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僕は漣末吉。32歳独身。
都立呪術高専にて、臨時講師をしている準一級呪術師だ。
まぁ、あくまでも臨時講師だから、担任ももってないし、授業らしい授業だってしない。人手が足りない時に、優先的に学生たちを見るってだけ。
その日も日下部さんが出張だということで、僕は彼の担任クラスである呪術高専2年生の授業に駆り出された。高専のグラウンドのベンチで、組手の様子をボーッと見ている時のことだった。
「お父さん!」
セーラー服姿の娘・百合の姿が見えた。色素の薄い白い肌にそれと対照的な漆黒ともいえる長い髪。儚い印象を受けそうな外見ではあるが、こちらへ駆け寄ってくる彼女を見れば、その性格は快活なのだと一目で分かる。
「百合、学校は?」
ベンチの隣に、ちょこんと座る百合に訊ねると、今日は午前で終わりだと笑う。そういえばそうだった。
「お父さんは?」
「授業中だよ。ほら」
そう言って、何事かと寄ってくる2年生3人の方へ視線を移す。
「おい、漣。この娘は?」
「僕の娘」
「ほーっ、漣、娘なんていたのかぁ」
「しゃけ!」
男子2人も物珍しそうに、百合を見る。
「百合、紹介するね。右から樿院さん、狗巻くん、パンダくん。高専の2年生だ」
「よろしくな」
「よろしくぅ」
「おかか!」
「百合のひとつ上だから、一応先輩になるね」
三者三様の反応を見せる学生諸君。そんな3人の挨拶を聞いて、なぜか百合は固まっていて。どうかしたのかと訊ねると、彼女はーー
「パンダだぁぁぁ!!!」
ーーぎゅむっーー
「おわぁぁ!?!?」
「かわいいぃぃ!! え、なんでぇ? 上野から逃げてきたの?」
勢いよくパンダくんに飛びついていた。あまりの勢いに、押し倒される形になるパンダくん。そのまま百合はスリスリと頬擦りする。
「可愛いものに目がないんだ。許してあげてほしい」
「ま、パンダも満更じゃねぇし、いいんじゃねぇか?」
「しゃけしゃけ」
「にしても、漣、お前まだ30かそこらだろ? なのに、16の娘がいるのかよ」
「……あぁ、彼女は孤児なんだ。色んな事情があって、僕が引き取ったってだけだよ」
「ふぅん……ま、色々あるんだな」
「……そうだね。色々あるんだ」
引き取った当初と比べたら、随分明るくなったものだ。パンダくんに抱きつく百合を見ながらそう思う。春の陽気を浴びながら、ほっこりした午後のひとときをーー
ーーブブブブーー
「……はぁ」
ーーどうやら送れないようだ。僕の懐でスマホが振動する。通知を見ると、そこには見慣れた宛先からのメッセージが届いていて。
「…………百合」
「なぁに、お父さーん」
「僕の方に『仕事』が入ったよ」
その言葉で、百合は一瞬動きを止めた後、パンダくんから飛び退いた。
「お? もういいのかぁ?」
「うん! ありがと、パンダくん!」
パンダくんに手を振りながら、百合は僕の側に来る。そのまま彼女は僕の腕に絡ませてきて。
「いこ、お父さん」
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「漣準一級術師」
2年生の授業を休講とした後、高専の外に出ると、真っ黒なスーツに身を固めた男に声をかけられた。百合に少し離れているように伝えて、2人きりになる。
「メッセージは読んでもらえましたか?」
「……わざわざ迎えに来ていただけたんですね、佐木さん」
補助監督である彼・佐木さんの言葉に頷く。
「また呪詛師関連の案件ですか」
「えぇ、適材がいるのですから。何か問題でも?」
「…………いえ」
僕も呪術師だ。しかも、どちらかといえば呪術界の上層部に近い立場だから、任務自体には問題はないし、文句もない。ただし、それは僕単体ならばの話だ。思うところはある。
「百合は……」
「勿論、同行させてください。そのために貴方に任務を斡旋したのですから」
「…………」
「それでは詳しい任務の内容ですが……」
無言の抗議のつもりだったんだけど、佐木さんはそれを無視して話を進めた。仕方がない、か。
「百合」
彼女の名を呼ぶと、百合はとてとてと近づいてくる。
「お話は終わった?」
「あぁ。百合、行こうか。『仕事』だよ」
「はーい! 今回の相手はー?」
「いつも通りだよ。準一級呪詛師だそうだ」
任務の内容を伝えると、彼女は破顔して、
「悪者退治だね! 百合に任せて、お父さん!」
そう言った。
ーーーー廃ビルーーーー
都内某所、5年前に火災があり、焼け焦げたまま放置された廃ビルがある。今回、呪詛師が潜んでいるのは、このビルだそうだ。人気もないし、潜むにはいいのだろう。この近くのスーパーで度々、その呪詛師の男の姿が目撃されているのだという。
その2階を警戒しながら進む。かつん、かつんと響く足音が耳障りだ。
「百合」
「うん、お父さん」
僕の数歩後ろを歩く百合の名前を呼ぶ。それだけで察してくれたようで、彼女から呪力が立ち登ってきたのを背中に感じた。心強いというのが本音。けれど、彼女の保護者としては、あまり彼女に仕事をさせたくないのも事実だ。
警戒しながら進むこと数十メートル。以前は部屋があったことが分かる広い空間に立ち入ったその瞬間に、
ーーボゥッーー
「っ!」
足元が燃え上がる。寸前で避けたから被害はない。威力が高いものでもないから、恐らくこれは……。
「客か?」
暗がりから姿を現したのは、ひとりの男。年齢は40代後半。少々薄くなった髪と清潔感のない無精髭。人相は一致する。この男が今回の任務で抹殺を命じられた呪詛師だ。
「あなたがゴトウさん、ですか」
「あぁ、いかにも。なんだ、仕事の依頼か?」
「……はい」
「一人につき50万。ミディアムならプラス20万だ」
「ミディアム……?」
「身元が分からないくらいの焼き加減のことだな。きっちり焼いてやるからそこは安心しろ」
自分の実力に自信があるタイプだろう。その後も自らの悪行……焼いてきた人間の数をペラペラと語り続ける。
「……百合」
「うん」
小声で合図を送る。制圧開始はこれより5秒後。戦闘にはしない。一瞬で終わーー
ーーボゥッーー
「っ!?」
「お父さんっ!」
突然のことだった。火が僕の脚を焼いたのだ。そのまま火は瞬く間に僕の体を包んでいく。この速度、外部からの攻撃じゃない。僕の肉体のタンパク質を燃やしているのか。
「……なぁ、お前、俺のこと馬鹿にしてるだろ。お前は上手く抑えてるみてぇだが、後ろのガキから呪力が垂れ流しだぜぇ!!」
「っ」
「そんな奴らがお客様な訳ねぇよなぁ!」
くっ、しくじった。前情報だとこの男、呪力感知はザラなはずだったのに……!
男は火だるまになる僕の首を片手で掴み、持ち上げる。その拍子に、隠し持っていたナイフが床へ落ちた。それを手にした男は笑い出す。
「ハッ、なんだこの術式もなにもねぇナイフはよぉ……なんだ、お前、非術師かぁ? こんなもんで俺を殺そうとしてるならお笑い草だぜぇ」
高笑いを続ける男だったが、ふと笑うのを止めて、僕に告げる。
「特別サービスだ。こんがり燃やしてやるよぉ!!」
その言葉と同時に、男の術式が発動した。
「…………あ?」
発動したはずであった。本来ならば、男の術式により、燃え上がるはずの僕の体は未だ健在だった。それどころか火は徐々に鎮火し、僕の肉体は再生を続ける。
「反転術式!? 待て、それ以前に、なんで……俺の術式が発動しないっ!?」
困惑している様子の男。この様子ならこれ以上の手はないかな。
……うん、もういいね。
「百合、いいよ」
「はーい」
僕の言葉を受けて、百合が男に近づいていく。
「な、なんだ、ガキがっ!! 焼き殺すぞッ」
右掌を百合へかざす男。だが、当然その術式は発動しない。馬鹿みたいになんでだと言いながら、後退る男はなんとも哀れで。
「おじさん、バカだなぁ」
「っ、なんだとガキがっ! 俺を馬鹿にしやがるとーー」
「どうするの? おじさんの術式はもうお父さんに『解体』されちゃったんだよ?」
「は?」
「百合」
言い過ぎだ。ネタバラシをする百合を嗜めると、彼女はいつものように呪詛師と握手をする。
「お父さん、いい?」
「…………うん、いいよ」
「はーい」
百合の呪力が跳ね上がる。瞬間、男は血を吹き上げて肉体が四散し、絶命した。
本当に、嫌な気分だ。呪詛師とはいえ人間を娘に殺させる気分も。
「悪者退治、かんりょー!」
「お父さん、ほめてほめて!」
返り血に塗れながら、笑顔を浮かべる娘を見る気分も。
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漣末吉。
術式を解体する術式『
漣百合。
詳細不明の術式をもつ一級呪術師。
僕たち父娘は『呪詛師の抹消』を任とする呪術総監部御抱えの呪術師であった。
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