『ひとりちゃんって、正しい姿勢で顔をあげたらアイドル事務所に入れると思うのよね!』
それは初めてのミュージックビデオ撮影の時に言われた喜多さんの冗談。
当たり前だけど特に真に受けることもなく、私はいつも通り土曜のお昼過ぎにSTARRYへと足を運んだ…………筈だったのに。
「──えー、後藤ひとりさんですね。趣味と特技はギターと記載されてますが、今弾いてもらうことって出来ますか?」
「大丈夫ですよ、ちゃんとギターも持ってきていますので♪」
気が付けば、私はアイドルオーディション会場に連れて来られていた。
* * *
「あー、……それくらいで大丈夫ですよ。持ち方が様になってて良いですね~」
新宿のアウェーな会場よりも酷い環境で私がまともな演奏が出来る筈もなく、結果は散々なものとなってしまった。面接官さん? も明らかに顔が引き攣っている。今すぐに帰りたい。
私は縋るような視線で喜多さんを見つめる。この場で私に残された唯一の頼みの綱であり、今回の元凶の片割れである喜多さんを必死に。
そもそも、何故私がこんな場所に拉致られてしまったのか。それは結束バンドの新曲のMVの再生回数を伸ばす方法をみんなで考えていた時に、リョウ先輩が放った「有名人に宣伝してもらうのが一番手っ取り早い。若者人気のあるアイドルがベスト」の一言が始まりだった。
もちろん、誰もアイドルに知り合いなどいる訳もないので、この案はお流れして終わるべきだった。……のだが、喜多さんが思い出してしまい、思い付いてしまった。
冗談みたいな、後藤ひとりのアイドル化計画を。
「そうなんですよ、もうギター持つ姿がかっこよくて♪」
私の帰宅願望視線はあっさりと誤解され、キターンとした眩しい笑顔でよいしょ。やめてください、私を持ち上げても、精々が喜多さんの輝きを妨げる陰くらいにしかなれません。そもそも、こんな保護者同伴みたいな面接はありえるのだろうか。
「……ちなみに、あなたもアイドルやってみる気はありませんか?」
「えっ、私がですか~?!」
流れが変わった。乗るしかないこのビッグウェーブに……!!
「そっ、そ、それが良いと思──」
「その気があるのなら、後藤ひとりさんとペアで活動して頂きたいです」
「それでしたら、是非やらせてもらいます!」
私が乗ってしまったのは逃避可能な大波などではなく、強制労働の奴隷船だった。
「じゃあひとりちゃん、一緒にトップアイドルめざしましょうね♪」
アイドルのような素敵な微笑みを向けられた私は、ただひたすらに下手糞な苦笑いを浮かべることしかできなかった。そして小さく虚空へと呟く。新曲へ込めた想いとは真逆の言葉を。
「グルーミーハロー」
こんにちは、憂鬱な日々よ……。
* * *
「ではでは、しゅーるーむ配信やっていきます。はじめまして~、喜多郁代です。名前は好きじゃないので、キタちゃんとかで呼んでくれると嬉しいです♪……ほら、ひとりちゃんも自己紹介しよ!」
「えっ、よよっ、よろしくお願いします……」
[コメント]イソスタから来ました!
[コメント]喜多ちゃん可愛い♡
[コメント]片方やばいw
[コメント]ピンクジャージで草
いきなりデビューしてステージに立つなんてことはなく、先ずはしゅーるーむ配信のオーディション審査を受けることになった。今回連れて行かれた事務所ではペアユニットアイドルの募集もしていたらしく、そっちの枠に移れるように工面してもらったらしい。「配信なんて無理です」と逃げようとした事実は説明するまでもないのだが、配信場所を私の部屋に決められてしまったのです。
ぴこぴこ音と共に流れてくるコメントを見て、ギターヒーロー名義で上げている動画に書かれる感想コメントが如何に優しさで溢れていたかを実感する。これ絶対に喜多さん単独で配信した方が良いですよね。
時折、カラフルな星々が飛んでくるのは一体何なのだろうか。そんな疑問を解消しようにも、隣の彼女は配信画面に釘付けで訊けそうにもない。
「私のイソスタ見て来てくれたんだ、ありがとー」
「可愛い? うふふ、嬉しいな~。って、えっと……」
突然と喜多さんが私の方へと視線を向ける。私の部屋の畳に手と膝をついて、ささっと這い寄ってくる。あれれ、これなんかデジャヴなんですけど。
「ひとりちゃん、ちょっと着替えましょう? ほら、この前のお洋服でいいから」
「む、むむむ、無理です……あんなの恥ずかしくて人前じゃ着れません」
「絶対に今の格好の方が恥ずかしいわよ……」
その後、断り切れなかった私は、あの似合いもしない服に二回目の袖通しをする羽目になった。喜多さんが一人で時間を稼いでくれていることを理解しながらも、時間を掛けて着替えてしまう私を許して欲しい。あー、戻りたくない。ずっとこのままトイレに引き篭もっていたい。
結局、喜多さんに嫌われたくはなかったので、私はこっそりと部屋の前へと戻って障子に耳を立てていた。配信が盛り上がっているのなら、むしろ入らない方が良いまであります。
さてさて、何が聞こえますかね。むむっ、これは…………足音?
「──じゃじゃーん、これが後藤ひとりちゃんですよ~」
「あの、ぼ、ぼっちなど好きにお呼びくだひゃい……」
[コメント]ぼっちちゃん内向的でとても可愛い
[コメント]ぼっち噛んじゃってるの可愛い
[コメント]急に美少女になるな
[コメント]俺らの態度が変わり過ぎてて草
接近を気付かれた私は無事に捕虜となって辱めを受けていた。視聴者の反応が怖くてもうコメントすら見ることは出来ない。辛うじて見えたのはぽんぽん飛んでくる謎の物体たち。今や星だけでなく、アイスやクマのぬいぐるみらしき物まで好き放題飛び交っている。
「……喜多さん、この飛んでる物って何なんですか?」
「もう、説明聞いてなかったの?」
[コメント]ギフティングやで
[コメント]いわゆる投げ銭ってやつ
[コメント]喜多ちゃんの困り顔助かる
「ほら、優しい人たちが教えてくれてるわよ」
喜多さんから催促をされ、戦々恐々とコメントのタイムラインを覗き込む。ぱっと見だけれど、私を傷付ける言葉は見当たらなかったので安心して読めそうだ。えっと、コメントから察するにあれはスパチャ的な物みたい。クマのぬいぐるみを推しとかに投げるのはフィギュアスケートだけだと思ってた。
それとは別の、喜多さんの困り顔についてのコメントが気になった。助かるってことは価値があるということなのだろう。正直、困り顔なんて私からしたら珍しくもない。だって、いつも困らせてしまっているので。へへ、本当にごめんなさい。
思い出してみれば、喜多さんがイソスタに上げている写真はいつものキラキラとした笑顔ばかり。だからみんなは他の顔を知らないのかもしれない。それが何故か嬉しくなって私は笑ってしまった。
「急に笑ってどうかしたの?」
「……いえ、私は喜多さんの色んな顔を見たことがあるんだなって思っただけです」
泣いた顔も焦った顔も、学園祭のライブで必死になって私を助けてくれたあの凛々しい顔も。
「これからも、もっと喜多さんの表情を見せてくださいね」
「は、はい…………」
喜多さんの頬が段々と赤に、喜多さんの色へと染まっていく。こんな照れるような表情も、あの学園祭ライブ前日のリハーサルの時に見たことがあった気がする。どうしてだろう、だってあの時は──
『だって後藤さんは凄く……』
──かっこいいんだから。
急激に顔が熱くなっていくのを隠すように私は顔を伏せた。こんな妄想みたいな想像、歌詞作りの時にだってしていなかったのに。この先、どんな顔をして喜多さんを見ればいいのだろう。
俯いていた顔をゆっくりと上げていく。私の上げた目線の先には、綺麗な満月のような黄色の瞳。その瞳に映っているのは、地球のような青い瞳で真っ赤に染まる私の顔。
まるで引力のように彼女の持つ魅力に引っ張られてしまう。でも、私が近付くよりも距離が縮まるのはずっと早い。もし、喜多さんも私に引っ張られてくれているのなら嬉しいな…………。
ぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこぴこ。
…………んんんん?!
[コメント]百合の塔のイントロが流れてる
[コメント]君が持ってきた漫画
[コメント]バレるからお前らもうコメントやめて黙って見てろ
[コメント]百合営業……ですよね?
[コメント]これは本物の匂いがする、そう本物の百合の匂いだ
[コメント]ぼ喜多てぇてぇ
この時に飛んできたギフティングの量は、その日の配信で圧倒的一位だったらしいです。コメントには何故かご祝儀代だと書いてありました。
ただ、この後調子に乗って歯ギターを披露したところ、オーディションは不合格となりました。