そんな彼女を見て、安心した虹夏は言葉のキャッチボールを始めていく。

 

「それにしても、どうしたのさ急に」

「いえ、時期的にはやらなきゃいけないですよねって思いまして……」

「だから何を?」

「ひとりちゃんが言ってましたよ、半年に一回球技大会をするって」

「あっ、あの時に言ったことは全部嘘です……」

 

 確かに他のメンバーは明るいも半分は嘘になるので、彼女の勧誘文句は虚言しか吐いていない。だがしかし、嘘を吐かれた喜多は気にもしていない様子で言葉を続ける。

 

「それは、まぁ正直分かってたけどね……。ただ、今は折角の運動の秋でもあるし、もし出来るならやってみたいかなーって」

 

 ノリと若さで生きている普通の女子高生であれば提案すれば即座に開催が決定なのだが、このバンドメンバー達とは難しいだろうと喜多は充分に理解していた。だからこそ、彼女は叶うならばといった体で発言をしている。

 

 喜多に縋るように見つめられる二人の先輩。二人は互いに目を合わせ、諦念にも取れる溜息を漏らした。

 

「はぁ……、ただ食い出来るたこ焼きパーティーもやっていない」

「まだファンクラブは作ってないから!」

 

 ライブ中には発揮されるアイコンタクトでの意思疎通がまるで役立っていなかった。

 

「じゃあ次の休みに行っちゃいますかー」

 

 開催の号令を意味するひと声がライブハウスに響き渡る。決定権を持つ優しきリーダーを見つめる瞳は明暗のように分かり易く別れていた。

 

 * * *

 

 結束バンドの四名が訪れた場所はお台場、様々なスポーツで遊べるアミューズメント施設。

 

「……あの、私初めてここに来たんですけど、何をする場所なんですか?」

 

「うふふっ、ここは色々とスポーツ出来る設備が揃ってるのよ。テニスにバブルサッカー、ビリヤードやダーツなんかもあるから皆でやっていきましょ♪」

 

 バブルサッカーってなんだろうと疑問を覚えたひとりだったが、楽しそうに話す喜多のテンションを下げるのも申し訳ないので脳内会議で議題に挙げるだけに済ませることにしていた。ドキッ、泡だらけの濡れ透けサッカーだと勘違いしたままに受付へと進んでいく。

 

「あっ、カラオケなんかもあるんですね」

「疲れたら結局カラオケで時間潰しちゃうのはあるあるなのよね」

 

 明るく放たれた『あるある』に対して同意の声は誰からも上がらない。彼女は思い出した、今日はどんなメンバーとこんな施設に来ているかを。

 

 だが、彼女は自分を誤魔化し続ける。ここでテンションを下げてしまったら即時帰宅コースになると痛いほどに分かっているから。

 

「さて、何からやりましょうか! お二人は何が出来ますか?」

 

 決して、運動を普段からしているわけではない二人が告げた球技は不思議と一致した。その球技名を聞いた喜多の笑顔に綻びが見えたのは誰の目から見ても明らかだった。

 

 

 ポン、ピン、ポンと軽いプラスチック球が放物線を描きながら音を立てる。両者のラケット面はほぼ水平であり、球威のない長々と続いていたラリーはネットに阻まれて終わりを告げる。

 

 スコアは4-0、未だにミスをしていないリョウがリードする展開だ。

 

「わ、私……、こういうの初めてだからちょっと楽しいです」

「…………ぼっち、ちょっとジャージ脱いでみて」

 

 初めて続けられた誰かとの卓球のラリーに後藤ひとりは少々気分が高揚していた。久しぶりの運動で汗もかいていた彼女は先輩の言葉通りに羽織っていたジャージのジッパーを降ろし始める。

 

 その行為をただ眺めるのはスコアボード係の虹夏と喜多。

 一方で提言者のリョウはおもむろにスマホの撮影機能で録画を始めた。

 

「…………あの、脱ぎましたけど?」

「うん、じゃあ続けていこう」

 

 録画を止めずにスマホを胸ポケットに仕舞い、ラケットを持ち直した彼女を見て嬉しそうにひとりもラケットを握り直す。「えいっ」という掛け声から放たれたボールは相も変わらず球威は皆無だった。

 

 リョウは今までよりも高めにボールを返していく。

 対面から返される放物線を描くボールの動きに合わせて縦に揺れるひとりの身体。ぼっ乳。

 

「……なるほど、これは再生数稼げそう」

 

「ちょっと、何してるんですかー?!」

「ぼっちちゃんで稼ごうとするな!!」

 

 ひとりで金儲けを企てる女にお怒りの声が飛び交った。その声の大きさにひとりは空振り。

 幾ら守銭奴の彼女でもバンドメンバー二人に非難されてしまっては続けられない。だが、それなら代わりを用意しろと要求する肝の太さは持ち合わせていた。

 

「んー、じゃあ郁代を撮るからちょっと代わって」

「えっ、……はい。じゃあ、ちゃんと見てて下さいね」

 

 まあ喜多であればイソスタにアップする動画を代わりに撮るだけだろうと、良心の塊からも合意が出たため、リョウと選手交代で喜多がコートに降り立ち試合と撮影が再開される。

 

 先輩組二人が覗き込むスマホの画面には、キターンと輝く笑顔と可愛らしいアイドルの様な横ステップを交えたラリー姿。

 

「悪くない……けど、多分これじゃ広告収入は見込めない」

「もーいい加減にしろよー。ほらっ、喜多ちゃんからも言ってあげて!」

 

 喜多の視界には、珍しく血色の良い楽しそうに笑う後藤ひとりの姿。

 

「むっ、ほっ、はいっ、えいっ、とうっ、うりゃ……」

 

 喜多の返球ミスでピンポン玉はネットに遮られる。人生史上初のポイント奪取、その瞬間にひとりの笑顔が更に弾けた。

 

「あっ、……私のポイントです、よね? えへへ……」

「──すみません、私とひとりちゃんは二人でカラオケ行ってきます」

「喜多ちゃんが変なスイッチ入っちゃってる?!」

 

 二人きりでのご休憩を望む少女に勢いよくツッコミが入れられる。

 

 顔を赤らめてスマホを弄り始める喜多、得点した興奮からラケットの素振りをするひとり、その姿を黙々と撮影するリョウ。三者三様の姿に頭を抱える虹夏。

 

「ぼっち、卓球でなら多分世界取れるかも」

「えっ、な、なら卓球やってみようかなぁ……」

 

 煽てられて気分も調子も上がったひとりは、すぐさまラケットをネット注文をしようとスマホを取り出した。彼女の高速タップ操作を駆使する指を絡めとったのは喜多の細く長い指。

 

「ひとりちゃん、カラオケの予約取れたから行きましょ?」

「…………はい?」

 

「……半年に一回これがあるのきっついなー」

 

 この後、どう収拾をつけようかと頭を悩ます虹夏のぼやきも空には届かない。晴れやかな太陽も綺麗な星も頼れない室内で、輝いているのは奇人変人の色とりどりの光だけ。

 

 これが最初で最後の結束バンドの球技大会となったのは言うまでもなかった。

 

 

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