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『
立体に囲われている物体を揺らすという苺原ナナの術式である。
その術式範囲は広く、自らの半径5km以内の立体まで作用する。一方で距離が離れれば離れるほどに効果は落ち、範囲ギリギリでの効果は、立体内にいる人間に震度1くらいの揺れを感じさせる程度であった。
本来の彼は術式の練度も低く、『領域』を展開できるほどの技量など持ち合わせていなかった。
だが、現在の苺原ナナは違う。
今の彼は『領域』を展開することができる。『囲哭肆呃』は『囲振』による振動を必中とし、その術式範囲を『人体』という立体に落とし込んでいた。つまりーー
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「なに、これっ」
苺原の術式が発動した瞬間、個室全体を覆うように呪力の膜が張り巡らされてく。『帳』? それにしては、嫌な感じが強い。どんな術式かは分からないけど、本能がとにかくヤバいって叫んでた。
「っ」
呪力を脚へ。結界みたいなものなら、きっと個室の外に出てしまえば。この男、目的は合コン自体だって言ってたし、セイナを助けるのは後でもいいはず。だから、まずはーー
ーーヴヴヴヴヴヴーー
ーーパァァァンッーー
「…………は?」
突然のことだったから、言葉が出なかった。気づけば、あたしは倒れ、見れば右脚が破裂していたんだ。
あたしの体がそれを認識した途端、激痛が襲ってくる。
「~~~~~~ッ!?!?」
「あーぁ」
転がるあたしに虚仮にするみたいに笑う苺原。破裂した右脚を抱えながらも、あたしは奴を睨む。そこで気づいたんだ。個室内に無造作にばらまかれた無数の立方体。時々赤い光を点滅させる薄紫色のそれは、まるであたしを見逃さないように設置された監視カメラみたいで。
「きもちわるい……」
「驚いたなぁ。『領域』に引きずり込まれて、まだそんな悪態を吐けるなんて」
「『領域』……?」
聞いたことのない単語。この術式のこと? 一体これはなんなの?
「……へぇ、その反応……君、『領域』も知らずに呪術師やってるんだ」
そう言って、目の前で嘲笑ってくる。訳の分からないことを言い続ける苺原に、ますます苛立ちが募る。そして、次の一言は遂にあたしの逆鱗に触れた。
「君に呪術を教えた人は相当な馬鹿ーー」
「ーーお父さんを馬鹿にするなッ!!」
ーープツンッーー
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泥場くんと例の金貸し事務所で、苺原という呪詛師のどうでもいい情報を聞き出したちょうどその時、僕の携帯に着信が入った。相手は佐木さん、つまりは総監部からの連絡だった。
内容は、都内にあるカラオケチェーン店で、強力な呪力が行使されたことを窓及び補助監督が確認したという。現場へ向かわせた準一級呪術師が数人の一般人を保護した後、突入したが、連絡が取れない状況だそうだ。
指令はひとつだけ。店内の状況を確認し、原因を排除せよ、と。
思うところもあったから、僕はその指令に二つ返事で頷き、そのカラオケ店に来ていた……んだけど。
「……泥場くん」
「はい! なんでしょう、漣の兄さん!」
「なんで君までいるのかな」
「そりゃあ、兄さんには御迷惑をおかけしたんやから、兄さんの仕事手伝わせてもらいます」
「…………そう」
戦闘になる可能性もある。だから、足手まといになるなら。そうも言ったのだけれど、彼は自己責任だから手伝わせてくれと言って聞いてくれない。仕方がない。
僕は近くにいる『帳』を下ろした補助監督に声をかけて、泥場くんと共に店内へと入った。
ーートプンーー
「ほぉ、思ったよりも静かやな」
「…………」
彼の言葉の通り、中は静かだった。だが、店内に満ちている呪力のせいで、本能は叫びっぱなしだ。ここは危険だと。その上、呪力が濃いせいで、生き物や呪霊の気配を子細に感じ取ることすらままならない。
「……こっちだね」
感覚を研ぎ澄ませ、呪力のより濃い方へ進む。話によると、呪術が行使されたと思われる時刻からおよそ2時間は経っているようで、少々残穢も薄まっているだろうけれど、まぁ、どうにか追えそうだ。店の二階、呪力の残穢がより濃い個室を見つけた。警戒はしながらも、そのまま押し入る。
目の前に広がる光景は、全面がどす黒い赤に染まった個室。その中心に、いた。あった。
「……百合」
四肢がない百合の遺体が無造作に転がっていた。
「!? 嬢ちゃん!? 漣の兄さん!」
「…………」
ゆっくりと百合に近づき、頬に触れる。冷たい。死後硬直の具合から見るに、死後2時間ほど。つまり、ここにいた『何か』と交戦し、それに百合は殺されたという訳だろう。
「心中……お察しします」
「…………」
「漣の兄さん? 何をしてはるんです……?」
泥場くんが何か言っているが、今の僕の耳には入らない。ショックな訳ではない。ただ集中しているだけ。
……うん、殺されたのが2時間前でよかったよ。お陰でずいぶん簡単に『直せる』。
ーーゾゾゾゾゾッーー
僕の呪力が、百合の遺体へ流れて巡る。
10秒もしないうちに彼女は、
「ぷはーっ! ビックリしたぁ」
生き返った。
「大丈夫かい、百合」
「あ、お父さん! うん! 平気だよ」
「なら、よかったよ。少し遅れてごめんね」
「ううん。ほら! あたしはこんなに元気!」
「あぁ、そうみたいだ」
おどけて力こぶを作る百合を見て一安心。元気そうだ。
「……こ、これは、どういう……?」
「あ、ヤミ金の人! なんでここにいるの?」
「いや、そんなんどうでもいい……今の……確かに嬢ちゃんは死んでいたはずやろ……漣の兄さん、あんた一体……?」
「………………」
泥場くんの質問に、返すのは沈黙だけ。説明する必要も、義理もないからね。
「あ! お父さん! 大変なの。実は……」
百合曰く、百合を殺したのは件の呪詛師・苺原ナナで間違いないそうだ。しかも、苺原は百合の友達を連れ去ったという。
「そう。それは大変だ」
「うん。だからね、お父さんーー」
「あぁ」
百合の言いたいことは分かる。だから、百合の言葉を待つまでもなく、それを提案したんだ。
「百合の友達を助けに行こうか」
「うん!」
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泥場と敵対する件の金貸し事務所に、苺原は戻ってきていた。彼の側には、セイナとネコが事務所のソファで寝かされている。
金貸し事務所の人間を皆殺しにした後、事務所の金庫の金を数えているタイミングで、一人の男が彼の元を訪れた。
「どうだい、『両面宿儺』の力は」
黒い袈裟を身に纏った男。額に横一線に刻まれた傷が特徴的なその男こそ、苺原に『両面宿儺の指』を貸し与えた人物であった。
「んー、中々いいね☆」
「それはよかった。並の術師では扱いきれない代物だからね」
クククと邪悪に笑う袈裟の男は、愉快そうに苺原を眺めている。以前、男に『指』を渡された時に、実験台だと聞いていたから、その視線の意味することを苺原は察してはいた。
「それにしても、界隈から流れてきた話じゃ……あんたは死んだって」
「詮索はしない。そういう『縛り』だったはずだ」
「はいはーい☆」
苺原は男に軽く返した。胡散臭くはあるが、その男が何者だろうと苺原にとっては関係ない。可愛い女の子を好き勝手できればそれでいい。力があれば簡単に成せる。それが彼が動く理由だった。
だから、重要なことは袈裟男の正体ではなく、
「えーと、なんだっけ……『しめつかいゆー』? それが起きれば、俺は最強になるんでしょ?」
「……あぁ。私が行う儀式と君の術式は相性がいい。参加すれば間違いなく君は最強になれる」
「そうすれば、可愛い女の子も喰いたい放題…………いいね☆」
軽薄に軽薄を重ねた理由。だが、理性を捨て、欲望に身を委ねた人間ほど、その儀式とは相性がいいことは確かだ。結界術を応用した儀式、それを『立体』だと術式を拡張できたならば尚更に。
「ともかく術式の理解を深めることだ。君の欲を満たしたいならば、ね」
「言われなくても☆ さ~て、子猫ちゃん達が起きる前にシャワーでも入ってこようかな。女の子のならいいけど、野郎の返り血は臭くて仕方ないや」
「……いってらっしゃい」
「ククッ」
育ち始めた術師を見送りながら、袈裟の男はまた邪悪に笑った。
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更新遅めですが、お付き合いくださり感謝です。