トリステイン魔法学院の教師たちは早朝から学院長室に集められていた。全ての授業が休講になり、生徒達は急に出来た休日に喜び、何が起こったのか考えようともせず、ただただどのように過ごすか考えているようである。だが、ルイズは違った。才人を連れて、学院長室の中にいるのである。そこにはルイズ達以外にもキュルケ、タバサ、そしてのどかがいた。
「ふむ、では君たちが昨夜のゴーレムの目撃者ということかの?」
髪とヒゲが一体化した老人――オールド・オスマンが確認するようにルイズたち4人に問いかける。ちなみに、才人もその場に居たのだが、彼が使い魔であり、更に平民であるので、勘定されていない。オスマンのその言葉に真っ先に答えたのは、ルイズであった。
「はい、私たち4人とそこの使い魔だけです」
「ふむ……残された手紙を見ると、土くれのフーケで間違いないようじゃな。君たちの話にも巨大なゴーレムが学院の壁を破壊し、宝物庫に侵入したという話じゃしな」
オスマンは教師陣を見渡すと案の定諍いが起きていたので、溜息を吐きその夜の宝物庫の見張り当番であったシュヴルーズを糾弾するギトーを諌めた。
「これこれ、サトーくん。あまり女性を虐めるものではないぞ」
「オールド・オスマン、お言葉ですが私の名前はギトーです」
「そうじゃったかの、ヒトーくん。今回のことを想定して見張り番を置いておったのは、事実ではあるがの。彼女がたまたまその日の当番だっただけじゃろう? 最近では、皆も宿直の仕事をサボっとったじゃろ。君に彼女を批判する権利はないぞ。もちろんワシにも、他の教師たちにも、じゃ」
「た、確かにそのとおりですな。それと……オールド・オスマン、私の名前はギトーです」
「ホッホッホ、そうじゃったな。ミセス・シュヴルーズ。このことは、君だけの責任ではないのじゃ。あまり思い詰めんようにの」
シュヴルーズはそのオスマンの言葉に感極まって泣いてしまった。オスマンはそんなシュヴルーズを慰めるのに必死だったが、やがてあることに気づき、不満を漏らした。
「しかし、こんな時にミス・ロングビルはどこに行っておるんじゃ。まさか寝ておるわけではなかろうな」
オスマンの不満に答えたのは開け放たれた扉だった。そこから入ってきたのは、今まさにオスマンが探し求めていた人物――ロングビルと呼ばれた緑髪の女性だった。
「ミス・ロングビル、君は今までどこに行っておったのかね。こっちは大変なことになっておったのじゃぞ」
「申し訳ありません、オールド・オスマン。朝起きたら、このような事態になっておりましたので、国を騒がせている盗賊の仕業だと判断し、すぐに調査を致しました」
コルベールはロングビルの仕事の速さに驚いていた。彼女が赴任してきたのは最近で、いつもオールド・オスマンに軽いセクハラを受けていた印象が強く、ここまで仕事ができるとは思っていなかったのだ。オスマンも感心したように、ほう、と唸り、その結果を求めた。
「して、結果は?」
「フーケの隠れ家を発見いたしました」
「な、なんですと!?」
コルベールは素っ頓狂な声を上げて軽く飛び上がった。そのせいで、軽くカツラがズレているが、今は誰も見ていないことにしていた。しかし、才人だけはその様子に失笑を禁じ得なかったようで、何事かと思った教師陣は才人を見て、なんだ平民か、と納得したようである。それを見たルイズはその様子を恥ずかしく思い、本当はお仕置きをしたかったのだろうが、場が場なのでグッと堪えたようであった。キュルケはそんな才人を可愛いと思ったらしくニヤニヤしていた。タバサは相変わらずの無表情、のどかはと言うと、ロングビルの次の言葉を待っている。
オスマンは崩れた場の空気を戻すように大きく咳払いをした。
「それで、誰に聞いたのかね?」
「近隣の農村に住んでいる農民ですわ。その農民に聞いたところによると、黒ずくめローブを纏った男が森の廃屋に入っていったそうです。恐らく、その人物がフーケで、森野廃屋はフーケの隠れ家なのでしょう」
ロングビルの言葉を聞いたルイズは思わず叫んでいた。
「黒ずくめのローブ? それはフーケです! 間違いありません!」
オスマンは目を鋭くさせ、ロングビルを見た。
「ミス・ロングビル。それは近いのかね?」
「はい。徒歩で半日、馬ならば4時間といったところでしょう」
「すぐに王室に報告いたしましょう! 王室衛士隊もフーケと聞けばすぐに飛んでくるでしょう!」
コルベールの提案は当然と言えば当然のものであった。しかし、オスマンの意見は違っていた。
「馬鹿かね、君は。そんなことをしている間にフーケに逃げられてしまうわい! 身にかかる火の粉ぐらい自分たちで払えなくて何が貴族じゃ! 何がメイジじゃ! 更にこれは魔法学院の問題じゃ! この件は我々で解決する! さあ、フーケを捕まえて名を上げようというメイジはおらんのか! おるならば、杖を掲げよ!」
まるで、この答えを待っていたかのように笑うロングビルの姿があった。
オスマンの呼びかけに答える者は誰もいないと思われたが、ある少女がゆっくり、迷っているようだが、なんとか杖を掲げた。それはルイズだった。
「私、やります!」
それを見たシュヴルーズが慌ててルイズを止めた。
「ミス・ヴァリエール! あなたはまだ学生ではないですか。危険です! この件は我々教師陣に任せて……」
しかし、そんなシュヴルーズに対し、ルイズは言った。
「誰も杖を掲げにならないじゃないですか。それにフーケを取り逃がしたのは私だし……」
それは教師全員に言っているものだった。更に後に続いた言葉はルイズが心配で杖を掲げようとしていたキュルケに火を付けた。
「それは……」
シュヴルーズが言い淀んでいると、キュルケは迷わず杖を掲げた。
「
キュルケが杖を上げたことにより、タバサも自分の身の丈以上もある杖を少し、持ち上げた。
「私も」
「タバサー、あなたはいいのよ。これはあたしとヴァリエールのことなんだから」
「心配」
「タバサ、あなたのそういうところ、私大好きよ」
タバサがそう言った瞬間にキュルケは嬉しくなったようで、タバサを抱きしめた。タバサは苦しそうにしていたが、キュルケの親愛を感じているようで、嫌ではないようだ。ルイズもタバサに小さくお礼を言った。
「タバサ……ありがと……」
タバサはキュルケに抱きしめられながらも、のどかを見つめていた。来ないの? と訴えかけているようだ。のどかはタバサを見返し、そして、おずおずと杖の代わりに手を挙げた。
「あ、あのー。私も行っていいんでしょうかー?」
のどかの言葉に答えたのはオスマンだった。オスマンはのどかをジッと見つめ、微笑んだ。
「当然じゃ。それに君ならば任せられる」
教師陣からどよめきが起こった。一介の学生、しかも編入生がオスマンの信頼を得ているからである。しかし、その評価を当然だと思う教師も大勢いた。ギトー論破したことや、授業中の真面目な姿勢、これらがのどかの評価を高めているのである。また、のどかへの評価が高いので、余計に危険だ、という教師もいた。
「彼女はワシがあとで推薦しようと思っていたところじゃ。断られればそれまでじゃがな」
学院ののどか擁護派の教師がオスマンに意見した。
「確かに彼女は優秀ですが、まだ学生です!」
「ふむ、ならば他の生徒はいいのかね? それに君が行こうというならば考えを変えても良いがの」
「行きますよ! ミス・ミヤザキを行かせるくらいならば、この私が!」
「君は教師の鑑じゃな。しかし、救うのは彼女だけかの? 生徒という理由であるのならば、君は1人で行かなければならないがのー」
「な、そ、それは……」
教師が狼狽えている間も、のどかの言葉に続くものは現れなかった。オスマンはルイズ、キュルケ、タバサ、のどかを一瞥すると、咳払いをして話し始めた。
「もう良いかの。では、君たち4人に頼むとしようか」
コルベールは何も言えなかった。いや、言う必要がないと思ったのだ。なぜなら、タバサとのどかがいるからである。きっと彼女達ならば何とかしてくれるだろうという期待をしているのだ。
「教師があまりにも心配するからの。その心配を払拭してやろうかの。まず、ミス・ヴァリエールじゃが、彼女は優秀なメイジを輩出してきたヴァリエール家の娘じゃ。今はまだまだじゃが、いつかきっとその才能が開花してくれることじゃろう。もしかしたら、今回かもしれんがの。更に彼女の使い魔はグラモンの息子を倒しておるという噂がある。」
ルイズは思わず顔を赤くした。羞恥からではなく、期待されているということが嬉しかったようだった。才人は相変わらず何が起こっているのか分かっていない様子であるが……とりあえず褒められていることはわかったようで、照れているようである。ルイズたちの説明だけを聞くと、教師たちはますます不安になったが、オスマンはそれをわかっていた。
「次にミス・ツェルプストーじゃ。彼女はゲルマニアの優秀なメイジを輩出してきた家の娘じゃ。更に彼女自身の火の魔法もかなり強力と聞いておる」
キュルケはオスマンに紹介されると、彼女の特徴的な赤髪をかきあげた。
「次にミス・タバサじゃが、彼女は若くしてシュバリエの称号を持つ騎士だと聞いておるが?」
タバサはボケっと立っているだけだったが、それに驚いたのはキュルケだった。
「タバサ、本当なの?」
キュルケに聞かれて、ようやくタバサは口を開いた。
「本当」
キュルケどころか、教師たちもこれには驚いた。なぜなら、『シュバリエ』の称号は爵位としては最下級のものである。爵位は買うことができるが、『シュバリエ』は違う。これは、実力でしか手に入らないものであるからだ。つまり、その称号を持っているだけで、相当の実力があるということが証明されるのである。
「そして、次に。ミヤザキくん……いや、ミス・ミヤザキじゃが、彼女は
オスマンがそう言うと、ギトーは悔しそうな顔をした。のどかに論破されたことを思い出したのだろう。しかし、それと同時にオスマンの言っていることがわかってしまうので、彼女がフーケを探しに行くことには大いに賛成していた。
「この4人に勝てるものがおるのならば、申し出よ!」
オスマンの言葉に答えるものはいなかった。そして、案内役にロングビルを据えたフーケ捜索隊が編成された。学院長室に集められていた教師たちは解散となった。後は、吉報を待つだけである。
集合の時間になり、ロングビルは全員が馬車に乗り込んだのを確認すると、馬を走らせた。その道中で、キュルケがロングビルに質問しようとしたり、いろいろあった。ちなみに、のどかとタバサは2人で一緒に本を読んでいた。今回読んでいたのは日本語の本なので、才人も話に入っていた。
「これはどういう意味?」
タバサが指差したところに書いてあった文字は与件だった。才人がどれどれと息巻いていたが、わからなかったらしく、頭を抱えた。
「悪い、タバサ。俺わかんねえ」
「どうして?」
タバサは聞けば答えが返ってくると思っていたので、才人のわからないという答えが理解できないでいた。
「なんでって……そうだなぁ」
才人がどう答えようか迷っていると、どちらの質問ものどかが答えた。
「あ、それはですねー。日本語は日常生活で使う単語っていうのは大体決まってきているんです。公的な場だったらまた変わってくるんですけどー。その与件という言葉はいわゆる小論文で使われたりすることが多いですね。ちなみに、意味は推理の出発点として与えられたり、仮定されたりする時に用いますー。筆者が自分の推論の出発点はここですよー、という時に使ったりしますねー。この本は、比較的そういう言葉が多く使われていますのでー、小論文みたいに感じますよねー。その本は夕映から借りた本なので、哲学的な本なので、ちょっと難しいと思います」
のどかが嬉しそうに名前を出したので、才人は思わず聞き返してしまった。
「夕映? 誰だ?」
「夕映は私の親友です」
「のどかは親友と離れて寂しくないのか?」
「寂しいです。でも、それはちょっとある事件で慣れちゃいましたから。こうやって夕映の持っていた本を読むと、繋がりが感じられるような気がして、なんだか安心しますし」
のどかが今は会うことが出来ない友人に思いを馳せている姿を見たサイトは見惚れていた。
「……へ、へー、そういうこと言ってもらえると、俺も希望が見えるよ。なんかありがとな」
「そ、そんな大したことじゃないですからー。私が勝手にそう思っているだけですのでー」
「いや、それでも……」
才人とのどかがループに入ろうとしたところで、タバサによって止められた。才人と、のどかの間に入り、才人を追い出して、のどかにズイっと近づき、本のページを見せてここがわからない、といってのどかを独占し始めた。タバサに場所を奪われた才人は仕方なく、ルイズのところに戻った。
途中から馬車では行けなくなったので、歩いて向かうことになり、進んでいくと、ロングビルの言うとおり森の奥に廃屋があった。あの廃屋に人がいるかどうかを確認するため、誰かが小屋に近づくことになった。それで最も素早いと思われる人物である才人が選ばれた。才人は決闘の時の動きを根拠に、のどかを推したのだが、のどかは自分の行動は目立つといい、才人に任せたのである。そして、才人が廃屋に近づき、中の様子を伺い、合図を送った。予め決めておいた合図だ。人がいたならば、手のひらをのどかたちに見せる。人がいなければ、両手を挙げてバンザイの格好をするというものである。才人が送った合図は後者であった。なので、2人が廃屋を調べ、他3人が見張りをするということになった。ちなみに、ロングビルはフーケが近くにいるかもしれないと言って、森の中に行ってしまった。そして、あっさりと『破壊の杖』を見つけた才人とタバサが出てきたタイミングでまたあの巨大なゴーレムが現れたのであった。
次回こそはフーケ戦終了までいく予定です。
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